第0.5話 白銀の彼方
「っておい。リアはどうした」
チギラが振り返って、霞を食った顔をする。
「ま〜たあの子どっか行ったの?」
レティシアが周りを見渡した。ベルが少しだけテンション高めにサムズアップする。
「まぁまぁまぁ、元気なのはいいことっしょ」
「それはそうだけどさ、急に居なくなられたらさすがに困るし」
俺が背伸びをして、彼女の姿を探すが一向に見当たらない。
「俺、探してくるよ」
「すまん、頼む。俺達も散策しながら探すが、まぁ見つかったにしろ見つからなかったにしろ、夜までには宿に戻ってきてくれ」
「おっけ」
俺は彼らに手を振ってからその場を離れた。
手を口元に当てて、はーっ、と息を吹きかけて手を暖めた。そして、黒い外套のポケットに手を突っ込む。いくらなんでも寒過ぎる。銀嶺の都ロークラントは山をくり抜いて作られたような都市だ。標高はフリュードよりかなり高く、西から吹く凍えるような風が雪を運んでくる。
ったく、リア。どこいったんだ、あいつ。
いくらなんでも自由すぎるだろ。
吐く息は白く、すれ違う人々皆の白い息が大きな煙となって宙に霧散していく。防寒具はこのロークラントに着く前に町で一式揃えたが、空気に晒されている部分はなお寒い。
もはや寒いを通り越して痛い。顔に手をやって、手の悴みと顔の冷たさを同時にカバーする。
出会って七日と経った今、こういう時にリアがどこに行くかは何となく分かるようになってきた。
「ここ、だろうな……」
足をただ動かして、階段を上る。時計塔の内周にある階段を上り続けた。これで居なかったら困るけど、どうだろ。いると思うけどな。
妙な自信が俺の背中を後押ししてくれた。
所々窓があって、外の景色が見えた。雪は今降っていないので、ホワイトアウトで見えないということはない。
どれくらい上っただろうか、ようやく屋上に辿り着きそうだ。
光が漏れる扉を開けて、外に出るとびゅうっと凍えるような風が吹き込んできた。思わず倒れそうになるが何とか足に力を込めて踏ん張る。
「リア〜、いるんだろ〜?」
屋上でリアの名前を呼ぶが、彼女は現れない。
「……ミスったか、これ」
俺がそう言った瞬間に目の前が真っ暗になった。背後に気配がする。目元が温かい。
「だーれだ」
「……リア」
「せいかいっ」
そう言って彼女は俺の目元から手を外した。
「お前、勝手にどっか行くなよ」
「だって、楽しいんだもん」
「……答えになってないよ」
「ノウトくんと来たかったの」
「……ぁ?」
「見て、すっごく綺麗」
リアが展望台の一番見晴らしのいい所に立つ。彼女の白銀の髪が風で揺蕩う。そして、俺も同様にその隣に立った。
「……ほんとだ」
その景色は階段を上っている途中に窓から見えた景色とは全く違って見えた。
リアはその街をじっと眺めている。幸せそうな横顔をしていた。何か言葉をかけるのも無粋だと思ったので同じように眺める。
しばらく街を見ていると、しんしんと雪が降り始めた。
「……雪」
リアが呟く。
「雪降ってきたしさ、宿戻ろうぜ」
「……もうちょっと、いい?」
彼女は依然として街を見下ろしていた。何か面白いものでもあるのだろうか。俺はなんだかよく分からない使命感に襲われて、隣にいるリアに外套を羽織わせた。
「なんか、あるのか?」
俺が問うと、少しばかりの沈黙を置いてからリアが口を開いた。
「………こうしていられるのも、最後だと思って」
「………」
明日には俺らは魔人領へと足を踏み入れる。先日討伐した飛竜も魔皇の仕業だろう。この先、あの竜の蔓延るような土地へと足を踏み入れる。
確かに、リアの言う通り、こうしてゆっくりしていられるのも今のうちだけだ。
俺はポケットに両手を突っ込んだまま黙ってリアの隣に立った。
ふと、思うことがある。
俺らはどこから来たんだろうか。俺らは何者だっただろうか。
人間、不思議なもので記憶がないと目の前に転がる使命に否応なくしがみついてしまう。
俺が魔皇を倒したい理由も特にない、と言ったら嘘になるが、そこまでして人殺しならぬ魔人殺しをしたいわけではない。もちろん記憶も戻して自分を取り戻したいし、それに人々に安寧を与えたい。
でも、だからといって魔皇とやらを殺してもいいのだろうか。
どんな悪人だって生きている。
俺は殺すことなんて出来ないかもしれない。
一人熟考に浸っていると、不意に俺の右ポケットに何かが侵入してきた。その何かは温かくて、柔らかかった。
「……あったかい」
リアが隣で呟く。リアの左手が俺の右ポケットに侵入して、俺の右手を握っている。
「だから宿に戻ろうって言ったのに」
「寒くてあったかいのと、あったかくてあったかいのは違うでしょ?」
「………言いたいことは何となく分かるけどさ」
リアが俺の手を強く握った。
強く、と言ってもそんなに強くはない。さっきよりは強い程度だ。
「……わたし、死にたくないなぁ」
その言葉に一瞬虚を衝かれたが、考えてみれば当たり前のことだ。
人は誰だって死にたくない。俺だって。
俺が何か口にしようとしたその時、リアが先に口を開いた。
「……でも、ノウトくんにはもっと死んでほしくない」
「…………」
何か、言葉をかけるべきだったのかもしれない。でも、はたして何が正解が分からなくて俺は口を噤んだ。
自分がいつ死ぬのかなんて誰にも分からない。明日死ぬかもしれない。もしかしたら、死なないかもしれない。それは誰にも分からない。
「……リア、宿戻ろう。さすがに風邪ひくよ」
俺は良くない方へと考える思考を止めるようにリアの手を引いて時計塔へと振り向いた。
リアは無言で俺に従い、共に時計塔の中を降りていく。
俺はリアと自然と手を繋いでいた。
なぜだろうか。
記憶なんてないのに、どこか、その手の温もりには懐かしさを感じた。




