scene.28『██殺しの』 『██は如何に』『██を殺すのか』
はたして、いつからだろうか。
胸が痛い。
胸が苦しい。
今だってそうだ。
「………はぁ……、……はぁ…………はぁ……」
額に浮かぶ汗を拭いながら俺は肩で息をする。この懐かしくも憎らしい感覚に胸が押しつぶされそうになる。
「危なかったね、アヤ」
目の前でナイフを片手に無表情で突っ立っている少女はそう言った。
この少女の名前は樗木茉白と言う。
俺に協力を持ち掛けてきて、まぁ、いろいろあって今に至る。
ちなみに『アヤ』というのは俺のことだ。俺の名前『濃野綾都』から適当に名前を取って『アヤ』と呼んでいる。
「気分はどう?」
樗木が俺の顔を覗きながら言った。
「……最低だ」
「そっか。じゃあ、やめる?」
「………………」
俺は未だに震えてやまない右手を左手で抑えた。
「……やめない。もう、後戻りは出来ない」
「だよね」
「…………次だ」
「乗り気だね」
「やるなら早くやった方がいい」
俺は気丈に振る舞いながらも声を振り絞る。その様子を見る樗木の瞳はまるで放課後部活帰りの時のように、ただ平然と日常を過ごしているそれと同じだ。
横目で樗木を眺めてから、俺は視線を落として息を吸って、吐いた。
拳を握る。深く、呼吸をする。
視線の端に映ったかつて級友だったそれから目を逸らす。
もう、それは動かない。ただの死体だ。
死ねば人はそこで終わり。それまでに何をなそうがどんな善行を、またはどんな悪行を働こうがそこで終わりなのだ。死は万物に平等に訪れると同時に、死したその瞬間に元来平等ではなかったそれらを全て平等にしてくれる。
───というのは樗木の持論だ。殺すことを彼女なりに定義した、ただの持論で極論。
樗木に助けられているのは事実だが、いつまでこの状況が続くかは分からない。分かるのは、やらなければやられるということ。
いつか死する順番が与えられるということ。
【女神憑き同士で殺し合い、最後の一人になった者はどんな願いも叶えることができる】
これが俺らに課せられた命題だ。
『女神憑き』というのは、フィクションなどでありがちないわゆる異能力者みたいなものだ。
そして、女神憑きというからには異能力者にはそれぞれ女神が憑いていなくてはいけない。
俺には〈殺戮〉の女神であるアヤメが憑いている。殺戮、というとなにやら物騒だが、俺が出来るのは『触れたものを殺す』こと、それだけだ。
この異能力をもって、俺たちはほかの女神憑きを全員殺さなくてはいけない。
「アヤ、次のターゲットだけど」
「ああ、分かってる。一二先輩だろ?」
「話が早くていいね」
「で、南々瀬や空閑たちはいつ殺るんだ?」
「考え中」
「いいのか、そんなので」
「今考えても仕方ないと思うよ。あの人たち、生徒会って立場を使って完全に後手に回ってバトルを放棄してるし。それに、こっちの能力の性質上、全然警戒されてないはずだから」
「でも、最終的には殺すんだろ?」
「うん」
「その時のことは考え済みってことか?」
「まぁね」
楽観的に言う樗木の台詞を聞きながら俺は小さな嘆息を漏らした。こんな短絡的な言葉を吐く樗木だが、驚くべきことに彼女は頭がかなりキレる。それは、彼女の言う通りにすればことが全て順調に進んでしまうと確信してしまうほどに。
「……今までのこともあるし、信頼はしてるけどな」
俺はかぶりを振って向き直る。
「……いいのか?」
「なにが?」
「知ってるとは思うが、最終的に生き残れるのは一人だけなんだぞ? 作戦通り行けば俺が最後には樗木を殺すのは必然的だ。俺に協力してれば、……樗木もいつかは死ぬんだぞ」
「大丈夫だよ」
「大丈夫では、ないだろ」
「ううん、大丈夫」
樗木は少しだけ笑った。
「もともと死のうと思ってたし。人生最後にアヤと一緒にこんな楽しいこと出来て、私は嬉しいよ?」
「なんで……」
──なんでそんなこと言えるんだよ。
……なんて、俺が言うのは無粋なのは誰がなんと言わずともあきらかだった。
俺はただただ淡々とこなしていけばいいだけだ。
そう、これだけの悪事を重ねてもきっと、最後に待ってるのはきっとハッピーエンドなのだ。
願いを叶えて、糸雀ともう一度会えれば、俺はそれだけでいい。
彼女を取り戻すためなら俺は、悪魔にでもなんにでもなってやる。




