scene.19『終わり』『黒』『始まり』
冬の始まりを告げる木枯らしが頬をかすめた。
がしゃん、と決して小さくない音を吐き出しながら自転車が俺の隣で横転した。
「ぁ………」
何が起きたのか、分からなかった。
理解できなかった。
……いや、理解できなかったんじゃない。
理解したくなかったんだ。
だって、俺の目の前で彼女は──
「…………ぁぁ………」
短い悲鳴とともに、全身から力が抜けていくのが分かった。
すぐそこにいるのは真っ黒な何かだった。
何か、としか形容できなかった。
黒い光沢感のある膜に覆われた人型のそれには顔がなかった。
そいつには腕もあって、それが糸雀の胸を貫通している。
「な………んで………」
俺は思わず声を漏らした。目の前の惨状に上手く反応出来なかった。
黒い人型の何かは糸雀の胸に突き刺さった自らの腕を抜いて、糸雀を横抱きにした。
黒い何かは俺の方を見た──のだと思う。顔はないけれど、やつの頭がこちらを向いたのだ。
すると、不意にやつの背後に黒い点が生まれた。
黒い点は回転しながら拡大し、次第に黒い渦になった。黒い渦はベンタブラックのように完全に不透明で、その向こう側の景色の何もかもがそれで遮られていた。
黒い人型はこちらに背を向けて、黒い渦の方へと歩を進めた。
「有栖!!」
俺は手を伸ばした。でも、掴めない。黒い膜に覆われた人型の何かに抱き抱えられて、彼女は扉の奥へと消えていく。あの黒いやつが、──あれが魔王なのか。
どうして糸雀を連れていくのか。俺が、俺たちが何をしたって言うのか。分からない。何もかもが、分からないんだ。でも、だからこそ、この運命を受け入れるわけにはいかない。
もう一度、手を伸ばして──
そして俺は、彼女の名前を叫んだ。
「リア……!!」




