第78話 『橋の上』『薄暮』『リアル』
竜人族たちが空から襲い来る。
翼があるだけ、相手の方が機動力は高い。つまり逃げることは出来ない。
ということは、もう迎え撃つしかない。
倒せるのか。あの人数を。
こっちは四人だぞ。
相手は二十人近くいる。ノウトたちは他の軍から孤立しているから援軍は呼べそうにない。
これこそ多勢に無勢なんじゃないのか? やるだけ無駄なんじゃないか?
──違う。
そう頭の中で呟いて、かぶりを振った。
大事なのは迎え撃てるかどうかじゃない。
やるか、やらないかだ。
やらなければただ死ぬだけ。
無駄死にするなら、あがいたほうがいい。
死ぬように生きるより、生きるように死んだ方がマシだ。
「──迎え撃つぞ!」
ノウトが言うと、皆がうなずいた。
「はい!」
「了解っす!」
「分かってる!」
皆の声を聞くと、いくらか落ち着けた。大丈夫だ。大丈夫。為せば、どうとでも成るさ。為すべきことを為すんだ。
相手の先鋒だろう。四人ほどの竜人族が空中で弓を構えている。来るぞ。来る。来る。
「俺が──っ!」スクードが盾を構えて、ノウトたちの前に出た。
神機技師であるスクードの盾は彼のカスタムメイドだ。それそのものは神機ではないものの高い汎用性と強度を誇る。ガシャガシャと音を立てて変形し、小型のバックラーのようだった盾は大盾へと変わり果てた。
ガガガガガッッと、金属製の大盾に矢がブチ当たるも、スクードはそれら全てからノウトたちを守りきった。
「つぅ……!」
スクードは唇の端を強く結んで片方の目を閉じながら縦を持っていない方の手首をぶんぶんと振った。矢の衝撃がよほど強かったのだろう。
心の中でスクードに感謝の意を唱えながら、ノウトはスクードの前に出た。やつらはまだ空中にいる。降りてこない。あくまでも矢でこちらの戦力を削るつもりか。そうはさせない。と、いってもノウトには空中にいる敵を引きずり落とすすべも道具も持ち合わせていない。
竜人族の兵士たちが矢をつがえ、弓を構える。まばたきをする間もなく矢がこちらに来る。飛んでくる。
ノウトは刀を構えた。腰を低くする。すぅ、と息を吐きながら、見続ける。矢は物理法則に従って重力と慣性のままノウトたちに向かってくる。それをただ弾くだけだ。そう自分に言い聞かせる。
構え、ノウトは刀を斜めに振るい、飛んでくる矢をまとめて六本断ち切った。
「すご……」ニコが目を丸くしながら舌を巻く。
大陸最強の剣士ラウラに剣術を教授してもらったことも、不死王と真っ向から戦ったことも、全部伊達じゃない。無駄じゃない。ノウトの今までが今のノウトの背中を押してくれる。
「下がってください」
カミルがそう言って、ノウトの横に立った。カミルは右手を前に突き出して、左手で右腕の肘あたりを握る。そして右の手のひらを敵に向ける。相手はカミルが何をしようとしているのか検討もつかないだろう。
転瞬、カミルの手のひらから音もなく、それが射出された。
それは木の枝だ。
たかが木の枝と言ったらそれまでだが、重要なのは材質じゃない。速さと形状だ。カミルから放たれた木の枝は先が銛のように鋭利だった。加えて頭上にいる敵に一直線に飛んでいくというあのスピード。カミルの手のひらから現れた木の枝は、もはや鉄をも穿つ強靭な槍となる。
カミルの攻撃に反応できなかったのであろう一人の竜人族の脇腹を掠めた。鎧で守られたものの、相当なダメージになったのには違いない。
飛行能力が欠如したようにひゅるひゅると地面に落下していく。
その様子を確認するより前にカミルはもう四発の木の槍を放っていた。音もなく射出されたそのうち一本だけが竜人族の兵士の肩に突き刺さった。
「当たった!」ニコが声を上げた。
「やるじゃないっすかカミル!」
「ぐ……ッ…」突如、カミルは胸を抑えた。
「大丈夫か!?」
「だ、だいじょばないですけど……、大丈夫です」
カミルが樹木を操れているのは心臓に〈樹〉の神機《樹木葬画匣》が埋め込まれているからだ。だから、能力を矢継ぎ早に使えるわけではなくカミルの身体にも一定の負荷がかかってしまう。
「無理はするな!」
ノウトが大声ながらも穏和な口調で言うと、カミルは黙って微笑んだ。
「来るっすよ!」
スクードが叫び、その声が聞こえるより前にノウトはカミルの前方に出た。空からの攻撃に業を煮やしたのであろう竜人族の兵士たちのうち五人、いや、八人が滑空してくる。
まばたきをする───と、直後にノウトの持つ刀に相手の剣が激突した。重力を利用した凄まじい力に、さすがに押し負ける。ノウトは攻撃をいなすように後ろに仰け反って後転した。
「ノウト!!」
スクードがノウトの名前を呼ぶ。くそ。痛い。痛い。決して視線を下ろさずに、痛みを確認する。
どうやら右の手首がイッたみたいだ。
当たり前だ。滑空してくる敵の剣を刀で受け止めるなんて、空から落ちてくる鉄の塊を手でキャッチしようとするのと同義だ。刀が折れないように威力を殺したが、その反動で手首にダメージが入ったみたいだ。なにやってんだ、俺は。くそ、くそ。痛い。手首が、腫れてるのが分かる。骨が砕けたか、関節がイカれたか、もしくはそのどちらともか。まぁ、とにかく痛い。刀を持つのもやっとだ。
──殺陣があれば。
殺陣がありさえすればノーダメージで受けきれたのに。
……なんて。後悔はなしだ。今さらどう言ったって事態は好転しない。
「大丈夫……!」
ノウトは自分に言い聞かせるようにそう声を上げて、刀の柄を離さないように、ぎゅっ、と両手で握る。握り続ける。
そんなノウトの絶え間ない苦悩なんて知らないというかのように、敵の猛攻は続く。
先ほどノウトの右手首をブッ壊した竜人族が続けて剣を振るう。上段だ。そのままいけばノウトの首が両断される位置だ。ノウトは脇を固めて首を守る位置に刀を持っていった、と同時に敵の剣がノウトの持つ刀にブチ当たった。重い。でも、手を離すな。
「ざぁッっ!!」
叫びながらも、ノウトは両腕に全力を込めて相手の剣を弾き返す。火事場のなんとやらだ。まだ、戦える。いける。いける。
幸い、相手の弓矢兵はこちらの様子を伺っている。
戦争中の死者の二割以上は同士討ちだとどこかで聞いた覚えがある。
混戦が極まれば、それだけ仲間の攻撃が当たる可能性が高まる。弓矢もどれだけその技術が高くともこういった場合では仲間に当たってしまう可能性を秘めているので下手に出ることは出来ない。
ノウトは常に周囲に気を配っている。
例えば矢が降ってくれば、敵を盾にして守ることも、それを起点に攻撃に移る作戦だって瞬時に立てられる。
大丈夫だ。なんとかなる。今までだって、なんとかなってきた。
ニコは早速一人を気絶させたようだ。スクードはまだ戦ってはいるものの、ニコが助けに入ってなんとかなりそうだ。カミルはノウトの後方で身を屈めている。まだ神機の反動があるみたいだ。ノウトが負けたら、もろとも死ぬ。殺される。
相手が切り返しで下から斬り上げてくる。
負けてたまるか。
左手で壊れた右手首ごと刀を掴む。握る。
「いッ!?」
敵の振るう剣がノウトの持つ刀にぶつかると同時にノウトの右肩にとんでもないほどの激痛が走った。まるで、煮えた鉄の棒を右手に押し当てられたような痛さだった。痛い。痛いにもほどある。
でも、まだ生きてる。なんとか生の側に立っている。
反撃しろ。反撃しなくては。
そう思ったが、右腕が動かない。どうやら、右肩の関節が外れてしまったようだ。指先が痺れて、動かせない。
まずい。相手の攻撃が来る。刀で守るのは、正直不可能だ。右手が動かない。利き手じゃない左手だけじゃ刀を上手く扱えない。躱すか、避けるかしないと。
「──っ!」
後ろに避けようと画策したが、瓦礫か何がかかとにぶつかったみたいだ。ノウトは後ろに転んだ。それが功を奏したのか、尻もちをついたノウトの鼻先に剣がかする寸前で止まった。まさに紙一重だ。
だが、立ち上がるまで相手は待ってはくれない。竜人族の兵士は剣を構え、そして振り下ろす。
ノウトは考えた。ノウトはあと二秒も経たずに死ぬ。殺される。走馬灯は見えなかった。その二秒後は当たり前のように訪れる。
ガギィィィィィィィン──ッッ!! と突然、空気を断ち切るような金属音が鳴り響いた。
見ると、スクードがノウトの前に立って、盾で兵士の攻撃を防いでいた。
「ぜりゃァァッ!!」
叫んで、スクードは相手の剣を盾で弾き返す。
「ノウト!!」スクードがその名を呼んだ。「立て! 早く立つんすよ、ノウト!! ここで折れちゃダメだ! まだ、まだ俺たちはここから───!!」
その声を聞いて、ノウトは跳ねるように立ち上がった。
全く、その通りだ。スクードの言う通りだまだ終わっていない。自分を鼓舞しろ。右肩が外れていようが、右手首が壊れていようが、神技が使えないだろうが、やるときはやるしかない。
ノウトは左手で刀を握り、思いっきり、力の許す限りに振るった。相手はそれを弾くでもなくいとも容易く避ける。避けた先にスクードがいる。スクードは盾を構えてタックルしようとした。
しかし、相手はそれをも躱す。そして、スクードの盾を持つ手を蹴りあげた。スクードは思わず盾から手を離してしまう。スクードの盾は六メートルほど離れたところまで地面を滑っていった。相手は盾を手放したスクードを狙って剣を振るう。
そこだ。好機を逃すな。
ノウトは左手にしっかりと握った刀に命令した。
「──閃け」
そう呟いた瞬間、刀から雷撃がほとばしる。そして敵の身体に命中する。
「がァッ……──!?」
小さな雷霆が直撃した敵は大きく身体を震わせて、その場に倒れた。
もっと早く使えば良かったのだが、神機の待機時間が今さっきやっと終わったのだ。いつでも雷刀カンナの力を使えるわけではない。
一瞬、息をつく。周りを見る。
カミルもニコもだいぶ疲労しているが無事だ。
敵はまだいる。ここで終わりじゃない。
だが、竜人族たちは突然ノウトたちから距離を離した。
「逃げてる……?」ニコが呟く。
たしかに、逃げているようにも見える。だけど、何かが違う。何か、おかしい。
ノウトは、ハッ、と息を呑んで見上げた。
そこには弓矢──いや、クロスボウを構えた竜人族の兵士たちが空に飛んでいた。十人以上はいる。
「伏せっ───」と言いながら、ノウトは伏せた。思わず舌を噛みそうになった。
やつらはクロスボウから矢を発射した。ノウトは伏せたまま首を後ろに向けた。スクードがいる。カミルがいる。ニコがいる。みんな、矢が飛んできていることに気がついている。ニコはしゃがもうとしている。カミルは立ちすくんで目をみはっている。スクードは何を思ったのだろうか、両腕を広げた。足は肩幅くらいに広げて、ノウトの前に立っている。当たり前だけど、盾はそこに落ちているから、両手には何も持ってない。
胸を張る勢いで、それはまるで何かを通せんぼするようにスクードは立っていた。いや、まるで、ではない。まさしく通せんぼだ。ここから先には一本も矢を通すまいとして、そんなことをしたのだろう。なぜなら、スクードの後ろには、ノウトとカミルとニコがいる。スクードは仲間を守ろうとして、今そこに立っているのだ。ほら、俺さ、俺だけはみんなと違って、神機とか特殊な技とかもないんすよ、だから、こういう時くらいは守らせてくれよ、みんな、と言ったふうに、スクードなら笑って言いそうだ。
スクードの胸や腰、肩や脇腹に、腹に、クロスボウの矢が次々と刺さる。突き刺さる。もはや一切の容赦なく六本か七本、いや、それ以上の矢がスクードの鎧を難なく貫通する。矢がスクードの背中から浮き出る。
スクードは立ったままだ。直立不動とは言わないけれど、ぶふぉっ、と口から血を吐き出して、一度、二度まばたきをした。そして、これ以上吐血したくないのか、口を強く結んで、しかし咳き込む度に鼻から血が溢れ出す。
なにやってんだ、とノウトは思う。
みんなを守るのは、ノウトの役目なのに。何が、相手を殺せなくても、この手で他の誰かを守ることはできる、だ。
何が仲間が殺されそうになった時は、命を賭して守る覚悟はある、だ。
いくら後悔しても、目の前でスクードがノウトたちの盾になったというその事実はどうあがいても、もう覆らない。
「す、スクードっ」とニコが「スクード!」とカミルが仲間の名前を呼ぶ。
スクードはついに、立っていられなくなった。そもそも、あんな矢がたくさん突き刺さっていて立っているなんて無理だ。無茶な話だ。スクードがおもむろに後ろに倒れる。ノウトはスクードを後ろから抱えた。右腕は動かないので、左腕を首に回して、ゆっくりと地面に下ろした。
スクードはぐったりとしている。スクードの胸には四本、右腕には二本、左肩には一本、脇腹には二本の矢が深々と刺さっている。顔色が悪い。白いとか青いとかじゃない。土気色だ。
「な、んで……」カミルは言葉を失っている。
「………」ニコは黙って目を強く瞑っている。
スクードは目を閉じたり、開けたりして、途切れそうな意識をなんとか繋ぎ止めようとしているのか。「……ノ、ウト」とか細い声でスクードは繰り返す。
「な、なに? どうしたんだ、スクード……」とノウトはスクードに顔を近づけた。
スクードは右手でノウトの左腕を、意外なほどに強い力で握った。
「……ご……め、……っ……な……」
「え……? ごめん…、って、いや、俺が……! 俺の方が……!」
「………ち、が……、ぁ…………おれ、…の……」
スクードはひゅう、ひゅう、と肩で息をしながら言葉を紡ごうとするも、その声は言葉にはならない。
「……く、そ…………、なん……、で……おれ…………」
「スクード! スクード……! だめだ! だめだって! そんなの!」
「………み、みえ、……な………、み、んな…………」
「いるって! みんないる! スクード……! ここにいるから! 行くな……っ!」
「………ノぅ、………っト…、…ニ……こ、……か……、ミ……………」
「みんないるよ! スクード!! みんなここにいるから! だめだ、スクード! 行くな! 頼むから、スクード……!」とノウトは声の限りに叫びながら、あれ、なんか、これ、と思う。
覚えが、あるような。
こんなことが、前にもあったような。
スクード、じゃない。
別の誰かだ。
それは、誰だろう。
誰かは分からない。
でも、その人はここにはいない。もうこの世界にもいないのだろう。
そうだ。
その人みたいに、スクードは死んでしまう。だめだ。
「だめだって、スクード!」
「……ご……め、…………」
だからスクードは謝っているのか。俺、もう死ぬみたいだ。死んじゃって、ごめん、と。
「馬鹿なこと、言うな!」
ノウトがそう叫ぶとほぼ同時だった。スクードはすう、と息を吸って、吐き出した。その瞬間、スクードから、まるで魂が抜けていくように顔から生気が失われた。
カミルがスクードの胸に手を当てる。そして、カミルは黙って首を横に振った。
「……う、そ………」
とニコが呟いた。
嘘なんかじゃない。現実だ。全部。全部。全てが現実なのだ。スクードは、スクードは死んだ。殺された。ノウトたちの盾になって。
俺が、ノウトが、守る立場なのに。守ると覚悟したのに。約束していたのに。
「──俺に……」
──守る力さえあれば。
不意に、そう感じた瞬間、脳裏に激痛が走った。
それと同時にザザ̢͎̻͆̈̂̓̽ͤͬͣ͟ ̛̠̩̽ͬ͐̏ͤ̓̚ ̢͎̻͆̈̂̓̽ͤͬͣ͟ ザザ̢͎̻͆̈̂̓̽ͤͬͣ͟ザ───と不協和音が脳内を走っていく。
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〈██〉の勇者 ̛̠̩̽ͬ͐̏ͤ̓̚ ̢͎̻͆̈̂̓̽ͤͬͣ͟
̛̠̩̽ͬ͐̏ͤ̓̚名前:ノウト・キルシュタイン ̛̠̩̽ͬ͐̏ͤ̓̚ ̢͎̻͆̈̂̓̽ͤͬͣ͟
年齢: ̛̠̩̽ͬ͐̏ͤ̓̚ ̢͎̻͆̈̂̓̽ͤͬͣ͟ 19歳
【〈神技〉一覧】 ̛̠̩̽ͬ͐̏ͤ̓̚ ̢͎̻͆̈̂̓̽ͤͬͣ͟ ̛̠̩̽ͬ͐̏ͤ̓̚
《殺陣》:勢いを殺し、守る能力。 ̛̠̩̽ͬ͐̏ͤ̓̚ ̢͎̻͆̈̂̓̽ͤͬͣ͟
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