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第77話 笑って、逢奈



 戦局は長い時間、変わらなかった。

 ノウトたちはひたすらに救助と援護に徹した。

 遠方では魔皇が空を飛びながら魔法を放ち、竜人族(ドラゴニュート)の兵士や彼らの従える竜の群をも倒している。

 ラウラやダーシュを含めた猫耳族(マナフル)王国騎士団、シメオンを失った蜥人族(サラマン)群青連隊(ブラオ・メーア)血夜族(ヴァンパイア)の王子たち、ダンタリオン麾下の馬術兵、ハリトノヴァの森人族(エルフ)の戦士たち。

 彼らが魔皇が打ちこぼした敵を彼らが潰していく。

 相手も決して侮っているわけでも、本気じゃないわけでもないだろう。

 ただ、魔皇が強すぎるのだ。

 あれは、違う。次元が違う。

 彼女の通った道は焦土と化し、敵は灰燼に帰す。

 誰もかなうわけがない。

 そう心で呟きつつも、ノウトは遠方をそのまま眺めた。

 ミャーナとリューリの姿が見えた。

 驚くべきことに二人は並外れた身体能力で竜人族(ドラゴニュート)たちをのしていた。短剣を用いて敵の攻撃をいなして攻め立てる。後転してから、切り刻む。

 あんなにも臆病だったミャーナが──なんて考えるのはミャーナに失礼だろう。これが本来の彼女の力なのだ。

 ずっとメイドとして従事に徹していたミャーナがこんなにも強かったなんて一年前の自分に言っても信じてもらえないだろう。

 ときおり、彼女は敵の攻撃で危ういときもあるが、そんなときは仲間のサポートを受けて、なんとか持ちこたえている。気を抜けば誰にも訪れる死という真っ黒な恐怖が常に背中に張りついているのを感じる。どうか、どうか生きてくれ。ノウトがミャーナたちの近くに行っても邪魔になるだけだ。遠くから見守ることしかできない。生きてくれと願うことしかできない。

 その近くには、ラウラとダーシュの姿も見えた。

 ラウラは相変わらずだ。圧倒的な速さと剣(さば)きで相手を呑み込むように倒していく。

 さすが大陸一の剣士と言われるだけはある。ラウラのそれは、類まれなる才能もあるが、なにより彼女自身の努力が生み出したものとも言える。

 ラウラは誰よりも早く(つと)に目を覚まし、誰よりも早く鍛錬場に辿り着く。

 ノウトもそんな彼女に倣いたいと朝早くに起きて鍛えた。とにかく鍛えた。二年間だ。二年もの月日、ノウトは自らの腕を磨き続けた。毎日の訓練と鍛錬は怠らなかったし、常に自分を律していたつもりだった。

 ただ、それ以上の時間をラウラは剣に費やしている。だからこそ、彼女は強く、速い。

 目にも止まらぬスピードで敵をバラバラに、ズタズタに壊していく。

 そんな最強の姫騎士の背中を守り続けているのが近衛騎士ダーシュだ。

 ダーシュは身の丈ほどの大剣をたやすく振り回している。黒い軽装の鎧が陽光を反射してぎらぎらと輝いて見えた。ダーシュもラウラには及ばないが、強い。

 ふと、彼を見ているとシャーファとルーツァのことを思い出す。だけど悔いるのはもうやめだ。彼らの死を無駄にしないように、ノウトもまた生きて、生きて、生き続けないといけない。


「づ……ッ!!」


 戦いは終わらない。

 ノウトもまた戦い続ける。刀を振るう。相手の剣がノウトの持つ刀にブチ当たる。剣戟の叫びが弾けるように鳴り響く。

 いつまでこれが続くのか。

 いつまで生きていられるのか。


『生きて』


 声が頭に響く。誰の声だろう。それももう分からなくなっていた。どこで聞いたものか、誰が言ったものか、いつ耳にしたのかも、もう記憶がおぼろげだ。

 ふと我に返ると、どうして生きているんだろうと自問自答する。なぜノウトはここにいるのだろうと。

 いつかは誰もが死んでしまうのに。いつかはみんな忘れ去られてしまうのに。

 それなのになぜ誰もが生きているのか。生きるのに必死なのか。


「ぐッ……!!」


 上腕二頭筋に力を込めて、刀を押し込む。敵の剣を弾く。屈んで、横に跳ねる。下から斬りあげる。避ける。躱す。


「スクード!!」


「しゃおらァ!!」


 スクードが盾を持ったまま敵に激突する。そこをニコが冷気を放って気絶させる。カミルが樹木をあやつり、拘束する。

 ぜぇはぁ、と肩で息をする。何人か敵を無力化しながらもなんとか、……なんとかみんな生きてる。大丈夫。戦いはしばらく終わりそうもないが、生きることはできそうだ。

 ノウトたちは戦局の後方で援護に回り続けていた。ラウラたち前線組は先に行ってしまってもう見えない。


「次だ! 気を抜くな!」


 ノウトは叫ぶ。耳に入る音はうつろだが、ニコたちが返事をしたのはなんとなくわかる。

 ああ。やばい。ぼーっ、としてきた。酸欠か、低血圧症か、ブドウ糖不足か。

 頭に血が通ってない。いまは、呼吸をしろ。深く、深く。

 これでいい。


「シッ………!!」


 刀を振るい、相手の装甲を剥がす。

 ノウトは相変わらず人を傷つけられない。

 雪の降り積もる森の中でサバイバルを送っていた中で動物を何百匹も殺していたのに。傷つけることにも、殺すことにも抵抗がある。なぜだろう。これは、呪いのようなものなのだろうか。分からない。


「ノウト!!」


「ッ!」


 スクードの声が耳に響く。


「大丈夫っすか!?」


 彼はいつの間にかノウトの前に立っている。どうやら敵の攻撃を防いでくれたみたいだ。


「ボーッとしてちゃダメっすよ!?」


「ごめん! 戦闘中に!」


「ごめんはいらないっす! 俺はノウトの体調を心配してる!」


「それは、うん、大丈夫だ」


 ノウトは今、どんな顔をしているのだろうか。

 大丈夫ではないが、大丈夫と声に出した。

 腹をさりげなくさする。どうやら頭に巡ってないのは、空腹だからのようだ。

 勇者であるノウトもまた人間であり、人間である前に生物だ。戦闘中だから腹が空かないなんてことはない。動いたら腹は減るし、腹が減れば疲労が溜まる。でも、だからって手は抜けない。仲間のためにも。これ以上犠牲を出さないためにも。

 押し寄せる竜人族(ドラゴニュート)を雷刀カンナで(しび)れさせ、その隙をついたカミルが樹木をあやつり、拘束していく。


「ナイス!!」


「……………フゥ…」とニコが小さく息を吐く。


 どうやら、竜人族(ドラゴニュート)の兵士一部隊くらいは鎮められたみたいだ。


「ノウト、ほら」


 ニコがふところから何かを取り出した。手のひらサイズのそれは焦げ茶色で少し赤みがかってる。


「え」


「携行食」


「それは、見りゃわかるけど」


「黙って受け取って」


 ニコはノウトとは目を合わせずに干し肉を渡した。ノウトは言われた通り黙って受け取り、口に放り込んだ。瞬間、染み込み、閉じ込められた肉汁が口内に溢れ出す。そして、咀嚼して嚥下する。腹の虫が少しはおさまったようだ。


「ありがとう」


「そんなんで死なれたら後味悪いから」


「ニコさんは相変わらず優しいですね」カミルが笑った。


「そんなんじゃないし」


「優しいというか、機転がきくんすよね。はらぺこ系のノウトのそこまでを見越してたとは。感服っす」


「ほんとだな」ノウトは右手に刀を握ったまま小さく笑う。「出てく前に何か食ってけば良かったよ。助かった、ニコ」


「そ、──」ニコはそっぽを向いた。「そこまで言われるとボクも悪い気はしないけど。今はそんなこと気にしてる場合じゃないでしょ」


「それもそうですね」カミルが頷く。「切り替えていきましょう」


「っすね」スクードがそう言って脇を締めた。


 それから、ノウトたちは竜人族(ドラゴニュート)の部隊をゆっくりとだが制圧していった。また負傷者の救助も(おこた)らなかった。


 前線では魔皇やラウラが殲滅し、その取りこぼしをノウトたちが仕留める。


 全ては順調なようにも思えた。


「……おかしい」


「え?」


 ノウトの呟きに、スクードが首を傾げた。


「何がおかしいんすか?」


「さっきから、敵の勢いが増してないか」


「たしかに」ニコが口元の泥をぬぐった。「こころなしか、だけど」


「魔皇たちが取りこぼしてる数が増えてる、……ってことですか?」カミルが肩で息をしながら言った。


「それもおかしな話なんだ。相手の兵量は無限じゃない。有限だ。魔皇様の制圧力なら、少なくとも兵力は弱まっていくはず。なのに、敵の兵力は強まる一方だ」


「魔皇が手を抜いてる、とは考えにくいっすし……」スクードは顎に手を当てて考えている。


「前線には大陸最強の剣士、ラウラだっていますからね。僕らだって制圧できている相手にてこずっているとも考えにくいですし、……確かにおかしな話です」


 カミルがそう言った直後だった。


「……っ!」


 突然、周囲に気を配っていたニコが目を見開く。


「来るよ!」


 ニコが構えた方向に皆が身体向ける。竜人族(ドラゴニュート)の兵士たちだ。ただ、数が今までと違う。今までは一部隊五人前後だったのに、十人、いや二十人以上いる。

 完全にこちらを目視されている。

 もう、逃げられない。


「──迎え撃つぞ!」


 ノウトはそう言って、刀を構える。

 ただこの先に希望があることを信じて。






『面白い』『つづきが気になる』と思っていただけた方は下にスクロールして、星をタップして頂けるととっても嬉しいです。

明日か明後日あたりに次の話も投稿しますので読んで頂けると幸いです。


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