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第73話 青に線を引け





 挿絵(By みてみん)




 視界に広がったのは、紺青の絨毯を敷き詰められた広大な空間だった。

 身の丈ほどもありそうな剣や鎧なんかが壁に、それはまるで骨董品を備え付けるように飾られている。

 そして、部屋の中央には大きな円卓があった。

 いや、違う。部屋の飾り付けなんかは正直どうでもいい。大事なのはその円卓を囲む人々のことだ。

 魔皇がいる。魔帝国魔術研究所副所長のアガレスもいた。彼らの後ろには魔人族(マギナ)の帝国騎士団の面々が揃っていた。どうやら帝国騎士団の団長は不在のようだが、筆頭騎士のバレフォルクスがいるのは見えた。

 モファナの国王リンヴールド・ロンドがいる。その近くにその一人娘であるラウラが座っていた。ラウラの背後にはその従者であるダーシュが両手を後ろにして立っている。その毅然たる眼差しは相変わらずだ。

 次に見えたのは血夜族(ヴァンパイア)の王子たちだ。事前の情報にもあった通り、血夜族(ヴァンパイア)の王はいない。

 というよりもそもそも、血夜族(ヴァンパイア)の王はルノカアドの都市を陽の光から守るための〈闇〉の神機《闇澹深淵機(グロウラスト)》を維持するという責務があるのと、それこそ信頼出来る王子たちがいるという理由で出席する必要がないと判断したのだろう。

 ここにいる血夜族(ヴァンパイア)の王子は四人だった。

 王位継承権第一位ロークラント・ヴァン=ユウグルア、第三位のヨルア・ヴァン=ユウグルア、第五位ロギ・ヴァン=ユウグルア、そして、第六位のローレンス・ヴァン=レーヴェレンツだ。

 ああ、良かった。レンがいた。ノウトはある種、限りなく安堵したのを感じた。

 ここにいないのは第二位のロストガンと第四位のエスカ、そして第七位のルミアだ。ロストガンとエスカは魔皇のいない帝都の防衛に当たっているのだろう。ルミアに関してはまだ血夜族(ヴァンパイア)として幼いのでルノカアドで待機しているはずだ。

 王子たちは皆、頭以外に耐日服闇衣(ヤミゴロモ)を身にまとっていた。

 そして、その横にいるのはハリトノヴァの森人族(エルフ)たちだ。

 ハリトノヴァの国王ギベオン王、そしてその宰相やら文官やらがその両隣に座っている。彼らの背後には翡翠色の軽鎧をまとった森人族(エルフ)の兵士たちが目白押しに立ち、警戒を尽くしている。

 魔皇の直属護衛兵、ノウトと同列にある四天王の一人であるユークレイスはおそらく、いや絶対ハリトノヴァの守備に当たっているはずだ。彼は滅多なことがない限り自国から出ない。今回が滅多なこととも言えなくもないが、自らの国の王が出席する首脳会議にすら顔を出さないつもりらしい。

 森人族(エルフ)の軍の隣には見知った人物が座っていた。ユニの王女シャルロットだ。小足族(フリング)の兵士たちに囲まれた彼女はこちらを見て小さく微笑みを見せている。

 子供のようにも見えるので、まるでこの場にいるのが不自然なほどだが、しかし小足族(フリング)たちはそれでも精一杯の威勢を放っている。

 そしてその隣には魔皇軍とは違う魔人族(マギナ)の一派が座っている。

 彼らはシュンタイの者達だろう。

 シュンタイには王がいない。各自治体を各々が統治しており、それを統治する領主の上に盟主が存在するのだ。そこにはシュンタイ盟主ダンタリオスがいた。その背後にはシュンタイの馬術兵たちが立っている。彼らの武装や装備は特徴的であるために見ればすぐに彼らだと分かる。

 そして、最後にサリドの蜥人族(サラマン)だ。国王のスヴェリスの他には文官らしき人物はいない。その背後には彼のボディガードとも言える紺青のエンブレムが輝く鎧を着たサリドの精鋭騎士、衛兵たちが立ち並ぶ。

 ノウトは思わず固唾を飲んだ。

 彼らの視線が一斉に、それはまるで針のように突き刺さる。この威圧感と緊張感はそう味わえるものじゃあない。

 手汗で手のひらが湿るのが分かる。

 額にも汗が滲む。

 足元が揺らぐようにも感じる。


「会議中失礼致します」


 シメオンが胸に手を当てて頭を下げた。


群青連隊(ブラオ・メーア)隊長シメオン・ブラオスクがノウト殿をお連れ致しました」


 場は一瞬だけ静寂に包まれた。少なくとも誰かがパニックを起こすといったことはないようだ。つまり、ここまでの議論、会議の間に少なくともノウトが生きているという話が挙げられたのだろう。

 ここだ。何か。何か発言しなくては。出ろ。なにか言葉を、出せ。


「魔皇軍のノウト・キルシュタインです。遅刻して申し訳ございません」


 かろうじて出たその少し情けない声に、ラウラが小さく吹き出すのが見えたような気がした。おい、フォローしてくれるって言ってたじゃないか。なんてラウラに当たっても仕方ない。何をするにしても積極的に、自分から動かないと。


「ふむ」腕を組んで頷いたのはシュンタイの盟主ダンタリオスだった。「まさか本当に生きていたとはな」


「だからそう私が言っていたじゃあありませんか〜」


 間延びする声でそう告げるのはハリトノヴァの森人族(エルフ)の国王ギベオン王だ。

 彼はその威圧感のある名前とは裏腹に温厚で、しかし計略的な人物だと聞いている。その容姿は百歳を越えているとは思えないほど若く見える。人間──徒人族(ヒューム)で言うところの三十代ほどだ。


(けい)はなぜそこまでの確信があったんだ?」ダンタリオスがそう返答する。


「ミドラスノヴァにいた私の間者(かんじゃ)から聞いたんですよ〜。抜け目ないでしょ? 実際に目で見たわけじゃなかったのでその時に確信を得られたわけじゃなかったのですがね〜」


「シメオン、ご苦労」サリドの国王スヴェリスが蜥人族(サラマン)特有の牙を覗かせた。「下がって良い」


「はっ」シメオンは回れ右して入ってきた時と同じ扉を使って外に出た。シメオンは会議に出席するのではなく、ノウトを助けたのと同様に城周辺の警備に当たっているらしい。


 蜥人族(サラマン)は見た目だけでは何歳かは分からないが、サリド王のスヴェリスは明らかな貫禄を感じる。


「ノウト殿」


 スヴェリスがノウトの名を呼んだ。ノウトは背筋を伸ばし、彼と目線を合わせた。そして、緊張しているのを必死に隠すように手足に力を込めた。


「怪我はないかい?」


「へっ?」


 スヴェリスの物腰柔らかな、意外な声音にノウトは意表を突かれた。


「いや〜、我が国の悪党を退治してくれたってね。シメオンに聞いたよ」


「い、いえ。俺がやったのは声をかけたくらいで」


「それだけでも凄いと思うよ、私は。実際に何かことが起きていてそれを見て見ぬふりをするのは簡単だが、真正面から問題に立ち向かうのはそう簡単に出来ることじゃない」


「確かに、それだけ聞けばまさに勇者、と言ってもいいかもしれないですが」そう横槍を入れたのはルノカアドの第三王子ヨルア・ヴァン=ユウグルアだった。王子と言ってもヨルアは女性だ。その深い藍色の瞳がノウトを睥睨する。「ですが、彼は聞いた話では一介のチンピラにも喧嘩で負けたと聞きました。勝たずして何を得られるでしょうか、スヴェリス王」


「アンタねぇ……」


 ラウラが立ち上がりかけて、ひとつ咳払いをした。


「──ノウトのことを何も知らずに文句だけを付けないでくださいますか、ルノカアドの姫よ」


「ワタシは姫じゃない。王子。ルノカアドの史実も知らずに話しかけないで」


 場が一瞬で氷のように凍てついた。ラウラは黙って眉間をひそめる。

 刹那の静寂(しじま)ののちヨルアの兄である第一王子ロークラントが口を開いた。


「まぁまぁヨルア、そう邪険にするな。失礼だろう? 確かに我々はノウト殿のことを何も知らないのだからな」


「しかし兄様……」


「ノウト殿、ラウラ姫。我が愚妹が失礼(つかまつ)った」ロークラントは机まで頭を下げた。「なにぶん世間に疎いのでな。ぜひとも許して欲しい」


「い、いえ」ノウトは首を振った。「俺が悪辣を働く者に戦いを挑んで負けたのは事実ですから」


「そう謙遜しないでいい。ノウト殿はあの場で彼らを全員を殺せたはずだ」


「ころ……」


 ノウトは息を呑んだ。この人は、いきなり何を言っているんだ。


「……まさか兄さん」レンが恐る恐るロークラントを見た。「当時のノウトのことを見ていたのですか?」


「見ていたよ?」ロークラントはさも当然のように頷いた。


「それなのに何故手を貸さなかったのです! ノウトが誰に対しても優しく傷付けるのを好まないのは知っていたはずだ!」レンは声を荒らげた。どうやらレンは気絶してここに運ばれてきたノウトをかなり心配していたらしい。


「ローレンス、そう熱くなるな。結果としてノウト殿は死んではいないだろう」


「それは結果論です。ノウトが死んでいた可能性もゼロじゃなかった」


「お前はノウト殿を信じていなかったということか?」


「い、いえ、……決してそういうことでは……」レンは言葉を濁した。


「ノウト殿が殺されるわけがないとおれは確信していたからな。だから事の一部始終を眺めていた。実力を確かめたくてな」


 ロークラントは立ち尽くすノウトを見るように振り返った。


「ノウト殿、あの時どうして手を抜いたりした? 貴殿ほどの動体視力、体術の持ち主であれば悪党共を殲滅することも容易かっただろうに」


「俺は」言葉が詰まった。ロークラントはロストガンの実兄だ。つまり師匠の兄ということになる。ロストガンと同じ程のピリピリとしたプレッシャーを感じる。

 確かに、ノウトが本気で叩きのめそうと思えば簡単に出来たとは思う。相手はナイフを持っていて、一度はそれをノウトは落とさせた。その時に翻ってナイフを握り反撃すれば少なくとも三対一でも勝てていた。勝てていた? 果たして相手をナイフで斬りつけてそれが勝ちと言えるのだろうか。


「……俺は──殺したくないんです。出来れば、怪我もさせたくない」


「殺したくない、か」


 ロークラントは目を薄めた。


「見ればヤツらは裕福層の魔人族(マギナ)を脅していたようだった。確実な悪とも言える。その悪を貴殿は自覚していながらも殺さないと言うのか?」


「はい」とノウトは小さく頷いた。「俺は、それでも尚、殺すには値しないと思います。殺せばそれだけ悲しみの連鎖が広がるだけですから」


「ただの綺麗事」ヨルアが吐き捨てるように小声で呟く。


「……ハッ」シュンタイの盟主ダンタリオスがノウトを見て鼻で笑った。「腰抜けめ」


「ダンタリオス」ずっと黙っていた魔皇がおもむろに口を開いた。「少し口を閉じていろ」


 言われて、ダンタリオスはその通りにした。それは魔皇の威厳と力の成す技だ。魔皇とノウトは目が合った。魔皇は銀河色の虹彩を輝かせながらもノウトを向いている。


「ノウト、素直に告げればいい。この場にいるのは皆、同志だ。真の意味での敵はいない」


 魔皇はそっと微笑みながらそう言った。思わず、ノウトは「はい」と頷いた。その様子を見たモファナの王リンヴールドがゆっくりと口を開く。


「ノウトくん、これは仮の話だが──」


 リンヴールドと目が合った。猫のような銀目の瞳が確かにノウトを捉える。


「もし、もしだよ? もし私の娘であるラウラがキミの目の前で殺されそうになった場合、キミはその時をも敵を殺せないのかな?」


「俺は」皆がノウトの言葉に耳を傾けている。魔皇の言った通り、正直に、ただ素直に話せばいい。大丈夫だ。


「俺は、その時も敵を殺せないと思います」


「……ふむ」リンヴールドはひとつ相槌を打った。


「では貴殿は、我々に何を(もたら)してくれるのだ?」血夜族(ヴァンパイア)の王子ロークラントがノウトを見詰める。


「俺は人を殺せません」


 ノウトはしっかりと目を見据えた。もうここに来た時の怯えた心はどこにもない。


「でも、この手で他の誰かを守ることはできる。もし、仲間が殺されそうになった時は、命を賭して守る覚悟はあります」


 はっきりとそう告げた。それはただのノウトの本心だ。誰かが息を呑むような音が微かに聞こえた。


「その覚悟は結構だが……」


 リンヴールドは朗らかな笑みを見せた。


「どうか、死なないでくれ。キミが死んでしまっては多くの人が涙を流すだろうから」


 ノウトは、その言葉が確かに自らの胸に響くのを感じた。猫耳族(マナフル)の国王が語る切実な言の葉だった。


「勇者クンに助けられたっていう人はたくさんいるからね〜。森人族(エルフ)でも、血夜族(ヴァンパイア)でも魔人族(マギナ)でも小足族(フリング)でも蜥人族(サラマン)でも、ノウトクンのことを慕う人はいっぱいいるだろうね〜」ギベオン王が間延びした声でそう言った。


「その通りです」小足族(フリング)の王女で且つ軍師でもあるシャルロットが首肯した。「二年前に比べて今は支持する声の方が多い。つまり勇者ノウトのおこなっている行為は正しいと看做(みな)す者がほとんどだということです」


「それはあなたの主観では? 統計を取ったわけでもあるまいに」ヨルアがまたしても噛み付くように言った。


「ですが、ヨルア王子。ノウトが純白騎士団の団長ミェルキア・フォン=ネクエスを討ったのはどうやっても(くつがえ)らないほどの事実です」ラウラが言葉にした。「ノウトは強い。それだけは信じて欲しい」


「それはもちろん皆が知っている」ヨルアが無表情のまま頷く。「勇者はロストガン兄様仕込みの奇怪な体術とラウラ姫の用いる剣術を扱い、そして戦うと。しかし、ワタシはその精神性に不安を感じたというただそれだけのこと」


「精神性なんてどうでもいいのさ。彼の執念は本物だよ」サリドの王スヴェリスが精悍な眼差しで皆を見渡した。「だからこそここに立っている。不死王と戦い、そして自らだけが辺境に跳ばされ、そして生きてここまで辿り着いた。常人には出来ない執念だよ」


「どうして、あなたがそれを……」ノウトは反射的に訊いていた。


「ここまでの会議中にその情報が出たのさ。ノウト殿が遅刻しちゃったその間にね」


 スヴェリスは冗談げにそう言って、それから円卓を見回すように目線を配った。


「では、彼がこの会議に参加することに異を唱える者は挙手してくれ」


 ノウトは(おの)ずと円卓に座る者たちの様子を見つめていた。ノウトに対して攻撃的だったダンタリオスとヨルアは手を挙げていない。それ以外にも挙手をする者はいないようだ。

 認めてもらえた、ということだろうか。少なくともノウトがこの場にいて良いということは証明された。


「挙手する者はいないみたいだね」


 スヴェリスが、にっ、と笑ってノウトを見た。顔や業績から思いもしない優しい笑顔だった。ノウトはそれに応えるように頷いてみせた。

 そして、スヴェリスはこの場にいる面々それぞれと通じ合うように呼吸して、その大きな口を開く。


「さて、役者も揃ったところで、そろそろ対連邦軍の会議を始めようか」





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