第71話 綴じた魂たちのコンツェルト
「行ってくるよ」とニコたちに告げてノウトは宿舎を去った。
ラウラから聞いた首脳会議の時間まではあと一時間強ほどある。ヘリオルの中央、サリド城にて会議は行われる。城の前でノウトはラウラと待ち合わせをしている。歩いていけばここから数百メートルほどでたどり着けるので時間的には早いくらいだ。
雷刀カンナはメンテナンスの為にスクードに預けている。ノウトはこれから会議で話すだけだから武器は必要はない。このところカンナを使い続けていたのもあって定期的に専門家に診てもらう必要があるのだ。
「………にしても」
昨晩、妙な夢を見た気がする。
今までも変な夢は見続けてきたけれど、今回のは一際おかしかった。どうおかしかったのかはあまり覚えてないから上手く言えないけれど、何か変な夢だったことだけは覚えている。改めて考えるとそれもまた変な話だけど。
「……まぁ、夢のことを気にしても仕方ないな」
今、大事なのはこれからのことだ。会議で多くの有権者の前でノウトは姿を現すことになる。そこには大きな責任と結果が伴う。
両肩に重い何かが乗っかっているのを感じる。
だけど、成すべきことを成さねば、先には進まない。ノウトは先に進む必要がある。先に進まねば。先に、先に。
「やめ、てくれ!」
声が、聞こえた。裏路地からだ。
どんなに栄えた国にも負の面というのは存在する。ここ、サリドもそうだ。国民はそれなりに豊かで平穏な暮らしを営んでいる。しかしそれでも、貧富の差はどうしようもなくある。
路地裏で貧民層が裕福層から金をむしり盗る。こういった場末の道ではよくあることだ。
人は、──ヒトという種族は変われないのだと思う。
いつの時代も争って、奪い、奪われる。
それをどうにか出来る日が来るのかは分からない。分からないけれど、ノウトにはそれらを許せなかった。
「黙って金置いてけよ、グズが!」
怒号が聞こえて、ノウトはたまらず駆けた。
裏路地の向こうには三人の男がいる。内訳はそれぞれ猫耳族二人に蜥人族一人。
そいつらに囲まれた一人の魔人族の青年が猫耳族の男に胸ぐらを掴まれていた。
「おい、何やってるんだ」
「あ゛ぁ……?」
素行の悪そうな、またはガラの悪い三人がこちらに振り返った。
「なんか用かよ。なぁ、こちとら取り込み中なの。見てわかんね?」
「分かるに決まってるだろ。その人から手を引いて、この場を去れ」
「分かってねぇみてーだな、おい」三人は詰め寄って、ノウトを見下ろした。「お前一人でどうにかなると思ってんのかよ、クソ徒人族が。正義振りかざしてなんのつもりだ、あぁ?」
「そこの青年、早く立って逃げろ」ノウトは彼らを無視して、襲われそうになっていた男を逃がすようにせっついた。
「無視すんじゃねェよ!!」
猫耳族の男がノウトに刃物をふりかざした。本当に手癖が悪いやつだ。どこから取り出したんだか。ノウトは姿勢を低くしてそれを交わした。背中から殺意を感じた。蜥人族がノウトを踏んづけようとしているみたいだ。ノウトは両手両足を使って地面を跳ねるようにして距離を離した。ふぅ、とひとつ息をつく。
見れば、ノウトが逃がすように言った青年は無事視界からいなくなっていた。逃げられたのだろう。もっとも、ターゲットはノウトになってしまったようだが。
「死ね!!」
油断してる暇はない。猫耳族の男がナイフを片手に襲ってくる。
左右を一瞬で確認する。
ここは裏路地だ。
左右には跳んで避けることは不可能。この時の択は強気に出るか、抑え目に出るか。刹那で推考して、ノウトは強気な選択肢を取った。つまり、相手の懐に入って、そのナイフを手から落とすことに決めたのだ。
ノウトはふっ、と息を吐いて、前傾姿勢になりつつ前に躍り出た。これに関して相手は驚くだろう。ナイフで刺そうとする相手がこちらに向かってくるとは誰も思わないはずだ。その勘は案の定当たった。ノウトは裏拳でナイフを持つその手の甲を叩いてナイフを落とさせた。
「いッ!?」
凶器を落とすことには成功した。
「なにしてくれてんだテメェ!」
だが、さすがに三対一は分が悪い。さすがに数には勝てない。つまり、ノウトがこの場合取るべきは───
「お、おいッ! 待てゴラ!」
ノウトは大通りに駆け出していた。当初の目的である、襲われていた人を逃がすことはできた。
ならばここは逃げの一手だ。
人手を呼んで、この場はどうにかしてもらおう。多勢に無勢だ。数に勝るものはない──とも言い難いがこの場合は数には勝てない。ノウトは走る。走りまくる。
「待てよおい!! ブッ殺してやる!!」
「………物騒だなぁ…」
ノウトは追いかけられながら、または駆けながら小さく呟いた。
体力には自信がある。耐久力にも自身はある。
走っていれば撒けるはずだ。
大通りに出た。人通りはそれなりにある。人並みを通りながら、人の邪魔にならないように走っていく。
振り向かずとも分かる。まだ追いかけられている。
どうしてこちらの方が膂力も体力もあるのに撒けないのか。その答えは土地勘だ。ノウトはこの辺りの地理が全く詳しくない。地理というか、街並みというか。相手はホームで戦ってて、ノウトはアウェイで戦っている。相手の盤上なのだ。つまり、どこをどう走って、どの裏路地を通ればここに出る、などの地元民特有の土地勘をノウトは持っていないのだ。これじゃあ、撒けない。撒けるはずがない。
さっきと言ってることが逆じゃないか。とりあえず、救けを求めるしかない。怪我人を出さずして頼むなら、騎駐屯士か、サリドの兵士だ。
どこかにいないか、走りながら探るも、どこにも見当たらない。そして、考えてようやく分かった。
今日は首脳会議がここヘリオルの中心で行われる。そこには警備が集中するだろう。
それらが意味することは、この付近の警備が必然的に薄くなるということだ。なるほど。合点がいった。
だからこの三人は裏路地でカツアゲじみた行為を行っていたのか。納得した。非常に納得した。ただ、納得したところで何も状況は解決しない。解決しないどころか、まずい、「はァ………はぁ………」息が切れてきた。ここ、どこだ。太陽はあっちにあるということは、あっちが東? つまりここはさっきよりも郊外に出たということか。「はぁ………っ………はぁ……っ………」会議まで間に合うのか、これ。でも、やったことには後悔してない。困ってる人は見過ごせない。……でも、ああ。やばい。走り続けるのにも限度がある。さすがにそろそろきつい。執拗だ。こんなにもしつこいことあるかよ。
「ちょっと、……!」
行き止まりで立ち止まったノウトは振り返った。そこには怒髪天を衝く勢いの三人組が当然のように立っていた。
「ま、待て!」
ノウトは肩で息をしながら、………だめだ。酸欠で思考も鈍ってきた。
「待てねェよ! ここまでやっといて待ては虫が良すぎだろアホ!」
「それは、……はぁ……もちろん、分かってる」
「んなら大人しく死ねよ。人の金づる逃がしやがって」
ノウトに一人の猫耳族がナイフを片手に襲いかかってきた。ノウトは横に転がるようにそれを避けて、ナイフを持つ片手を狙って蹴りを繰り出した。しかし、それは虚空に空振ってしまう。
「抵抗すんじゃねぇよ!」
「がぁッ……!?」
ナイフを持ったやつとは別の男がノウトの顎を的確に狙って蹴りつけた。これは、痛い。いや、かなり痛い。めまいがする。
尻もちを着きながら、次の攻撃を避けようと画策しようとするも、避けた先でもう一人の蜥人族に殴られる。
「正義振りかざしてボコボコにやられんの、どんな気分だよ、なぁ!」
やはり、と言うべきか。数に勝るものはない。寡は衆に敵せず、なんて誰かが言ってたっけ。それが誰かすらも、もう分からない。
突然のことだった。
ノウトを殴りつけようとした一派の一人が横に吹き飛ばされたのだ。
そこには、一人の男が立っていた。背が高く、そして鈍色の薄い鎧を着込んでいる。視界がぼやけてはっきりとは見えないけれど、顔のシルエットからしておそらく蜥人族だろう。
気付けば、ノウトを襲っていた輩たちは全員地に伏せていた。どうやってかは分からないが、この男が全員伸したのだ。
「遅れてすまない。きみらが速かったもんで、追いつくのが遅くなった。しかし、こうなっては事実、中央会議に警備を重くするという案はやはり得策ではなかったようだ」
毅然たる声がうつろな意識の中に届いた。
「……大丈夫──ではなさそうだな。俺が衛生兵のもとへと連れて行こう」
その言葉が聞こえた直後、ノウトの意識は途切れた。完全にシャットダウンされるその直前に、ノウトを救けてくれた男の呼びかける声が聞こえた。それはやはり、どこかで聞いたことのある声だった。




