第21話 旅の途中、その邂逅
───な、んだ? これ。
暗い。
とにかく暗い。
まさに一寸先は闇だ。
どこだよ、ここは。
突然景色が、情景が、全てが真っ黒になった。
さっきまでヴェロアと──魔皇と宿の中で話していて、それで……。
もしかして、夢の中か? いや、それはおかしい。俺の、俺自身の意識がここに存在するなんて。こんなこと、今まで有り得なかった。
突然、こつこつと、靴が石畳を叩く音が向こう側から聞こえた。それと共に声も聞こえる。
「真っ暗だな。なんだ、ここ」
男の声だ。精悍なその声がこの闇の空間に反響していく。
「わっ」男が驚く声がした。「そこのお前、誰だ?」
暗くて、顔がよく見えない。おそらく、これは俺に対して言っているのだろう。
「俺は、ノウトだ」
「ノウト?」
男は俺の名前を繰り返した。
そして、俺が何かを言う前に男が口を開いた。
「なんでいきなりこんな空間に呼び寄せたんだ?」
「呼び寄せた?」
「ああ? お前が呼んだんじゃないのか?」男が首を傾げた。
「俺は、何もしてない。俺も、俺の意思なくいきなりここに来たんだ。さっきまでずっと俺の記憶を見てきたのに」
「お前、────」
男は言葉を詰まらせた。そして、息をついてから声にした。
「……もしかして、記憶を思い出そうとしている方のノウトか?」
「そうだ」俺は頷いた。「俺は、フェイを殺し、ナナセの死を体験した、勇者殺しを命じられたノウトだよ」
そう、俺は今までずっと、俺の過去を思い出し続けていた。これまでずっと追体験するように過去のノウトを感じていたのに、いきなり人格が引っ張りだされたみたいだ。
「そういうあんたは誰なんだ。どうして俺の意識空間にいるんだ?」
「俺か? 俺の名前は『アルバート』だよ」
「アルバート?」
「そう。アルバート。気付いてなかったんなら言うけど、実は俺、ずっとお前と一緒にいたんだぜ?」
「一緒に、って………」
「ぁー……。まぁ、分からないよな。当然だ。俺はお前に名前を名乗る前に、お前に殺されたからな」
「殺、された?」
「ああ、いきなり弑逆で背中を狙われてさ」
「………あっ」
俺は思い出した。思い出した、なんて言うのは違うか。
ずっと、頭の中にあった。そうか、そうだったのか。
目の前にいるアルバートという男は、ノウトが目覚めたあの暗い部屋で一番初めに殺してしまったあの青年だ。
「アルバートって名前……だったんだな」
「そういうこと」
「……悪い。あの時いきなり殺してしまって」
「まぁな。生きてたらぶん殴ってやりたいところだが。まぁこうっちゃ仕方ない。お前とのんびりやるしかなさそうだしな」
目の前にいるであろうアルバートはひとつ欠伸をした。真っ暗だから全然見えないけれど、のんきなやつだ。この異常事態に何も感じていないのか? 俺は今とんでもなく焦ってるんだが。
「でも、どうして俺が殺したはずのアルバートが俺の意識空間にいるんだ」
「んー……」
とアルバートは思案した。
「今までずっと考えてきたんだが、おそらくあの勇者が召喚される場所でお前が俺を殺したことで、ノウトと俺──アルバートの魂が混ざっちまったんだと思うんだ」
「魂が……混ざった……?」
「ほら、ノウトと話してたニコが言ってただろ? この世界には魂ってもんが確実に存在する。で、あの勇者を召喚する部屋は魂の存在確定が不安定な場所なんだと思うんだ。勇者を生み出すような場所だからな。そんなところでお前が俺を殺したから、こうして魂が混じり合ったってわけだ」
「待て待て待て。思考が追いつかない」
「待てない。時間は限られてるからな」
「……限られてる?」
「ああ。こうして俺とお前が会話出来てるのは、なんらかの奇跡だ。今までこんなことありえなかったからな」
「それは、確かに」
「俺の方から一方的に語りかけたことはあったけどな」
「そんなことあったのか」
「ま、それは今言っても仕方ない。思い出せ、としか言えないな」
「で、何か俺に伝えたいことがあるのか、アルバート」
「話が早くて助かる」
アルバートの声が聞こえてくる方向が違う。場所を移動したのだろう。
「ノウト、お前さ。過去のお前を見てくる中で、なにか違和感はないか?」
「違和感……?」
「そうだよ、違和感」
「違和感は、そりゃ当然、たくさんあるよ」
俺は自らの顎を触った。
「ニコ、カミル、スクード、エヴァ、カンナ、ダーシュ、フョードル、セルカ、テオ、フウカ、シャルロット、ミカエル、そしてレン。記憶が消されて、会ったことがないと思っていた彼らは以前から俺と会ってたんだ。それも、かなり密接な関係で」
「あれは、驚いたよな。フョードルとセルカが盗賊だったりカンナが女神だったり、ニコが神機だったり、あと、エヴァが殺人鬼だったりな」
「……アルバートは、そのあたりも知ってたんじゃないのか?」
「いやいやいや。俺もノウト同様勇者として召喚されて記憶がないんだぜ? 俺の思い出とノウトの思い出はイコールなんだよ」
「なるほどな……」
「まぁ、過去の遭遇の話は、今は考えないようにしよう。お前も自ずと体験することだ。今言わずともそのうち、な」
そう言って、アルバートは向き直って暗闇の中で言葉を発した。
「違和感っていうのは、お前のことだよ、ノウト」
「俺?」
「お前と過去のノウトじゃ、何か違うところがあるだろ」
「それは、……」
俺は薄々感ずいていた。この果てしない違和感に。気づかないようにしていたんだ。自分を否定しない為に。だけど、この問題から目を逸らすのは、違う。駄目なんだ。向き合わないと。今までの自分と、それから今の自分と。
「俺は、アルバートを、リアを、そしてフェイを殺した。ゴブリンもオークも大量に殺した。だけど、記憶の中にある過去の俺は、誰ひとりとして殺してない。殺してないんだ」
「俺を殺したのは違くないか? 魔皇に言われてやったんだろ?」
「でも、やったのは俺だ」
「そう思うなら止めないけどさ。あと、リアは不死身だったから死んではないだろ」
「殺したも同然だよ。俺はあの時、リアが不死身だって知らなかったんだから」
「そのことなんだが……」
アルバートは言葉を区切って、それから口を開いた。
「お前がやったのは、俺のせいだと思うんだ」
「アルバートの、せい?」
「さっき言ったろ。お前と俺の魂があの時に混ざり合ったって。だから、ふとしたときに俺の人格が出てしまったんだと思う」
そういうこと、なのか? 記憶にあるノウトは優しい男だ。誰に対しても分け隔てなく話しかけて、困っている人がいたら放っておけない。フェイを笑いながら殺した俺とは似ても似つかないような気がしてならなかったんだ。
「フェイを殺ったとき、少し記憶が揺らいでるだろ? あれは、俺が少し前に出ちゃったんだろうな。ああ、言っとくけど俺の意思じゃないぜ? 俺はお前の人生をただ傍観しているだけの存在だからな。ただ、心の深くにあるアルバートという人格がふとしたときに漏れちまうんだと思うんだ、ときどきな」
「それは、リアを殺したときも?」
「そうだ」
アルバートは頷いた。否、頷いたような気がする。
「あの時も思い出してみろ。自分が自分でないような感覚がしただろ?」
したような、しないような。曖昧だ。なんせかなり過去の話だ。その一瞬一瞬の自分の認知や認識を思い出せるわけがない。でも、確かにおかしい。普段のノウトだったら、リアを殺せるわけがない。そんな度胸も無謀さも勇気も狂気も持ち合わせていない。
「俺は──アルバートってやつは、ためらいなく何かを壊せる人間なんだと思う。勇者になる前の記憶がなくても、それは分かる。怒ったり、感情が高ぶると、その原因を壊したくなる、殺したくなる」
アルバートがため息をついた。
「そんな恐ろしい深層意識がお前を、ときどき狂わしちまったってわけだ」
「じゃあ、オークやゴブリンを殺せたのも、アルバートの魂の反響のおかげだったのか?」
「それは分からない」アルバートは首を横に振った。「だがな、あれはお前の意思だったと俺は思うぜ」
「そう、だよな……」
「おいおいなに悲観的になってんだよ」
「だって、俺は殺したんだ。過去の俺が決して犯さなかった殺人を」
「あのなぁ」
アルバートは髪を掻いた。
「お前は、あの時みんなを、仲間を救けようとしたんだろ? 殺人を正当化するんじゃなく、今ラウラやミャーナたちが生きていることに喜びを見い出せよ」
「そう、だよな。悪い」
「お前、ネガティブだよな」
「それは、否定できないな」
「違う。褒めてんだよ。しょげるなよ、そんなに」
そう言って、アルバートは肩を竦めた。姿は見えないのに、そうしているのが確かに分かった。
「過去のノウトも、今のノウトも。同じだってことだよ。ネガティブなのは別に悪いことじゃない。自分の過ちを反省できるのがネガティブなんだ。何も悪い面ばかり捉えるのは良くないぜ?」
「ありがとう、アルバート」
「いやいや。俺はお前を狂わしてる張本人だからな。これくらいの贖罪はさせてくれよ」
「違うよ。許しを乞いてるんじゃない。俺はただ、感謝してる。思い出したんだ。いつも、一歩前に踏み出せないときに、誰かが力を貸してくれていたって。それが、アルバートなんだと俺は思う」
俺がそう言うと、アルバートはそっと笑った。
「お前は、変わらないな。ノウトはノウトだよ。何があってもな」
アルバートの顔は見えなかったけれど、確かに微笑んでいるのが分かった。
「ま、とにかく、俺が何を言いたかったかっていうと、お前はお前でしかないってことだ。過去のノウトも、今のノウトも全部ノウトでしかないんだよ。そこだけは安心してくれ。ま、ときどき俺が邪魔することはあるかもしれないが、そこは許してくれよ?」
と、アルバートは冗談めかしく言って笑ってみせた。それから、何かに気づいたように仰いで、口を開いた。
「おっと、そろそろ時間みたいだ」
「時間?」
「また追憶に戻るんだよ。過去のノウトのな。こうして俺とノウトが会話していられるのは奇跡だって言ったろ?」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。まだ話したいことがたくさん───」
「おいおい、ノウト。急がないと上映時間に間に合わないぞ」
そうアルバートが告げると、パッ、パッ、と周囲の照明がついた。カウンターがある。紫色の看板が上の方にあった。何かの絵が描かれた垂れ幕が下がっている。カウンターの上には複雑な形をした白い箱がある。透明な、大きな箱の中に、白くて丸っぽい何かがたくさん入ってる。床には赤いカーペットが敷きつめられている。道の先に目線をやると、開かれている扉が見えた。扉の上には『SCREENS』という文字が光っていて、その先には暗い空間が続いている。
アルバートの姿が見える。俺のことを待っているみたいだ。この場所。この光景。どこかで見たことがある、気がする。どこでだろう。分からない。
アルバートが俺の方を見て、口を開いた。
「ポップコーンは持ったか? コーラは? 持ったな。おっと、そうだ。トイレは済ましたか? 先は長いからな。よし。それなら、準備オーケーだ。さぁ、俺たちの追憶を再開しようか」




