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第69話 紡ぎ、繋ぎ、絆す、ぼくらの行き先は



 口に出すのと、実際に行動するのはその難易度が大きく異なる。


 これは至極当然の話だ。

 そんなこと、語らずとも誰もが理解できるだろう。

 空を飛びたい。あそこへ行きたい。勝ちたい。壊したい。助けたい。愛したい。救いたい。愛されたい。守りたい。助けになりたい。生きたい。

 ああしたい、こうしたいと口に出して、これまでその内でいくつの欲望を叶えられたのだろうか。

 ヒトは生理的欲求を除いたほんのひと握りの欲望しか満たすことは出来ない。

 それらが本当に叶えたい望みだとしても、それを叶えられるかどうかは誰にも分からない。


 明日、サリドの中心その首都ヘリオルにて首脳会議が開かれる。

 ノウトはそこで自らの存在を改めて表明するつもりだ。

 その目的は大きく分けて二つ。

 勇者であるノウトがここに生きていることの表白と、これから成すべきことの主張だ。

 シャルロット曰く、今回首脳会議が開かれたことの大きな要因は帝国の権威の低下にある。

 さらに言えば、どうして帝国の権威が下がったかというと、その背景にはノウトと、それから大地掌握匣(グランアルカ)が奪われたこと、そして血濡れの姫隊(ブラッド・ロンド)のルーツァとシャーファが殺されたことが大きな要因となっている。

 まず始めにあったのは、ルーツァたちの死だ。彼らは大陸でも随一の戦士たちだった。ルーツァとシャーファの名前を聞いて、「ああ、あの最強の猫耳族(マナフル)の戦士ね」と思いつかない者はこの大陸ではモグリと言われても仕方ない。彼らはどの戦に駆り出されても苦戦を強いられることなく勝ってきた。そのため、血濡れの姫隊(ブラッド・ロンド)が出撃した戦は勝利したも同然と戦う前から分かるほどだった。しかし、ここであの悲劇が訪れる。連邦軍の秘密兵器、ミェルキア・フォン=ネクエスの妹であるエヴァが寝込みを襲ってきたのだ。シャーファとルーツァが万全の状態であれば、それでも五分五分の試合ではあった思うが、まだ勝機はあった。だが、あの場はもはや最悪の状況としか言いようがなかった。まず寝ていたシャーファが殺された。そして、ミファナ、フィーユも殺された。そのことで激昂したルーツァもまた殺された。

 ノウトがあの場でアヤメと出会わなければ、今ここにノウトは立っていないだろう。エヴァはそれほどの相手だった。

 ルーツァたちを殺したエヴァはとても素直なんだと思う。ミェルキアが殺されていなければエヴァはノウトたちを襲わなかったはずだ。『殺し』の怨嗟と連鎖がノウトらを悲しみの暮れに叩き落としたのだ。

 そして、物語はそこで終わりではなかった。

 エヴァたちがルーツァたちを襲い、殺したのは作戦のほんの一幕でしかなかったのだ。

 連邦軍──不死王はノワ=ドロワを使い帝国から大地掌握匣(グランアルカ)を奪った。瞬間転移陣(ステラグラム)には莫大な魔力が必要となるが、連邦の魔女と呼ばれるノワ=ドロワなら可能なのだろう、その力をもって大地掌握匣(グランアルカ)を連邦の首都であるファガラントまで一瞬で移動させた。

 大地掌握匣(グランアルカ)は帝国の所有する極めて重要な神機のひとつだ。それを取り返さない手はない。そこで極秘に奪還作戦が決行された。メンバーは勇者ノウト、モファナの姫騎士ラウラ、姫騎士の護衛ダーシュ、血夜族(ヴァンパイア)の王子レン、そして帝国隠密部隊所属のフウカ。

 ノウトたちはひと月程をかけて不死王の城まで辿り着けた。そして大地掌握匣(グランアルカ)も無事取り返せた。

 しかし、ノウトはそこで不死王と会敵してしまった。

 不死王はあの時語っていた。

 自らが成そうとしているのは世界を救うことだと。

 その為に楽園へ通じる『異扉(オスティア)』を通ろうとしているのだと。

 戦は全てその為におこなっているのだと。

 それを止める為にノウトは不死王と戦った。

 その結果は惨敗だった。

 アヤメの剣も壊され、神技(スキル)も使えなくなってしまった。

 その後にラウラたちが救けに来てくれなければ、ノウトは確実に死んでいただろう。

 不死王から逃げるようにノウトは瞬間転移陣(ステラグラム)に乗ったが、その時になんの不調かノウトだけが帝都に帰ることが出来なかった。

 それによって、世間ではノウトが不死王に殺された、ということになっているのだった。

 しかし、ノウトは帰ってきた。死に物狂いで生き続けてラウラたちの前に現れた。

 今ここでノウトが決意やその存在を表明することには大きな意味がある。そしてそれと共に大きな責任も伴う。


「でもノウト、ちゃんと会えて良かったじゃん」


 ニコが砂糖菓子を片手に言った。


「まぁね。センドキアにいた時はここまで来れるとはあんまり思ってなかったよ」


「距離的にも立地的にも現実的じゃないっすからね」


「よくやったと思いますよ。ノウトも、ニコさんも」


「カミルもな」


「いやぁ〜、めちゃくちゃ歩きましたからね、僕ら」


 ノウトはニコ、カミル、スクードと共にヘリオルの宿の中にいた。シャルロットが護衛代として提供してくれたもので泊まったのだ。ニコたちはノウトとはぐれたあと、シャルロットと一緒にいたようだ。ラウラたちと離れたあと、ミャーナを含めた猫耳族(マナフル)の傭兵団の協力もあってなんとか合流することが出来た。


「明日、首脳会議とやらがあるんだよね」ニコが伸びをしながらノウトを見た。「ノウトも行くの?」


「ああ。もちろん」ノウトは頷く。「さすがに明日は俺が顔を出さないとまずい」


「ノウト、死んでることになってますしね」


「ミドラスノヴァにいたカミルやユニのシャルロットですらノウトの存在を知っていたんすから、ノウトが死んでいる、なんて虚実がこのまま広まるのはやばいっすよね」


「だけど、明日突然ノウトが偉い人達の前に現れたらパニック起きちゃうんじゃない?」そう言ってニコが肩を竦めた。


「そこはたぶん大丈夫。ラウラにある程度根回しというか、混乱が起きないように俺が生きてることをそれとなーく広めとくように言っておいたから。まぁ、ラウラが何もしなくとも猫耳族(マナフル)の駐屯地で俺が姿を見せまくったから、どこかで噂は広まりつつあると思うけど」


「それなら明日会議に出る必要もないんじゃない?」


「いやいや」ノウトは首を振った。「事実がどうことうも大事だけど。俺が首脳会議に顔を出すことにもちゃんと意味があるから。そこも、大事」


「分かってる」ニコはふん、と鼻を鳴らした。「冗談だって。この世界のキーパーソンである勇者その人のノウトが、お偉い人達の集まる会議に顔を出すのはそれは大変結構。うん、分かってるよ」


「ニコ、どうしたんだ?」


「いや、別に」ニコは目を逸らした。「なんでもない」


「俺には分かるっすよ」


 そう言ってスクードは得意げな顔をする。


「ニコはノウトが明日会議に行っちゃうのが寂しいんすよね?」


「はぁ?」


 ニコは焦ってるでも何でもなく、単純にスクードの言ったことに対して疑問を感じるような表情をした。


「ありえないって、そんなの。ボクはただ、ノウトがその会議とやらでヘマしないか心配なだけ」


「部外者である僕らはその会議に着いて行けませんからね」


 カミルは何だか悲しそうに言った。そう、その通りなのだ。明日の会議にはスクードやカミル、ニコは連れて行けない。関係がないとは言えないが、ニコに関しては聞かれたら困ることしかないし、カミルに関しても何故ミドラスノヴァの森人族(エルフ)がここにいるのかと弁論が繰り広げられてしまうことが容易に想像できる。

 そして、スクードだ。スクードはヤバい。かなりヤバい。どれくらいヤバいかというと、表沙汰になるとスクードが拷問されてしまうレベルでヤバい。

 幸い、見た目だけでは連邦の魔人族(マギナ)であることは分からないが、その中身は不死王の側近であり、連邦軍の中枢を担う神機技師だ。ノウトたちの敵は不死王、そして彼の麾下(きか)にある連邦軍であり、つまりスクードはこちらと敵対する存在だ。そのことがバレでもしたらスクードは最悪の場合死刑までいってしまう。

 懸念すべきはシャルロットだ。シャルロットはスクードの身の上を知っている。彼女がスクードの素性をバラすとは考えにくいが、万に一の場合があったら非常に困る。その時にどうするかも考えなくてはならない。


「取り敢えず、明日俺が出てる間はみんなは固まってて、宿で待ってて欲しい」


「何でノウトの言う通りにしなきゃいけないのさ」


 ニコは椅子から下ろす足をぴんと伸ばした。


「今日、外で観光してたけど何事もなかったよ?」


「頼むよ」


 ノウトは頭を下げて心を込めて言った。ニコはそんなノウトの姿を見て、ひとつ嘆息をついてから、


「……分かったよ」と頷いた。


 ノウトの頭にあるのはあの時の悔恨だった。ノウトはフィーユとミファナを失った時、彼女らと離れた場所にいた。その結果、ノウトは彼女らを失った。

 今回の場合も出来るだけ近くにいたい、そう思うのはやまやまだが状況が状況だ。幸い、ニコもスクードもカミルも戦闘の心得はある。その辺にいるチンピラには負けはしないと思うが、何が起こるかは分からない。ノウトは神様なんかじゃないから。だから、万全を期す。少なくとも、ノウトの前に居ないところで居なくなるのだけはやめてほしい。


「まぁ、正直なところ、すぐ会議は終わると思う。そもそも俺が死んだからその為の穴埋めをどうするか、みたいな会議らしいし。その俺が生きてるってなればそのあとは対連邦軍の軍議がちょっとあって、そのあとはきっとすぐお開きだよ」


「そうなれば一番っすけどね」スクードは頭の後ろに手をやった。「ま、俺がそこら辺出歩くのは危険なんでここで待ってるのは賛成っすけど」


「僕も今日はさんざん外で観光したので、明日の午前あたりまでならここで待機してるっていうのも甘んじて受け入れますよ」


 カミルが余裕げな顔でそう言うと、ニコは呆れるようにひとつ息をついた。


「はいはい。分かったよ、分かった。待ってればいいんでしょ? それくらいおちゃのこさいさいさいだよ」


「さいが多くない?」ノウトが冗談げに言う。


「うっさい」


 ニコは頬を膨らませてノウトに背を向けた。その様子を見て、ノウトは安心した。ニコは変わらない。センドキアで会ったあの時から。


「みんなは、この後どうしたい?」


「この後?」


「ほら、俺の目的はほぼ達成出来たみたいだし。みんなのやりたいことやって欲しいっていうか」


「俺は〜、そっすね〜〜」スクードがあぐらをかいて口を開いた。「俺は一旦自分家に戻ろうと思ってるっす。この黒刃の剣も直さないといけないし。直したらまたノウトに会いに来るっすよ」


「スクードには、なんだか助けられっぱなしだよな」


「いやいやいや!」スクードは大袈裟に首を振った。「全部俺が好きでやってるんで。というか、俺の方がノウトからもらっているっていうか」


「スクードが?」


「そっす。俺が工房にいた時は何かをつくることしか楽しみがなくって。姉貴も友達もいなくなって。それから、仕事することしか楽しみを見いだせなくって。でもこうしてみんなといると、なんかすげぇ楽しいっつーか……上手く言えないっすけどそんな感じっす」


 スクードはそう言って鼻頭を指でこすりながら、ひひっ、と楽しそうに笑った。


「ふぅん」


 ニコは興味なそうに言った。


「ふぅん、ってなんすか」


「いや、そんなこと思ってたんだー、って思って」


「や、やめてくださいっす。なんか恥ずいんで」


「いいじゃん」ノウトが控えめに微笑む。「そういうの素直に言えるの、俺は好きだよ」


「あーはいはい」


「ニコさんのあしらい方が一流すぎる」カミルが小さく笑った。


「そう言うニコは、このあとどうするんだよ」


 ノウトが言うと、ニコは数秒考えてから、口を開いた。


「ボクは、センドキアに帰りたいかな」


「え゛っ?」カミルは汚い声で驚いた。「せっかくここまで来たのに?」


「まぁ、いつかはね。アド様にもやっぱり会いたいし。うん、帰らないと。それはカミルっちも同じでしょ」


「それは……」カミルは目を細めた。「確かにそうですけど」


 そうして、カミルがそれぞれの顔を見渡した。


「でも僕はまだ帰るつもりはありませんよ。ミドラスノヴァを世直しする手立てを考えないと姉上にも顔合わせできませんし」


「だな」ノウトが頷いた。「俺も、この刀をフレイヤさんから受け取ったし何か手立てがないか考えないと」


「ありがとうございます」カミルがそっと笑った。「ミドラスノヴァに帰るその日までは、僕はノウトと共にいるつもりです」


「助かるよ。俺も俺でしなくちゃいけないことがたくさんあるから、みんなに手伝ってもらえると凄い嬉しい」


「それで、ニコはどうするんすか?」


「ボクは───」と言いかけて、すぐに言葉を訂正した。「ボクも、センドキアに帰るまではノウトといるつもりだけど?」


「ありがとう、ニコ」


「仕方なく、だけどね。どこも行く宛てはないし」


「センドキアに帰るまでは帝都に暮らすといいよ。きっと魔皇様がなんとかしてくれるから」


「その魔皇サマとやらはずいぶんと太っ腹なんだね」


「まぁね。勇者である俺を養ってくれたくらいだし」


「……そっか」


 と、そう小さく呟くニコの横顔はどこか物憂げで、儚く思えた。それはまるで、夕の空に浮かぶ今にも消えてしまいそうな雲のように。






           ◇◇◇







 その晩は、なんだか寝付けなかった。

 緊張感からか、はたまた期待感からか。

 宿の部屋の中でひとりノウトは寝台に横たわっている。

 ひとりでいるのは慣れている。

 森の中でひと月半ほど過ごしていたのは今思えばいい思い出だ。あの時は生きるのに必死だった。目の前にある生にしがみつくのに精一杯だった。

 殺して、殺して、殺して、生きる。

 栗鼠を、兎を、鹿を、狼を、熊を。

 あらゆる動物を殺して、ノウトは生きた。生きてきた。

 それが果たして正義なのか。ノウトには分からない。

 ただ、ここにノウトがいて、そのことが世界にとって、誰かにとってプラスであればそれは正義なのだろう。そう思うしかない。ああ。正義の純度測定は、それくらいにしておこう。でなければ、ときどき頭がおかしくなりそうなんだ。殺すのが正しいとか、正しくないとか。そんなことが言いたいんじゃない。それよりももっと前の──例えば、どうして殺さなければ生物は生きられないようになっているのか。そんな世界に疑問を持つ。


「はぁ……」


 いつもこうだ。寝る前に考えると止まらなくなる。不安と躁鬱と葛藤が頭の中に押し寄せる。

 この世界にノウトは生きるべきなのだろうか。最終的にはいつか死んでしまうのに、なぜ今を生きているのか。なぜ彼女のいない世界にノウトは生きているのか。考えずにはいられない。



『生きて』



 目を瞑ると、彼女の声がする。

 会いたい。会いたいのに、もう会えない。そんな思いばっかりだ。きみの名前も、もう思い出せない。心に空いた穴の中にきみはいて、この穴をなぞればきみを思い出せる気がしてならない。



 ────……コンコン。



 と、突然どこからか音がして、ノウトはベッドから飛び起きた。


「……………何だ?」


 窓の方だ。窓が、ノックされた。ここは三階だ。その高さの窓を外側からノックするなんて普通ありえない。

 ……鳥、とか? それならば有り得なくはない。だが、あまり現実的ではない。この真夜中にこんな活発的にノックしてくる鳥なんて。それならば、……不審者? 血夜族(ヴァンパイア)であれば三階にまで外から飛んでくるのは容易だ。

 ごくり、と息を呑んだ。

 それから、ノウトは雷刀カンナを片手に寝台から立ち上がった。じりじりと窓に詰め寄る。何が起こっても対処できるように身を構える。

 窓の外は暗くて、良く見えない。月すらも見えない。……誰もいない?

 ノウトが恐る恐る窓の錠に手を伸ばした。果たして開けていいのだろうか。分からない。だが、こちらには雷刀カンナがある。最大出力で痺れさせればどんな敵も気絶させることが出来る。

 ──大丈夫だ。そう、大丈夫。

 心の中でそうやって案じながら、ノウトは宵の闇を写し出すその窓を開けた。




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