第68話 モファナの姫君と絶対なる従者
「な………!?」
ラウラは絶句した。
そのまんまるな眼でノウトを覗き込みながら。
目を見開き、深い栗色の髪を揺らして、少女は驚きに瞳を揺らしてこちらを見ていた。
そこには望外の喜びが、理解不能の驚愕が、様々な感情がない交ぜになり、言葉にできないものが渦巻いているのがうかがえた。
まるで死人でも見たかのような驚きように、ノウトは気持ちが舞い上がりそうになった。何秒か固まったのちに、ラウラが口を開いた。
「見んなぁ!」
「なんッ!?」
ノウトはラウラのビンタをもろに喰らった。驚くべきことは、ノウトは頬がじんじんするまでビンタされたことに気が付かなかったことだ。相変わらずとんでもない身体能力に舌を巻く。
痛む頬を片手で抑えながらノウトはラウラを視界に入れないようにした。
「なんで見ちゃだめなの……?」
「いや……」
ラウラはもごもごしている。
「──ごめん。やっぱ、見ていい」
「え、いいの?」
「いいって」
「ほんとに?」
「しつこいな。さっきは少し動転してただけ」
その言葉を聞いてノウトは改めて、ラウラの姿を恐る恐る見た。
薄い橙色の生地のドレス。肘まで届く白い手袋。小柄で華奢な体躯は抱きしめれば折れてしまいそうなほど細く、毛質の細い栗色の髪が儚げな印象に良く似合う。
しかしセミロングの髪を揺らし、意思の強い銀色の瞳の彼女が、そういった弱々しさと無縁であるのをノウトは知っている。
「こんなひらひらしたの趣味じゃないし……すっごい恥ずかしいけど、これを着ろって方々がうるさくって。まぁ、一応あたしも王女なわけだから着ないわけにもいかなくなっちゃってさ」
そう言って、ラウラは横目でノウトを見た。
「なんか……言ったら?」
「よく似合ってるんじゃないでしょうか」
「いつもの威勢はどこいっちゃったの」
ラウラが吹き出すように笑った。その顔を見て、その笑顔を見ることが出来てノウトは深く安心した。安堵した。
「ただいま、ラウラ」
そう言って、ノウトが、にっ、と太陽のような微笑みを見せると、ラウラは呆れるように苦笑して、髪を掻いた。
「見れば分かる通り、こいつやはり生きていたようです」ダーシュが背中で手を組みながら言う。
ラウラはひとつ息をついて、自分の首を撫でた。それから、ノウトを上目遣いで見る。
「おかえり、ノウト」
「ごめん、遅くなった」
「ほんとだよ」
ラウラは、ははっ、と楽しそうに、だけど控えめに笑った。
「生きてんなら報せのひとつくらいよこしなよ」
「こっちもてんやわんやでさ。そうもいかなかったんだ。これでも俺急いできたつもりなんだけど」
「半年ぶりに会っておいてそれはないんじゃない?」
「だから悪いって」
「ううん、謝らなくていいよ。とにかく、アンタが生きてて良かった」
「それは」ノウトは頬を掻きながら、苦笑した。「俺のセリフかな」
「生きてて良かったって?」
「そう。ラウラやダーシュたちが無事でよかった」
そう言って、にっ、と笑って見せた。それはまるでここに生きていることを証明するように。
「この半年──」ラウラはノウトをいたいけな視線で見つめた。「何があったの?」
「俺は」と、そこまで言ってここ約半年間の出来事を思い浮かべた。いろいろあったことは確かだ。どこから話すべきか。やはり始めから、──歯車が狂い始めたあの瞬間から話すべきだろう。
「俺は、ラウラたちと同じ瞬間転移陣に乗ったあと、俺だけ別の場所に行っちゃったんだ」
「……やっぱり、そっちだったんだね」
「そっち?」
「ほら、アンタの動向が分からないあたしたちはアンタが不死王城に取り残されたか、それとも別の場所に飛ばされたって二つの説があったんだよ」
「取り残された……、なんて説もあったのか」
「考えてみろ。あの時瞬間転移陣を使用した順番は姫、俺、レン、フウカだった。そして、最後がお前だったから向こうに取り残されたという案が有力だった。お前が現れる今日まではな」
「そう、……だったのか」ノウトは顎を触って、あの時のことを脳裏に思い起こさせた。
「ノウトを除いたあたしたち全員は不死王の城で瞬間転移陣を使ったあとは普通に城に戻れてたんだけど、ノウトだけいなくてもうちょー焦ったんだから」
そうか。そのこともあってノウトはラウラたちをより心配させてしまったんだ。
確かに、ノウトが瞬間転移陣を利用するのが一番最後だった。ということはつまり、『他の場所に飛ばされた』という結論付けるよりも『置いてけぼりになった』と結論付ける方が納得がいく。
それによってノウトが不死王に殺された、なんていう虚実が世に広まってしまったのた。
「不死王城に繋がってる瞬間転移陣でまた戻ろうとしたんだけど、故障か不調かで不死王城に飛べなかったんだよ。あの時はメフィも凄い焦ってて、どうしようどうしようって右往左往してたんだから」
「マジか」ノウトはそっと笑った。「早く戻って顔を見せないとな」
「うん、早くそうした方がいいよ」
ラウラの笑顔を見る度に安心する。なんだか、夢みたいだ。思わず右手の甲を左手の人差し指と親指で摘んでみる。痛い。痛覚はある。夢じゃない。これは夢じゃないんだ。
「それで」ダーシュが腕を組んだ。「お前はどこに飛ばされたっていうんだ」
「センドキアのその北だよ」
「センドキアの北……って」ラウラは目を丸くした。「そこって未開拓の未踏地区じゃん。大地掌握匣の地図の範囲内にも載ってないっていう」
「そう。大変だったよ。雪と森しかないところでさ。兎とかリスとか狩りながらなんとか生きてたんだ」
そうノウトが言うと、ラウラとダーシュは言葉を失った。
「……よく、生きてたね」
「まぁいろんな人に救けられたから」
「お前は本当にしぶといやつだな」ダーシュが呆れ半分に言った。
「我ながら、よく生きてると思う。何回か本当に死んだとも思ったし。ツキログマにばったり出くわしたときなんてボロボロになってなんとか辛勝できたから」
「いや、ちょっと待ってアンタ、頑張りすぎでしょ……」ラウラは右手で額を抑えた。「ぁー……、なんか無性にアンタのこと抱きしめたくなってきた。絶対しないけど」
「遠慮しなくてもいいのに」
「しないって」ラウラがノウトの肩を軽く小突く。このちょっとした痛みがラウラの存在を証明してくれた。
「それで、センドキアからどうやってここまで来れたの?」
「ユニまでは徒歩で、そこからはユニの王女シャルロットの馬車に乗せてもらって、ここまで来たんだ」
「シャルロットって──」ラウラは言葉を詰まらせてダーシュを見た。
「レンの連れですね。そして、やつはユニの軍師でもあります」
「軍師? シャルロットが?」
ノウトが聞くと、ダーシュは黙って頷いた。
「ユニには王がいるが、実際の政権を握っているのはその娘である件のシャルロットだっていう話だ」
「そんな、凄いやつだったのか。まぁ、確かに論述やら口述やら上手いなぁとは思っていたけど」
「ここに来る途中の馬車にノウトが出くわしたってこと?」
「端的に言えばそんな感じかな。彼女──シャルロットの馬車が盗賊に襲われてたのを救けたのがきっかけだけど」
「盗賊に襲われてたって」ラウラは眉根を下げて、椅子にもたれかかった。「本当にいろいろあったんだね」
「まぁな。俺も信じられないくらいたくさんのことがあったよ」
ノウトは腕を組んで、ひとつ息をついた。
まだまだ語りきれないが、大まかなところはこんなあたりだろう。ラウラたちと別れたあと、ここまでに辿り着くその道筋は伝えられた。
「あれ、そう言えば魔皇様は今どこに?」
「魔皇様はまだ帝都だよ」
「帝都って──」ノウトは動転して倒れそうになるのをなんとか耐えた。「首脳会議とやらは明日開かれるんだろ? 今帝都にいたら駄目じゃないか?」
「ノウト、魔皇様の力知らないわけじゃないでしょ? 半日あれば飛んでくることも出来るよ」
「いやだからって」そこまで言って、ノウトは口許を抑えた。そうか。「確かに、連邦軍がいつ帝都に攻めてくるか分からない現状で一日も留守には出来ないよな……」
「そういうこと。明日の会議中は厳戒態勢で血夜族の王子を幾人か、それにユークの指揮下にある森人族の兵士を配備するらしいから、心配しなくても大丈夫」
「城の中にはメフィもいるしな。何かあっても対処出来るとは思うけど」ノウトは首を片手で撫でた。「会議当日に帝都からサリドに来るとは予想してなかった」
「魔皇様は過保護だからねぇ。少しでも長い間帝都にいたいのさ」とラウラはなぜか自慢げにそう語った。
「じゃあ、俺の生存報告をするなら明日の会議中だな」
ノウトが言うと、ラウラとダーシュは揃って息を呑んだ。
「もしかして……」ラウラがノウトを薄目で見る。「首脳会議に飛び入り参加する気?」
「そのつもりだけど」
ノウトがそう言うとダーシュが、フッ、と吹き出した。ラウラがダーシュを見て、ダーシュは慌てて「なんでもありません」と否定した。ラウラはその様子を見てから再びノウトに目をやった。
「ガランティア連邦王国を除いた国々でこうやって集まるのは史実上でも初めてに近いのは知ってる?」
「それはもちろん」
不定期で現れる勇者という存在や連邦軍の侵攻による度重なる被害によって大陸の北半分では非常に不安定な時期が続いていた。
いつ大きな戦争が始まってもおかしくないこの状況で自国を離れ、他国に赴き会議を開くなど今までは考えられなかったのだ。
「その大事な大事な会議に渦中の勇者であるノウトが現れたらどうなるのか、分かってないわけじゃないでしょ?」
「分かってるよ。俺が──俺自身が諸刃の刃だってことは。でも、大きな場で自らの存在を主張しないと、ここまで来た意味がない」
ノウトははっきりとそう告げた。それはまるで何かの覚悟を為したように。ラウラはノウトの顔を見て、にっ、と笑ってみせた。
「分かった。アンタの覚悟、しかと受け取ったよ。明日はアンタをサポートするから、感謝してよね」
ラウラはそう言って、未だ見慣れぬドレスの裾を揺らしてみせた。
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