第67話 旅路、遥かなるその先に
歩いていると徐々に道が奥まってきた。いくつかの裏路地を通って、場末の酒場の横ををいくつか通過した先に出ると、急に開けた場所に出た。馬車ではなく大虎を従える虎車がそこら中に置いてある。郊外ではあるが、一応都の中のようだ。
周りにいるのは全員猫耳族だ。
すると、突然ノウトたちの前に一人の女性が現れた。
「ミャーナ、誰よ、そいつは。厳戒態勢だから他種族はここに入れるなって聞いてないわけじゃないでしょう?」
ミャーナの前に仁王立ちして立っているのはリューリやミャーナと同じ服装をした女性の猫耳族だった。
その手には一本の矛が握られている。どうやら彼女はこの猫耳族軍の駐屯地の門番的立ち位置にいるのだろう。
「すみません、シェイラ先輩。そのことは勿論承知だったのですが──」
「じゃあ、分かっててその男連れてきたの? 見たところ徒人族のようだけれど。こんな時にあなたの男連れてきたってわけじゃないわよね?」
「ち、違いますよ!」ミャーナは慌てて否定した。「あの……先輩、落ち着いて聞いてくださいよ。ほら、この方」
そう言ってミャーナはノウトの左手を持って、勇者の紋章をシェイラ先輩とやらに見せつけた。
シェイラはそれを細目で見て、次に一歩後ずさんで、
「きゃああああぁぁふぐッ!?」
シェイラの悲鳴をミャーナが彼女の口を両手で塞いでなんとかガードした。周りの目が少しだけ痛い。
「落ち着いてって言ってたじゃないですか……」リューリが呆れたように言った。
「そ、そうね。悪かったわ。取り乱して」シェイラは、ふぅ、とひとつ息をついて腕を組んだ。「そ、それで? ノ──勇者様は生きてたってわけ?」
「そういうことです。詳しい事情はここでは話せないらしいですが──。それで、あの、彼を団長や姫様のもとへお連れしたいんですけど」
「なるほど、ね」シェイラはノウトのつま先から頭の先までを相変わらず細目で舐めるように見た。「まぁそういうことならいいわ。ここを通りなさい。その代わり──」
シェイラがノウトをきりっ、とした瞳で睨みつけた。
「あなた、手を出しなさい」
「え、俺?」
「そうよ。早く」
「は、はい」
ノウトは左手をすっ、と前に差し出した。何か痛いことが待っているのではと恐る恐る出したノウトの手をシェイラはゆっくりと両手で握った。ずっとこの場で仕事をしていたからだろうか、彼女の手はなんだか汗ばんでいてかなり湿っていた。数秒経ったのちに、シェイラはパッ、と手を離した。
「もういいわ。さぁ、早く通りなさい」
「ありがとうございます。ほら行きますよ」ミャーナがシェイラに会釈してその場をノウトたちと共に離れた。
すると、しばらく歩いてから、リューリが口を開いた。
「あの人も物好きだよな……」
そう呟きながらリューリは首をこすっている。
「どういうことだ?」
とノウトは首を傾げると、ミャーナがふふっ、と小さく笑った。
「ああ見えてシェイラ先輩はノウト様のファンなんですよ」
「え? ファン?」
「そうです。あなたはたぶん自らのことを過小評価しているでしょうけど、ノウト様のことを慕っている人は少なくないんですよ? 純白騎士団のミェルキア戦役やオークの英傑ディウバルドによるアーデバリの戦い。それらで名を馳せ、多くの人を救ったノウト様は猫耳族の一部で英雄視されてるんですから」
「……マジか」ノウトは片手で口許を覆った。
「ラウラ様やダーシュ様のことを命を賭して不死王から守った英雄とも言われているよな」
ミャーナの説明に、リューリが補足を加えた。更に話を聞けばノウトが亡くなったなんて噂が広がって、更にノウトに対する英雄崇拝は強まったらしい。
確かに、過去の事例を見ても死して評価に拍車がかかる人物は多くいたが、ノウトがそれに当てはまるなんて、あまり実感がないというか、現実味がないというか。
「……そんな時に俺が生きてるって姿を現して大丈夫なのか?」
「大丈夫です。いや、まぁ軽くみんなパニックを起こすとは思いますけど」
「いや、それ駄目じゃない?」
「いえいえ。それでいい。それがいいんです。不死王を戦い、死んだと思っていた英雄が実は生きていたなんて広まったらみんなの士気は爆上がりですよ!」
「……まさに英雄譚だな」リューリがそう呟いた。
「そう、なのかな…」
英雄、英雄と言われるのは悪い気はしないが、どこか歯がゆい。不死王と戦い、その後ノウトは生きていたのは事実だ。しかし、助かったのはラウラやレン、ダーシュ、フウカが助けてくれたからだ。そして、ノウトがここまで辿り着けたのはニコ、カミル、カンナ、スクード、シャルロットが助けてくれたからにほかならない。
ノウトは恵まれすぎるのだ。いくら礼を言っても足りないくらい、恵まれている。
「まぁ、士気に関わるなら俺は何も口出ししないけど」ノウトは頬を掻いた。「混乱は生みたくないから、ここではなるべく目立たない方向で頼む」
そう言うと、ミャーナはノウトを見つめてグッ、と親指を立てて「任せてください」と言った。
正直かなり不安だったが、なんだかんだミャーナのことは信頼できるのは事実なので信じることにした。リューリはリューリでミャーナのことを思っての行動なのは分かってはいるものの、ノウトに対する扱いが少し酷い気がする。まぁ、ノウトが自業自得な部分は多々あるから受け入れるしかないけれど。
猫耳族の往来をしばらく歩くと、テントが見えてきた。それなりに大きいので何十人も入れそうだ。テントというよりは、移動式の簡易住居に近い。
「ここですね。ちょっと待っててくださいね」
ミャーナがノウトにそう言ってからリューリの方を見て、頷いた。
ミャーナとリューリはテントの中に入っていった。ノウトがそれから20秒ほど待っていると、ぬっ、と中からあいつが現れた。ノウトと目が合ったそいつは一瞬だけ泡を食った顔をして、それからいつもの淡白な表情に戻った。
「ダーシュ」ノウトはそっと笑った。「また会えてよかった」
ダーシュは髪をかいて、ひとつため息をついた。それから「入れ」とそれだけ言って、テントの中に戻って行った。相変わらずの素っ気ない態度にノウトは安心感を覚えつつも、言われた通りダーシュの後を追ってテントへと入っていく。
テントの中には円卓やら人やら武器やら甲冑やらでだいぶごちゃごちゃしていた。テントにいた猫耳族が一斉にこちらを見た。その中にはノウトが何者か分かって言葉を失いながらガタッと立ち上がるものもいた。
「ミャーナ、リューリ。これはどういうことだ」ダーシュが言った。
「いえ、それが私たちもまだノウト様から聞いていないんです」
「ほら、話が長くなると思って、だから言うならみんなが集まったところで言いたいと思ってさ。まだ誰にもあれからのこと伝えてないんだ」
「そうか」ダーシュはひとつ息をついた。「まぁいい。とりあえず、……そうだな」
ダーシュがノウトを睨みつけるように見た。
「姫と合流するぞ、ノウト」
「姫……って、ラウラ? ここにいないのか?」
「ああ、すぐそこにいるが、このテントの中にはいない」
「団長」リューリがダーシュを見て言った。「俺たちも着いて行った方が宜しいでしょうか」
「いや、お前らはここにいろ。俺とこいつだけで向かう」ダーシュはそう言って、その鋼のような眼差しをノウトに向けた。「行くぞ」
ダーシュは再びテントから出て、ノウトはミャーナたちに手を振ってからそれを追いかけた。
「なぁ、ダーシュ」ノウトはダーシュの横に並んだ。「団長って呼ばれてたけど、血濡れの姫隊は解散したんじゃなかったのか?」
「ああ、姫の隊列は解体した」ダーシュは行く先に双眸を向けたまま口を開く。「解体したメンバーたちはモファナ騎士団に所属するはずだったんだが。その多くが俺の指揮のもとで戦えないのなら騎士団には入らないと抜かしてな」
「それで、ダーシュがつくったのか?」
「ああ、傭兵団をな」
さらっと言っているが、なかなかに凄いことだ。おくびもなくそんなことを言えるのもまたダーシュの尊敬出来るところだ。
「お前がいなくなって兵の士気も下がっていたからな。傭兵団の設立も滞りなく遂行できた。まぁ、俺はお前が生きてると確信していたが」
「え、ダーシュ今俺のこと褒めた? 珍しいこともあるもんだな」
「ああ、お前はゴキブリ並の生命力だからな。死ぬわけが無い」
「ありがとう、ダーシュ」
ノウトは敢えて感謝の言葉を口にした。「それ褒め言葉じゃないよね?」的なツッコミはしない主義だ。
ダーシュは悠然としながらもフッ、と鼻で笑った。
「お前は相変わらずだな」
「まぁね」
そう言って、ノウトは小さく笑った。この取り留めのないような会話ひとつひとつにどこか幸せを感じてしまう。
いくつか設置されたテントを通り抜けると、忽然とダーシュが足を止めた。
「ここだ」
ノウトの目の前にあったのはこれまでにあったテントとは大きく異なっていた。
まず、周りの至るところに設置されたどのテントよりも大きい。またモファナ王国の国旗がこれでもかと目立つほどに掲げられていた。
ノウトはダーシュに問わずとも分かった。ここはモファナの王族が待機しているテントだ。普通ならば高級な宿舎で過ごすべきはずだが、万全を期すならば傭兵団や騎士団に囲まれたこの駐屯地のテント内で一夜を過ごした方がいい。極めて合理的だ。モファナの王が蛮王でないことがこれだけで伺える。
「ダーシュ様。如何しましたか?」
こちらに声をかけてきたのはテントの前に何人か立っていた騎士の一人だ。
「姫様への面会を許していただきたい」
「ダーシュ殿でしたら二つ返事でお通ししたのですが」猫耳族の騎士はノウトをちらりと見た。「……こちらの方は?」
「行方不明だった勇者だ」ダーシュが手短に説明した。「先ほど帰参したようだ」
「ゆ、うしゃ……?」
騎士は鉄兜の向こうに微かに見える眼を丸くした。そして、ノウトの姿を再確認して理解できたのか、突然慌てだした。
「こ、これは失礼致しました。まさかノウト様だったとは知らずに、とんだご無礼を」
「いやいや、大丈夫だよ。俺もそっち側だったら絶対に怪しいやつだと思っちゃうし」ノウトはいたずらっぽく笑ってみせた。「ぁー……。甲冑でよく見えないけど、キィルだよな?」
そうノウトが言うと明らかに甲冑を着込んだ騎士がうろたえるのが分かった。
「な、なぜ私のような雑兵の名を知っているんですか?」
「あっ、やっぱりキィルだ。なんで知ってるかって、ほら、前に会ったことあるだろ? あのミェルキアんときに」
「そ、れは。確かに、そうですが……」キィルは言葉を濁した。「一度しか会ってないないのに、名前を覚えていらっしゃるなんて……」
「まぁ、結構印象的だったからな。俺のことを救けてくれたし。それに」ノウトはキィルにその眼差しを向けて、頬を綻ばせた。「キィルは雑兵なんかじゃない。ちゃんと命をかけて戦ってたじゃないか」
それを聞いたキィルは息をついて、「ありがとうございます」と一礼した。
「では、お通りください。おふたりならばこちらもお通ししないわけにはいきませんから」
「助かる」とダーシュがキィルの横を横切る。ノウトは「ありがとう」と一言いって、テントの中へと足を踏み入れた。
壁ではなく、光沢がある朱色の幕で仕切られている。床に敷き詰められているのは赤い絨毯だ。かなり毛足が長い。隅に小さなサイドテーブルが置かれていて、その上にはなかなかに上等そうなランプが据えられている。天幕の大きさを考えると、あの幕をめくったらまた部屋なり何なりがあるはずだ。
「姫」
ダーシュが幕を前に立ち、その単語を口にした。
「ダーシュ?」と彼女の声がした。ラウラの声だ。ノウトは胸の中にこみ上がる何かを抑えられなくなりそうだった。半年ぶりに聞いたラウラの声はいつか聞いたあの声音と同じだった。儚く、それでいてはっきりとした声音。
「そちらに立ち入っても宜しいでしょうか」
「え、うん。別に大丈夫だけど」
「では、失礼致します」
ダーシュが幕をめくって、その先に進んだ。ノウトもそれに倣って幕の向こう側へと歩き出す。
朱色の幕のその向こうに、ラウラは立っていた。
ノウトは思わず目を瞠った。ラウラは彼女らしからぬような橙色のドレスを着ていた。振り返るその猫のような銀色の瞳がノウトの双眸と交錯した。




