第64話 きみの形而上学的存在証明
帝国と聞けば、武力的、蛮国的なイメージが湧いてしまうのは必然的だ。帝国という言葉の本来の意味はそのイメージ通りだが、現在の魔帝国マギアにはその意図はない。
元来、大昔の魔皇が率いる魔人族の軍勢による大規模侵攻によって今ノウトたちのいる大陸は支配されようとした。しかし、帝国が大陸の統一をなそうとしたその直前に『勇者』を名乗る殺戮者が複数人現れ、その結果大陸は大きくわけて北と南に分裂した。それが北の魔皇率いる魔帝国マギアと南の不死王率いるガランティア連邦王国だ。
その前時代的な名残が今もなお継続されているだけであって、帝国がほかの国、例えば猫耳族の国モファナや小足族の国ユニを圧倒的武力によって制裁して属国に置いているわけではない。
魔皇の心情としては、共和制をもって帝国の名を捨てたいとも考えているらしい。
だが、かといって『帝国』という体を失えば帝国軍の士気にも関わり、不安要素を生みかねない。
大衆の不安はそのまま大衆の不幸に直結する。国民や民草のことを第一に考える魔皇だからこそ、帝国の名を捨てられないでいる。
その結果、今現在魔帝国マギアは平和的解決を第一に考える国であるにも関わらず帝国と名乗っているのだ。
さて、ノウトたちはシャルロットを護衛するという名目で彼女と共に馬車に乗り、サリドの首都ヘリオルへ向かおうとしていた。ヘリオルの中心、その王城にてサリドの王スヴェリスによって首脳会議が開かれようとしているのだ。
その会議には魔皇やここにいるユニの王女シャルロット、それに血夜族の王子たち、モファナの王、そしてハリトノヴァの国王も訪れるらしい。そこにはおそらくレンやラウラ、ダーシュの姿もあるのだろう。
会って、ノウトの無事を伝えないといけない。
シャルロットの言うことが本当だとするならば、帝国の現在の情勢はかなり危うい。
ノウトが不死王に殺されたという事実はそれだけ大きな影響を与える。
と、考えるとノウトをあの氷雪の地に飛ばして一番利益があるのは不死王であるとも結論付けられる。不死王はノウトの神技を使えなくし、そして何らかの手段を用いて瞬間転移陣に細工をしてノウトのみをあの氷雪の森林の中に飛ばした。ノウトが殺されたという事実で国民や魔皇の不安を煽ったのちに大規模な戦争を仕掛ける。
極めて合理的で、その全てに納得出来る。
ノウトはまたしても不死王の策に嵌められたのだ。悔しいが、そうとも言っていられない。駄目だと思う前に、次の対策を考えなくてはならない。
不死王はノウトが今現在も生きていることは予期していないはずだ。
ノウトが首脳会議に現れて、一気に反旗を翻す。それが今なせる最善手だ。
「不死王が戦争ねぇ……」
とスクードが夜空を仰ぎながら言った。ノウトたちは現在モファナの草原地帯にいた。あと何日か走ればサリドまではすぐだ。
「何か思うところがあるのか?」ノウトがスクードを見た。
「いや、ね。奇妙奇天烈なあいつが何を考えてるのなんかひとつも分からないし、分かりたくもないっすけど、帝国が劣勢の今、素直に戦争を仕掛けてくるとは思えないというかなんというか」
「いくらひねくれてるとはいえ、不死王もここが好機なんだからいくらなんでも襲ってくると思うけどな」
「ボクもそう思う。不死王がどんなやつか知らないけど、このチャンスを見逃すほど馬鹿じゃないと思うし」ニコは篝火に手をやった。
「興味深いわね」シャルロットが顎を触った。「スクードは連邦出身で、しかも魔皇側近の神機技師なのよね?」
「改めて聞くとほんと凄いな……」ノウトは軽く言葉を失いかけた。
「そんな肩書き持ってても内部事情はほぼ知らないに等しいっすけどね。やつ──不死王が内部で唯一親しい魔女ノワ=ドロワくらいしか作戦の全貌は知らないだろうっすし」
「それでよく今まで軍を動かせてましたね」カミルが座り直した。
「やつは人を動かすのがほんとうに上手いんすよ。めちゃくちゃ癪っすけどね。俺がノウトに〈殺戮〉の剣を渡したのも結局不死王が裏で操ってたからだし」
「不死王は千年近く生きてる怪物だもの。知恵も人一倍、いや何百倍も回って当然ね」
シャルロットの科白に、皆が頷いた。スクード曰く、不死王が不老不死であることには何かカラクリがあるらしいが、それが何かはスクードですら分かっていないようだ。超常的な現象から見て、何か神機が関与しているには違いないらしいが、不死王の城の中にはそんなものは見当たらなかった。
「女神と知り合いのニコは、何か知らないのか?」
「知ってたらとっくのとうに言ってるよ。ボクが目覚めたのは一年前の冬くらいだし、何も知識なんてないよ」
「え゛っ!?」とカミルが目を丸くした。
「初耳だ、それ」ノウトは呆れたように言った。
「あれ、言ってなかったっけ?」
「まぁ、ニコは神機ですし、起動したのが最近でも何もおかしくはないっすよね」
「ってことは聞いた話を統合すれば、ノウトが二歳半で、ニコは一歳とちょっとね」シャルロットは冗談めかしく言った。
それを聞いたカミルが首を撫でた。
「う〜ん。……こう言ってはなんですが、それにしては人格構成されすぎてません?」
「まぁ、ボクの中には魂があるから。常識だと思うけど思い出は集約されないけど、知識のほとんどは魂に集約されるし」
「魂……?」
「あれ? 伝わらない? タマシイ。言語が違ったりする?」
「いや、分かるけど。……えっと、分かるよな?」とノウトはカミル、シャルロット、スクードの顔をそれぞれ見渡した。
「分かるっすよ。魂っすよね?」
「魂……。まぁ、イメージは、……はい、湧きますね」
「私も分かるわ。というより、そもそも魂って抽象的な、形而上学の感覚の話じゃないの?」
「ううん、魂はあるよ。当然みんなの中にもね」ニコは笑うでもなく、ただ真面目にそう言った。
「俺たちの、中に──」ノウトは胸に手を当てた。そこに魂があったかと言われると、即答はできない。
「改めて言われると、魂が何かは分からないっすね。でも、不思議だ。魂が何かは上手く答えられないのに、魂って言葉が存在してるなんて」
「さっき、ニコが言った、知識はほとんど残るが、思い出は残らないって話……」ノウトは唇をこすった。「もしかしたら俺にも当てはまるんじゃないか?」
「どういうことっすか?」スクードが聞いた。
「ほら。俺も突然この世界に目覚めて、それ以前の記憶が何もなかったんだ。家族や、友だちの存在もなにも。でも、全くの無知、それこそ産まれたばかりの赤ん坊みたいな感じじゃなくて、モノの名称とかはある程度理解出来た。つまり、俺はニコと状況が似てるんだ」
一瞬、周囲を夜のしじまが包み込んだ。ニコが何かを考えるように口を開いた。
「……なるほど」とニコが頷いた。「……もしかしたら、ボクの誕生とノウトの誕生は同じ原理なのかもしれない」
「同じ?」カミルが繰り返した。
「ボクもノウトも、女神アド様によってこの世界に目覚めされられたんだ。魂をよりすぐってね」
「それは、伝承や神話ではないんですか?」
「現に勇者であるノウトや神機に魂の宿った存在であるニコがいるから、神話ではなく現実ね」
「それは、確かにそうですけど」カミルが篝火を見つめた。
「その、女神ってのは何者なんすかねー。勇者を大陸に寄越したり、ニコを生み出したりして。正直なにがしたいのかよく分からないんすけど」
「ノウトは、その女神に何を命令されてこっちに来たんですか?」カミルが聞いた。
「俺は、直接女神にじゃなくてレーグ半島のアトルの国王に間接的に命じられたんだ。魔皇を殺して生首を持ってくれば記憶を取り返してやるって」
「記憶を……?」ニコが言った。
「ニコは知らなかったのか。そのこと」
「……うん」ニコは顎を触った。「それなら、……ボクが神機に入る前の──つまり、前世の記憶をアド様が管理してるってことかな……」
「それなら、女神がいるっていうセンドキアにカチコミにいけばノウトもニコも記憶を取り戻せるってことじゃないすか!」
「無駄だよ」
ニコが即答した。
「女神アド様はセンドキアにはいない。ましてやレーグ半島にもね」
「じゃあ、どこにいるっていうんだ?」
「それは、分からない。ボクはアド様の姿を見たことがないんだ。いつも端末を通じて声だけ聞いてたから」
ニコの言葉を字面通り捉え、ノウトが今まで見聞きしてきたものを要約すると、ノウトやニコは魂を別の肉体に移され、その際に記憶の一部を女神が抜き取り管理しているということになる。
魂、か……。
「そもそも、魂ってなんなんだ……?」
ノウトは宵の空に解けるように呟いた。
「それは……」ニコは唇を噛んだ。「ボクも詳しくは分からない。ただ、ボクらの中に魂が存在していることしか」
魂が何か分かれば、ノウトがここにいる意味や勇者の存在理由など、その全てが分かるかもしれない。情報が欲しい。溢れんばかりの情報が。
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