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第62話 水ヨーヨーと散る火花


前回の投稿からだいぶ時間が経ってしまいました。申し訳ないです。vsフョードルの続きとなりますので、楽しんで頂けたら幸いです。





 フョードルが一瞬で肉薄してきた。ノウトは、刀を斜めに構えた。来る──なんて思考する暇もなくノウトの刀とフョードルの剣が激突した。

 柄を握り、足に踏ん張りをかける。腰を引いたら、死ぬ。殺される。これはそういう戦いだ。フョードルはくくく、と笑っている。ノウトは一切笑っていない。

 この状況をどう切り抜けるか、頭の中にあるのはそれだけだ。お互いに互いの得物を押し付け合う。鍔迫り合い(バインド)状態だ。

 少しでも根負けしたら、気を抜けば、負ける。死ねる。だめだ。ここじゃ、死ねない。死ぬ訳にはいかない。


「はっはぁ! 近くで見たらよー。それ、マジで〈雷〉の神機っぽいなぁ、オイ! おいこら使ってみろよ、その力をよ!!」


「……っ!」


 フョードルは余裕げにのたまう。ノウトには余裕なんてなかった。

 ノウトは自らの筋力や膂力にある程度の自信があった。毎日のように血反吐を吐きながら修行に明け暮れていたし、筋繊維も何度も痛めつけた。だが、目の前の男には正面からじゃ勝てない。ノウトが修行したのは二年間だ。目の前のフョードルという男は、それ以上の期間戦いに赴いている。何年も、下手したら十年以上を戦闘に費やしている。場数が圧倒的に違うのだ。それが……、それがこの一瞬で分かった。

 戦闘に於いてノウトの強みは初見殺しの神技(スキル)を使うことだ。勢いを殺す殺陣(シールド)と息を殺す暗殺(ソロリサイド)。この二つを組み合わせて相手を戦闘不能にするのがノウトの戦い方だった。

 しかし、今はそのどちらも使えない。悔いるのはあとだ。今は、今だけは、自分のやってきたことを信じて剣術と体術だけで切り抜けるしかない。


「おらおらおらおらおらおらおらおらっっ!! どうしたよあ゛ぁん!? それが勇者様の力かぁ!?」


 フョードルが力を込め、こちらにプレッシャーをかけてくる。ノウトは膝と、それから腰に重心を置いてなんとか耐えた。

 雷刀カンナの力は先程使ってしまったが為に今は使えない。利用者の魔力を必要としない類いの神機の使用にはある程度のインターバルが必要なのだ。

 一瞬、フョードルがにっ、と口角をあげた。


「お゛ぉらッ!!」


「──ッ!?」


 フョードルが自身の手首をくいっと曲げてノウトの刀を巻き込むように剣を動かし、払った。これは、俗に廻撃(アングルス)と呼ばれる剣技だ。

 鍔迫り合いになったら、先にこの剣技をしたものが先手を取れる。すなわち、ノウトは後手に回った。

 フョードルの持つ(うね)るような剣の刃先がノウトを捉えた。

 ノウトは後ろに跳ねるようにそれを躱した。紙一重だった。鼻っ柱に剣が当たったとも思った。

 だが、幸い大事はないようだ。

 呼吸をして、息を整えようとした。しかし、そんな隙もなかった。ノウトは後方に跳ねたが、その際に体勢を大きく崩した。それをフョードルは見逃さなかった。つま先を上手く使って、前方に駆けた。フョードルは両手で剣を持ち、ノウトに踊りかかった。ノウトはまず、左に避け、そののちに後ろに躱した。コの字に動いて、フョードルの猛攻を避け続けた。


「ハッ!」と急に攻撃をやめたフョードルは鼻で笑った。「反射神経はいっちょ前だな、オイ」


「……そこは、ラウラのお墨付きなんでね」


 そうノウトが言うと、フョードルは瞬間、目を丸くした。そして、眉をひそめノウトを睨んだ。


「おまえ、今なんつった?」


 ノウトは一瞬で思考を巡らせて、それから口を開いた。


「…俺は、猫耳族(マナフル)の姫君ラウラに剣技を教えてもらったって言ったんだ」


 というノウトの言葉を聞いたフョードルは隙だらけの姿勢になって、頭を()いた。そして、ひとつため息をついた後、「……チッ」と舌打ちをした。


「そーいうことかよ。どおりで呼吸の仕方やら足運びやら力の入れ方やらが猫クセェと思ったぜ」


「あぁ…?」


 ノウトは刹那的にキレそうになった。自分が貶されたからではない。遠回しにラウラが(そし)られた気がしたからだ。


「んじゃあ、もう遠慮はいらねーな」


 フョードルは剣を構えて、唇を舐めた。


「殺して奪ってやんよ」


 言って、駆けた。駆け抜けた。速い。素早い。そして、直線じゃない。フョードルはまっすぐに走るのではなく、蛇行しながら、しかもなんとも素早く動いていた。

 これが狼尾族(ヴォルフ)の剣術なのか。

 ノウトはフッ、と息を吐いて、吸った。呼吸をするくらいの時間はあった。ただ、逆に言えば一呼吸置くほどの余裕しか無かった。息を吐いた瞬間、ノウトの刀にフョードルの剣が強烈に、激烈にぶつかった。

 ガキィィンッッ───!! とけたたましい猛獣のような剣戟音が鳴り響いた。

 今度は鍔迫り合いには発展しなかった。即座にフョードルは滑らせるように剣を操り、ノウトの懐に攻め入った。ノウトは左方に足を運んで、刀で切り上げて攻撃を(さば)いた。フョードルはノウトの反撃の反動で後ろによろめいた。

 ノウトはその一瞬の隙を見逃さない。

 刀をフョードルの顔面に叩き込もうと腕を振るった。刀がフョードルに当たるその直前でフョードルはグッ、と上体を仰け反らした。いわゆる、ブリッジの格好になって、それからノウトの刀を蹴りあげた。刀が手から離れそうになって、ノウトは柄をぎゅぅと握った。危なかった。今のが勝負の分かれ目だったかもしれない。刀から手を離したら負けだ。捌ききれなくなったら、その時は終わりだ。フョードルはフッ、と息を吐いて、距離をとった。


「〈焔〉の神機──焔剣(えんけん)セロシアの力、特別に見せてやんよ」


 フョードルが剣を構えて、その直後すっ飛んでくる。そして、間合いの外から、


「おらぁッッ!」


 斬り上げてきた。と、同時に──


「つっ!?」


 炎だ。炎が剣から立ち上った。先に使っているのを見ていたし、フョードル自身が〈焔〉の神機と口に出していたから予期は出来ていたけれど、身体が反応できなかった。というか、〈焔〉の神機はガランティア連邦王国が所持していたのではないのか。つまり、レプリカ? いや、レプリカにしては火力が高すぎる。ノウトの肌、正確に言えば頬がちりちりと焼けた。焦げたかもしれない。熱い。というか痛い。

 フョードルは息つく暇もなく剣を振るう。今度は炎は立ち上らなかった。神機の再起動には間隔を要する。次に炎が来るのは20秒前後。

 ノウト自身も好機を狙っていた。雷刀カンナのチャージは溜まっているから、次の雷撃はいつでも撃てる。やるならば、なるべく近くだ。戦意喪失を狙えるくらいの電撃で押し切るしかない。電撃の効果範囲は五メートル程で、近ければ近いほど強いダメージを入れられる。気絶させるなら、なるたけ近くで──


焔突牙(ブラスト)ォッ!」


 間合いの外にあったフョードルの放った突き攻撃が、局所的な炎のそれになった。大ダメージを狙うような大振りの攻撃ではなく、あえて力を溜めずに細やかに神機を使ってきた。

 この男、見た目によらずめちゃくちゃ器用だ。

 ノウトは右斜め前に出てそれを避けた。避けたつもりだった。ただ、横腹に炎が掠めた。服が焦げた。痛い。気圧(けお)されて防戦一方だ。このままじゃ、まずい。反旗を翻さないと。どうすれば勝てる。どうすれば。

 フョードルは()(かく)めまぐるしく動く。右に、左に、後ろに、前に。

 速い。

 これは、……──


「くっ!」


 これは、かなりやりずらい。

 フョードルはとにかくノウトの側面に出ようとしているようだ。それは、させない。

 ノウトは常にフョードルと正対するように足を運んだ。くそ、なんだこれ。フョードルはひゅんひゅんと飛んできて、その剣を振ってくる。突いてくる。薙ぎ払ってくる。息を……──息を、つけない。


「弱え! 弱え! 弱えぇよ! おいこらどうした!? 歯応えぜんっぜんねーぞ、オイ!!」


 ガギィン! ガギィィン!! と金属同士がぶつかる激しいセッションが鳴り響く。

 ノウトは、大陸一の剣士であるラウラや体術のプロのロストガンから学び、そして氷雪地帯で生きることを()いられたからなんとか対処出来ている。それらがなかったら傷の一つや二つ付けられているに違いない。

 月並みな言葉になるけれど、やっぱり努力は裏切らない。ほら、ほら。見えてきた。突破点とそして可能性。フョードルは一旦距離を離して、「へへっ」と笑い鼻を擦った。


「おい、お前。何かやろうとしてんな。いいぜ。来いよ。お前の全力を俺が叩き潰してやる。勇者のお前より俺が強いことを証明してやんよ」


「いいから来いよ、フョードル」


「言われるまでもねぇ……ッ!」


 フョードルはノウトに詰めよった。両手で剣を握っている。それから、剣を叩きつけまくった。やたらめったらに振っているように見えるが、その一撃一撃が強烈だ。

 なんとか攻撃をいなして、ノウトは息を吐いた。フョードルが突き攻撃を放った。もちろん、炎を放射しながらだ。ノウトは右斜め前に踏み込んだ。軽く頬を炎が掠めた。この際、傷なんて知らない。ここで死ぬ訳にはいかないんだ。ノウトは回転(ターン)して、フョードルの背中を取った。

 背中を取れた。

 刀をその背中にブチ込もうとする。フョードルがそれに対処しようと上体を曲げて、独特な歩法と身のこなしで(かわ)そうとした。

 ノウトはフョードルの右足を掬い上げるように足払いをかける。フョードルはぴょんと跳んで、ノウトの足払いを避けた。

 その直後、ノウトは雷刀カンナをフョードルに向けて、その力を──放った。金色の煌めきと共に雷光が空中にいるフョードルにほとばしる。


「がっ……!?」


 フョードルは体勢を崩しながら着地し、そして──


「いってぇ!?」


 踏んだ。踏んだのだ。

 それは、ノウトがフョードルの攻撃をいなしながら撒いた撒菱(まきびし)。その最後の一個だ。

 幸いこれだけは残してあったのだ。不殺道具のうちのひとつである撒菱には当然、麻酔薬が塗られている。


「……悪ぃな。こういう戦いしか出来なくて」


 そう呟いて、ノウトは刀を鞘にしまった。

 撒菱を踏んだフョードルはゆらりゆらりと千鳥足になって、バタンと横に倒れた。


「フョードル君!?」


 向こうから女の子の声が聞こえた。フョードルの仲間だ。確か、確か名前はセルカと言っていた気がする。

 見れば、向こうではセルカ以外の黒装束をカミルが樹木を操って捕らえていた。


「そっちも……終わったみたいだな」


「なんとか、ですけどね」カミルは両腕から樹木を生やして額に汗をかいている。


 スクードは立って、盾を構えている。肩で息をしているみたいだ。

 ニコはまだ余裕がある。だらんと両腕を下ろしてひどくリラックスしているようにも見える。


「もう、後はきみ一人だ。リーダーも俺が倒した。大人しく投了してくれないか?」


 ノウトがセルカという少女に問いかける。セルカは黒装束のフードをぐいっ、と引っ張って顔を隠した。


「……と、投了……」そう呟いて、ノウトの方を見た。「しないとやばい、ですかね……?」


「え、……いや、俺も殺しはしないから、このまま戦うって言うなら俺たちが相手になるだけだけど」


「そう、……そう、ね……」


「ま、黙って剣を捨てた方が身のためっすよ?」スクードが軽く肩を竦めた。


「そそ。もう4対1なんだから」ニコが言った。


 セルカはひとつ息をついた。それから、


「……4対1、ね………」


 と、小さく呟いた。

 その、直後だった。ノウトは目を疑った。一瞬で、須臾の間に、カミルの操っていた樹木が燃焼して、焼き切れた。


「なっ!?」


 樹木は完全に燃え尽きて、捕らえていた黒装束の仲間たちが解放された。

 そして、そこに立っていたのは、剣を片手にしたフョードルだった。

 ノウトは息をすることを忘れていた。なんでだよ。嘘だろ。不死身の血夜族(ヴァンパイア)にも極位魔人(ファグス)にも効く麻酔だぞ。立っていられることもままならないはず。フョードルは自慢の焔剣セロシアでカミルの樹木を焼き斬ったのだ。


「はっはー! 驚いてるみてーだから教えといてやる」スクードは肩をそびやかす。「覚えてとけ、俺に毒や麻酔は効かねー。そういう体質だからな」


 ノウトは黙って刀を引き抜いていた。まずい。こいつ。ノウトが全力を出してなお、余裕な表情だ。スクードも、ニコもカミルも驚いてその場に立ち尽くしている。


「──だが、まぁ。そうだな、おう。今回はな、まぁこの辺りにしといてやるよ」


「………………えっ?」


「〈(いかづち)〉も〈熱〉も〈樹〉も欲しかったが、こっちは仲間の消耗が激しいしな。オレたちだって負け戦には挑まねぇ」


 フョードルはクククと笑った。そして、


「そんじゃ……撤収!!」


 そう言って、黒装束と共に森の中に駆けた。


「お、おい!」スクードが一瞬追いかけようとしたが、速い。あれは追いつきようがない。


「はっや……」とニコが呆れた声で言った。


 ノウトは刀を鞘にしまって、それから首をこすった。


「まぁ、助かった……ってことでいいんじゃないですかね」カミルが焼き切れた樹木を切り離して地面に置いた。


「そうっすけど……」スクードは首を傾げている。「なんか、しっくりこないというか」


「何はともあれ、みんな無事でよかったよ」ノウトがにっ、と笑って言った。


「いや、ノウト傷だらけだけど」ニコが眉をひそめた。


「あー……。まぁ、ね。あいつ──フョードル強かったし」


「見して」ニコがノウトの頬を掴んだ。「深くはないけど、応急処置しないとまずいかもね」


「そっか」


「そっか……ってそんな他人事みたいに」


「俺は、みんなが傷ついてないのが一番だからさ」


 ノウトはそう言って、思い出した。


「あっ、そうだった。あの襲われてた馬車は無事かな」


「そうでしたね。確認しに行きますか」カミルが頷いた。


 ノウトたちは走って、フョードルたちに襲われてた馬車に近づいた。


「盗賊は退治しましたよ。大丈夫でしたか?」と馬車の近くで問う。すると、バタンと扉が開けられて、中から一人の小足族(フリング)が現れた。すとん、と馬車から降りて、ぺこぺこと礼をする。髭の生えた男の小足族(フリング)だ。


「いやー助かりました助かりましたぁ。いやはやなんとお礼を言えば良いか」


「いえ、お礼なんてそんな。怪我はありませんでした?」


「は、はい。ずっと恐ろしくて馬車の中に閉じこもっていたので」


「それは良かったです」ノウトは息をついた。


「大した腕前だったわ」


 と馬車の中から声が聞こえた。少女の声だった。


「シャ、シャルロット様。危ないのでまだ中に」小足族(フリング)の男が振り返って、客車の中を見る。


「お礼くらい言わせてちょうだい」


 そして、客車の中から一人の少女が現れた。身長は百センチ強くらいだ。一般的な小足族(フリング)の女の子と同じくらいだろう。

 しかし、その格好は少なくとも一般的ではなかった。フリルのついた白いドレスに頭には赤いカチューシャをつけている。


「私はシャルロット・ユニ=ティルロット。先ほどの剣術、見事だったわよ。勇者ノウト」




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