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第61話 とこしえなる夜が訪れるその日まで



「隠れてねーで、とっとと金目のもん置いてきな、ユニのお姫様」


 そう言って、狼尾族(ヴォルフ)の男は炎のように刀身がうねる短剣を見せびらかすように、または曲芸のように手元で弄んだ。

 男は黒い外套を被っていて、口許にはこれまた黒いマスクをしていた。

 そいつの周りにも六人の同じ格好をした者がいて、黒い外套のせいで身体のラインがはっきりとしてないし顔もマスクで隠れており定かではないから男か女かも分からない。

 しかし、馬車を襲っているのと、ナイフを振りかざしているのを見るに、ノウトの憶測通り彼らは盗賊みたいだ。狼尾族(ヴォルフ)で徒党を組んでいることから、サリドやシュンタイでも同じようなことをしていることが伺える。豪華絢爛な馬車からは誰も降りてこない。


「おい、何やってんだ、あんたらは」


 ノウトが声をかけるとこっちの様子にようやく気がついた。ノウトを追うようにしてスクードやニコ、カミルもやってきた。


「おっと、騎士団のお出ましかよ。いや、どうもそのなりじゃ違うみてーだな。正義振りかざしたいお年頃の自警団ってところかぁ?」


「自警団じゃない。魔皇様の配下、勇者ノウト・キルシュタインだ」


 ノウトが声高らかに宣言するが、その言葉がぴんと来ていないのか盗賊団の男は口をぽかーんと開けている。ノウトの背後にいるニコとカミルの小さなため息すら聞こえた。

 すると突然、黒い装束を着た七人の盗賊は揃って「ぷっ」と吹き出して大声で笑いだした。


「ぷははははははっ!! 勇者だぁ? 前周期の勇者は全員死んだと聞いてるぜ、オレは」


 そして、男は話を続ける。


「それに、ついこの前まで噂になってた魔皇の配下になった『ノート』って勇者も不死王に殺されたって話だしよ」


「……なんかノウト、殺されたことになってるっぽいね」


 ニコが吹き出しそうになりながら口に出した。いや、これこそ笑いごとではない。ノウトの存在はカミルの住まうミドラスノヴァにまでたどり着いていた。それほどまでに魔皇に与する勇者という図は奇妙で語りやすい話題なのだろう。つまり、ノウトが死んだという噂もまたこの地域では広がりつつあるのだ。


「あの、残念だけど、その勇者が俺のことなんだ」


「あぁ? いくら勇者とはいえ不死王に立ち向かったやつが生きてるはずがねぇだろ」


 ノウトは黙って左手の甲を男に見せた。勇者の紋章は未だに仄かな輝きを放っている。


「いやいや、んなもんただのシャレた刺青(いれずみ)に決まって───ん? なになに、前見たやつと顔も声も全く同じ?」


 黒装束の盗賊の仲間が男に耳打ちしている。どうやら、盗賊の中にノウトのことを見たことのある人物がいるらしい。

 男は肩をすくめて、それから唇を舐めた。そしてこちらを毅然とした眼差しで見る。


「マジモンなのか……?」


「本物だと思うけど」なぜかニコが答えた。


「はぁ〜〜……、そうかよ」


 男は大きくため息をついた。


「ま、お前が勇者であれなんであれ、オレの前に立つのなら迎え撃つだけだぜ? ちょっと待ってなユニのお姫様、今こいつらをぶっ飛ばすからよ」


 停まっている馬車に向かって吐き捨てるようにそう告げた。


「そういうあんたの方は誰なんですか」カミルが食い気味に言った。


「ハッ! よくぞ聞いてくれた!」


 男はビシッと手を天に掲げるようしてポーズを取った。


「聞いて驚け泣き叫べ! そしてさらに(ひざまず)け! オレ様は大陸に名を馳せる〈牙賊団(リベリオン)〉のリーダー、フョードル・ディーレオン様だ!」


 胸を張り、大声でそう宣う。


「……知ってる?」ニコが小声で聞く。


「いや、全く知らないっすね」スクードが小さな声で返答した。


「おいいいいい! そこのつんつん髪と小さいやつ! 聞こえてねぇと思ったら大間違いだぞゴラ! 知らねぇだと!? おもしれー冗談だなおい」


「いや、すみません。ほんとに知らないんすよ」


「はっ! 上等だ。別にへこんでねーし。そんならやることやるだけだ」


 フョードルと名乗った男とその仲間たちがそれぞれに得物を持ち、じりじりとこちらに詰め寄ってくる。


「まったくどうすんのさ、怖そうな人に手ぇだしちゃって」


「でも、やるしかないだろ」


「まぁ、ノウトはそう言うよね」ニコがにっ、と口角を上げる。


 ノウトは一瞬視線を下ろして呼吸をして、フョードルの方を見た。


「フョードル」


「なんだ」


「どうして馬車を襲ってるんだ?」


「んなの、金が欲しいからに決まってんだろ」


「それじゃその金は何に使うんだ」


 ノウトが言うと、フョードルは視線を逸らした。ただし一瞬だけだ。普通なら気づくことの出来ない刹那の時間、目を逸らして、またノウトと目を合わせた。


「どう言うのを期待してんだよ、お前。もしかして、正義の為だとか地元に暮らす貧しいヤツらの為だとか病気の家族の為だとか、そんな模範解答を期待してる訳じゃねーだろうな。んなわけねーだろ。オレが奪うのはな。オレが、──オレたちが人生で楽する為だよ。形あるものを奪って自分の富にする。考えうる中で、一番効率的で一番堅実なやりかただと思わねーか? なぁ勇者様よ」


 そう語るその瞳は、この世の何もかもを恨み嫌悪している、そんな色を帯びていていた。


「そうだな。俺もそれは効率的だと思う」


「だよな。普通は否定する──って、……は?」


 困惑するフョードルを横目にノウトは話を続けた。


「いつか、俺の知り合いが言ってたんだ。『領土、神機、勇者、人民、食糧。それらを手っ取り早く解決出来るのが戦争だ』って。奪って我が物にするのが一番効率的だ。俺もそれには特に反論はない。そんなだから、この世界には当然のように戦争が起こる。みんなそれが最も簡単に自分のものできる方法だって知ってるから」


 ノウトはゆったりと肩を下ろして、首に手で触れた。


「でもさ、それだと自分は良くても他の誰かは不幸になる。他の誰かを不幸にしてまで手に入れた幸福に意味を見出すのは、……どうなんだろうな。俺としては、それはかなり嫌なんだけどさ」


 ノウトの言葉を聞くと、フョードルは小さく舌打ちをした。


「うっせーよ、ボケ。利己的だろうがなんだろうがオレは続けるぜ。これが“一番”楽で、“一番”手っ取り早いやり方なんだからよ」


 フョードルは手で合図をした。その途端、フョードルの仲間たちがこちらに踊りかかるように斬りかかってきた。

 ニコはそれをサイドステップで跳んで躱した。スクードは「ちょっ!?」とうろたえながらも腕に仕込んだ鉄製の篭手で敵の攻撃を弾いた。カミルは攻撃を避けてあと、腕から樹木を生やして、操った。


「なんそれ!?」


 黒装束のひとりが叫んだ。カミルに斬りかかった黒装束が一人樹木に捕まって、地面に叩きつけられる。樹木の牢に閉じ込められたのだ。


「こいつら! なんかおかしいですよリーダー!」


「関係ねーよ、畳み掛けろ。サルヴァ、クーコ、ネルマ」


 フョードルはノウトの横を素通りして、その他黒装束と同じように一斉にカミルに向かって駆け出した。


「待て!」


「ハッ、誰がチーム戦で正々堂々戦うかよ」


 ノウトは手を伸ばすが、フョードルは一切振り向く気配はない。やつらはカミルを一斉に袋叩きにする作戦のようだ。仕方ない。大丈夫だ。落ち着け。殺す必要は一切ない。戦闘不能にすればいい。それなら、ノウトにも出来る。

 ノウトは雷刀カンナを引き抜いて、構えた。

 片刃の刀は普通の直剣と扱い方が違う。かなり違う。こんなことなら、ルーツァにもっと教わっておくべきだったな、なんて。もし、だとか、たら、とか、そんなことはありえない。

 取り返しは絶対につかない。

 取り返しをつかせる方法は、実は()()()()()()()()ある。でも、それは誰かが犠牲になることになる。そんなことはもちろん出来ない。今度こそ選択を誤るな。

 カミルは二、三人を樹木で押さえつけたが、残りの四人ほどを捕えられなかった。ニコが片手を向けると、周囲の気温がぐっと下がった。


「だっ!?」


 黒装束のひとりがその場で転んだ。ニコがやつの足に凍傷を負わせたのだ。

 〈熱〉の神機であるニコは周囲の気温や体温、つまり『熱』を操ることが出来る。簡単に人を殺すことのできる能力だから、ニコ自身も分かって手加減している。


「…まずいかもですね」


 カミルが片膝をついた。神機の使用を酷使し過ぎた代償だ。力をいっぺんに多く使えば、ノウトが神技(スキル)を使えなくなったのと同じでそれ相応の代償があるのは必然的だ。

 その隙を見計らってフョードルは短剣をカミルに突き刺そうと踊りかかった。フョードルの足は速い。後続で走り出したノウトは追いつけない。フョードルとカミルの間に割り込むようにスクードが入って小盾(バックラー)を構えた。


「お前から先に死にてーのかよ」


 フョードルは短剣を後ろに構えて、それから、ぴょんと高く跳んだ。そして、上体を回転させるように回し蹴りをスクードの頭に叩き込んだ。


「っづぁ!!」


 スクードは顔面から地面に突っ込んだ。フョードルという男はかなりの手練だ。戦闘慣れしている。いくつもの修羅場をくぐってきたのだろう。


「スクード!!」


 ノウトが呼ぶとスクードは立ち上がろうとする。だが、その状態のスクードをフョードルが今度は蹴り上げようとした。


「やめろ!」


 ノウトは駆けて助けようとするが、黒装束二人がノウトの前に立ちはだかった。ノウトは雷刀カンナを構えた。

 すると、刀身がバチリと発光した。

 黒装束はその一瞬だけ立ちすくんだ。その隙を見逃さない。ノウトは左右に揺れるようにステップを踏んで、刀を振るった。黒装束の一人は短剣でそれをスラップ、つまり弾き叩こうとした。


「……痛かったらごめんな」


 ノウトの持つ刀が相手の持つ短剣にぶつかった瞬間、刀身が一際輝き、煌めいた。黒装束の一人は「がぁっ!?」と声を上げて身体をぶるっと震わせた。痺れて、立ちすくむ。

 持っていた短剣をぽとりと落として、膝から崩れ落ちた。これこそが〈(いかづち)〉の神機である雷刀カンナの力だ。刀身に触れた対象を電撃で攻撃できる。シンプルだが、故に強い。気絶させることもできるからノウトの不殺術とも相性がいい。心の中で〈雷〉の女神であるカンナに感謝しつつも、柄を握り直した。

 もう一人いた黒装束は途端に浮き足立った。及び腰になっている。そんな相手を伏すのは心苦しいが、仲間が殺されるのと引き換えにはできない。

 ノウトはつま先で地面を蹴った。斜め下から刀を振り上げる。やつは側転するようにそれを躱した。膝を曲げて、射出されるようにノウトは肉薄した。やつは体勢を地に手がつくほど低くして、足払いをかけようとした。ノウトはジャンプしてそれを避ける。


「……あっ、あの」


 相手をしていた黒装束がナイフを構えたまま声を出した。

 ここで初めて相手が女性であることが分かった。

 相手はノウトよりも背は低い。

 顔はフードとマスクで見えないけど、声の高さから言ってノウトと同じか、それ以下の年齢であることが伺えた。


「あなたのそれ……もしかして神機なんじゃ……?」


 嘘をつく必要は無い。むしろここで引いてくれればノウトとしてはかなり助かる。だからノウトは黙ってこくりと頷いた。


「フョードル君!」


 黒装束の女の子が声をあげた。


「あぁ!? どうしたセルカぁ!」


 フョードルがバッと振り返った。


「この子が持ってるの〈雷〉の神機かも!」


「はああぁ!?」


 フョードルが目をまん丸にして声を張り上げた。その刹那、フョードルの横からニコが現れた。ニコは手を伸ばしてフョードルを攻撃しようとしているのだ。フョードルはその方向を見ていない。つまり、ニコの存在に気づいていないかのように見えた。

 だが、それは違った。フョードルはニコのいる方へと逆手に持った短剣を大袈裟に振るった。すると、短剣からボォォォ──ッと炎が立ち上った。

 あれは、魔法ではない。

 詠唱もなしに、あんなに大きな炎を巻き起こすなんて、不可能だ。炎を浴びたニコは後ろに退いた。ニコは〈熱〉の神機だけあって、炎や熱さに対しては体制はあるみたいで、服が少し焦げ付いただけに抑えられた。

 フョードルはノウトの方へと向き直って、ナイフを突きつけた。


「わはははははは! 僥倖すぎるぞおい!」


 哄笑して、それからにやりと口角を上げた。


「〈雷〉の神機に出会えるなんて奇跡すぎるだろマジで! 重畳ってやつだヒュー!!」妙に上手い口笛を吹いた。「おいコラ、そこのお前それ奪わせろ!」


 そして、大層嬉しそうな様子のフョードルがノウトに向かって駆けた。駆けてきた。



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