第60話 明日を祈れ儚きさだめたちよ
それから、ノウトは今までの経緯をスクードに語った。不死王との死闘から今に至るまでのその全てを。
カンナの宿る刀のことを伝えた時、スクードは案の定興奮しっぱなしだった。スクードの反応は純粋でそれでいて話してる内容は賢さも垣間見えるから面白い。
また、不死王と戦闘した際のことを話している時のスクードは本当に泣きそうだった。
今でも、不死王から逃げて瞬間転移陣を使ったときにノウトだけがセンドキアより更に北に飛ばされた理由は全く分からない。
事故にしても意図的なものだとしてもタチが悪すぎる。
瞬間転移陣を発動させたファガラントは大陸の南端で、ノウトが飛ばされた先は大陸のほぼ北端だ。この話をすると決まってニコが少しだけツボに入る。「大陸縦断してる……。ぷふっ……」みたいな感じで小馬鹿にしつつも笑う。少なくとも笑いごとではない、とツッコミを入れたくなったが、なんだか楽しそうなので良しとする。
ノウトが語り終えると、次にスクードが現状を報告した。
不死王の暗殺を企てていたスクードの思惑は当然のように不死王に筒抜けだった。そのため、スクードは不敬罪で処刑されると予想したが、結果はその真逆だった。不死王はスクードを自らの側近にしたのだ。さすがにそれは気が狂っているとしか思えなかった。自らを殺そうと心中で企んでいるスクードをわざと近くに置くなんて。
ファガラントに住まうスクードが小足族の国ユニまで辿り着けたのも不死王の助力があったからなんだそうだ。
「いや、不死王あいつ『遠出したい? はっはっはいいだろう。オレの愛馬を貸してやる。存分に遠くまで行ってこい』なんて言ってきやがってからに……。完全に俺のこと舐めてるっすよマジで」などとぶつくさ不死王への文句を言っていた。
ここまでくると、スクードがノウトに会いに来ていることすらバレていそうな気がする。だからどうするという話ではない。どうにもならないのが現状だ。しかし、そうなると、やはりラウラたちのことが心配になる。無事なのだろうか。氷雪の森の中で極限の生活していた時もそれだけがの脳内でずっと反復していた。
スクードと報告をし合ったのち、スクードはニコを治すと言って作業に取り掛かった。その様子を見ていたらニコに「見ないで」と怒られたのでその場をカミルと共に離れた。
それから、ノウトはカミルと一緒にこの町を練り歩くことにした。町の名前はレスクアらしい。小足族向きなのか全体的に天井が低くて、こじんまりとしつつもそれが逆に落ち着けた。雰囲気もなかなか悪くない。むしろ良い。町の中心に噴水があって、そこでカミルと少しこのあとのことを話し合った。
ニコの怪我が治ったらスクードの手を借りて、ここから南下してユニを出る。その後はルノカアドを通って帝都へ向かう。ルノカアドの都市は奥まったところにあるからレンやロストガンに会うのは少し難しいだろう。
でも、ここまで来たら本当にあと一歩だ。あと一歩で帝都に帰れる。
思えば、長い道のりだった。
雪の積もる森の中に独りで生きることを強いられた時はもう帰れないかと思っていた。ここで終わりなんじゃないかと何度も思った。だが、センドキアからも、ミドラスノヴァからも脱出できた。痛い思いも悲しい思いもしてきたが、ここまで来れたんだ。
それに、つらいことばかりじゃない。
ニコとカミル、そしてカンナと出会えた。
スクードと再会することも出来た。
順風満帆と言ってもいいんじゃないかな、うん。そう断言しても遜色ないと、自分でもそう思う。
その日はレスクアの、スクードが泊まっている宿と同じところで眠った。久しぶりのベッドに心が踊った。思わず頬が緩んでしまう。
その日の夜は夢を見なかったと思う。見たことを覚えていなかったのだから、見ていたとしても見ていなかったとしてもどちらにせよ同じだ。それに、今はどうでもいい。
次の日の朝、ノウトとカミルはスクードに呼び出されて、宿のロビーに立たされた。しばらくすると、ニコがやってきた。
「うおお!?」カミルが声を上げた。
そこに立っていたニコはノウトと初めて出会った時と同じように綺麗な肌をしていた。剥き出しになった金属部分はもうどこにもない。
「どっすか〜? ちゃんと外装も駆動部分も修復したんすよ〜? 内部構造はかなーり複雑で分からないところも正直多々あったんすけど、幸い俺が直せる範囲のところしか怪我してなかったのでなんとか修復できたって感じっすね」
「いやいや、さすがだな。スクード。これは凄すぎる」
「ニコさんの怪我酷かったですからね。治って良かったです、いや本当に」
「なに泣きそうになってんのカミルっち。ほらボク大丈夫だから」
「良かったです安心しました。ところで、スクードに変なことされませんでした?」
「そこでされたって言えるほどボクは意地悪じゃないよ?」
「否定しないってことはスクードあんた……」
「いや、あのね。んなことあるわけないじゃないっすか。俺が治したんだからちょっとは態度改めて欲しいんすけど」
「おいごらスクード、ニコさんの柔肌に触れやがって」
「カミルちょっと落ち着けって。口調おかしくなってるぞ」
「そうだよ、カミルっち。ほんと大丈夫だから。スクードはボクのことすっごい慎重に治してくれたんだし」
「まぁ、ニコさんの平手打ちがめっちゃ痛かったっすからね。下手なことできませんよそりゃ……。ああ、そうだ、ノウト」
そう言って、スクードはひとつの包みを取り出した。包みを取りながら話を続ける。
「黒刃の剣についてなんすけど、打ち直さないと完全には直らないっすね。一度、俺の工房に持ってって作業しないと駄目っす」
「そうか。剣を直すとなると話が違ってくるしな」
「そうなんすよ。とりあえず、この剣はこっちで預かっときますねー」
「悪いな、スクード。いろいろと頼んじゃって」
「いやいやいや! 俺は大丈夫っすよ。それに、こういうことが好きでこの仕事やってますから」
その時のスクードの屈託のない笑顔にノウトは幾分か心が安らいだ。
その朝はみんなで朝食をとって、それから宿を出た。宿を出る前に宿主のスィルロウが「何やら最近東の方、それもカザオル辺りが騒がしいらしいから気をつけな」と注意を促してきた。
何か向こうの方で争いごとでもあったのだろうか。ただ、カザオルはここからかなり遠い。ハリトノヴァやシュンタイを挟んださらに向こう側に存在する国だ。ここまで被害が及ぶことはおそらくないだろう。
何か起きているのであれば救けに行きたいところだが、ノウトは全知全能でもなんでもない。ましてや望んだことが全てできると宣うような軽率な人間でもない。今は、今できる最低限度のことを成すだけだ。
軽く話し合って、そして荷物をまとめて厩舎に向かった。荷物と言っても、ノウトが持っているのは不死王の城で手に入れた〈焔〉の小型神機と星瞬転移機の設計図、そして雷刀カンナくらいだ。不殺道具にも当然限りはあって、この三ヶ月、四ヶ月近くでそのほとんどがなくなってしまった。
厩舎に辿り着くと、カミルが「うわっ」と小さく悲鳴をあげた。
「これが、馬ですか?」
「そっすよ。って見たことないんすか?」
「え、ああ、はい。少なくともミドラスノヴァにはいませんでしたね」
「センドキアに馬はいたけど、それでもボク自身が利用する機会はなかったなー」
ノウトはそれぞれの意見に関心していたが、そういうノウトもあまり馬車自体には触れたことはなかった。
目覚めた直後、レーグ半島での移動手段は走竜を使った竜車だったし、帝都に来てからも大体は大虎を使った虎車だった。
スクードが馬車の御者台に乗って手綱を握り、ノウトたちは客車に乗り込むと、馬車は動き出した。南門を越えて、レスクアの町を無事に出発することが出来た。
ここはミドラスノヴァを出て初めて訪れた町だ。ということはユニの中でも最も北側に属した地域だと断定できる。つまり、まだまだ先に進まないとユニから出ることは出来ないだろう。
「乗り心地はあんまり良くないね〜」
とニコが馬車に対して文句を言うと御者台に乗るスクードが大きめの声で、
「乗り心地に関しては堪忍して欲しいっす。ここの付近、地理的にちょっとでこぼこしてるのもあって揺れるんすよね〜」
「虎車なんてもっと揺れるぞー、ニコ」
「えー、それはやだな。でも、歩いてくよりは全然らくちんだね」
「そうですね。もう歩いて国を抜けるのは勘弁願いたいところです」
「ミドラスノヴァは森の中なだけあって、かなり進みにくかったしな。今後はあれほどきついことはそうそうないと思うよ」
「そうだといいんですけどね」
雑談を挟みつつも、ノウトたちはユニを南下していった。途中で村や街に寄ったりして食料を買い込みつつも前に進んで行った。道を外れたところで停まって夜を過ごすなんてことも何日か繰り返した。
【現在地】
《ユニ、首都ティルロティア郊外》
五日ほど馬車で進んでいると大きい都市が見えてきた。
あれこそが、ユニの首都であるティルロティアだ。
外壁の外には大きな花畑が広がっており、とても美しかった。手入れがよく行き届いている。それらを仲間たちと見て回っていると途中で手入れをしていた庭師の小足族がひとつ花をくれた。
白い花だった。ユリだと思ったけどどうやら違う花らしい。
それをニコは嬉しそうに頭に飾って、そののちに都市内部を練り歩いた。
その日の昼は海鮮系のものを食べた。久しぶりにちゃんとした料亭で食事をしたから、感動して涙が出そうになった。
今思えばセンドキアに着く前に氷雪地帯で過ごしていた時は地獄だった。常に飢えていたし、生きるために必死だった。額面通りの意味合いでノウトは風雪に耐えていたのだ。お金を払うだけで食事にありつけるなんて、こんな贅沢なことはない。
それから、都市の中のそれなりに大きな宿で一泊を過ごすことにした。ベッドがふわふわでニコは楽しそうに飛び跳ねていた。
その夜、ノウトはカミル、そしてスクードとともに温泉に浸かった。宿に付随したものだ。
「いやーなんか生き返る気分っすね」
「生き返ったって、なに戯言言ってんですか、スクードはそもそも死んでないじゃないですか」
「カーミール〜、そういうことじゃないっすよ〜。生き返る気分? 実際に生き返ったことはないんでなんとも言えないっすけど、まぁ、とにかく比喩っすよ、比喩」
「分かってますよ、いちいち説明しなくてもそんなこと」
「……いっぺんコイツぶっ飛ばしていいっすかね」
「風呂から上がったらなー」
「いやノウトそこは止めて欲しいんですけど」
そう言って、小さく笑った。湯に浸かると身体が温まると同時に気持ちもほぐれる。不安要素も全て忘れてしまいそうになる。
「そう言えば」カミルがひとつ息をついて会話を始めた「ノウトはニコさんとどうやって出会ったんですか?」
「あー、俺とニコ? まぁ、そうだな……。どこから話すべきか。出会ったのはセンドキアの街中なんだ」
「センドキア……」スクードが呟いた。「巨人族の国っすね」
「巨人族、か」ノウトは目を擦った。「カミルはセンドキアの現状を知ってるのか?」
「ええ。センドキアの実情を知っているのは大陸でもミドラスノヴァの──それも政府の内情に精通した者だけでしょうね」
「え、……どういうことっすか?」
「ぁー……」ノウトは頭を掻いた。「結論から言えば、センドキアには巨人族なんて種族いなかったんだ」
「えっ?」
「もっと言えばセンドキア以外のどこにも、ですね」
「えぇぇ!?」
スクードは声を張り上げた。
「そ、それが冗談じゃなかったら常識が根底から崩れることになるんすけど!」
「冗談でもなんでもないんだよな、これが」
スクードは顔を手で拭って、一呼吸置いた。
「……ま、ノウトは人を騙すような嘘はつかないっすからね」スクードが目を細めた。「で、 巨人族の存在が虚像だったなら、それにはどんな意図があったんすかね」
「巨人族はミドラスノヴァと帝国がつくりだした形のない種族なんです」
「帝国が……?」ノウトは耳を疑った。「それは、俺も初耳というか──えっと、ホントの話?」
「はい。七百年以上前の話ですけどね。以前の魔皇とミドラスノヴァの国王、そしてセンドキアの王が締結して生み出した虚像のようです。僕は当然のその頃は生きてないので文献を読んだだけですが」
「それは、なんのメリットがあって……俺たち民衆を今まで騙してきてたんすか?」
「それは、俺も知ってる」ノウトは頬を右手で拭いた。「センドキアには人間──…徒人族しか暮らしてないんだ。センドキアはその昔に勇者が建国した国らしくて」
「ふむふむ」スクードが顎を触った。「なるほどっす。つまり、徒人族がいる国って実情を知られたくなくて巨人族がいると世界に嘘をつく形でセンドキアって国を守ろうとしたんすね」
「要約すればそういうことですね」
「ははー」スクードが首をこすった。「なんか、訳わかるような訳わかんないような」
「ま、とりあえずセンドキアについてはそんな感じかな」ノウトは顔を拭った。「それで、ニコの話だったよな」
「ああ、そうだったっす」スクードは忘れてたみたいに慌てて言った。
「ニコは、倒れてた俺を介抱して救けてくれたんだ。そこからセンドキアを一緒に脱出して」
「そして、ミドラスノヴァで僕と出会ったんですよね」
「そうだな。思えば、長かったような短かったような」
「でも、こうして俺たちは会えたんすから。軽く奇跡っすよね」
「まぁな。運命って言っても、遜色ないかもしれない」
「そんな恥ずかしいこと言わないでくださいよ」カミルが頬を掻いた。
「でも、ニコも一緒に入れたら良かったんだけどな」
神機であるニコは残念ながら水浴びが出来ないので、一緒には入れなかった。まぁ、それ以前にニコは女の子だから共に風呂に入ることは出来ないけれど。
「仕方ないっすよ。もしかしたら故障前は入れたかもしれないっすけど、俺が修復しただけっすからね。水に浸かりでもしたらなにが起こるか分からないのが現状っすし」
「それ以前にニコさんと一緒に温泉とかそんなのデリカシーの欠片もない発言やめて欲しいですけどね」
「悪い悪い。ここまであったかくて気持ちいいと尚更な」
「確かに、その気持ちは分からなくもないかもですね」
温泉から出ると、ニコが少し不機嫌だったので三人で慰めた。慰めていると突然ニコが笑いだしたからなにごとかと思ったが、不機嫌っぽい演技というか冗談の一環だったらしい。ニコは嘘をつくのがかなり上手い。ポーカーフェイスというか、声のトーンや表情の作り方が完璧すぎて絶対に騙される。
その日の晩は昼に路地で買ってきた紙で出来たゲームで四人で夜更けまで遊んだ。カミルがめちゃくちゃに弱かったのでみんなして笑い合った。
次の日、ノウトたちは明け方にティルロティアから出発した。
小足族は基本どの種族にも友好的だし、宿での生活もかなり快適だった。余裕があれば、もう少し居てしまうところだった。でも、今はとにかく帝都に向かわなくては。帰りたい、その一心でここまで来たのだ。今更あとには引けない。
「──ってあれ」
ティルロティアから発って数時間後、スクードが馬車を止めた。
「うーん、なにごとっすかね〜」
ノウトは客車の窓から頭をのぞかせて先の方を見た。
何やら、道の先の方、その中心でで一台の馬車が止まっているみたいだ。その周りに数人、十人近くの人影が見える。この距離じゃなんの種族かは分からない。羽は見えないから少なくとも血夜族ではないと思う。
目を細めて、しっかりと見る。
囲まれている馬車はやけに豪華な気がする。赤を基調とした、まるで貴族か王族のようなきらびやかさをまとっている。それを囲んでいるのはみな男たちだ。
耳をすませずとも、ここまで鋭く鈍い声が聞こえてくる。どう見ても穏やかじゃない。ノウトは窓から飛び下りて、いつの間にか駆けていた。
「ちょっ、ノウト!?」
背後からニコやカミル、スクードのノウトの名を呼ぶ声がした。それは一切構わずにノウトは走った。近付いて分かった。とんがった耳と尻尾が見える。やつらは狼尾族たちだ。馬車を囲んでいる者達の正体は多分、盗賊の類いだろう。
それならば、どうするべきかは最初から決まっている。




