第56話 落涙の雷さえぎり舞いにけり[code:Canna]
自らをカンナと名乗った少女はノウトの頭をぽんぽんと撫でた。ノウトとカンナの身長差的にそれは不可能なので、少女はふわふわと宙に浮いて手を伸ばしていた。
「でもよかったああ。ここにいる時間長すぎてちょっと諦めかけてたからね」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ」
ノウトはカンナを振り切って、自らの顎を触った。
「状況を説明して欲しい。今俺は、どこにいるんだ?」
ノウトが言うと、カンナは小さく「こほん」と咳払いをした。
「ここは異扉の中間地点。意識状の認知空間だよ」
「オス、ティア……」
最近、どこかでその単語を聞いた。どこだっけ。確か、……ああ、そうだ。思い出した。
不死王が言っていたんだ。『楽園』に繋がる扉のことを、不死王は異扉と呼んでいた。その中間地点? ということは、ここは『楽園』と『現実』の狭間ということか? だめだ。全部不確かすぎる。質問して探る必要があるな。
「……そもそも、異扉ってなんなんだ?」
「んー、異扉〜?」カンナはふわりと宙に浮いたまま腕を組んだ。「異扉は異世界に通じる扉だよー。カンナたち女神は異扉で他世界から力を分けてもらって放出してるの」
「その放出先が勇者と神機ってことか?」
「うん。そういうこと」
カンナは楽しそうに頷いた。
「じゃあ、どうして俺は今この──意識空間の中にいるんだ?」
「適合者である勇者が女神様の宿った神機に触れたからだよ〜」
「女神の宿った………」ノウトはその言葉を繰り返した。「それじゃ女神のいない神機に触れれば何も起きないってことか?」
「うん、そうだと思うよ、たぶんね」
カンナはなんだか曖昧に頷いてみせたが、女神自身が言っていることなので信憑性は限りなく高いだろう。
〈殺戮〉の女神であるアヤメとは検閲がどうとかでこういった話は聞けなかった。どうして、カンナは問題なく話せるのだろう。……というか。
──そうだ。俺には、ノウトには聞かなければいけないことがある。
「カンナ、アヤメって名前の女神知らないか?」
「アヤメ?」
カンナは首を傾げた。
「う〜〜〜ん。ごめんね、アヤメっていう名前の女神は知らないかなー」
「そうか……」
ノウトは腕を組んだ。女神間なら知っていると思ったけど、そういう訳では無いのか。
「そうだ、なら他の女神の名前を教えてもらえないか? そこになにかヒントがあるかもしれないから」
「いいよいいよ〜。バシバシ言うから覚悟しておいてね」
カンナは大きく息を吸って、口を開いた。
「ダチュラ、ルピナス、アザレア、クレマチス、ネモフィラ、アネモネ、コランバイン、フィークス、リクニス、マーキア、コスモス、クレイラ、グラジオラス、フェリシア、セロシア、ハイドランジア、ローザ、ミリカ、カルミア、カトレア、グロキシニアあああ」
カンナはそこまでを一息で言った。ぜえぜえと肩で息をしている。
「……女神ってそんなにいるんだな」
「カンナの知らないだけでもっといるかもしれないけどね。あとは、カンナと、それからアイリスかな」
「なるほど。──……ってアイリス……?」
「うん。あたしがここに来る直前に会った子。確かそんな名前だったかな」
聞き覚えがある。アイリス……。
そうだ、アヤメだ。アヤメの本当の名前がアイリスだと言っていた。アヤメの別の言い方がアイリスだと。
「………確か、武装型神機〈殺戮〉剣アイリス……」
「ほほう」
カンナが感嘆の声をあげた。
「そういえばあなたが持ってるその折れた剣、カンナのやつに近いね」
「ああ、この剣にもカンナと同じようにアヤメっていう女神が宿っていたんだけど、不死王に折られちゃって──」
「うっわぁ、折った人ひどいね〜」
「お互いに殺し合いをしてたからな。今生きてるのが奇跡だよ」
不死王との戦闘がまるで昨日のように思い起こせるが、あれからもう半年は経っている。我ながら、よく生きてると思う。ラウラやレン、ダーシュ、フウカ、そしてニコやカミル、ノウトを救ってくれた全てに感謝だ。
「アヤメの剣が折られたら、なぜか俺の神技が使えなくなったんだ。どうしてか分かるか?」
「ふんふん。なるほどなるほどー」
カンナはうんうんと頷いてみせた。
「あれ、そうだ」
「ん?」
「あなたの名前、聞いてなかったよね?」
「あ、ああ、ごめん。俺はノウト。ノウト・キルシュタイン」
ノウトが名を言うと、カンナは泡を食った顔をした。一瞬だけ目を丸くしたのだ。
「俺の名を知ってるのか!?」
「いや〜、ごめんね。ちょっち待って。『ノウト』……。その文字列が確か初期の方の記憶ストレージの中に……」
カンナは頭を抱えて、しばらくしてから顔を上げた。
「あったあった。『ノウトくん』──。ふぅむむむー? 誰かがあなたと同じ名前を呼んでるみたい」
「それは……いつの、いや誰の声なんだ?」
「う〜〜ん。あれれ、少し記憶に齟齬があって正確な時間が出てこないな〜」
カンナはとんとんと頭を人差し指でノックした。
「うん、やっぱごめん。誰がとか、いつとか、そこまでは分からない」
「そう、か……。でも、俺のためにありがとう」
何か、ノウト自身に対するヒントになるかと思ったけれどそう上手くはいかないらしい。まぁ、カンナのいうノウトとここにいるノウトが同じである可能性なんて、一般常識的に考えてありえないけれど。
「あ、そうだそうだー。ノウトが今神技を使えない理由だよね?」カンナがノウトを見た。「それはたぶん、アヤメちゃん? ……の縁がなくなっちゃったからだと思うよ」
「よすが?」
カンナは宙に浮いたまま器用に足を組んだ。
「そもそも、ノウトは女神がなんなのかは知ってる?」
「それは──」
ノウトは思い起こしたが、女神自体が何者なのかは分からなかった。それを察したカンナがノウトを見て口を開く。
「まず、女神はあなたたちと違って、身体──いや、肉体がない」
「それじゃあ、今目の前にいるのは、……」
「これはカンナのイメージした姿。今のカンナは意識だけの思念体、形而上の存在なんだよ」
カンナは話を続ける。
「カンナを含めた女神たちはノウトやその他人間と同じように肉体を持つことは出来ない。でも、例外がある。それが『勇者』と『神機』。女神はそのふたつにだけは宿ることが出来る」
そこまで言って、カンナは胸の前で腕を組む。
「逆に言えば勇者か神機に宿らなければ個として成り立たない」
「じゃあ、アヤメは……──」
「いや、死んではいないよ。そもそも、女神は死なないから、心配しなくても大丈夫よー」
よかった、とノウトは胸を撫でおろした。
「たぶんだけど、アヤメちゃんは勇者であるノウトと神機であるその黒い剣の間をずっと行ったり来てたりしてたんじゃないかなー。その子は、ノウトの力になりたかったと思うから。でもね、それってすっっごく大変なの。力をこれでもかって使っちゃう。勇者と神機を行き来して、個として、女神として複雑不安定になっている時に神機の方が壊れちゃったら、そりゃ神技も使えなくなっちゃうよ」
「…………」
ノウトは、胸を抑えた。強く抑えた。アヤメはノウトのために影で頑張ってくれていたのだ。ノウトの想像以上に彼女は尽くしてくれた。不死王と戦闘をしたあとのことを思い出す。アヤメは健気にノウトに対してただ褒めてと言っていた。
女神が力を使うのはノウトが思う何倍も大変なのだろう。
それなのに、アヤメが求めたのはただ褒めてもらうこと、それだけだった。
「………ごめん……アヤメ、……あの時たくさん無理させて」
ノウトが蚊の鳴くような小さな声で呟いた。当然、アヤメは答えてくれなかった。
「ただ、大丈夫。微かだけどノウトの中に女神特有の残留思念が残ってる」
「ほんとか……!?」
「うん。なんとかすればノウトの神技もアヤメちゃんも帰ってくると思うよ〜」
「そっか……、……それは、よかった、……ほんとに」
「えっ、えっ、ちょっと、泣いてるの?」
カンナは慌てふためいてノウトの背中をさすった。
「き、きっとアヤメちゃんはノウトのこと気にしてないよー。それにさっき女神は死なないって言ったじゃんじゃん?」
「もう、ダメなんじゃないかと思ったんだ。アヤメにもう会えないかと……」
ノウトは眦を手で拭った。
「それに『死なない』は『つらくない』じゃない。女神にも意思があるのは、俺は知ってるから」
ノウトが言うと、カンナは少し驚いてみせた。それから、小さく笑った。
「ノウトはいい人、いや、すっごくいい人だね」
「そんなことないよ」
ノウトが首を振ると、カンナは微笑んだ。そして、辺りを見回した。
「……おぉう。そろそろ、お別れみたいだね〜」
「お別れ……?」
「考えても見なよー。カンナは〈雷〉の女神。〈殺戮〉の勇者であるノウトとは普通はあいまみえない存在なんだよ?」
カンナは立って、ノウトとしっかりと目を合わせた。その檸檬色の双眸がしっかりと、ただノウトを見ていた。
「こうやってカンナがノウトと話せたのもアヤメちゃんのおかげかもね」
「それじゃ、カンナとはもう………」
「大丈夫」
カンナの胸の中に、刀が生まれた。カンナはそれを抱きしめながら言う。
「もう話せなくてもカンナはこの刀の中にいるから。泣きたくなったらいつでもこの刀に涙をこぼしてね」
ノウトは手を強く握って、しゃんと姿勢を伸ばした。そして、
「おう」
と笑って頷いてみせた。
「またね」
カンナは手を振りながらそう言って、この黄色い空間とひとつとなった。視界全てが色に染まって、ノウトは意識が一瞬だけ暗転する。
ぐわんぐわんと頭を揺らされる感覚に陥りながらも、何とか意識を保つ。
───そうして、次に目を開けると、そこは森の中だった。
「ちょっとノウト」
ニコがノウトの肩を軽く小突いた。
「どしたの。いきなりぼーっとしちゃってさ」
目の前には少し唖然としたフレイヤとカミル、そしてニコがいる。そうだ、現実に戻ってこれたんだ。ノウトは一瞬だけ思案した。
ここで、言ったところでノウトには何も損失はないだろう。情報を隠すよりも声に出した方がいい。
ノウトは先程まで〈雷〉の女神カンナと会っていたことを三人に話した。誰も、その話を疑わなかった。
「やはり、あなたに託してよかった」
フレイヤは安心した顔をした。
「その刀のこと、それにカミルのことも……改めて宜しくお願い致します」
「──はい、分かりました」
ノウトは頷いて、雷刀カンナを背中に括りつけた。
覚悟を決めたカミルがノウトと、それからニコの顔を交互に見た。
「ミドラスノヴァとハリトノヴァは冷戦下にあって、国境が封鎖されてます。だからユニの方を通過して進みましょう」
「了解」
「それじゃ、姉さん」
フレイヤは何も言わなかった。その代わり、花のような笑顔でカミルたちを見送った。
ノウトは背中にある雷刀カンナの重みと温かさを感じながらも帝都への帰路へまたひとつ歩を進めた。
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【序章 登場人物紹介Ⅲ】
《魔帝国マギア》
──ゼノヴェロア・マギカ=ジーガナウト──
魔帝国マギアを治める魔皇。真っ白な髪に真っ白な肌。誰もが見惚れる美貌を持つ。
──ノウト・キルシュタイン──
〈殺戮〉の勇者で『触れたものを殺す神技』を所持していたが、現在は使用不可能。ロストガンから学んだ〈不殺術〉とラウラから教えて貰った〈猫耳族流剣術〉を用いて戦う。
ミドラスノヴァにて〈雷〉の神機である雷刀カンナを手に入れた。
──ラウラ・ロンド──
亜麻色の髪をした猫耳族の少女。猫耳族の国モファナの姫でありながら、大陸最強の剣士。ノウトの剣術の師匠。
──メフィス・フラウトス──
愛称はメフィ。クリーム色の長髪を携えた小足族と魔人族のハーフ。魔法を構築する技術に長けており、魔皇の直属護衛兵でありながら帝国の魔術研究所所長も務めている。
──ロストガン・ヴァン=ユウグルア──
王位継承権第二位の血夜族の王子。楽観的な性格で、ノウトに誰も殺さないという戦闘術『不殺術』の修行を行った、ノウトの戦術の師匠。血夜族にも関わらず、魔法を使いこなし、特に〈氷〉魔法を得物としている。
──ミファナ──[死亡]
猫耳族の少女。シファナの姉。ノウトがこの世界で初めて救った猫耳族であり、ノウトが生きるきっかけをくれた優しい少女。
──シファナ──
魔皇に仕える猫耳族のメイド。
一切の冗談が利かない真面目な性格。ノウトのことを『ノウトきゅん』と呼ぶ。
──フィーユ──[死亡]
猫耳族のメイド。
茶髪セミロング。口下手であまり素直になれないけれど、根は優しい女の子。
──ミャーナ──
猫耳族のメイド。白髪ロング。
言葉数が少なく、大人しい性格。リンタール孤児院出身。
──チナチナ──
猫耳族のメイド。
語尾に『にゃ』を付けて喋る一切言動が読めない女の子。ノウトにことあるごとにちょっかいを出す。
──エスカ・ヴァン=メエル──
魔皇に仕える血夜族のメイド長。戦闘から炊事洗濯、治療までなんでも出来る多芸多才な人物。
──ダーシュ・ヴァーグナー──
元血濡れの姫隊のメンバー。猫耳族の無口な男。モファナの姫君、ラウラの直属護衛兵。大剣を得物としていて、身の丈ほどの剣を軽々と振るう。
──ルーツァ・メルア=ウルオリク──[死亡]
元血濡れの姫隊のメンバー。猫耳族の軟派な男。魔皇城のメイドであるフィーユの兄。
──シャーファ・イリオール──[死亡]
元血濡れの姫隊のメンバー。淡い栗色のロングヘア。猫耳族の真面目な女性。
──ローレンス・ヴァン=レーヴェレンツ──
血夜族の王子。王位継承権は第六位。親しい人物に『レン』と呼ばせている。青髪で端正な顔立ちをしている。
──カザミ・フウカ──
魔人と血夜族が混合したような容姿の少女。黒髪ポニーテールで、いつもぴっちりとした耐日服を身にまとっている。不死王となにやら因縁があるらしい。
《ガランティア連邦王国》
──テオドール・フォン=ファガラウス──
魔皇と敵対するガランティア連邦王国の国王。不死王と呼ばれ、不死であり、不老の存在。『楽園』に行く術を探している。
──ノワ=ドロワ──
不死王の側近であり、大陸でも随一の魔導師。
魔力の量が尋常とは比にならない。普段は真っ黒な下着姿に、頭に目深に被ったつば付きの黒いとんがり帽子を被っている。
──ミェルキア・フォン=ネクエス── [死亡]
ガランティア連邦軍率いる純白騎士団の団長。
首を斬らない限り死なない極位魔人で、エヴァの兄。
──エヴァ・ネクエス──
ガランティア連邦軍の隠し玉であり、秘密兵器の剣士。兄であるミェルキアのことをこの世の何よりも愛している。凶魔を従える術を持っている。
──ミカエル・ニヒセフィル──
真っ白な毛並みを持った、会話が出来る友好的な凶魔。全体の造形としては猫に近いが耳だけは兎に似ている。戦闘時には鉄塊兵に乗り込む。
──スクード・ゼーベック──
ガランティア連邦王国に暮らす数少ない神機の技師。技師としての腕は突出しており、アヤメの剣をつくりだした張本人。
《センドキア》
──ニコ──
センドキア出身の女の子。女神アドに仕えている。
本名は〈熱〉の神機ニコラアルカ。身体は神機で出来ており、その構造は未知数。触れたものの温度を変化させる能力を持つ。現在は行き場を失って、ノウトに同行している。
《ミドラスノヴァ》
──カミル・ドラシル──
ミドラスノヴァ出身の森人族の青年。樹木を操る能力を持っている。フレイヤという名前の姉がいる。自国の変化に疑問を感じ、ノウトたちを牢屋から逃がし、自らも旅に出ることを決意した。
《女神》
──女神アド──
アド教の真祖であり、勇者を生み出す存在。
──〈殺戮〉の女神アヤメ──
ノウトに力を与えていた存在。黒い翼を生やしていて、黒いワンピースを着ている。時に冷酷だが、全てはノウトの為を思ってのこと。
──〈雷〉の女神カンナ──
雷刀カンナの中に宿る女神。明るい女の子で、ノウトに女神に関することを教えた。
【現在地】
《ミドラスノヴァ都市郊外》
【目的】
《帝都に戻ってラウラたちの安否を確認すること》
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