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第55話 須臾に流れ込む檸檬色



 リフトから降りて、周囲を確認する。

 すると、影になっていて上からでは見えなかったが、大樹の下にも街並みがあることが改めて分かった。ただ、樹上の都市とはかなり趣きが違う。

 樹上都市は美しさ重視の造形だったが、大樹のもとにある街並みは質素で平素な景観だ。


「先を急ぎましょう」


 歩き出すカミルの背を黙って追う。ノウトたちが探されているわけではないだろうが、辺りをカミルの言う『機械兵』がうろついている。

 彼らかの索敵範囲に入らないように、カミルは極めて慎重に、そして確実に行動してくれている。ノウトたちはそれに着いていくだけで良かった。

 大樹と、それから木々が織り交ざるような複雑な空間に街が形成されている。大樹の下にある街も、それなりに趣深く、見ているだけで楽しい。


「やっ──…」


 どれくらい歩いた時だろうか。カミルが声を上げた。見ると、こちらに向かって機械兵が近づいているのが分かった。見られたのか。見つかってしまったのか。

 カミルは咄嗟に両手を前に突き出した。すると、袖の隙間から細くしなやかな木が生えて、機械兵に向かって勢いよく伸びた。それらは機械兵を捕まえるその一寸先で掠めた。掠めてしまった。

 ノウトはとっくのとうに動き始めていた。正確に言えば、カミルが驚嘆の声をあげるその直前だ。

 ノウトは気配を消しながら機械兵に駆け寄り、その首を絞めて、(かんぬき)をかけた。動けなくなった機械兵をカミルはその腕から樹木を伸ばして操り機械兵の胴体を貫く。

 破壊音を叫び、完全に動けなくなった機械兵からノウトは手を離した。


「あいつらに対人の術が効くか分からなかったけど、何とかなったな」


「助かりました。では、異変に気付かれる前にここから動きましょう」


 壊れた機械兵を物陰に隠してから、カミルたちはその場を離れた。

 入り組んだ街路を走り抜けていく。仰げば、大樹の影で空は見えないがその葉と葉の間が微かに白みがかっているのが分かる。夜明けが近づいているのだ。

 駆け抜けたのち、カミルが突然歩を止めた。見渡すと、それなりに開けた場所に出たのが分かった。


「出られたのか?」


 ノウトがそう言った。


「……何か、変だ」


 せわしなく辺りを見回すカミルが呟いた。


「いつもは、あそこに門番がいるのに……」


「それって……──」


 ノウトが口を開いた直後だった。


「カミル」


 背後から声がした。女性の声だった。咄嗟に振り返った。


「逆徒を連れて、どこに行こうと言うのです」


 美しい女性だった。深い緑の長髪が風に揺られている。ノウトよりも十センチほど背の高い森人族(エルフ)だ。


「姉さん……」


 カミルが震えた声でそう口に出した。


「質問に答えなさい、カミル。返答次第では、あなたを斬ります」


 カミルが『姉さん』と呼んだ女性は腰にかけている剣の柄に手を触れた。


「僕は……」


 カミルの絞り出すような声は虚空に溶けていく。彼は目を瞑って、顔を伏せた。ノウトとニコはそれを眺めていることしか出来なかった。


「今こちらに戻ってくるならば、何も罪は問いません。さぁ、こちらに来なさい」


 彼女は手招きをした。

 カミルは苔むす地面を一蹴するように目線を上げて、


「……僕は、自分の意思で彼らを逃がすことに決めたんです」


 そうはっきりと口に出した。


「それに僕は、こんな閉鎖された街で(なが)く退屈な一生を過ごすつもりはない」


 カミルはノウトとニコの目をそれぞれ見回した。


「……ノウト、僕も……君たちと一緒に、旅に出てもいいですか?」


「もちろん」


 ノウトは即答した。断る理由なんてない。


「でも、カミルはいいのか?」


「ええ」


 カミルもすぐに(うなず)く。


「僕が決めたことですから」


 そう声を紡いだ彼の目は決意に満ちていた。


「分かりました」


 カミルの姉は目を伏せて、それからその冷血そうな目でこちらを睥睨した。


「出ていくのは構いません。──ですが」彼女は腰に佩刀した()()を引き抜いた。


「それならば、私を倒せるだけの力を見せてから行きなさい」


 毅然とした態度で、彼女は刀を構えた。彼女の持つ刀は鋼色の刀身に金色の線がジグザグに刻まれていた。

 そして、こちらを向かずにカミルは口を開く。


「……彼女の名前はフレイヤ。僕の姉です」


 そう言って、片手の手のひらをノウトたちに向けた。


「手は出さないでください。これは、僕の問題ですから」


 カミルは徐ろに呼吸をして、背中から直剣を引き抜いた。ノウトとニコは並んで、それから息を呑んだ。

 カミルとフレイヤ、二人の間に戦闘前特有の緊張感が漂う。


「ふっ……!」


 カミルが呼気を吐いたと同時にフレイヤが動いた。フレイヤは直進してカミルに向かっている。

 カミルは迎え撃とうと腕を前に突き出す。その腕からいくつもの樹木が生えて伸びた。絡めとろうと樹木はフレイヤを捉えて動くが、フレイヤは刀を振るい、──それらを斬り飛ばした。


「……速い…」


 ニコが呟いた。フレイヤの身のこなしは尋常じゃない。大陸最強の剣士であるラウラには及ばないものの、それに引かない強さを誇っていることが瞬時に見て取れた。

 だが、それとは別の強さもまた垣間見えた。……何か。何かおかしい。カミルの操る木々がまるで麻布のように簡単に切れてしまった。どこか焦げ臭いような気もする。


「はっ……!」


 カミルは樹木を操る攻撃をやめて、フレイヤに斬りかかった。

 太刀捌き、身体の運び方は悪くないが、フレイヤには到底届かない。それは、当然カミルも分かっているのだろう。フレイヤに振るわれた剣をカミルは投げ捨てるようにフレイヤの刀にぶつけた。

 その瞬間、フレイヤの刀から火花のようなものが閃いた。

 カミルは地面に手を着けて、力を込めた。ノウトには少なくともそう見えた。すると、突如カミルを覆うように樹木が周りから生えて、もうカミルの姿は見えなくなった。カミルを包んだ樹木は巨大な槍となって、そのままフレイヤを穿たんとばかりに放たれた。

 瞬きをすれば、次の瞬間にはフレイヤを貫いてしまいそうな戦局だった。

 ──しかし、フレイヤはその一手先を打っていた。

 両手で刀を握り、カミルの生み出した槍に自ら肉薄する。すると、フレイヤの持つ刀が金色に輝いた。同時に、バチッッッ──と(つんざ)くような音も鳴り響いた。

 フレイヤの刀はカミルの操る槍を一刀両断し、()()()()()

 そうなると、カミルは必然的に隙だらけになる。フレイヤはそのままカミルの首を斬り落とんとばかりに刀を振り下ろした────


「………何の真似…ですか……?」


「──何って、見れば分かるだろ」


「僕は……!!」背後にいるカミルが声を荒らげた。「手を出さないようにと……言ったはずですよ!!」


 カミルとフレイヤの間にノウトは立っていた。フレイヤの刀はノウトの左肩に触れるその寸前で止まっていた。紙一重だ。

 その状況の中、ノウトは口を開いて、言葉を紡ぐ。


「矜恃や自尊も、人にとっては大事だ。それらが人間を人間たらしめるからな。──けどさ」


 ノウトは振り返って、カミルの顔を見た。


「俺はいつだって、誰かの命が守られることに賛成だ」


 後ろの方で、ニコが口元を抑えて笑いを堪えてるのが分かった。それでもノウトは言葉を紡ぎ続ける。


「だから、なんと言われようとお前を見殺しには出来ない。俺の前では誰も死なせない」


 ノウトはフレイヤに刀を突き立てられながら、はっきりと、そう宣言した。

 どこからどう見ても、ノウトがやったのはただの意味のない自殺行為だ。だけど、少なくとも……この状況を生み出せたという意味では効果はあったのかもしれない。


 フレイヤは目を閉じて、息を吐いて、それから刀を鞘に戻した。


「あそこで、あなたがカミルを助けに来ないのであれば、カミルは無理やりにでも連れ戻すつもりでした」


 フレイヤはノウトを見た。ノウトには姉はいないし、いたとしても分からないけれど、彼女は姉らしい眼差しをしていた。


「ノウトさん。カミルを、どうか宜しくお願いします」


「どうして、俺の名を……?」


 ノウトが聞くと、フレイヤは一瞬きょとんとしてそれから声を発した。


「あなた、優しい勇者として有名ですから」


 そう言って、フレイヤは小さく微笑んだ。


「ノウト、有名人じゃん」ニコはけらけらと笑っている。


「僕も言葉伝いに聞いたんです。戦場で誰も殺さない戦士が帝国にはいると。その人の処刑が決まるなんて、この国はやっぱりおかしい」


「カミル、強くなって、また帰ってきなさい」


 カミルは背をしゃんと伸ばして、そしてフレイヤの双眸をしっかりと見つめた。


「……分かりました。絶対にまたここに戻ってきます。そして、この国を……──」


 カミルがその拳を強く握った。フレイヤは(しか)と頷く。

 ミドラスノヴァの内部事情をノウトは詳しく知らないが、何かが起こっているのは確かだ。


「ノウトさん、これをあなたに授けます」


 そう言って、 フレイヤはノウトに先程まで使用していた刀を差し出した。

 咄嗟の出来事はノウトはすぐには反応が出来なく、返答を窮してしまった。そんな様子を見てフレイヤは口を開く。


「これは我がドラシル家に伝わる雷刀(らいとう)カンナという名の銘刀……。そして、これが本当の〈(いかづち)〉の神機です」


「都にある〈雷霆螺旋匣(カンナグラム)〉は雷刀カンナのレプリカ、複製品です」カミルがそう言葉を付け足した。


「……どうして、俺に?」


「神機は本来、勇者が持つものと古代から伝わっておりますから。深き慈愛とそして、他の類を見ない決意を胸に抱くあなたならば、この刀を正しく使えるはずです」


 フレイヤはいたって真剣な眼差しだ。冗談なんかじゃない。

 その思いを逡巡して躊躇して、簡単に無下にできるほどノウトは落ちぶれていない。

 ノウトはフレイヤに頷いて、そして雷刀カンナを両手で受け取った。








 ────その瞬間だった。







 景色がぐるりと入れ替わり、脳裏がバチバチと焼けるような思いをした。目の奥が熱い。そんな思いも刹那の内に消え失せる。

 次に瞬きをした瞬間に、既視感を覚えた。


「……こ、れは────────」


 これは、あれだ。

 あの時と同じだ。

 エヴァの持っていたアヤメの剣に触れた時と同じ感覚。

 頭の中がある種の、ただ一つの色に埋め尽くされる感覚。今回は、頭の中が眩い檸檬(れもん)色に染まった。

 辺りには何もない。いや、何もないというのは変だ。この世にはありとあらゆる普遍的なものが嫌になるほど溢れている。でも、この空間には何も無い。

 ノウトとそれから、目の前にいる少女を除いては。

 そう、目の前に、ただひとりの少女が座っている。少女は目をつむって、椅子にもたれかかっている。違う。そこには椅子なんてない。空気椅子、のようにも見えるけど彼女は空中に浮遊しているのだ。

 髪の毛は黄色で肩の辺りで切りそろえられている。その子の頭の上には黄色の花飾りがちょこんと乗っている。顔立ちはかなり幼い。人間の歳で言えば、十歳とかそこらだろう。

 ただし、その幼気(いたいけ)な少女は少なくとも人間ではなかった。

 その背中から、一対の翼が生えていたのだ。

 黄色の髪をした少女はこちらに気付くと、顔をぱぁっ、と明るくして駆け寄ってきた。


「わああああぁぁっっ!!」


「えっ!?」


 ノウトは驚いて、一歩後ろに引いてしまった。


「うそ!? えっ!? ほんもの!? 信じられない! まさかのまさかの!? うっそーん!?」


「えっ、なに、どうしたんだよ」


「適合者──勇者様がやっっっとあらわれたあああああ!!」


 翼の生えた少女は「やったやった」とスキップしながらノウトの周りを回った。


「お、おい。これ、何が起きて───」


「よかったあ。もうずっとここで永久に永劫にエターナルにひとりなのかと思ったよ〜。アザレアとかルピナスとかダチュラともずっとずっと話せなくて寂しかったんだよ〜?」


「ア、アザレア? ダチュラ? 誰のことだ?」


「あっ、そっか。知らないんだっけ。そりゃそうだね。ごめんね、さきばしっちゃって」


 少女はくるっとターンしてから、ポーズをとった。


「あたしはカンナっ! 何を隠そう! 〈雷〉の女神様なのです!」






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