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第53話 熱と樹とお人好し



 『アンドロイド』という言葉の意味は分からないが、何となくニュアンスは分かる。

 端的に言えば、人型の機械のことだろう。

 つまり、ニコは歩いて喋る神機そのものだったのだ。


「いやいやいや……」


 身体が神機とか……、カッコよすぎんだろ……。

 ノウトは嘆息を吐いた。

 神機が喋って歩くって、……まぁ瞬間移動やら地形の把握やら超次元的なことも神機は出来ていたから別に神機自体が話せるくらい当たり前なのかもしれないけれど。その辺りは分からないが、ノウトは今までそんな存在知らなかった。


「ボクがほんとに人間じゃなくて引いた?」


「何言ってんだよ」トーンダウンしたニコの声をノウトは一蹴した。「ニコが何者であれ、ニコはニコだろ?」


「そんなはっきり言われると、さすがに照れるね」


「やべー俺、神機と友達になっちゃった……。うわ嬉しすぎて死ねる……」


「……えっ、ノウト、……なんかいつもとテンション違くない? 少し……いやかなり気持ち悪いんだけど」


「いやっ、そりゃ当然テンション上がるだろ。俺、無類の神機マニアだし。〈熱〉の神機は発見されてないと思っていたけど、まさかセンドキアにあったとはな……。そりゃ未発見扱いされる訳だ」


「……ヤバい人にアンドロイドだってこと告白しちゃったな」


 ニコは残念そうに口にした。そんなことスルーしてノウトは口元を手で覆った。


「それじゃあ、ドアの鍵を溶かしてたのとか、人を気絶させてたのは直接的にニコの力って訳か」


「ま、そーだね。〈熱〉の神機であるボクのなせる技のひとつだよ。ボクは周囲の温度とか触れたものの温度を自由に操れるんだ」


「すげぇ……かっけぇ……」


 ノウトはひどく感銘を受けているが、そんな様子にニコは引き気味だ。隣の牢にいるから姿は見えないけれど眉をひそめているに違いない。


「ま、ひとまずボクのことは置いといて」


 ニコは無理やり話を切り替えた。


「次は……ノウトのこと教えてよ。ボクの話は、もう聞かせたんだし」


「長くなると思うけど、いいか?」


「……うん、もちろん」


 それから、ノウトは今までにあったことを全て話した。幸い時間はたくさんある。ゆっくりでいい。ニコを安心させるために、多くのこと話した。

 勇者としてこの世界に目覚めたことから今に至るまでの全てを。

 フィーユ、ルーツァ、シャーファ、そしてミファナたちの名前を久しぶりに口に出した気がする。顔も、声も。今でも思い出せる。

 同じ勇者だったチギラやレティシア、それに『彼女』。

 守りたかった人たちの顔が今でも鮮明に、色鮮やかに脳裏に(よみがえ)る。


 ニコは相槌を打ちながら聞いていたけれど、途中から突然、黙りこくってしまった。

 ニコの名前を呼んでも、返事はなかった。

 眠ってしまったのか。それとも、……もう返事はできない状態になってしまったのか。

 先程、ノウトの前に現れた中年の森人族(エルフ)はニコのことを「もう先は長くはない」と言っていた。

 ノウトはここに来てからニコの姿をちゃんと見ていないが、ノウトの想像以上にニコは酷い状態になっているんじゃないか。

 ニコはもう、ノウトの声に反応してくれないんじゃないのか。

 駄目だ。悲観的になるな。

 かと言って、奮い立たせるのもあまり良くない。いつも通り、平静を保て。

 人の気持ちは浮いたり沈んだりする。自分の意志で一時的にはどうにかできても、あとになって反作用があったりするものだ。

 考えすぎてさらに落ち込むのも、下手に自らを鼓舞しようとするのも良くない。あるがままを受け入れるんだ。

 気持ちはどうせ上がったり下がったりしながら、最終的には中間あたりに落ち着いていく。


「……っ」


 ノウトは歯を食いしばった。

 ああ。くそ。考えないようにしようとしても、つらいものはつらい。ニコは、おそらく力尽きてしまった。もうノウトと話すことは出来ないのだろう。それに明日の正午、ノウトは処刑される。

 なんだよ、これ。意味分かんねぇよ。ふざけるな。到底、受け入れるわけにはいかない。

 だからと言って今のノウトに何が出来る訳でもない。

 ひたすらに思考をめぐらせて、頭をこねくり回して、ここから脱出する手段を考えた。

 脱出する方法は思い浮かばなかったが、ひとつ奇妙な違和感を感じた。


「そう言えば……」


 ここに来た森人族(エルフ)はニコのことを『がらくた』と称した。ニコは決して、断じてがらくたなんかではないが、つまり、先程の森人族(エルフ)はニコが喋る機械であることを知っているにも関わらず、何も驚いていなかった。

 ということは……、あの森人族(エルフ)は他にも話すことが出来る機械をほかにも知っているんじゃないのか。

 それが、何に繋がるのかは分からないけれど。


「ラウラ……」


 ときどき、こうやって名前を呼ばないと不安になる。

 レンやダーシュ、フウカたちは無事なのだろうか。

 ノウトと同じように帝都以外にバラバラに飛ばされていたらと思うと胸が締めつけられる。

 なんとかノウトは今生きているが、明日どうなるかは分からない。

 何時間とこうしているだろう。腹はなり続けているし、同じような姿勢を強いられているから身体のいたるところが痛い。

 ニコの声はもう聞こえない。ノウトが何を言っても返事は返ってこない。


 ここに囚われてから、どれくらい経ったのか。

 足音が聞こえた。幻聴ではない。近づいてくるのがわかる。音からして、一人だ。

 目をつむって、深く、ゆっくりと呼吸をする。


「………」


 そして、目を開けた。

 そこに立っていたのは濃緑色のローブを着た森人族(エルフ)の青年だった。


「あんたは───」


 その青年は、ノウトをここに閉じ込めた元凶というか、あの森の中で木々を操り気を失わせた張本人だった。ただ、あの時と違って顔の気迫が違う。今見る方が柔らかくてどこか優しい感じがする。


「すみません、随分とお待たせしてしまいました」


 その青年はノウトのいる牢に向かってしゃがみこみ、そして木製の格子に巻き付いている棘だらけの蔦に触れた。すると、不思議なことにそれらは、しゅるしゅると引っ込んでいった。

 彼は衣服のポケットから鍵を取り出して、格子扉の鍵穴に挿し込んで回した。かちりと、小気味よい音が鳴り、解錠された。いきなりの出来事で狐につつまれたような思いだが、ノウトは格子扉を押して、そこから這い出た。


「その目、まだくたばってはいないみたいですね」


「俺のことより、先にニコを……」


 ノウトは今までいた牢の隣側、ニコのいる牢を見た。

 はっ、と息を呑んだ。

 そこには確かにニコがいた。だが、装甲というか外装というか、肌の部分がところどころ剥がれていて、金属質の部分が露出していた。これで、ニコ自身が神機であるということは確信に変わった。

 ノウトが何を言うまでもなく、青年はニコの牢も開けた。ノウトは扉を開けて、


「ニコ……!」


 と名前を呼んだ。目をつむっている。まるで、眠っているようだ。


「嘘、だろ……」


 信じられない。

 ニコの声はもう、聞けないのか……?

 せっかく、お互い心の内を話し合えたのに。


「……勝手に殺さないでもらえるー?」


 ぱちり、とニコが目を覚ました。


「ニコ!」


「ちょっと、静かに。バレたらおしまいなんですから」


 森人族(エルフ)の青年が興奮冷めやらぬノウトを制止させる。

 ノウトが手を伸ばして、牢の中にいるニコの手を掴んで引っ張りあげた。


「良かった、生きてたんだな」


「ちょっと充電中だっただけ。というかそれより……」


 ニコは森人族(エルフ)の青年を見やった。


「どうしてキミはボクたちを牢から出したの? その様子じゃこれからボクたちが処刑されるってわけでもなさそうだけど」


「いろいろと話したいこともありますが、まぁ簡単にまとめるとするならば、あなたたちがここで命尽きるのは、些か理不尽過ぎると思いまして」


「その通りではあるけど……こんなことしてあんたは大丈夫なのか?」


「大丈夫なわけないですよ。逃がしたことがバレたら僕は確実に斬首です」


「いいのか? ……なんて聞くのは無粋だな。きみは、俺たちを命を投げ捨てる覚悟でこの牢から出してくれたんだ。俺たちを助けてくれて、本当にありがとう」


「ええ。こちらも許せないことが多々あるので。ですが、礼を言うのはまだ早いですよ」


 青年は辺りを見やる。この通路にはまだノウトたちしかいない。だが、いつ人が来るかは分からない。


「とりあえずこの街から出ましょう。話はそれからです」


「ああ、分かった。……っと自己紹介してなかったな」


 ノウトは青年の碧天のような双眸を見つめた。


「俺はノウト。で、こっちが……」


「やっほーニコだよ」


 ニコはピースサインをつくった片手を目のところに持っていってポーズをとった。その時、青年の目が少しだけ揺らいだような、そんな気がした。


「宜しくお願いします。ノウト、ニコさん」


 青年は律儀に腰を曲げて、それからノウトとニコそれぞれの目を見た。


「僕はカミル。カミル・ドラシルって言います」




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