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第14話 灰に溺れる



 夢を見た。



 夢の中で俺は灰を抱えていた。



 何の灰なのかは覚えていない。



 風に飛ばされ、灰は手の上から消える。






『生きて』






 誰だ。



 頭に響く、その声。




 彼女だ。



 そう、彼女。




 俺は彼女に謝りたくて。

 でも、会えないから、それも叶わなくて。




 ああ。




 だめだ。まずい。



 彼女、って誰だ?



 思い出そうにも、思い出せない。



 その手を掴もうとしても掴めない。



 誰なんだ。

 分からない。分からない。




 灰が下から押し寄せて、それに埋もれる。




 灰に溺れて──────






      ◇◇◇






「うぐぉっ!?」


 腹部への衝撃で目を覚ます。


 目を覚ました瞬間には夢の内容は一切覚えていなかった。夢を見ていたことすら覚えていなかった。

 最悪の目覚めだ。

 見るとリアが横から全体重をかけてダイブしてきたようだ。

 リアは俺の腹の上で元気に笑い、


「おはようっ!」


「ごほっ……ごほっ、逆だろ普通! 物理より先に声を掛けろ!」


 リアが俺の耳に口を近付けて言う。


「わたしを何回も殺した君が、わたしになにか言えるかな?」


「くっ……」


 それに関しては何も言えない。死ぬということがどういう感覚なのか想像も出来ない。


「はいはい……ってまだ五時じゃないか、俺の睡眠時間やばいんだけど、頭全然回らん」


「わたしもそうだから。ほら起きて」


 リアが俺が被さっていた毛布を取っ払う。

 朝の冷え込みが全身を襲う。


「さっむ……」


「ほい」


 俺の腕を掴み強引にベッドから下ろされる。


「……あなた達、仲良くなり過ぎじゃない?」


 シャルが目を擦りながら言う。シャルもリアに叩き起されたのだろう。まだ眠たそうだ。


「これが仲良く見えるのか」


「パーティだし、当然だよ。ほら、シャルちゃんもちゃんと起きて。朝ご飯食べるよ。フウカちゃんなんて四時には起きてたって言ってたし」


「それは流石に異常だろ」


 着替えてから部屋を出て、シャル、リアと共に食堂に行くとレンとフウカが既に朝食をとっていた。めちゃくちゃいい匂いがする。

 パンの焼けた匂い。それに肉と塩の効いたスープ、チーズの匂いもする。嗅いでるとお腹が減ってきた。


「先に頂いてますよ」


「遅かったね」


「この二人がなかなか起きなくてね」


「私、朝弱くって」


「俺は一発で起きただろ」


「わたし何度も声掛けたんだよ?」


「そ、そうだったのか。それは、ごめん」


「いいのいいの。物理的に起こすのが楽しいって分かったから」


「毎朝が心配になってきたんだが……」


 シャル、リアと共にレン達の相席ににつく。

 これは誰が用意したんだろうか。

 丁寧に盛り付けされた朝食が人数分、並んでいた。

 昨日の夕食と違って厨房に誰かいる気配はしない。

 こんな朝早くから朝食を用意してくれるなんて好待遇過ぎるな。


「おいし〜。レンくん料理めちゃくちゃ上手いね」


「それは良かった。スープはフウカに手伝って貰ったんだけどね」


「スープもすっごく美味しいよ、フウカちゃんも凄いね」


「そう言って貰えて嬉しいです。手探りで何とか作ったら案外上手くいっちゃって」


「この朝食って二人が作ったの? 凄いわね、料理人も顔負けの美味しさだわ」


「ほんとだよ。めっちゃ美味い」


「いや〜、ほんと? そこまで褒めちぎられるとなんだか恥ずかしいな」


「記憶が無くなる前は料理人とかだったりしてね」


「そうかもね、なんて」


 レンはそう言って、何処か寂しそうな顔で笑ったのだった。




      ◇◇◇




 レン達の作った狂えるほど美味しい朝食を食べ終え、食堂を出るとフョードルたちのパーティとすれ違いになる。


「おっ」


「昨日はごめんね〜」


 レティシアが両手を合わせて謝る。


「いえいえ、こちらこそ」


「……うっ」


 シャルが嘔吐(えず)きそうになる。

 よっぽどノウトらがこんがり焼けたのがグロテスクだったのだろう。こればかりはリアに感謝、生きてることに感謝しなくちゃいけない。


「よーしよしよし、シャル、大丈夫ですよー」


 フウカがシャルの背中をさする。


「おいレティ。シャルロットに思い出させるな」


 シメオンが注意する。


「あ、謝っただけじゃん」


「そういう無神経なところなんだよな~。お前の悪いとこはさぁ」


「うっさいわよフョードル。元はと言えばアンタが」


 レティシアがフョードルに肉薄して喧嘩が始まろうとするが、


「け、喧嘩しないでよ」


 セルカが彼等の背中を押して強引に先に進ませ、喧嘩を止める。


「毎度お騒がせして済まないな。王都正門前でまた会おう」


 ジークヴァルトが腰を曲げて丁寧に謝る。


「いや、いいよ。大丈夫。ジークも大変だな」


「またね」


 レンがいつもの爽やかな笑顔を携え手を振る。


「ああ」


 ジークは手を上げ、別れのポーズをしてからセルカはこちらを振り返り困ったような顔をして軽くお辞儀をしていた。


「……こっちは特に問題児が居なくて良かったわ」


 そうシャルが呟くとリアとノウトは一瞬目が合ってしまい、軽く吹き出す。


「ノウト、どうかした?」


「いや、何でも」


 レンに問われるが、口が裂けても昨晩リアに人を殺す自分の神技(スキル)を使ったとは言えない。

 ましてや、自分が勇者を皆殺しにしようとしている問題児とも絶対に言えない。


 そんな折、リアが言った『わたしも混ぜて』という言葉がノウトの脳裏を何度も去来するのだった。



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