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第13話 君の手で



「ノウトくん、殺らせないよ」


「っ!?」


 そこにはさっき俺が《弑逆(スレイ)》で殺したはずの彼女(リア)が立っていた。


 な、なんだ。何が起きている。分からない。分からない。俺の頭がおかしくなったのか? さっき、殺したはずだ。それなのに、どうして。訳が分からない。


 リアの〈神技(スキル)〉は触れたものが生きてさえいれば瞬時に回復させる能力。


 ミカエルの時や俺たちがレティシアに丸焦げにされた時にも彼女はその力を使っていた。


 それが仮に自分に使えるとして既に死んでしまっていたリアが自分にそれを使えるはずがない。


 間髪を入れずに掴まれている腕にもう一度《弑逆(スレイ)》を発動し彼女を殺す。


 リアは一瞬、力を抜くもすぐに掴んだ腕を起点に俺を組み伏せるように覆いかぶさった。足を上から抑えられ身動きが取れない。


「ノウトく」


 もう一度《弑逆(スレイ)》で殺す。


「痛いって」


 リアは当然のように息を吹き返す。俺は《弑逆(スレイ)》を行使した。


「もう、落ち着い」


 そして、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。


 彼女を殺した。

 しかし、彼女はすぐに起きてしまう。


 能力が効いていないのか……?


 ──いや、弑逆(スレイ)が効いてない訳じゃない。



 こいつは、不死身なんだ。



 彼女は自らを〈生〉の勇者と宣っていた。

 他人の修復能力も然るながら自分に対するその能力は他人に使う何倍も強力なのか。

 『生きる』ことを強いられているんだ。


 一気に血の気が引いていくのが分かった。


 そんなの、無理だ。


 不死の治癒者(ヒーラー)


 こんな奴がいたら勇者を全員殺すなんて。


 不可能だ。


 無理。


 お終い。


 終了。




 ゲームオーバー。




 そんな文字列が頭に浮かんだ。違和感が頭の底でひしめいていたが、それをいつ、どこで見たのか、今はどうでもよかった。今は、どうだってよかった。

 俺は彼女を《弑逆(スレイ)》で殺すのをやめる。


 自分の身体から力が抜けていくのが感じられた。


 リアは俺の上に四つん這いで跨って俺の両腕を両手で掴んだ。


「や、やっとやめてくれた。一瞬だけど死ぬほど痛いからさ、やめてよね」


 彼女の目からあふれる大粒の涙が頬を伝って俺の顔へ零れる。


「……何が、……目的だ?」


「目的?」


「俺が勇者の全滅を目標にしていることに気付いていたなら、俺が今日寝静まった所で殺せばいい。何なら今殺してもいいじゃないか? お前は、……何がしたいんだよ……」


「そんなの、最初に言ったじゃん」


「──最初に……?」


「君とパーティを組みたいって言った時、『面白そうだから』ってさ」


「……もう一度言ってやろうか? そんなの、理由になってない」


「ちゃんとした理由だよ」


 リアは一瞬遠くを見るように目を細めてから、


「───わたし、自分が不死身だって知った時、軽く絶望しちゃったんだよね。あぁ、わたしは死ねないんだな。永遠を生きなくちゃ、いけないのかなって。今も何回も殺されて、本当に死ななかったし」


 彼女は一瞬間を置いて、


「だから、魔皇討伐とかもぶっちゃけどうでもよかったりして。だから、君といれば楽しめるかなって思ったんだ」


 あとげなく微笑みながら、言葉を紡ぐ。


「始めの部屋でいきなり一人誰かを殺しちゃう君に。独り言で勇者を内側から勇者を全滅させるなんて言っちゃう君に。わたしはもっと興味が湧いた」


 俺の頬に彼女が手を当てる。「そして」と言葉を重ねてから、


「そんなこと言ってる割に、今わたしの目の前で涙を流してる君に、ね」


「………ぁ……」


 自ずと、自らの顔に手をやった。そして、ようやく頬を涙が伝っていたことに気付く。


「──なんで、俺………」


「わたしを初めて殺した時から泣いてたよ」


「……っ」


「推測するに、君は嫌々そう命じられてる。違う?」


「……違う。嫌々なんかじゃ。俺は仲間を守らないと。ヴェロアを守らないと。魔皇が、みんなが、殺される……」


「仲間とかみんなってのは、わたしたちじゃないよね。やっぱり魔皇さんと繋がってるんだね」


「………ああ、くそ、……俺は、終わりだ、もう……」


「違うよ。始まりだよ」


 一瞬、リアが何を言ったのか分からなくて、頭の中でその言葉を反芻させた。始まり? 何が? どういうことだ?


「君はめっちゃくちゃ面白いことしようとしてる。なんか、ずるいよそれ」


「……面白くなんか、ない。お前らを殺せって言われてるんだぞ。面白い訳、……ないだろ」


「やっぱり、ノウトくんはそういう人じゃなかったね」


「……そういう人、って?」


「お試しで人を殺しちゃうような、心に芯のない人」


「………」


 リアが俺の耳に顔を近づけて言う。


「わたしも混ぜて」


「……は?」


 俺が愕然と、または蒼白とした顔で困惑していた丁度その時、予想外な方向から声がした。ある意味予想していたこととも言えるが。


「……君達、そこで、何してるの………?」


 レンが起きたのだ。

 ──やばい。

 リアが俺の事をバラしたら……。


「あははー。ちょっとわたし、夢遊病でさ。ごめんね、ノウトくん。迷惑掛けて」


 リアはレンに俺の事を一切吹聴することなく、誤魔化した。ここまで来ると畏怖すら感じる。


「大丈夫大丈夫、おやすみ、リア」


 それに応じて俺も誤魔化すことにした。リアの手の上で転がされてるとしか思えない。

 ヴェロアとリア。人に転がされてばっかだ。


「おやすみ、ノウトくん。ごめんねレンくん、起こしちゃって、おやすみ〜」


 そそくさとリアは部屋を出ていった。


「……お、おやすみ。………隣の部屋に行くとかもう夢遊病の範疇超えてない?」


 レンはそう呟いてもう一度布団を被る。もう眠ったようだ。


 レンが聞いてなくて良かった……。ほんとに。


「おやすみ、レン」


 そう呟いて俺はようやっと床に就く。


 少し頭を冷やして冷静になる。


 ……なんか、怒濤の一日だったな。

 最後のリアのインパクトが強過ぎて寝れなそうだ。何も予測出来ない奴だった。

 やることなすことめちゃくちゃで、何処までが計算づくなのか分からない。

 自分を殺そうとした、いや、殺した相手を許してその仲間になろうと言うのだから、絶対に普通じゃない。

 正直言って、かなりいかれていると思う。でも、どこか安心している自分がいるのは確かだ。リアが不死身じゃなかったらノウトは今取り返しのつかないことになっていた。

 意外にも、目を閉じて横になるだけで、ノウトはすぐに寝付けた。朝を告げる太陽は、上りつつあった。



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