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第16話 影の面影



 ロストガンが大地を蹴った。恐ろしく速い。

 殺陣(シールド)だ。殺陣(シールド)で守れ。ノウトは自分に言い聞かせるように頭の中と叫んだ。

 しかし、ロストガンは一向に攻撃してこない。近付いたり、離れたりを繰り返している。その顔には常ににやけ面がくっついていた。

 何が、目的だ。この男は。ノウトの中を混乱が渦巻いていた。


「ハァッ!」


 決して、気を抜いていたわけじゃない。ノウトなりに気を張っていた。

 だが、ロストガンは一瞬でノウトに肉薄した。そして、肩に噛み付いてきた。殺陣(シールド)で受け流してから、ノウトは後ろに跳んで距離を置く。


「ン〜、……オマエ、ヤる気あるぅ〜〜?」


 ロストガンは小馬鹿にするような口調でノウトを指差した。

 ノウトは肩で息をしながら、彼のことを黙って睥睨した。


「ハハハハハハッ!! こりゃオレがヤる気出させるしかねぇなァ!」


 そう言って、ロストガンは左右に身体を揺らして、サイドステップした。

 一瞬、どっちに跳んだのか分からずに、視界から外れてしまった。いつの間にかロストガンはノウトの間合いに入っていて、ノウトの顔面に右手でストレートを入れようとした。

 ノウトは顔に手を伸ばそうとしたが間に合わなかった。顔に殺陣(シールド)を張って守ろうとすると、ロストガンは右手を引っ込めて左手で腹にブローを入れた。

 刹那、何が起きたのか分からずにノウトは後ろに吹っ飛ばされた。


「フェイント〜〜」


 ロストガンは下手くそな口笛を吹きながら、倒れたノウトに追い打ちをかけようとした。


 ──くそ。舐めやがって。


 ノウトは立ち上がり、ロストガンの顔面ストレートを片手で受け止めた。次の蹴りが横腹に入る。これも、また止めてみせた。


「ハハァッ!」


 ロストガンは嬉しそうだ。ロストガンのラッシュ、コンビネーションがノウトを襲う。

 フック、ストレート、ブロー、ボディ、アッパー。

 ノウトはそれらを全て殺陣(シールド)で受け止めながら、その攻撃の美しさにどこか見とれてしまった。

 戦闘の素人であるノウトでも分かる。

 この男、戦闘のセンスがズバ抜けてる。

 その行動ひとつひとつに無駄がない。ノウトは攻撃の勢いを殺すことが出来るからなんとか今、生きているが、殺陣(シールド)が無ければ今頃肉塊だ。


「ハッハァ!! どうして反撃してこねぇんだ!」


「………っ!」


 問答に答えてる暇なんてもちろんない。殺陣(シールド)を纏う場所を間違えれば、ノウトは絶対に死ぬ。

 一回ごとのパンチ全てが思いっ切り振りかぶったハンマーで殴るような、そんなパワーを秘めている。


「じゃあこんなのはどうだぁ!?」


 ロストガンはバックステップして、手を地面につき、そして跳ねた。今度はノウトの方じゃない。

 気絶して倒れているオズワルドの方だ。

 ノウトは駆けて、ロストガンの前に踊り出た。そして、ロストガンに肉薄し、その勢いのまま殴った。否、殴ったつもりだった。


「ナイスパ〜〜ンチ」


 ロストガンはノウトの拳を軽々しく掴み取った。


「初めて殺意を見せたなァ。そこでおやすみしてるのは不死身の種族、血夜族(ヴァンパイア)のお坊ちゃんだぜ? 傷付いてもすぐ再生する。守る必要なんてないだろ」


 ロストガンは掴み取ったノウトの拳をぱっと、離した。


「不死身だからって、すぐ再生するからって、痛いのは誰だって嫌だろ」


 ノウトが言うと、ロストガンは泡を食った顔をした。そして───


「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 腹を抱えて大声で笑い出した。


「ノウト、お前変わんないのな」


 ロストガンは目尻に浮かんだ笑い涙を片手で拭った。


弑逆(スレイ)を使ってこなかったってことは、気付いてんだろ? オレが不死王の味方じゃないってこと」


「ああ。もちろん。あんたの名前、ラウラやオズワルドから聞いたから」ノウトはロストガンと目を合わせた。「というか、名前を名乗る前から気付いてたよ」


「ン〜、どういうことだァ?」


 ノウトは頬についた泥を袖で拭いた。


「あんたの……控えめに笑った顔が、レンによく似てるんだ」


 ノウトが言うと、ロストガンは今までに見たことの無いような、意表を突かれたような顔をした。


「懐かしいなァ、その名前。ノウト、お前記憶失くなったんじゃねぇのか?」


「これも、オズワルドやラウラに聞いたんだよ。レンは───ローレンスは、あんたの弟なんだろ?」


「ハッハァ。そうだぜ。記憶もないのに、よくそこまで辿り着けたな」


「あんたの弟は勇者として生き返って、また死んだんだ」


「へぇ……」


「なんとも、思わないのか?」


「別に」ロストガンは頭の後ろで腕を組んだ。「ローのやつ、弱かったし、お人好しだったしな。生き返ってもそんなもんだろ」


 まるで、どうでもいいように宣うロストガン。実の弟の話なのに、こんなにも冷淡でいられるのか、この人は。


「………あんたと戦って、そして話してみて、分かったことがある」


「ン〜、なんだ言ってみィ?」


 目の前のロストガンという男は、ノウトを本気にさせるためとは言え、倒れたオズワルドを狙った。それに、レンの生を足蹴にした。狂気の男だ。でも、どこか達観しているような底無しの理性が秘められているようならそんな印象も受けた。

 ………だが、これだけは言う必要がある。


「──俺は、あんたとは絶対に分かり合えない」


「ハッハァ、そりゃそうだ」


 ロストガンはお気楽な口調で肯定した。


「それで、ノウトォ。ここで時間潰してる場合じゃないだろ?」


「その通りだ。あんたに時間潰されたよ」


「ギャハハハ! 久しぶりに良い顔すんな、オマエ」ロストガンは楽しそうに笑う。「それで、そこのオズワルドはどうすんだ? 担いでくかァ?」


 ノウトは気絶したオズワルドを起こそうと近付いた。───しかし、


「……え?」


 何が起きたのか、一瞬分からなかった。気付いた時には視界が横倒しになっていて、上にオズワルドが組み伏せていた。オズワルドが急にノウトを襲ってきたのだ。


「オズ……ワルド……?」


 オズワルドの方を見上げると、相変わらず目を瞑っているままだ。気絶しながら、動いてるのか?


「ハッハァ! 眉唾だったが、マジなのかよ!」


 ロストガンが嬉しそうにその様子を傍観している。


「な、何の話だ!」


「ツヴァイア家の長男は気絶しながら闘う狂戦士、なんて噂話があってな」


 ただ、とロストガンは言葉を加えた。


「こりゃ、敵味方の判断もついてねーかもな」


「……な」


 ノウトが声を漏らすと、ロストガンが跳ねた。

 ロストガンが一瞬でオズワルドに近付くと、オズワルドはその殺気を受け取ったのか、ノウトの背中から飛び立った。翼をはためかせて空へと飛んでいる。ロストガンがそれを見上げるとオズワルドは急激に降下して、飛び蹴りをロストガンに喰らわそうとした。ロストガンはそれを右手で受け流す。

 オズワルドは地面に着地して、蹴りの応酬を繰り出した。ロストガンは余裕そうな顔で、それらを全て紙一重で避ける。

 ───凄い、という素人めいた感想しか浮かばない。凄いにもほどがある。ノウトは目で追うのがやっとだ。

 オズワルドは身体の動かし方が非常に靱やかだ。まるで何年も修行したような熟達の戦士のような身体の使い方だ。気絶する前の臆病で気弱そうな彼からは全く想像が出来ない、圧倒的な力量を感じる。

 ロストガンも言わずもがなだ。まるでブレイクタイムのような澄ました表情でオズワルドの攻撃を避けている。


「ハハァッ!」


 ロストガンが攻撃に転移して、手刀をオズワルドの首裏に叩き入れた……んだと思う。速すぎてノウトには良く見えなかった。

 気絶していたオズワルドは完全に気を失ってしまった。


「殺して、ないよな?」


血夜族(ヴァンパイア)は死なないから安心しろー……よっと」


 ロストガンがオズワルドを肩に担いだ。


「んじゃ、ラウラんとこに行くとしようぜ、ノウト」


「……了解」


 ロストガンは踵を返して、遠くに見える町の光を頼りに歩を進めた。


「ひとつ、聞いていいか?」


「ン〜?」


「なんで俺らを攻撃してきたんだ?」


「そりゃ、記憶のないノウトと戦いたかったからだァ」


「なんだよ、それ……。俺はほんとに殺されるかと……」


「楽しかったぜ、オレは。オマエはどうだ。オレの開いた夜宴(パーティ)、楽しかったかァ?」


 ロストガンは狂気に満ち溢れた顔で笑った。


「死にそうだったのに楽しいわけないだろ」


「ハッハァ! やっぱり気があわねーな」


 ノウトの不安に溢れた声を、ロストガンは軽薄そうな口調で笑い飛ばした。ロストガンが羽を広げて、空へ駆けた。


「──ン〜〜、まぁ、こういうのは柄じゃねェんだが………」


 そして、彼は振り返って聡明そうな眼差しでノウトの目を見た。


「ノウト、オマエとまた会えて良かったよ」


 ロストガンはそっと笑う。

 ただ口許を歪ませたように見えたロストガンの笑顔が、その時はレンによく似ていた。



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