第15話 宵闇が瞬く
決意を固め、カザオルから飛び立ったノウト達は今───砂漠のど真ん中にいた。
「夜の砂漠寒すぎるだろなんだよこれ!」ノウトの悲痛の声が夜の砂漠に響き渡る。
蜥人族の国、サリド。その領土の大半は広大なサントール砂漠が広がっている。ノウト達はその地のどことも分からない砂上に放り出されたのだ。
前述したが、夜の砂漠はめちゃくちゃに寒い。氷の上に立っているかのようだった。
「アイナ! 次! 早く次跳んで!」ラウラが自らの身体を抱いて叫ぶ。
「そう言われても…っ。どっちか分からないし!」アイナが以前見せたようなアイナらしさを出しながらも狼狽えてみせた。
「あっちですアイナさん! あっち!」オズワルドがマップと方位磁針を片手に指を指す。
───と、まぁ紆余曲折を経て、ノウト達は砂漠を脱した。ぱっぱっ、と場面が切り替わるように景色が変わる。
場面が切り替わって、そしてノウト達はいつの間にか森の中にいた。……ただ、ここは普通の森じゃない。
「きれい……」
アイナが囁くような声で呟いた。
木が、大きい。大きいという言葉では表現しきれないほどだ。巨大という言葉が似合う。
巨大な樹木がノウトたちを見下ろしていた。
そして、夜にも関わらず、暗くない。白い光がぽつぽつと、辺りを仄かに照らしている。見上げるほど高くまで光が続いていて、この樹木がどれほど大きいかが簡単に伺える。
「ほんと、綺麗だ」
「……なんか、幻想的ってカンジ」アイナが見上げながら言った。
「確かに」
ノウトは頷いたが、幻想的、という言葉の意味が一瞬頭のどこかに引っかかって違和感が生まれた。しかし、次の瞬間にはそんな違和感すら忘れていた。
「……なんの光だ、これ」
「キノコだよ」ラウラはそう言って、光の元へと近付いていった。そして光の正体に触れる。「ここは森人族の国、ハリトノヴァだ」
「エルフ……」
「久しぶりにきたなーここ」ラウラは呑気に辺りを見回している。
「は、はは早く出ましょう。森人族は特に他種族に対して排斥的で嫌いなんですぅ……」オズワルドが産まれたての子鹿のように足を震わせていた。
「そだね。勝手に領土に入っちゃったし見つかったら絶対攻撃される」ラウラはいたずらっぽく笑った。
「そ、それやばくないか?」
「ぷっ」ラウラが吹き出した。「なにビビってんの」
「別にビビってなんか──」
「はいはい」ラウラは否定するノウトを適当にあしらった。
「っていうかハリトノヴァ……だっけ? ここってだいぶ北にあったよね?」アイナがオズワルドの持つマップを覗き込んだ。
「うん。かなり方向ズレてるかも。ちょっとオズワルドちゃんとアイナを導いてよ」
「す、すすすみません!」オズワルドはアイナの方をちらりと見てすぐに視線を背けた。
「オズワルドを責めても仕方ないだろ。別に誰も悪くないし」
「甘い。甘すぎるよ、ノウト、アンタ」ラウラは肩をすくめた。
「ま、こんなところで油売ってる場合じゃないか。早く次行こう」
ラウラが言って、ノウト達はアイナに触れた。そして、アイナが神技を発動する。目の前の光景が一瞬で変わっていく。こんなこと、アイナの能力を使わなければ体験出来ない。帝都にある〈瞬間転移陣〉を使うにも魔力が必要だし、また特定の場所にしか跳ぶことは出来ない。改めて勇者の凄さが理解出来た。
瞬間的に何キロメートルも移動して、次にノウト達が着地したのは草原だった。
「……もしかして、カザオルに戻った?」ノウトが呟くと、
「いや、違う。ここモファナだよ」
ラウラが小さな声で言った。
「猫耳族の国、だっけか」
「な、なんとか帝都には近付けてるみたいですね」
「ルノカアド通ってく?」
「そ、その方がここからは近いと思いますけど………。えっと、あの……今雪降ってますよ、あそこ」
「ルノカアドって血夜族の国か。都市が地下にあるって言う……」
「そ、そうです……って───」
オズワルドが頷くと、ふらり、とアイナの身体が左右に揺れた。そして、膝から崩れ落ちる。
「アイナっ!」「アイナさん!!」
ノウトとオズワルドが同時に叫び、ラウラがアイナの肩を抱いた。アイナは両目を瞑ってつらそうな顔で、はぁはぁ、と肩で息をしている。
「なんで……っ」
ノウトは当然の出来事に喉を詰まらせた。
「あたし、勇者じゃないからよく分からないけどっ、神技って何か代償があるの!?」
「……分からない」
「分からないって……」
「分からないんだ……。少なくとも俺の場合は神技使用時の代償とか、そういうのはない。幾らでも神技が使える。でも、俺とアイナは違う。そういうことなのかもしれない」
アイナは息を荒くして、今にも気絶してしまいそうだ。
ノウトは気持ちを落ち着かせて言葉を紡いだ。
「とりあえず、ここから移動してアイナを休ませよう。ラウラ、ここから一番近い町はどこ?」
オズワルドがラウラにマップを手渡した。
「ここはミヌエ平原だから──あっちかな。あっちにソマリスっていう街がある」
「じゃあ、早速行こう。ラウラ、俺を置いて先にアイナをそこに連れてって貰えないか? 俺に歩を合わしてたら手遅れになる」
直線距離だったらオズワルドよりラウラがアイナを担いだ方が速いはずだ。
「分かった」
アイナの判断能力はずば抜けてる。即時に答えを導き出せる。そこが魔皇直属の配下である所以であり、モファナの姫としての素質なのだろう。
「それじゃ、あとで合流しよう」
ラウラはアイナを背中に担いで、そして瞬きをする間もなくその場から消えた。相変わらず超人的な速さだ。凄すぎる。目で追うのが精一杯だ。
「ラ、ラウラ様、速すぎます……」オズワルドが口を丸くして言った。
「さて、それじゃ俺らも走るか」
「わ、わわ分かりました」
オズワルドはこくりと頷いて、ノウトと共にラウラの後を追った。
二人は黙って走った。
時折、ノウトが疲れて歩き、オズワルドはそれを待っていてくれた。血夜族も猫耳族並か、それ以上のスタミナがあるみたいだ。人間には何もないんだな、なんて一瞬悲観的に思ってしまった。
俺にも、アイナを運べるだけの力があれば───。
駄目だ。黙っていたらネガティブな感情が心の底から溢れてくる。灰に溺れてしまうような、そんな感覚が襲ってくる。
「……な、何気に」夜の闇に紛れたオズワルドが口を開いた。「ノウト様とは……今日、お話したのが初めてですね」
「そう、だな」
オズワルドは一方的にノウトのことを知っていただけで今まで会ったことがなかったようだ。それなら幾分話しやすい。
「オズワルドはラウラの部下、なんだよな?」
「は、はい。そうです」
「どうやってあいつの部下に決まったんだ?」
「ええっと、………うぅん……どこから話すべきか」オズワルドは首を傾げた。「無駄なことを話したらノウト様の人生の大切なお時間をぼくの何の得にもならない不快な話で割くことになるし……」
「いやいや、ネガティブにもほどがあるだろ……」
「す、すみません」
「全部話してくれよ。オズワルドのこと知りたいし」
「分かり、ました」
オズワルドは小さく肯定した。
「ぼくの父はルノカアドの軍務卿なんです。ヴィリクローズ伯って言えば分かりますよね」
まったく、これっぽっちも聞き覚えがなかった。しかし、軍務卿というワードはノウトの知識を手繰り寄せれば推測くらいは出来た。
「ごめん。俺、政治とか全然知らなくて、聞いたことないな。でも、軍務卿ってのが凄い人だってことは分かるよ」
「し、知らないんですね。えっと、その……なんか、意外です」
しまった、と思わなくもなかったが、下手なことを口走るよりは本当のことを言った方がいいだろう。
そして、オズワルドは虫の羽音のような声で語り始めた。
「ぼくは、気弱で臆病で人嫌いでへたれで間抜けで、……軍務卿の長男っていう取り柄以外、なんの取り柄もないんです」
そんなことはない、とノウトが言う前にオズワルドは口を開いた。
「せ、戦場に放り出されたぼくは、腰を抜かしてしまって……情けない話、何も出来なかったんです。………そこを父に見られてしまって、……勘当されて、その流れで、はは……その、ツヴァイア家を廃嫡されちゃったんですよね」
廃嫡──つまり貴族の相続権を親から剥奪された、って感じだろうか。端的にまとめれば、親に見捨てられてしまった、ということだろう。
「そこで行くあてのないぼくを、ラウラ様が拾ってくれたんです」
「……ラウラは、優しいんだな」
「はい。ラウラ様はぼくの……命の恩人です」
その時のオズワルドの言葉は煌めいて聞こえた。
「………ああああ………ノ、ノウト様に全て話してしまったぁ……恥ずかしい………日に当たって死んでしまいたい……」
「いや、死ぬなよ……ほんとに」
ノウトが眉をひそめて言う。そして、遥かに見える町の光を見ながら口を開いた。
「いつか、ルノカアドの都市に行ってみたいな」
「え、あ、あれ、行ったことなかったんですか? て、てっきりローレンス様に連れられたことがあるのかと」
「えっと、……そうそう。実は行ったことなかったんだよ」
だめだ。このままじゃいつか記憶がないのがばれる。早く記憶を戻さないと。
ローレンス様、か。これまた聞き覚えがない名前だ。ノウトの知り合いの血夜族と言ったところだろうか。
ローレンス……。
───ローレンス……? あれ、なんか、聞き覚えがあるぞ。誰かの名前だ。誰だっけ。知っている。でも、知っている気がするだけだ。気にしても、仕方がない。今はラウラとアイナのところに急がないと。
ふと、ノウトは何気ないことが頭に浮かんだので、それを口に出した。
「ルノカアドの都市って地下にあるんだよな」
「そ、そうですよ。血夜族は陽の光に当たれば死んでしまうので」
「少し気になったんだが、どうやって地下に都市を築けたんだ?」ノウトが独り言のように呟く。
「〈拡削虚機〉っていう神機がルノカアドにはあるんです」
「エクス……テンダー……」
──あれ? なんだろうか。どこか……どこか、聞き覚えがある。記憶がなくなる前じゃない。そう、確か、人間領の街の中だ。あれは、そう、そうだ。
宗主国アトルの都市で、彼らとの道中でした会話の中に───
ちくり、と頭の奥が痛み、あの時の情景が頭に浮かんだ。
『ここから魔人領とやらにはどうやって行くんだろうな』
『うーん……エクステンダーとか?』
『エクス………、何だって?』
『いや、………ごめん、何でもない。忘れてくれ』
───そうだ。思い出した。
「………レンだ」
レンが言ってたんだ。
あの時、他愛もない会話の中でレンが言葉を漏らすように、その単語を口にしていた。
あの時のレンはどこか印象的だった。遠くを見るような目をして、まるで、ここではないどこかを見ているようで───
「レン……って、……ローレンス様のことです……よね?」
「えっ……?」
「い、いえ、ノウト様がローレンス様のことをレンと、そう呼んでらしたのを聞いたことがあったので、あっ、すすすすみません! 配慮が足りませんでした!! ローレンス様は……─。いえ、もう一生口を噤んでます日に当たって死にたい……」
───ローレンス・レーヴェレンツ
そうだ。あいつの名前、確かそうだったな。ずっとレンと呼んでいたから本当の名前を忘れかけていた。
「……確かそいつってローレンス・レーヴェレンツって名前だよな?」
「え、は、はい。も、もちろんそうですよ。……レーヴェレンツ家の嫡子、ローレンス・ヴァン=レーヴェレンツ王子」
………これは、偶然なんかじゃない。
レンだ。
オズワルドの言っているローレンスと、ノウトの考えているローレンスは同一人物だ。つまり、レンは前世、血夜族だったのだ。
はっ、と或る記憶を思い出した。あれは人間領で初めて目覚めて、始まりの暗い部屋から出た時にレンが話し掛けてきた時の何気ない、一言。
『生まれて初めて太陽を見たような感覚だ』
そうか。あれは、必然的な言葉だったんだ。血夜族は日の下に出ることが出来ない種族だ。レンは前世、血夜族だった。だから、自然に口から漏れ出てしまったんだ。
オズワルドの言葉どおりなら、レンは前世もノウトと知り合いだった、ということだ。これは運命なのか、それとも──。
「……オズワルド、ありがとう」
「えっ、ええっ、なな何がですか?」
「お前のおかげで大事なことを思い出せたよ」
「そ、それは何より、です……?」
オズワルドは分かっていないらしく頭を傾げた。
レンの前世を知ることが出来た。でも、勇者として生き返ったレンもまた、死んでしまった。ノウトは自らの左手甲に浮かぶ勇者の紋章を見た。五芒星の一欠片が光を失い、黒く佇んでいる。
レンはもういない。
また、転生出来るのか。確信はない。だが、テオは確かに生き返った。テオだ。鍵は不死王にある。テオに聞けば、レンもナナセもみんな、助けられる。そのはずだ。
「ハッハァッ!!」
突然、誰かの高らかな笑い声が聞こえた。
空から闇が降りてきた。そう表現したのは、黒を基調とした服装が夜の闇に溶け込んでいたからだ。暗くて、良く見えないが、そいつは翼が生えている。見た目は血夜族に見える。
「楽しそうに話してるじゃねーかァ。オレも混ぜてくれよ」
ようやく顔が見えてきた。濃紺色の髪に非常に端正な顔立ち。有り体な言い方をすれば、イケメンと言えるだろう。その顔にはどこか、誰かの面影があった。
「……お前、何者だ」
ノウトが問うと、目の前の男は口をとがらせて馬鹿みたいな、おちょくっているような顔をした。
「ンー、別に取って喰ったりはしねーよ」
その男はにへら、と化け物のような笑顔で笑った。
「引き裂いて喰ったりするかもしンねぇけどなァ!」
「ヒィッ!!」
オズワルドが悲鳴を上げて、後ろに倒れた。
「オズワルド!」
ノウトが振り向くと、オズワルドは白目を剥いて気絶していた。血夜族は不死身らしいから最悪、放って置いても大事ないだろうが、守る必要はある。俺の前では誰も傷付けさせない。
「ヘーい、こっち見た方がいいぜぇ!!」
謎の男の掌底がノウトの頭をぶち抜かんとしていた。ノウトは咄嗟に後ろに跳んで、それを《殺陣》で防いでみせた。
「ハッハァ!! やるじゃん、お前」
血夜族の男は嬉しそうな笑顔で笑う。
……殺す気だ。今の一撃、完全に殺す気で来ていた。
「ハァ……。オレは不死王様の幹部の一人、ロストガン。よろしくゥ」
ロストガンと名乗った男は両手と両翼を同時に広げた。その姿は夜の帳に良く映えた。
「さ〜て」
ロストガンは牙を剥かせて笑った。
「楽しい夜宴を始めようぜェ!!」
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