第14話 怯懦と夜と
封魔結界を抜けた先とその前で相互の間に齟齬が生まれているという事実。これが何を示すのだろうか。
「人間領に生ける人々はあそこをレーグ大陸と信じて疑わなかった。俺達も封魔結界を超えるまで完全に信じきっていた。人間領を支配してる奴はどうやら、そこに住まう人間達に洗脳紛いのことをしているみたいだな」
ノウトは自分の見解を述べた。
「んあ〜、じゃあなんのために嘘をついてたんかなぁ」モニムが腕を組んだ。
「それは、今のところ分からない。でも騙されていたのは事実だ」
「……世界がこんなにも広いなんて、思ってもいませんでした」カミルが動揺の声を出した。
「こうして見ると本当に小さいんだね、人間領って」アイナが覇気のない声で呟く。
「まぁ、これは今いくら話し合っても答えは出ないから、後回しだ。ラウラ、話を続けてくれ」
「分かった」
ラウラは頷いて、もう一度地図へと目を落とした。
「それで、気を取り直してまた初めから説明するけど」ラウラは地図を指差す。「あたしたちがいるのが、ここカザオルの首都タバサタ」
「そしてあたしたちは切の森を出たあたりで不死王に襲われてリアとエヴァ、それにナナセの死体を奪われた。ここまではいい?」
「不死王に襲われてって………えっ……?」
「モニムの聞き間違いじゃないやんね……?」
オズワルドとモニムは顔を合わせて目を丸くした。
「あー、そうだったね。伝えること多過ぎてあれだったけど、まずはそこからか」
ラウラはオズワルドとモニムに今までのことを掻い摘んで話した。ダーシュのこと、不死王に襲われたこと。単純に、それでいて正確に伝えた。
「不死王が直接……って、そんな馬鹿な……」
「信じられへんな……」
二人は狐につままれたような顔をする。
「事実だよ。俺達の仲間が三人、攫われたんだ」
ノウトが言うとぎこちない顔でオズワルドが頷いた。
「ま、まぁ、そう言うなら信じるしかないですけど……」
「だから、とりあえず今は取り返すことを第一に動こうと思う」
ラウラが揺るがない様子で両手をテーブルに置いた。
「まず、瞬間移動ができるアイナと、それに着いていく少数のメンバーで帝都に戻る手筈でいく」
「少数でって……ほかの面子はどうするんだ?」
「その他の人達はここでオズワルドとモニムが今までやってきていたみたいに前線を保ってて欲しい。状況が変わったんだ。想像以上に連邦はオークを進行させている」
「確かに村が襲われてるのはここまでで嫌という程見てきたけど、ここに残す奴らは大丈夫なのか。また不死王が襲ってきたら対処出来ないぞ?」
「それは、どこにいても同じだよ。不死王は何の力を使ったか分からないけど瞬間移動が出来た。今目の前に現れるかもしれないし、帝都にいきなり現れる可能性もある」
そうだ。不死王は瞬間移動した。目の前から突然消えたのだ。〈空間〉の神機のレプリカは帝国が所有しているが、〈空間〉の神機本体は今、連邦王国内にあるらしい。それを使用したという線が今のところは一番濃いだろう。
「不死王がどうとか考えても仕方ない。今は帝都に戻って魔皇様やメフィにこのことを伝えて対応策を一緒に考えなくちゃいけない」
本当は、ノウトの記憶を戻すことも帝都に戻る理由に含まれているが、ラウラはあえて割愛した。ノウトの記憶が消えていることを隠しているからだ。口を滑らせなかったラウラに、少しだけノウトは感心してしまった。
「それで、ラウラ様。誰が帝都に戻るんですか?」
リューリがラウラに問う。
「まず、アイナの能力を確認しようか。アイナ、みんなに神技を説明してくれない?」
「……わかった」アイナは静かに頷いた。「私の神技、《瞬空》は私の視界に映る場所に瞬間移動できる能力」
そう言ってアイナは部屋の隅から隅へと跳んでみせた。オズワルドがびくぅ、と身体を驚きで跳ねさせた。ミャーナは「おぉ〜」と天然なリアクションをした。
「それで、私が許可した私に触れているものだけが私と一緒に瞬間移動できる」
「え、えっと……つまり、ア、アイナさんに触れていてもアイナさんに認められなきゃ、い、一緒に瞬間移動できないってことですか?」オズワルドはアイナと目を合わせずに床を見ている。
「そういうこと、だね」
「わ、分かりました」
アイナが頷くと、オズワルドは顔を朱に染めて頭を下げた。
「それで、ラウラ。私と一緒に誰が帝都に行くの?」アイナは澄んだ目でラウラを見た。
「まず、あたしとノウト、それから──」ラウラは周りを見渡して、そして彼に目を合わせた。「オズワルド。アイナを入れたこの四人で帝都に向かおうと思う」
「え゛っっ……」オズワルドがラウラを見て口を丸くする。
「ぼ、ぼぼぼっ、ぼくですか!? ぼく、日の元に出られないですし、こ、行動が制限されちゃいますよ!?」
「耐日服、持ってんでしょ」
「で、でも──っ!」
「でもじゃねぇよ。ラウラ様がお決めになったんだ。お前はそれに従うだけだろ」リューリがオズワルドの背中を叩いた。
「羽を持ってるアンタはアイナと相性がいいんだよ。ノウトの翼は今は頼りにならないし」
「悪い……」
「なるほど……。ぼくの羽目当てなんですね……」オズワルドは頭を搔いて、アイナの方をちらりと見た。それに気付いたアイナが口を開いた。
「お願い。言ったけど私の《瞬空》は目に映る場所にしか跳べないの。だから空中から跳ぶのが一番効率がいいの。分かるでしょ?」
オズワルドは目を逸らして、小さく溜息を吐いた。それから顔を上げてラウラの方を見た。
「……分かりました。ぼくも一緒に帝都に戻ります」
「ありがとう」アイナが言うと、オズワルドは顔を背けて、モニムの後ろに隠れた。
「さては──」ミャーナが口に手を当ててにやにやと口角を上げた。「オズぅ、アイナたそにホの字ですなぁ?」
「ほ、ほのじ?」オズワルドは理解していないみたいだ。
「惚れてるってこと」
ミャーナが補足すると、オズワルドの顔が蒸発するかのように赤くなった。ぼんっ、と音がしたかのようにも思えてしまった。
「なななな、何を言ってんのミニャ……! ミャーナ!」
「噛んでるし」ミャーナが嬉しそうに笑った。
「こりゃ図星やんね……」モニムが腕を組んでうんうんと頷いた。
「ちっがうよ!!」
「確かにアイナたそ可愛いしねぇ。仕方ないよねぇ」
「可愛くな……! いや可愛いけど!」
「可愛いってさ、アイナたそ」
「……えっ、うん」アイナは苦笑いした。
「いや否定できないでしょ! 今のやつ! 誘導尋問的なあれだよ! ていうかもうっ、なんだよこれ!! だから人と関わるの嫌なんだよ!」
オズワルドは顔を真っ赤にして半べそをかいている。いや、半ではないか。全べそだ。もう完全に泣いてる。
「ま、オズ、帝都までよろしくね」
ラウラがオズワルドの肩を掴む。オズワルドは黙ってこくこくと頷くほかなかった。だって、ラウラのその時の笑顔、めちゃくちゃに怖かったし。ノウトでさえも身震いしてしまえほどだった。
ノウトはアイナと目を合わした。アイナはよろしく、と言わんばかりに微笑んでみせた。ノウトはそれに答えるような表情をしようとした。この時にどんな表情をしていたのか、ノウトは知る由もない。
◇◇◇
「もうすぐ、出発しちゃうんすね」
スクードが椅子に座りながら言った。
「ああ。少しの間、お別れだな」ノウトは皆のことを見渡した。
しばらくの間、静寂が宿の部屋内を支配した。それから少しして、ダーシュが口を開いた。
「………テオは、何者なんだろうな」ダーシュがソファに座り、オットマンに足を投げ出す。
「あいつも俺たちと同じように目覚めたのに、今は不死王を名乗っている」ノウトが考えを整理するように呟く。「いくら推測しても答えは分からない。直接聞くしかないな」
「あいつ、バカみたいに強すぎるっすよ。不死だし、見えない力で跪かせるし」
「剣の腕も凄まじかったな」リューリが壁にもたれ掛かりながら言う。それを聞いたオズワルドは「……ぼ、ぼくだけ話に着いてけない」と嘆いていた。
「テオがどれだけ強くても関係ない」ノウトは確固たる態度で声を張った。「俺があいつから絶対にリア達を取り戻してみせるよ」
「テオはあんなに強かったのに、なんだかノウトが言うと信じられますよね」カミルが笑いながら言った。
「ほんとっす」
「不死王を───テオを倒すのは俺だ」ダーシュがノウトを見て言った。
「ダーシュもなんだかやっちゃいそうです」カミルは呆れたように言った。
「ダーシュ様なら殺せるに決まってますよ」リューリはうんうんと頷いた。
すると、オズワルドがおそるおそる立ち上がって、ノウトの前に立った。
「………ノウト様、そろそろ……」
「そうか」
ノウトが立ち上がって、部屋の扉へと歩く。
スクードが同じように立ち上がった。
「あのさ、俺……──」
そこまで言ってスクードは言葉を濁す。そして、何秒か経ってからスクードは口を開いた。
「今思えば、俺……ノウトに、ほんと頼りっぱだったなって思って」
スクードが床に目線を落とした。
「ここまで来れたのもノウトのおかげだし、テオと一番善戦してたのもノウトだった」
スクードは顔を上げてノウトの方を見る。
「だから、ここだけの話、離れるのが少し心細くって……──」
「スクードはノウトの彼女か何かなんですか?」カミルが煽るように言った。
「違うから! 気持ち悪いこと言わないでくれよ!」スクードは大声で弁解するように言った。
「おぇー」リューリが口に手を当てる。
「もう、せっかくの別れが台無しじゃないっすかぁ!!」スクードが泣きべそをかく。
「別れじゃないよ、スクード」
ノウトが言った。
「また、会える。絶対だ」
その言葉を聞いたスクードは顔を明るくして然と頷いた。
◇◇◇
「別れは済んだ?」
「別に、永遠の別れって訳でもないだろ?」
「そうだね」
ラウラはにっと、彼女らしい笑顔で笑ってみせた。
夜の帳は降りつつあり、すでに月が顔を覗かせている。夜にアイナが神技を使うのは幾分不安要素ではあったが、オズワルドとラウラが夜目が利くということと、それにアイナもアイナなりに頑張ると言っているので、彼らを信じることにした。
「ノウト様、またね」ミャーナがノウトの肩をぽんと触れた。
「ああ、またな」ノウトもミャーナに手を出して二人はそのまま握手した。ミャーナの手は暖かかった。
「ラウラ様も、お気を付けて」
「うん、ミャーナ。みんなのこと、頼んだよ」
「はい!」ミャーナは大きく頷いてみせた。
「アイナ」
ジルが後ろから声を掛けてきた。
「……また、会いましょう」
「うん」アイナは頷いた。
ジルはその様子を見ると踵を返した。
「ノウト」
そして、ジルは背中を見せたまま、名前を呼んだ。
「アイナをしっかり、守りなさい」
「分かってる」
「………それじゃ」
ジルはそれだけを言って宿へと戻って行った。ジルもニコが死んで、つらいだろうに。本当に強いな、なんて思ってしまう。ノウトは未だに立ち直れていない。でも、進まなくちゃ、何も変われない。ちゃんと。ちゃんと、しなきゃダメなんだ。
「それじゃオズ、頼んだ」
「わ、わかりましたっ」
オズワルドはノウトやラウラ、それにアイナにしがみつかれながら地面を蹴った。そのまま、空へ浮遊する。
血夜族は夜になると戦闘力、身体能力が飛躍的に上昇する。日の登っている時は小さかった羽も、今は身の丈の半分くらいの大きさの翼になっている。
「ふんっ」
オズワルドは息を荒くしながら空へと飛んだ。徐々に地面が遠ざかっていく。別に誰が落とされてもこのメンバーじゃ、大丈夫だろうな、なんて不吉なことを考えてしまった。
オズワルド、ラウラ、ノウト、アイナの四人は藍に藍を塗りたくったような夜の空へと溶けていく。
暗い。暗いけど、みんながいる。ノウトは決意した。
帝都に行って、記憶を戻してみんなを救うんだ。そんな青写真を描きながら、彼方へと視線を動かす。カザオルの街の光がずっと下の方に見える。
「ア、アイナさん! そろそろ! お願いします。あ、あっちの方向です!」
「任せて」アイナが遠くを見た。「それじゃ、行くよ」
その言葉を最後に、怯懦と夜と惜別を置き去りにして、彼らはカザオルの空から消え去った。




