第11話 恢復の旅路
絶望。
その言葉だけがノウトの脳裏にこびり付いて、離れない。
リアが攫われた。
そんなの、嘘だ。
信じられない。
全部、夢なんだ。
夢から覚めたい。覚めたいのに。
心の痛みは増すばかりだ。
「ジルたちは、どこでしょうか……?」
カミルが呟いた。
そうだ、リア達だけじゃない。
ジルやニコ、それにアイナもいない。
「……まさか一緒に攫われたのか」
「いや、そんな姿は見えなかった。どこかに……どこかにいるはずだ」
「ジル!! アイナ!! ニコ!!」
スクードが叫んだ。返事は……ない。
ノウトは周りを見回した。オークの死体。焼け果てた叢。転がる刃。切り刻まれた樹木。どこにいるんだ。分からない。
「いた!! いたよ!!」
ラウラの声が遠くから聞こえた。スクードらと目を合わせて、ラウラの元に駆け寄る。
そこには血だらけになったアイナとジル、それにニコの姿があった。アイナもジルも息をしている。
でも、ニコは、どこか違和感があった。
なかったのだ。
一瞬、どこにいったのだろうと思った。辺りに目をやって、それを探した。でも、どこのにもない。駆け寄ってきたカミルが、おぼつかない足元のまま、ニコに近寄った。
そして、手のひらから植物を生やして、ニコを治癒させようとした。でも、駄目だったみたいだ。手をだらりと下げて、頭を垂れている。
「ニコ……? おい、起きろよ。何、寝てんだよ、なぁ……」
ノウトが声をかける。ニコは綺麗な顔で眠ったままだ。
「─……死んでるよ」
ラウラが言って、須臾の間、頭が真っ白になった。もしくは真っ黒になったのかもしれない。どっちだっていい。どうでもいい。
ようやく状況が理解出来た。
ニコの下半身がないのだ。
腹の断面から、血と腸がこれでもかというほど零れている。
「─……なん、で」
ノウトの口から、自然とそんな言葉が漏れだした。
「ニコ……」
ダーシュが呟いて、目を閉じた。
「……どうして、どうして……こんな……酷いことが出来るんだよ……」
「……戦争なんだから、誰かが死ぬのは当たり前ですよ」
リューリが小さな声で言った。ノウトは反射的にリューリの胸ぐらを掴んだ。誰も止めなかった。
「お前……ッ」
「ノウト様、もしかして誰も死なないと思ってたんですか。不死王と魔女ノワ=ドロワ、それにオークの英傑が来てたんです。寧ろ、これだけの被害だったのが奇跡なくらいですよ」
「だ、だからって……ッ!! こんなこと受け入れられるか!! リアとエヴァ、それにナナセが奪われて!! ニコは……っ! ニコは俺達が見てないところで殺されたんだぞ!!」
「……ハッ」
ノウトが激昂すると、それをリューリは鼻で笑った。
「───昔から、オレはアンタのそういう甘いところが嫌いだったんだよ、腰抜け」
リューリが掴まれてる胸ぐらに手をやって、ノウトの手を突き放した。
「人は、いつか死ぬ。その事実からは、誰も逃れられねぇんだよ……」
そう言ってリューリはテントの方へと歩いて行った。ミャーナがリューリを追い掛ける。
人が死ぬのは当たり前。
分かってる、そんなことは。当たり前だ。
この世界に生きるものならば。
人はいつか死ぬ。
ならば、命に意味なんてないのか。
ノウト達の見ていなかったところで殺されたニコの命に意味なんて、ないってことか。
ノウトは目を伏せた。
「──…やつを、……不死王を倒しに行こう」
ノウトが何かを言う前にスクードが口を開いた。
「エヴァを……エヴァたちを取り返すんすよ。早く、……早くしないとエヴァたちが……っ」
「分かってると思うけどさ。今のあたし達じゃ、不死王に勝つことは出来ない。さっき、手も足も出なかったでしょ?」
「でも……! だからって、何をすればあんなめちゃくちゃなやつに勝てるんすか! もう、俺は嫌なんだよ!! 奪われて何も取り返せないのが……っ。このままじゃ、変わってないんすよ……!! 今までと、……ぜんぶ同じじゃないっすか……!」
取り乱したスクードの嘆きが暁の平原に響いた。
「でも……今、連邦の首都に乗り込んだところで勝てるはずない」
「ラウラサンは、どうしてそんなに冷静でいられるんすか……っ!」
「これが、あたしの役割だからだ」
ラウラが毅然とした態度で言うと、スクードが息を呑んだ。
「あたしは人の死を今まで数え切れないほど体験してきた。あたしが受け持った数百の兵士たちを皆殺しにされたことだってあった。冷静さを欠いたら、取り戻せるものも取り戻せなくなる」
「……不死王から、取り戻せる方法があるのか?」
ぐしゃぐしゃと髪を掻きながらダーシュが問う。
「──こっちの準備が整えば、必ず」
ラウラがダーシュの目を見てはっきりとそう告げた。
「信じよう、ラウラ。いや……姫」
「アンタが姫って言うとむず痒いから、やめて」
ラウラが苦笑いをした。
見ると、カミルが黙って棺を〈神技〉で作り出して、ニコは既にそこに閉ざされていた。
ニコが死んだという事実が、未だノウトは信じられないでいる。昨日の夜、もっと話すべきだった。もっと寄り添うべきだった。
恐らく、勇者の中でニコのことを真意で許せていたのはノウトとカミルだけだ。その他の人間はニコのことを少なからず憎んでいたはずだ。
ニコは女神アドに命令されたとは言え、ミカエルとナナセを殺した。
その事実からはどうやっても逃れられない。
だからって、死ぬべきではなかったとノウトは思う。死んでいい人間なんて、この世には一人もいない。
ノウトが黙って目を瞑っていると、ノウトを見たダーシュが声を出した。
「それで、ノウト。俺たちはどうすればいい?」
「………どうしてラウラじゃなくて、俺に指示を仰ぐんだよ。──俺はリューリの言う通り、誰にでも甘くて、敵を殺すのにも躊躇する腰抜けだ」
ノウトは目を合わせずに言葉一つ一つを噛み締めるように言った。
その言葉を聞いたダーシュは首を傾げて不思議なものを見るような目でノウトを見た。
「なぜって、俺がノウト、お前を信じているからだ」
ダーシュの口から、そんな言葉が聞けるとは思っていなかったので、ノウトらは目を丸くした。
「巨竜に襲われた時。フリュードでフェイに攻撃された時。女神の策略で勇者全員が殺されそうになった時。俺達は、何度もお前に命を救われた。人に甘いお前だからこそ。命を重く扱うお前だからこそ、俺は着いていこうと思っている」
「───でも、俺は……ニコも、ナナセもミカエルも……。レンもカンナもマシロも……。それに、パトリツィアも……! みんな、みんな……死なせてしまった。リアもエヴァも、連れ去られた……っ! 守りたくても、全部この手から零れ落ちていくんだよ……!」
ノウトが掠れた声で、言葉を絞り出すように紡げた。
「確かに俺はお前を恨んでいた。パティではなく、俺を生かしたお前を」
ダーシュが目を細める。
「まだ、俺にとっちゃこの世界は真っ白だ。灰色だ。ラウラが俺の前世で仕えた姫だと知っても、何も世界は変わらなかった。俺がパトリツィアのことを愛しく思っていたからだ」
そして、ノウトの方を見た。
「だがな、俺もいつまでもガキじゃいられない。お前に守られたこの命。燃え尽きるまで───灰になるまで使いきってやるよ」
ダーシュが、似つかわしくない顔で笑ってみせた。そして、その様子を見ていたラウラがゆっくりと口を開いた。
「……人はいつか死ぬ。だけど……ううん、だからこそあたしたちは抗わなくちゃいけない。世界全体に比べたら一瞬にしか満たない、今この瞬間に全てを注がなくちゃいけないんだ」
ラウラがノウトの背を撫でた。
「リューリのことはあとであたしがぶん殴っとくから。ノウト、アンタはアンタのままでいいよ」
ラウラがノウトに微笑みかけた。
それから、ノウトは決意した。
仲間を信じるということ。
それに、自らを信じるということ。
「──今までの奪われるだけの俺たちとは違う。取り返せることが分かってるんだ」
そして、ノウトは言葉ひとつひとつを縫うように告げた。
「みんなで取り返そう。リアやエヴァ達だけじゃない。ニコやパトリツィア、ナナセ。それに、シャルロットやフウカ達。みんなを取り返すんだ」




