第10話 不死と力の王
そいつの言葉が心を穿った。
今、こいつ、なんて言ったんだ……?
「………不死、王………?」
ラウラが呟いた。
「お、お前は……」
ノウトが声を震わせた。
「……テオ……じゃないっすか……」
スクードが信じられないと言った顔でその名前を口にした。
そう。テオドールと名乗った男の顔には見覚えがあったのだ。いや、見覚えがあったというレベルではない。そいつはノウト達と同じ勇者で、ナナセやフェイのパーティに属していた『テオ』という暑苦しい男と顔が瓜二つなのだ。
「ああ、久しいな。そうだ、君らといた時はテオと名乗っていた」
「不死王って、……お前……どういう……」
「む、聞いてないのか? 連邦王国を治める不死の王のことを」
「知ってるよ……知ってる。でも、お前、勇者だっただろ……。それに、テオは、フェイに殺されたんじゃ……」
「はっはっはっはっ!!」
「──何、笑ってんですか……」
カミルが震えた声で言った。
「いや、なに。混乱するのも無理ないと思ってな」
「王よ。旧友と話すのも宜しいですが時間がありませんので」
露出度の高い妖艶な女が不死王・ファガラウスに───テオに耳打ちした。
「はっ。そうだったな。欲しいものも手に入れたし、帰郷するとするか」
「ま、待て!!」
「おう、待ってやろう。君らの頼みだ」
テオは真っ白な歯を覗かせて爽やかな笑顔を見せた。
「王、待てと言われて、待つ人がいますか」
「まぁいいじゃないか、ノワ。友人の頼みは聞かねばならん性分でな」
妖艶な女はノワという名前らしい。どこかで聞き覚えのある文字列だ。
「それで、なぜ待てと申したのだ。ノウト」
テオの眼がノウトの瞳を捉えた。以前のテオと顔も、声も、それに暑苦しい態度も同じだ。それなのに、王と言われて首を縦に振ることしか出来ないほどの重圧と気迫を感じてしまう。
声は同じなのに、声音は全く違う。重く、骨が震えてしまうほど力強い声音。
息が詰まる。なんて、威圧感なんだ。
思わず後ずさってしまいそうだ。
間合いに入ったら死しかないのを肌に感じる。
心臓が痛い。どくどくと鼓動がうるさい。
だが、………びびったら───ここで引いたら負けだ。
言いたいことは山ほどある。
なぜ、不死王がここにいるのか。
なぜ、死んだはずのテオがここにいるのか。
なぜ、テオが不死王を名乗っているのか。
なぜ、ノウト達を襲ってきたのか。
なぜ、リア達を攫おうとしているのか。
ただ、今言うべき言葉はひとつしかない。
「───リアたちを返せ。テオ」
ノウトはテオの目を見てしっかりと、そう告げた。それを聞いたテオは高笑いを上げたあと、ノウトと目を合わせて、低く唸るような声で、
「ノウト、相も変わらず良い眼をしているな、君は」
そう言葉を繋げた。
「いいぜ。友の頼みだ。返してやろう」
テオはまたしても真っ白な歯を覗かせて笑ってみせた。
「ただ、オレから奪い返せたらの話だがな」
そう言ってテオは左右にいたノワと呼ばれていた女と派手な髪色のオークに「手は出すなよ」とそれだけ言って後ろに下がらせた。テオは背中にある大剣を片手で引き抜いた。
テオの身の丈以上の大剣を片手に、ナナセ、それにミカエルの入った棺桶をもう片方の手に持って、テオは正面に構えた。
その瞬間、途轍もない殺意をテオから感じた。
そして、まるで自分の首が既に斬り落とされたかのような錯覚をしてしまった。思わず自らの首に手をやる。当然、斬られてはいない。まだテオは剣を構えているだけだ。
「どうした。来いよ」
テオがそう言うや否や、空に鉄刃が舞った。ダーシュの《鐵刃》だ。ダーシュがタクトを振るうと、数百の剣がテオに向けられて、射出される。
それと同時にカミルの操る大樹もテオに集約する。刃と大樹の槍は風を切ってテオに収束するように飛んでいく。
「はっ!!」
──だが、テオが大剣を一振りしただけで全ての鉄刃は地面に叩き落とされ、樹は細切れになってしまった。なにが起きたのか、理解が追いつかない。……しかし、そんなの関係ない。リアを、取り返さないと。
ノウトは走った。
触れられれば勝ちだ。
走るノウトをラウラ、それにリューリとミャーナが追い越した。
今度はテオは大剣の矛先を地面に突き刺して片手でその柄を握った。完全に戦う姿勢ではない。
「──舐めやがって」
リューリが両刃の剣を構えながら走る。ミャーナと左右に移動しながら駆けて、フェイントをかけようとしているようだ。消えるように横に飛んだリューリは見事テオの背後をとった。──しかし、
「づぁっ……!!」
テオが何も動くことなく、リューリは後ろに吹き飛ばされる。一瞬、テオの付き人が何かしたのかと思ったが、付き人たちも同様に突っ立っているだけだ。
ラウラはテオではなく、リアとエヴァを担いでいるオークを狙うつもりか、そちらの方に向かって走っていた。
「そうはさせないぜ」
テオがラウラに手のひらを向ける。すると、ラウラはいきなり地面に躓いて、膝を着く。見えない何かが飛ばされて、それがラウラに命中したかのように見えた。テオの強さの正体は、あの見えない攻撃だ。だが、どういった仕掛けなのか、全く分からない。
あれは勇者としての力なのか、それとも不死王としての力なのか。それすらも理解不能だ。
「エヴァをどうするつもりだッッ!!」
スクードが激昂しながらテオに突っ込んだ。
「全て、オレの正義の為だ」
「答えに、なってないんすよッ!!」
スクードが不死王・テオの間合いに入った。しかし、スクードは吹き飛ばされなかった。テオがあの力を使ってないのか。テオが大剣を地面から引き抜いてスクードに振るった。スクードがそれを《聖盾》でガードする。
「おお!! やるな、スクード!!」
「うおおおおおおおお───ッッ!!!」
スクードが雄叫びを上げながらテオの大剣を押し返そうと盾を推し進める。スクードはテオに力負けしていない。少しずつだが、大剣を押している。
「──だけどな」
テオが棺桶を手放して、ふっ、と息を吐く。そして大剣を両手で握り締めた。その瞬間、スクードの金色の盾が割れる。テオは大剣の腹でスクードの腹を殴って、そして吹っ飛ばした。
「あ゛ッッ……!」
スクードは血反吐を吐きながら宙に浮き、やがて後方で落下する。
「スクード!!」
ラウラが叫び、スクードに駆け寄ろうとしたが、見えない何かに上から押さえつけられるように地に伏せられた。見るとダーシュも、カミルも、リューリもミャーナも透明な何かに押し付けられるように地面に横たわっている。
「はっはっはっは!! 当然、オレの方が強いぞ。何せ王だからな」
テオは大剣を肩に乗せて波打つように笑った。
「さぁ、来いよ! 君らならもっと出来るはずだ!」
不死王テオが大仰な動きをして大声を張り上げる。
「言われなくても──ッ!!」
──殺ってやる。
ノウトは走った。
そして、自ずと全身に《弑逆》を纏う。ノウトがテオの間合いに入るが、テオの見えない攻撃は及ばない。《弑逆》で息も勢いも殺しているからだ。一瞬、テオが目を見開いたように見えた。そして、にっと楽しそうに笑った。まるで友と語らっている時のような、純真な笑顔だった。
「やはり、強いな!! ノウト!! 今でもあの日が忘れられん!!」
「……うるせぇよ」
「はっはっはっ!!」
テオは大剣をノウトに頭上から振り下ろした。ノウトは大剣を《殺陣》で指一本で止める。そのまま滑るように姿勢を低くしてテオの大剣を握る手に触れようと手を伸ばす。
テオはばっ、と後方へ跳んで距離を取った。ノウトはそれを追い掛ける。
テオが大剣を斜めに構えて軽々と振った。ノウトが《殺陣》でガードした瞬間にテオが大剣を引き、もう一撃、今度は反対方向から振り下ろす。それもまた《殺陣》で護る。
テオはノウトが《殺陣》を使う度に大剣を違う角度から振り下ろしてくる。
時には下から、上から、右から、斜めから。
一瞬でも判断をミスしたら身体が両断されて死ぬ。それは確実だ。何とか隙を見つけて、《弑逆》をぶち込まなくては。
「はっ!」
突然、テオは猛攻撃をやめて、バックステップして距離を離した。それから、いきなり大剣を投擲した。ノウトは飛んでくる大剣を《殺陣》を使って地に落とし、《暗殺》で息を殺した。
《暗殺》を使っている間は息を止めていなければいけない。激しい動きをすればするほど《暗殺》は使用が困難になる。そうなれば蓋然的に短期で相手を仕留めなければいけない。
テオはノウトを見失っている。
ノウトが息を吐く。その刹那、テオが笑った。ノウトの背後に影が見えた。
ノウトは背中に《殺陣》を纏う。テオが投げた大剣がノウトの背中に収束するように飛んできたのだ。《殺陣》で守っていなかったら確実に死んでいた。
「はっはっはっ!! バレたか!!」
「──殺してやる」
ノウトが歩を進めて手を伸ばす。テオは腰を低くして格闘術のような構えをした。テオの上段蹴りがノウトの頭に命中する。ノウトはテオの蹴りの威力を殺して、その瞬間に───弑逆を発動することに成功した。
テオを、殺せた。
こみあげてくるものがなかったわけじゃない。
確かにあった。これでリアを取り返せるという達成感がノウトを高揚させた。
それはつま先から上がってきて、ノウトの胸をくすぐりながらひっくり返し、頭のてっぺんまで到達して、陶然とさせた。
「──何耄けてんだ」
テオは笑いながら、上体を回転させるようにノウトに蹴りを放った。
「づぁッッ!?」
その時、何が起きたのか、分からなかった。気付いたらノウトは地に伏せながら、血反吐を吐いていた。
「ごっほ!! ごほっ!!」
「まだ死合の途中だぜ。どうして手を抜いたんだ」
ノウトはひゅう、ひゅうと肩で息をした。
「……───……な……なにが…っ……!?」
「む? まさかオレが死んだと思ったのか? 不死王だぞ、オレは」
「……んな………」
まさか、何かの比喩表現か何かかと、思っていた。
───本物だ。テオは不死だ。
弑逆が発動出来なかったわけではない。確かにテオは一瞬だけ怯んだ。
しかし、本当の意味では死んではいなかったのだ。
リアを殺した時の感覚が手に甦ってきて嗚咽する。不死に弑逆を使った時の、あの感覚だ。くそ、なんだよ、これ。不死身だなんて、……。
「どうした、ノウト。まだまだ足りないぞ!! もっと死合おう!!」
ああ。立てない。頭の中がぐらぐらと揺れている。立て。立てよ。抗わなくちゃ、リアが。みんなが。
「王よ」
ノワがテオに語り掛ける。
「お戯れはもう宜しいでしょうか。そろそろお時間が迫っております」
「はっはっはっ!! うむ! 楽しき時間は光陰の如しだな!」
またしても不死王テオドール・フォン=ファガラウスは高笑いを上げた。
テオが棺を持ち上げる。そこにはひとつの棺しかなかった。ノウトが《弑逆》をテオにぶち込んだ時、───テオが怯んだ時に、ラウラがかろうじて奪い返したのだ。
「うむ! ひとつ、それは君らにくれてやろう!」
テオは全く動揺していない。奪われるのが分かっていたみたいだった。
「それではまた会おう!! 我が友らよ!!」
テオがそう口にすると、三人とそれから抱えられたリアとエヴァの姿が一瞬にして消えた。譬喩でも何でもない。文字通り、姿がぱっ、と消えてしまったのだ。それは、アイナが瞬間移動した時のそれによく似ていた。消えたから、もう、追いかけようがない。
待て、なんて言う暇もなく、テオ達は既にそこにいなくなっていた。
「………くそッ……! なんだよ、これ……!」
スクードが怒りの篭もった声で、地面を拳で叩いた。
「───……攫われた……のか……」
ようやく状況が頭の中で整理出来て、そんな言葉がダーシュの口から漏れた。
「意味が、分からない……。何が起きたんですか、これ………」
カミルが頭を自らの抑えながら呟いた。
「……何も……出来なかった……っ」
ラウラの呟くそのセリフが、今のノウト達の現状を穿つように言い表していた。
リアとエヴァ、そしてナナセの亡骸が、不死王ファガラウスに奪われてしまったという事実が、ノウトの胸を真っ黒に焦がしていた。




