第7話 闇夜を毀つ
「なるほどねぇ……」
ノウトはラウラにパトリツィアのことを話した。主にダーシュがパトリツィアに心酔していたことや、パトリツィアがどういう人物かということだ。
「そのパトリツィアって子をダーシュは姫姫〜って言って付きまとってたわけか」
「いや付きまとってたって……」
「違う?」
「……まぁ、否定は出来ないかもしれないな」
ダーシュはあの夜、パトリツィアと世界ならパトリツィアをとると、そう言っていた。ダーシュは命すら惜しくない程にパトリツィアを好いていたのだ。
「もしかして、ダーシュがラウラの近衛騎士だった時も───」
「そう。アンタの想像通りだよ。いつも、四六時中あたしの周りをうろちょろしててさ。それで、いつもあたしを何かから護ろうとしてた」
「今じゃあんまり想像出来ないな……」
「そうだね」
ラウラは複雑そうな顔で笑った。
「それで、最期にはあたしの代わりに死んじゃったんだけど」
「そう……か」
勇者になる前のダーシュはラウラを本気で慕っていたのだろう。しかし、ひとつの疑問がノウトの頭に浮かんだ。
「思ったんだけど、ラウラって尋常じゃなく強いじゃないか。そのラウラを護るって、違う意味で無理がないか?」
「それどういう意味よ」ラウラがぽすっ、とノウトの腹を小突いた。「まぁ、あたしが強いのは否定しないけど」
「そうだね。あたしがダーシュより強かったのが……問題だったりして……」
そう、ラウラが呟いた。
「アンタとかダーシュは、ダーシュの前世の記憶が影響していて『姫を護る』って使命だけ行動に作用してたって考えるわけね」
「端的に言えばそういうことになるな」
「その考えで言えば、勇者に転生したとしても全ての記憶がなくなるわけじゃないのかもね」
「そうだな。記憶の根本的なところ、大事なところは残るってことだろう」
「……そういや、ずっと気になってたんだけどさ」
ラウラが自らの顎に手を触れた。
「アンタは別に転生したわけじゃないじゃん? その勇者の生まれる場所に行ったってだけで。なんでアンタも記憶なくなってんの?」
「俺もそれは思ったんだけど……なんで記憶がなくなるのか、その原理は全くわからないんだよな。その秘密もあの部屋にあるはずなんだけど」
そしてノウトは「あと」と付け加えた。
「俺ってもともと勇者だったんだよな?」
「うん。ノウトは前の六周期の時に来た勇者で、今回の七周期の勇者に紛れて魔皇様を守るのがアンタの役目で……ってああああもう、いろいろややこしいなぁ、ほんと」
ラウラは頭を抑えながら声をあげた。
「とにかく!」ノウトに向かって指を指す。「アンタは記憶を戻すのが第一ね。そのためにも早く帝都に行かないと」
「ああ。そうだな。今の俺じゃ、みんなを護りきれない」
ノウトが言うとラウラがノウトの肩に手を伸ばそうとしたが、その手をラウラは途中で引っ込めた。
「アイナ!!」
ノウトがその名を呼ぶ。彼女がその足で立って、こちらに歩いてきているのが分かったからだ。ノウトが手を振ると、アイナは控えめに手を振り返した。
「………ノウト」
「大丈夫か、アイナ。無理はしなくていいんだぞ」
「大丈夫」
アイナは笑ってみせた。まるで、それが自分に言い聞かせるような言い方だったので、ノウトの頭痛が少しだけ増した。
「大丈夫だよ、私は。みんなもつらいのは同じなのに。ごめん、私ばっかり、………みんなに迷惑かけちゃって………」
「いいんだ、アイナ。迷惑だなんて、誰も思ってない」
ノウトがそう言うとアイナは控えめに笑って、そしてうなずいてみせる。すると、ラウラがアイナに目を合わせて、
「はじめまして、アイナ」
「あなたは……」アイナがラウラに目を向ける。
「あたしはラウラ。ノウトと同じ魔皇様の家来」
「ラウラさん……。私はアイナです」
アイナは自己紹介をそれだけに抑えた。
「タメ語でいいよ。気ぃ使われるの嫌いだし」ラウラが肩をすくめる。「アンタ、瞬間転移できる勇者なんでしょ?」
「う、うん。そうだけど」
「帝都までノウトを連れてってくれない?」
「おいラウラ」
「なに?」
「もう少し、ほらさ。アイナも起きたばっかなんだし」
「ああ、行くのは当然夜が明けてからでいいよ」
「別に私もいいけど」
「ほんと? じゃあ、頼むよ。ノウトがどうしても帝都に行きたいってうるさくて」
「好き勝手言うなよラウラ」
「別に間違ってはないでしょ」
「それはそうなんだけどさ」
見ると、アイナが口元に手をやって小さく笑っていた。ノウトとラウラは顔を合わせてお互いに同じような顔をしてみせた。
「まぁ、何はともあれ、とりあえず夕飯食べないか? じっくり話すのはそのあとでもいいだろ?」
ノウトが言うとアイナとラウラは同時に頷いた。夜風が彼女らの前髪を揺らして、その時、ふと何かを思い出せそうな気がしたが、ノウトの記憶は刹那のうちに彼方へと消えてしまった。
食事をとり終わると各自それぞれ夜を過ごすことになった。
焚き火の周りを囲む者。川のそばでせせらぎを感じる者。テントの中で休息をとる者。各々がそれぞれに好きな時間を過ごす。その行為を、ノウトは目覚めてからあまり体験してこなかったのでかなり新鮮だった。いつも何かに怯えて夜を過ごしていた。こんな安心出来る夜は初めてかもしれない。
……なんて、野営してるのに、変な話だけどな。
この夜、ノウトはとにかく皆と話そうと思った。みな、封魔結界を抜けて不安かもしれない。それを払拭するためにも、そして、仲間として遜色ない存在になるためにも。
「スクード」
「おっ、ノウト。一緒にこれ飲む?」
スクードはカミルやリューリやミャーナたちと一緒に焚き火の周りを囲んでいた。ジルやリア、ニコの姿も見えた。
「なんだ、それ」
「果実酒っすよ。ミャーナが持ってたんす」
「酒か……。夜は長いし、俺はいいかな」
「ノウトさまぁ〜〜〜」
「うおっ」
ミャーナがノウトの腹に飛び込んできた。腰に腕を回して顔をへそのあたりにぐりぐりと押し付ける。
「つかれたのでなでなでしてくださ〜〜い」
「……こいつ、酔すぎだろ」
「あはは」カミルが笑った。「今までよっぽど気を張ってたんでしょうね〜」
「おいミャーナ。お前、その体たらくで見張りはどうするんだ」
「ぜ〜〜んぶ、リューリに任しま〜〜す」
「ったく」リューリが舌打ちする。「まぁ、ここは一応安全地帯ではあるからな。オークの目にも狼尾族の目にも見つかることはないだろう。予想外に備えて見張りは怠らないがな」
「こんな夜は久しぶりだし、俺としては別にいいっすけどね〜」
そう言ってスクードが果実酒の入った木製のジョッキを呷った。ニコはちびちびと酒を飲んでいた。リアはジルの太ももの上で眠っている……ように見える。ジルはそんなリアの頭を撫でていた。
「ノウトさまあげる〜〜」
ミャーナが自分の持っていた盃をノウトの頬に押し付けた。
「いらないって」
「あげりゅ〜〜」
「だからいいって」
リューリも、誰も彼も見てない振りをしてる。この酔っぱらいを誰か何とかしてくれ。
ノウトが心の内で叫ぶと、リアが身体を起こした。半目の状態でノウトの方を見て、顔を全力でゆるゆるにした。
「ノウトくん」
「ど、どうした?」
リアが立ち上がって、それからノウトの隣に座った。
「ノウトくんノウトくん」
「だからなんだよ」
「ノウトくんノウトくんノウトくんノウトくん」
「お前も酔っぱらってるじゃないか!」
リアは微かに頬を染めてノウトをとろけたような眼差しで見つめている。なぜかジルが舌打ちをした。
「ノウトくんノウトくん」
「ちょっ、おい、なんだよ」
リアがノウトの腕を掴んだ。
「えへへ」
「くっそ、こいつ………」
リアは、ノウトの目から見てもかわいいとは思う。ただ、それだけだ。それ以上はなんとも別に思っていない。頭がキレて、かわいくて、綺麗で、守るべき存在で。
それ以外になんとも思っていないはずなのに。ノウトは思わず自らの頬も緩みそうになっていた。
左腕をミャーナが掴んでいて、右腕をリアに掴まれている。ミャーナはノウトの左頬にジョッキを押し付けているし、リアはノウトの肩に頭を乗せている。
「ノウト〜、モテモテっすね〜」
スクードがにひひと笑いながら言った。
「違うから、ほんとに。ていうか誰か助けてくれ」
「すみません。オレは無理です」
リューリが目線を逸らしながら言った。
「しょうがないわね。それなら私が手伝ってあげるわ」
ジルがそう言うと立ち上がり、リアの身体に手を伸ばした。そして、何を思ったのか服の中に手を突っ込んだ。
「何してんだお前!!」
「こうしたら起きると思ったのだけど」
リアは相も変わらずとろけた顔でノウトの肩に頭を乗せたままだ。
「目を覚ます気配が全くないわね」
そう言いつつもジルはリアの服の中をまさぐろうとしている。
「おいジルやめろって!!」
ノウトが飛び跳ねるようにその場から動くと、ようやくミャーナとリアが手を離してくれた。
「良かったわね。あなたの望み通り助けてあげたわよ」
「微塵も助けられた覚えないけどな」
周りを見ると、残念そうな顔でカミル達がこっちを見ていた。そんなにリアがジルにまさぐられてるところ見たかったのかよ。……最低だな。
ノウトが頭を抑えて、リアをニコに託したのち、彼らの場所を離れ、次に川岸の方へと向かった。川岸にはラウラが立っていた。
「ラウラ」
「ん、ノウトじゃん」
「何してるんだ?」
「考えごと。あたしがしてちゃ悪い?」
「別に、そんなこと言ってないだろ」
「そりゃ、そうだね」
ラウラはとめどなく流れる川をずっと見ている。
「ラウラ、聞いていいか?」
「なんだよ」
「リューリとミャーナに、俺が記憶消えたのを隠す理由ってなんだ?」
「ああ、それね」
ラウラがようやくノウトの方を見た。
「今、この世界では、静かに……戦争が起きてるんだよ」
「戦争………。静かに……ってどういうことだ?」
「世界は今、四つの勢力に別れてそれぞれ争ってる」
「四つ、か」
「そ。一個ずつ説明してあげる。まずは、領土拡大と神機の強奪を狙ってる連邦軍」
「不死王の治めてるってところか」
「そ。それにアンタらの仲間が連れ去られたところ」
フウカやシャルロット、フョードルたちは行方不明になってしまった。その原因がその連邦軍にあると、ラウラは言っているのだ。
「………神機の強奪って?」
「なんとなく察しはつくでしょ? 勇者の使う〈神技〉の如き力を行使することの出来る神機。それを多く持ってる陣営が強いに決まってる。単純な話だよ。神機の奪い合いでこの世界の戦争が成り立ってる」
「──なるほど。そういう事か」
連邦が勇者を連れ去ったというのもうなずける。勇者を手なずければ、それは神機以上の産物となる。それほど、勇者の力は強大なのだ。
「四つの勢力って言ってただろ? 他のところを教えてくれ」
「急かさないでよ。まぁ、それで次にあたしたちのところ、魔皇様を筆頭とした諸国連盟。あたしたちの目的はずばり───」
「すばり?」
「──自衛、だね」
「自衛って………」
「勇者は魔皇様を狙う。連邦は帝国の神機や領土を狙う。竜連隊も同じ。みんなして諸国連盟を襲うから、あたしたちは守るしか──……それしかないんだよ」
……想像以上に、帝国側の事情は危ういようだ。なんとか、魔皇──ヴェロアのためにも自分に出来ることをしたい。そう思うばかりだ。
「まぁ、あんたら勇者があたしたちに味方してくれるっていうなら話は変わってくるけどね」
「勇者全員が帝国側に着いたら、その脅威に恐れて他の陣営の奴らは襲ってこなくなるってことか」
「そういうこと」
ラウラがにっと笑う。
「それで竜連隊っていうのは」
「それが三つ目の陣営。ずっと東にある〈紅の大陸〉にいる竜人族がたびたびこっちにちょっかい出して神機と領土を奪いにくるんだよ」
「そいつらにダーシュは殺されたって、言ってたな」
「………うん。ダーシュだけじゃなくて、みんなの大事な人もね。ロスの弟もそれで亡くなって、………あいつの弟、アンタの友達だったんだよ」
「そう、か………」
記憶が失くなる前のノウトの友人も、その竜連隊によって殺されたのか。本当に、この世界は黒だ。真っ黒だ。神機の、神の力の奪い合いで戦争をして、人が人を殺す。なんて残酷な世界なんだ。
「………それで、もうひとつの陣営ってのは」
「ああ、そうそう。もうひとつは巨人族の国、センドキア。この国は遥か北にあるんだけど、まぁ、ほぼ戦争には与してないんだよね。傍観してるだけというか、戦争にまるで興味がないところなんだ」
「神機の奪い合いにも参加してないのか?」
「うん。自国のことで精一杯なのか、神機にも興味がないのか分からないけどね」
「なるほど……」
ノウトからしてみればそこは平和な場所そのものだった。戦争に与しない陣営。何か、思惑があるのか、それとも──……。
「ラウラ、ありがとう。いろいろ教えてくれて」
「ノウトの記憶を戻せばそれで済む話だったんだけど。今のあんたといろいろ話したかったからさ」
「なんだよ。妙に優しいな」
「あたしはもともと優しいよ」
ラウラがノウトの肩を軽く叩く。
「それで、話を元に戻すけど。アンタの記憶がなくなったって噂が広まるとね。まずいんだよ」
「どういうことだ?」
「アンタの勇者としての力は敵国───連邦軍からも脅威だったの。だから、アンタの記憶がなくなった──つまり、アンタが弱くなったって連邦軍に知られたら……」
「一気にそいつらに攻め込まれる可能性がある……ってことか?」
「ま、そゆこと」
ノウトは一瞬だけ、頭がぼーっとして、そして理解したその直後、大きくため息をついた。
「俺、そんなに強かったのかよ………」
ノウトが言うと、ラウラは少し楽しそうに笑った。
「自惚れんな。そうなる可能性があるってだけだよ」
「何はともあれ、早く俺の記憶を戻さないとやばいってことか」
「そ。リューリとミャーナは仮にも斥候兵だから、あいつらに隠す必要は特にないんだけど、───まぁ、つまりはいつも気を抜くなってこと」
「……分かったよ、ラウラ」
ノウトが言うと、ラウラは川の方へと視線を戻した。そして、藍色に彩られた空を仰ぐ。ノウトもそれに呼応して空を見た。幾万もの星々がノウト達を見下ろしている。どれくらいそうしていたのか、ラウラがふと、口を開けた。
「───さっきさ」
「……ん?」
「あたし、世界には白い部分なんてない、なんて言ったじゃん?」
「ああ、世界は真っ黒で、それ以外は灰色だって言ってたな。俺も、それはわかるよ。何をやったって、たとえ自分が正義だと思っていても、それは誰かにとっての悪なんだよな」
「そう。……そうなんだけど」
ラウラは口をもごもごと濁した。ノウトが怪訝そうな顔でラウラの顔を覗くと、ラウラが口を開いた。
「あんたは、……───あんただけは、この世界で、いつも白い部分を探してた」
ラウラが微笑んだ。その笑顔は今まで見た中で一番自然で、この時ノウトは、それを不覚にも美しいと思ってしまった。
「この残酷な世界に、白いところなんて、ありゃしないのに。……バカみたいだよね、ほんと」
「バカみたいって、なんだよ」
ノウトが言うと、ラウラはにっ、と笑ってみせた。
「……いつもは小っ恥ずかしくて言えないし、あんたの記憶がないから言えるけど、あんたは凄いやつだよ。尊敬してる。ちょっと嫉妬しちゃう」
ラウラはノウトから目線を逸らして、小さな声で、そう言った。
「そう言うラウラも凄いじゃないか。戦闘能力もさながら、思ったより頭が切れるし」
「思ったよりってなんだよっ」
ラウラがノウトの背中を弱めに殴る。
「ま、あんたには感謝してるから。はい、これで貸し借りなしね」
「貸し借り?」
「こっちの話」
ラウラはそう言って、自分のテントの方へ向かった。ノウトは川辺を眺めながら、自分の胸に手を触れた。
ラウラとは今日初めて会った筈なのに、そんな気がしない。それはもちろん、記憶がなくなる前に会っていたからだけど、それでも、ずっと頭の中で彼女との思い出がまたたいているような、そんな気がする。
ノウトは気持ちを落ち着かせると、次にテントの方へと歩いていった。ふと、そこで視界に入ったのは、ミカエルとナナセの亡骸が入った棺桶だった。そして、そこには棺桶を抱いて目をつむっているエヴァの姿があった。
「エヴァ、起きてるか」
ノウトが言うと、エヴァは目を少しだけ開けてノウトの方を見た。
「隣、座るぞ」
「…………」
エヴァは頷かなかった。こちらを見るだけだ。エヴァは……変わってしまったな、ノウトは痛む頭痛を感じながらそう思った。
エヴァは少なくとも最初は明るい性格だった。それこそ、初めはカンナやミカエルたちと元気よく話していたのだ。
今は、カンナもミカエルもそしてマシロもみんな、いない。いなくなってしまった。
ノウトはふと、自分の左手甲に浮かび上がっている勇者の紋章に目をやった。その形は以前見た時と変わらない。それはフウカもシャルロットも生きていることを示している。
今頃、何をやっているんだろうか。
フョードルたちもいるし、行方不明になってからほぼ丸一日くらい経っててもまだ無事ということは、安全な場所にいるのは間違いないだろう。
「夜風が気持ちいいな」
ノウトがエヴァの隣に座って言った。
「飯ちゃんと食べたか? きちんと食べとかないと明日持たないぞ」
エヴァは一言も返さない。ノウトとエヴァの間にひとときの静寂が訪れた。でも、そのしじまが、不思議と嫌じゃない。むしろ心地よいような気がした。
ノウトは本来、あまりおしゃべりな方ではない。記憶がなくても、それはわかる。できるなら黙っていて、ただ一緒にいたい。時折、思い出したら声を出すくらいがちょうどいいのだ。
ノウトがそんな持論を頭の中で繰り広げていると、
「……………情けない……」
確かに、エヴァの方からそんな言葉が聞こえた。ノウトが聞き返すよりも先に、エヴァが口を開く。
「……情けない、ですよね、私」
久方ぶりに聞いたエヴァの声に、ノウトは驚きを隠せなかった。
「………みんな、頑張ってるのに。みんな、耐えてるのに」
エヴァは振り絞るような、蝶の羽のような声で囁いた。
「…………私には……無理でした。耐えられなかったんです。ミカとカンナ、マシロのいなくなった世界に耐えられないんです」
「フェイとニコが……許せないか?」
「………否定は……しません………」
エヴァは芯の篭った声で言う。
「だけど、私は…………それよりも……」
エヴァがノウトの目を見据えた。
「───この世界が許せないんです」
その瞳は深海のような藍色に染められていた。
「私から全てを奪うこの世界が。残酷で慈愛に満ちたこの世界が。灰色に染まったこの世界が」
今までのエヴァからは考えられないような言葉がエヴァの口から零れたので、ノウトの心はどこか浮遊感を覚えていた。エヴァは「それに」と言葉を続けた。
「………皆さんはもう気にしてないみたいですけど………まだ私、あなたが怖いんです」
エヴァは目を細める。
「ノウトさん、あなたはフリュードでフェイさんを殺したあと、笑ってましたよね?」
ちくりと、頭が痛み、奥の方で、記憶が、瞬く。
『くくくっ……。あはははは!! はははははは!!! 勝ったよ、リア!! 俺、君のことを守れたんだっ!!』
あの時の憧憬が、衝動が、慟哭が。
「あなたは───……………」
その瞳が、ノウトの奥の方を見るように、鈍く捉えた。そのあと、ノウトはテントに向かい、微睡みに溶けるように眠りに落ちた。エヴァに言われたことが頭の中をぐわんぐわんと揺らして掻き乱していく。
『あなたは本当は、何者なんですか?』
エヴァの言ったその言葉を呑み込みながら、………噛み砕きながら、ノウトは床につき、夜と混ざり合った。
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