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026 戦い後の夜明け

「今回の事件は大変なものだったね」


 学長室に招かれた俺は、そこに用意されたソファーに座って部屋の主と対面していた。

 学長は心地の良さそうな椅子に座ったまま、こちらに質問を投げかける。


「魔獣と思われる骨に、ゲートの発生、巨大な魔獣の襲来……いったい何があったのかね?」


 俺はそう聞かれて、口を閉ざした。

 後ろにはエイリオが立っている。


 後片付けがあらかた終わり、翌日の朝。

 事件のあらましを説明する為に俺は呼び出されたのだった。

 俺は息を吐いて精神を落ち着かせ、そして口を開いた。


「……俺にも何がなんだかサッパリ」


 要領を得ない俺の答えに、エイリオが眉をひそめた。


「どういうことですか。何か隠し事でも?」

「……いや、そういうわけじゃ」


 俺の言葉に学長が「まあまあ」とエイリオをたしなめる。


「何せ大きな事件だ。昨晩から休んでもいないし、混乱しているのだろう。そう強く責めるものでもない」


 学長の言葉にエイリオは引き下がる。

 ……が、このまま曖昧に答え続けても、俺が犯人にされかねない。

 俺は少し考えて、口を開いた。


「犯人はバーム……先生、です」


 俺の言葉に学長は頷く。


「……現場の遺留品からも、あの場に彼が居たことがわかっている。何か他にわかることはあるかい?」


 学長はあくまで優しく俺に話しかけた。

 それに俺はゆっくりと言葉を選びつつ答える。


「――ええっと、どうやら魔獣化の実験を行っていたようで、その実験の一つなのかそれともまた別の結果なのか……ともかく、それで魔界(ティーファマーゲン)とのゲートを開いたようです」


 嘘は言っていない。

 だが真実をそのまま語るにはリスクがある為、少しぼかしておくことにした。

 俺の言葉を聞いて、エイリオが忌々しげに顔を歪める。


「ゲート生成魔術……! 既に存在していたのか……」

「……何か知っているのかい、エイリオ?」


 学長が彼に尋ねると、エイリオは少し考えた後に重く頷いた。


「……これは魔術研究院(ギルド)の秘匿事項なので他言無用でお願いします。ギルドではゲートの発生原理や、それ自体への対策として、ゲート発生の原理を研究しています」


 エイリオの言葉は真実だろう。

 一周目で魔界(ティーファマーゲン)へと攻勢に転じることができたのは、その研究が実を結んだからでもある。

 魔術教師にして、学校に併設されている魔術研究院の教授でもあるエイリオは、その内情を語る。


「もちろん実験などは厳重な管理の下で行われていますが、平民が知れば恐れを抱くものでしょう。なので公表はされていません――が、未だその魔術の研究は完成していなかったはずです」


 エイリオは歯切れ悪そうにそう言った。

 つまり魔術研究院よりも更に優れた技術を持っている者か、もしくは失われた古代魔術でも保持している者がいるか……どちらにせよ、人類にとって脅威となる者たちがいるようだった。

 それを聞いた学長は眉間にしわをよせた。


「――わかった。ギルドと協力して、調査に当たろう。このことは他言無用で頼むぞ」


 俺とエイリオに向かって学長はそう言った。

 俺は無言で頷く。


「……それはともかく、よく知らせてくれたね」

「いえ……俺は何も」


 首を振る俺に、学長は微笑む。


「あの二人が教えてくれたよ。『とにかくロイくんが頑張った』と」


 ……あのバカども。

 どう誤魔化したものか、と悩んでいると、学長は懐に手を入れて何かを取り出し俺に差し出した。


「受け取りなさい」


 俺は手を出して、それを受け取る。

 学長の手に握られていたのは、勇者褒賞の証だった。

 それは全部で六つある。


「三人で分けなさい。今回はお手柄だったね。君たちには驚かされてばかりだ」

「……ありがとうございます」


 声を出して笑う学長に、俺は礼を言った。

 学長は立ち上がると、俺に向けてもう一度手を差し出す。


「……こちらこそありがとう。君たちのおかげで、大きな災厄を未然に防げた。助かったよ」


 俺は一瞬戸惑いつつも、そのしわの多い手を握った。

 学長は微笑みを浮かべたまま、手を離す。


「それではお疲れ様。昨日から寝てないだろう。少し休みなさい」

「……はい」


 俺がそう言って席を立つ。

 部屋を出ようとしたところで、その前にエイリオが立ち塞がった。


「――今回の事のあらましは、レポートにして提出するように」

「……げ」

「『げ』とは何ですか。『げ』とは」


 そりゃうめき声も出るだろう。

 エイリオは顔をしかめ、言葉を続ける。


「無断での夜間外出、学校の備品である剣の持ち出し、言いたいことはたくさんありますが――!」


 ……説教モードが始まってしまう。

 げんなりとしている俺の頭に、エイリオは手を置いた。


「――助けを呼んだのは、良い判断でした。あなたたちは、まだ弱い。戦闘力だけでなく、社会的な基盤も無い。そこは我々に任せればよろしい」


 ……事後処理は任せろ、ということだろうか。

 彼はすぐに手を離し、俺に背中を向ける。


「……事件のレポートを提出するまで課題は無しにするので、今週中には上げるように」


 彼の言葉に俺はため息をつきながら、彼に返事をする。


「へーい」


 鼻を鳴らすエイリオを尻目に、俺は学長室を後にした。



 * * * *



 自室までの廊下を歩いていると、見知った顔が目に入った。

 彼女は笑顔をこちらに向けつつ、元気に手を上げる。


「おっはよー!」

「……おはよう。寝てないのに元気だな」


 朝からテンションの高いミカドに挨拶を返しつつ、俺も手を上げた。

 彼女は笑いながら、俺に話しかけてくる。


「そっちこそ。これから走り込みでもしたそうな顔してる」

「嘘だろ。死ぬほど疲れてる。エイリオに鬼のような宿題も出されて今にも死にそうだ。もう死ぬ。あ、死んだわ。今俺死んだ」

「ご愁傷様でーす。お供えには毎日学食で出た野菜を持っていくね」

「人の墓を残飯処理に使うんじゃない。好き嫌いはよくないぞ」

「ロイさんもにんじんとピーマンをよけてるの知ってるよ」

「……人が飯食ってるところを観察するんじゃない」

「観察しろって言ったの、ロイさんじゃんかー」

「時と場合と相手による」


 口を尖らせるミカド相手に、俺はため息をつく。

 彼女はキシシ、と歯を見せて笑った。


「……そういえばね、昨日の晩は結構大騒ぎになってたんだよ」

「騒ぎ?」

「うん。ウィルくんの大声がね、みんなの頭の中に聞こえてさ」

「ああー……」


 何やら俺が魔界(ティーファマーゲン)で戦っている間に、ウィルが『拡声』の能力を使って助けを呼んでいたらしい。

 ここから森までの距離を考えると、声が大きい程度ではすまない。

 ミカドは首を傾げながら、言葉を続ける。


「いや声っていうのもおかしいかな。情報が直接頭に叩き込まれたっていうか。三人がいる場所だとか、ウィルくんの置かれている状況だとかが、ふんわりとだけど直感的にわかったんだよね」

「……そりゃすごいな。通信能力か」


 ミカドは頷く。

 危機的状況に置かれたウィルが、スキルを進化させたのかもしれない。

 決して意識的にできるものではないので、成長したとも言える。

 ミカドは楽しそうに笑いながら、言葉を続けた。


「でね、それで一番焦ってたの誰だと思う? ――それが、エイリオ先生なんだよね」

「……エイリオが?」

「うんうん。みんな寝てたし、具体的に何が起こってるかあのときはまだ全然わかってなかったんだけど、それでも他の先生の反対を押し切って『生徒が救援を求めているのに助けに出ないとは何事か!』って」

「へぇー……」


 意外な一面もあるもんだ。

 感心する俺をよそに、ミカドは話の続きを喋りだす。


「でもってうちらは、リントさんの『転移門』を使って駆けつけたんだ。ちょうど上級クラスが夜間訓練があってすぐに出られる状態だったから、うちらもついて行かせてもらったんだけど」


 上級クラスでは有事の際、訓練がてら出動することがある。

 今回は人手が足りなかった為、仕方なくだろうが。

 なんにせよ、それで助かったのは事実だ。

 俺はミカドに礼を述べる。


「……来てくれてありがとう」


 俺が彼女にそう言うと、ミカドは頭を掻きながら照れたような笑みを浮かべた。


「え? えへへー。いやいや、ロイさんのピンチとなればそりゃ駆けつけるよ。ロイさんは恩人だからね」

「……恩人?」


 心当たりはないが。

 聞き返す俺に、彼女は悩むように宙を見つめた。


「んー……恩師っていうか? ……まあなんにせよ、うちもロイさんに恩返しできたら幸せーってこと」

「……よくわからんが、そう言ってくれるなら助かる」

「えっへへー。いいってことよー!」


 ミカドは親指を立てて、歯を見せて笑った。

 調子の良い彼女の様子に、俺も笑ってしまう。

 緊張が緩んだせいか、あくびが出た。


「ふわ……。俺はそろそろ寝るよ。お前も無理するなよ」

「うん、ちょっと訓練したら休憩しようかな」

「……体力お化けだ」

「あはは! よく言われるー」


 ミカドは笑うと、中庭へ向かって歩いていった。


 ――よく笑うようになったな。

 一周目ではほとんど見たことがなかったミカドの笑顔。

 笑うことが多くなった彼女の様子を微笑ましく思いつつ、俺は自室へと戻る。

 差し込む朝の太陽が眩しかったが、ベッドに入るとすぐに眠気がやってきて。

 そして俺は眠りにつくのだった。

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