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求愛の条件  作者: rigeru
6/6

見えない星2/2


トポトポとグラスに酒が注がれる音がすると、ふわりと甘い匂いが鼻をくすぐる。

桃と蜂蜜に、フローラルな消臭剤が混ざったみたいな?

というか、ラズワルドは二本瓶を持ってきてたのね


「夜光虫はね、リトの花の匂いにつられて集まる習性があるんだ。この酒にはリトの花が丸ごと漬けてあるから、この匂いは彼らにとってはご馳走なんだよ」


光がどんどん集まって、わたしとラズワルドの周りには光の輪ができていた。土星の輪っかみたいに近づいたり離れたりしながらクルクル回る。


「すごい・・・!」

「これでちょっとは明るくなったね」

「この綺麗なのが虫だなんて信じられないよ」

「明るいところで見たら普通の虫だよ。ただ、こんなに光る種類はこの辺にしかいないんだ。西側の集落では夜光虫に釣られて夜に外に出てしまう子供が時々いてね。だから、攫い虫なんて呼ばれ方もするんだよ」

「なるほど。着いていきたくなる気持ちは十分にわかるよ」

「いや、君は既について行ってたでしょ?本当に反省してるの?」


さっきまでは反省していたよ、うん。

ちびちびと花酒を飲みながら心の中で返事をしておく


「これ、美味しいね。甘くて果物みたいな味がする」

「リトの花の蜜の味だよ、飲みやすいけど結構強い酒なんだ。あまりたくさんは飲まないように」

「はーい、ラズワルドはこのお酒よく飲むの?」

「バドスに来た時に時々ね。ここは美味しいものが多いから、この夜光虫も唐揚げにすると美味しいんだよ」

「え゛、これを食べたの?!」


ふわふわと浮く光がサクッと揚げられる光景が浮かんでくる。揚がった姿はイナゴの唐揚げみたいな感じで、自分で想像しておきながらおえっとなる。


「ちなみに、お味は?」

「クリーミーでほんのり甘酸っぱいかな。東方でいうとウカの実にジャムとかを乗せたら近いんじゃない?」

「あー、なるほど。デザートみたいな感じかあ」


ウカの実とは前世で言うところのモッツァレラチーズに近い味のする木ノ実で、うちの集落周辺でも良く採れる美味しい食べ物だ。ただ、食感がこんにゃくなのが残念だけど。


「ラズワルドは食べ物に詳しいね、西側の出身なのにウカの実を知ってるなんて」

「うちは装飾品の工房で商品を自分達で販売して回ってるんだ。子供の頃からその行商に着いていって色々な集落に行ったことがあるから食べ物にも詳しくなったんだよ。」

「それじゃあ北や南にも行ったことがあるの!?」

「うん。北は獣人の国に接してるからか凝った建物も多いし服装も重厚だね。あと南にはね、砂鳥っていう飛ばない鳥がいるからそれで移動するんだよ。この国は鳥人しかいないのに地方によって文化が全然違うのが面白いよね。・・・エンジは自分の集落から出たことある?」

「へええー。いいなあ、私は自分の集落から出たのは今回が初めてだったから羨ましい。今まで行った所で一番変わってたのはどこの集落?」

「そうだなあ・・・、集落じゃないんだけど獣人の国かな。一度だけ訪れたことがあるんだけどあそこは凄いね。さすが大陸の貿易中心地だと思ったよ、様々な人種に建物、食べ物があって毎日が春祭りみたいに夜もずっと明かりが灯ってるんだ。」


隣で話すラズワルドはいつもよりも明るくて楽しそうに話している。今までは落ち着いた雰囲気だと思っていたけど好きな事を話すときはイキイキするタイプなのかもしれない。

暗くて顔がちゃんと見えないのが残念なような、見ちゃったら横に座ってられなくなるような。

ちょっとだけそわそわしながら、獣人の国での思い出を話すラズワルドに相槌をうつ。


「こんなに昔の話をしたのは久しぶりだよ。少なくとも羽を失ってからは初めてかな。こんなに楽しい思い出だったんだな、忘れていたよ」

「忘れていた?」

「羽があった頃のことを思い出すことさえ嫌でさ。幸せだった頃を思い出すと今が一層みじめに感じてしまうんじゃないかと思ってたんだけど、そうじゃなかったんだな。エンジのおかげで思い出せた、ありがとう。」

「ううん、こういうこと言ったら怒るかもしれないけどね。忘れていい思い出なんてきっと無いんだよ。今の自分っていうのは過去積み重ねでできてる、だから辛い事も楽しい事も忘れてはいけない自分の一部なんだってお爺ちゃんが言ってたの」


きっとラズワルドに言ってはいけない言葉だってわかっていた。それでも、言いたかったのだ。


「辛いことも忘れてはいけないか、それはきついね。それじゃあさ、俺の過去についてエンジに話していいかな?さっきみたいに少しはマシになるといいんだけど」

「うん、聞きたい。わたしはラズワルドのことなら何でも知りたいよ」

「多分、嫌な気分になるかもしれないからごめんね?」


かちゃり。とラズワルドが酒の蓋を閉める音がする。

香りがしなくなったからだろうか、集まっていた夜光虫達がまた散り散りになって自由に飛び回り始めてお互いの顔が見えなくなるまで暗くなってしまった。



ポツリ、ポツリと話し始めたラズワルドは時々つっかえて話すのをやめてしまうこともあったが、

感情を押し殺した様に平坦な声で最後まで話しきった。

しばらくの間、お互いに無言が続き息をするのも苦しいくらいの静寂が辛かった。


「以上で終わりだよ。・・・やっぱり話なんてするんじゃなかったな、ごめん。」

「ううん。こっちこそ、辛い話をさせて、」

「俺が話したかったから話したんだよ、謝らないで。あの時の話を自分の口からできるなんて思ってもみなかった。さあ、そろそろ帰らないと夜が明けてしまう」

「うん」


帰りは無言で黙々と歩いた。

わたしはラズワルドの話を聞いても、彼との関係は変わらないと思っていたけどそれが甘かったんだろう

自分の覚悟の甘さにショックを受けていた。



「さあ着いたよ。今日で夜の散歩は終わりにすること、いいね?」

「うん。送ってくれてありがとう」


夜に溶けて消えていくラズワルドの背中をぼーと見送る。


「俺は人間が憎いよ。あんな生き物がいるなんて知りたくもなかった。この憎悪だけはどうしたって過去のことにはできないんだ。」


そう言った時の彼の言葉が繰り返し頭の中に響いていた。彼の強い憎悪にわたしは何も言葉を返すことができなかったのだ。



次でラズワルドの過去の話になります。

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