終章
第二部隊と妖魔、そして不可思議な気配を持つ男の、ことの顛末を見届けた青髪青目の青年は。
ひどくつまらなそうな顔で、息を吐いた。
あまりにも弱い。それが感想だった。
第二部隊も、妖魔も。
無駄な時間を使った―――青年はそう思ったが、自分が潜むのとは別の物陰に目を向ける。
弱い妖魔に用はない、が、あの妖魔が引き起こした事態に関しては、興味深い側面もあった。
物陰から見ていたナナガ諜報の連中、そしてミズホから派遣されている『デンキ』の男。
こいつらに、あの妖魔の記録を残されるのも面白くない。
また何処かで、同じような事が起こった時……あの鎧に関する記憶があるのは困りものだ。
彼にとっては大した脅威ではないが、あれが量産される事になれば、強くなる前に妖魔が始末されてしまう可能性が上がる。
青年にとって、それは望ましくなかった。
殺しても良いが、と青年は一瞬獰猛な笑みを覗かせたが、すぐに表情を消した。
事を大きくしては、この事を知る者が増えるかもしれない。
結局、青年はいつも通りに『認識』を操作する。
―――あの妖魔は中級であり、ごく普段通りに第二部隊に始末された。
鎧などというものはなかった……そういう形に。
彼は、そのまま誰にも気づかれることなく、姿を消した。
※※※
結婚式の日。
控え室を訪ねて来たレイブンに、似合いもしない礼服に身を包む自分が見られている事に、カーズはむず痒さを覚えながら笑みを見せた。
「わざわざ来て貰って、悪いな」
「祝いの日にしけた事を言うなよ。来ない理由がないだろ」
義足で、式場を訪ねるのは骨が折れた筈だ。
それでも、わざわざレイブンが来てくれた事は嬉しかった。
本当は、他の非番の第二部隊の連中も呼ぶつもりで、準備を進めようとしていたカーズだったが……連中は辞退した。
リーガルが言うには、『お上品に振る舞うなんざ冗談じゃねぇ。レイブンの店で十分だ』という事だったが。
恐らくは、ケイト側の関係者にカーズがどう思われるかを気にしたのだろう、とは、カーズにも察せられた。
余計な事を気にしやがって、とは思うが、ホッとしている自分も居た。
こんな格好をしているところを見られたら、どんな冷やかしや野次が飛んでくるか分かったもんじゃないからだ。
それよりは、いつも通りに馬鹿騒ぎしている方がマシなのは、カーズも同感だった。
写真や届けだけで済ませる事は考えなかったが、第二部隊の連中の話を聞いたケイトは、それなら、自分の親以外に親しい友人をお互いに一人ずつ呼んで式をしよう、と言ってくれた。
カーズが選んだのが、レイブンだった。
仲間の人生を守るために第二部隊の隊長になる決意をする切っ掛けとなったのはレイブンであり、ケイトと知り合ったのもまた、彼の怪我を治療したのが彼女だったからだ。
「こっちの準備もバッチリだ。夜、ケイトさんと二人で来いよ?」
「ああ」
酒場を経営し始めたレイブンの店に入り浸っているのは、第二部隊の連中ばっかりだ。
連中は金払いは良い。
しかし第二部隊のせいでガラは最悪の店だと思われているのに、レイブンは気にもしない。
ふと、レイブンはカーズの指先に目を落として首を傾げた。
「随分古い指輪だな……新品を買う金がないのか?」
「そんな訳ないだろう」
カーズは、自分の指輪を見た。
くすんだ銀の指輪には、黒い透かしが入っている。
まるであつらえたようにカーズの薬指に収まっている指輪の、虎のようなその模様に。
カーズはブレイヴを思い出して、微笑んだ。
「俺と第2部隊の連中の命を繋いだ、戦友の形見だ。結婚指輪にしたいと伝えたら、ケイトが良いと言ったからな」
彼女は言った。
『貴方らしいわね。……私は、そういう貴方が好きよ』
レイブンが、お手上げ、というように両手の掌を上に向けて、ぐるりと目を回した。
「まさか君から惚気を聞く日が来ようとは、思わなかったな」
「……悪かったな」
カーズは眉をしかめてみせるが、別に本気で気を悪くした訳ではなかった。
「何故かはよく分からないが、あいつから渡されたこの指輪も、俺と第二部隊を守って役目を終えたものに思えるんだ。だから『消耗品』のままで終わらせたくなかった、という理由もある」
ブレイヴは死んだ。
だがあいつは最後、決して自分を消耗品だとは思っていなかった。
冷静で、責任感が強そうに見えたブレイヴは、不器用に生きた。
だが、悪くない、と……そう言いながら満足げに眠りについた彼は、不幸なままに逝ったようには見えなかった。
「どんな奴でも同じだ。―――役目を終えた後は、次の役目がある方が良い。そうだろう? レイブン」
もし、生まれ変わりなどというものがあるとすれば、次は、ブレイヴには幸せな人生を生きて欲しいと願いながら言うカーズに。
レイブンは、屈託のない笑顔を見せた。
「本当に、君は変わらないな。君らしい、と、俺もそう思うよ」
そこで、世話係が『時間です』と呼びに来た。
カーズは、レイブンと連れ立って控え室を後にする。
控え室に残されているのは、常から身に付けているカーズの愛用の鞘に納められた、使い捨ての剣。
その鞘には、後から刻まれた虎の顔を模した意匠と共に、こういう一文が刻まれていた。
『我ら、妖魔を欺く虎の盾―――治安維持警備隊第二部隊』
END.