第5節:黒き虎
ブレイヴの言葉に、カーズは息を呑んだ。
「……使えるのか?」
「装殻は、人間であれば基本的には誰でも使える。適合率……相性の問題はあるがな。それでも今の俺が使用したり、生身のお前が奴と戦うよりはマトモに戦える筈だ」
「だが」
カーズは、その装殻という鎧の使い方を知らない。
仮に鎧を身に付けた所で、動けるかすら分からないのだ。
躊躇うカーズに、ブレイヴは笑みを見せる。
「装殻はな、カーズ。肉体の延長だ。身に付けてみれば分かる。纏うとは言うが、お前の望むように動く強力な肉体を新たに得るようなものだ」
ブレイヴは戦場に目を向けて、すぐにカーズに視線を戻した。
「時間を掛けている余裕はない。お前の言う専門家は、まだ来ないんだろう? ……数字ではないというお前の部下達と共に、このまま玉砕するのか」
カーズは、深く息を吸い込んだ。
そう、盾となって玉砕する事が、本来第二部隊に求められている役割だ。
盾になれなければ用無しとなる存在。
そんな状況を忌んでいるのは、他ならないカーズ自身だった。
「……状況を、打破出来ると思うか?」
「お前次第だ。が、俺は良い線行くと思うがな。まだ、切り札も残ってる」
カーズはブレイヴの言葉を受けて、指輪に手を伸ばした。
そのまま指輪を取ろうとしたカーズに、ブレイヴは言う。
「お前の、第二部隊への誘いは魅力的だった。……俺は、自分たちを消耗品ではないというお前の心の強さに救われた」
小さな金属片と、その言葉には、ブレイヴの万感の想いが込められていて、カーズの心を深く打った。
「だから、鬼ではなく人として、お前達が生き残るのを見届けさせてくれ。俺にはもう使えない、相棒である装殻も……消耗品のままで、終わらせないでくれ」
ブレイヴが相棒と呼んだ、その小さな硬い感触を握り締めて、カーズは尋ねる。
「どうすればいい」
「まずは、指輪を嵌めろ。どの指でも良い」
言われて指に合わせて行くと、丁度左手の薬指に嵌った。
「適合したら、脳内に声が響くと思うが動揺するな。『適合』と言われたら、指輪を一度撫でれば起動する。そうしたら、こう言え。―――『纏身』と」
カーズは頷いた。
「お前は、今の内に……」
逃げろ、とカーズが口にする前に。
「カァーーーーーズッ!!」
リーガルの、吼えるような呼び掛けが届いた。
同時に、ブレイヴは突然体を前に倒したかと思うと、そのままカーズを突き倒すように体当たりを食らわせて来る。
不意打ちの衝撃に息が詰まり、剣を手放しながら吹き飛ばされたカーズだったが、すぐに顔を起こしてブレイヴを見た。
「ぐぅ……!」
奥歯を噛み締めたブレイヴの左肩に、蜘蛛の足が突き刺さっている。
ブレイヴの残された腕も、徐々にミイラになっていく。
「ブレイヴッ!!」
カーズが跳ね起きるのと同時に、頭に聞いた事のない声が響いた。
『適合』
カーズは、その瞬間に躊躇いを捨てる。
グズグズしていては、今度こそ本当にブレイヴが死ぬのだ。
カーズは指輪を撫で、叫んだ。
「纏身ッ!」
『命令受諾』
聞き覚えのない声が再び響き、カーズの体が鎧われる。
肉体の延長、というブレイヴの言葉の意味をカーズは悟った。
強固な外殻に瞬時に覆われた肉体は、まるでそれが本来の体であるかのように『感覚』があるのだ。
同時に、迸るような力が溢れてくる。
「おおおおおッ!」
カーズは、人のものではない、剣を備えた右腕を蜘蛛の足に向かって振るった。
先程蹴った時には足が痺れるような鋼鉄の感触を覚えたそれは、今回も硬くはあるものの、木を斧で打つような多少柔らかい感触に変化していた。
鎧の与える膂力と、刃の凄まじい切れ味のお陰なのだろう。
「ッ!!」
蜘蛛の足に食い込んだ刃に力を込めると、刃が輝いて蜘蛛の足を断ち落とす。
「流石だ……」
ブレイヴがぐらりと傾いて、倒れこそしなかったものの膝をついた。
「ブレ―――「俺に構っている場合かッ!!」
助け起こそうとするカーズの言葉に被せるように、ブレイヴが声を張った。
思わず伸ばす手を止めたカーズに、荒い息を吐くブレイヴが言う。
「カーズ。……俺は、末期癌だ。どっちにしろすぐにくたばる」
「何だと?」
「だから、俺に構うな。今、お前がやるべき事は俺を助ける事じゃない」
それは、今だからこそ言った言葉なのだろう……ブレイヴが微笑み、矢継ぎ早に言葉を投げる。
「こちら側では、何故か稼働のためのコアエネルギーが回復しない……装殻が使えるのは後、十数分だ。いいか、一度で覚えろ。『限界機動』。そう口にすれば、あの妖魔よりも速く動ける。そしてトドメの時に口にしろ。『出力解放、《虎徹》』と。これも、エネルギー残量的にしくじれるのは一回だ。ミスっても体で覚えて、次に活かせ」
「訛り野郎! カーズ!」
リーガルが蜘蛛の攻撃を掻い潜ってこちらに来て、ブレイヴを助け起す。
それを見たカーズは振り返り、妖魔が最後に残った蜘蛛の足で仕掛けて来た一撃を、剣で弾いた。
「カーズ! 人にボケッとすんなって言っといて、テメェがボケッとしてんじゃねぇよ!」
「……ああ、済まなかった」
リーガルが言葉を吐き捨て、カーズは謝罪する。
「後は、俺がやる」
「何が何だかわかんねーけどよ、きっちり仕留めろよ!?」
カーズは、顔を覆う鉄仮面の下で頷いた。
「任せろ」
カーズの言葉に、ブレイヴが言った。
「これが最後だ、カーズ。今すぐ復唱しろ。『制限解除』、だ」
「……制限解除」
『命令実行/制限解除』
そして、カーズはさらに漲る力と共に、もう一度姿を変えた。
※※※
ブレイヴは、カーズが纏う相棒だった装殻本来の姿を、満足げに眺める。
―――かつての祖国が挑んだ戦争でも、その後の死地からの逃走でも、テロリストと化してかつての上官へ復讐していた時も、ブレイヴは苛烈に戦った。
常に敵を殺し尽くす勢いで跳ね回り、逃げているにも関わらず追撃する敵を恐れさせ、執拗に命を狙い続けて相手の精神を削り抜く……そんな戦い方をしていたブレイヴは。
最強の〝虎〟の異名を、コードネームとして、あるいは恐怖の代名詞として与えられていた。
今、カーズが纏っている変化した装殻には、黒地に白の隈取り模様が全身に走っている。
虎のような意匠の牙を剥いた頭部外殻を持ち、腕に盾と一体化した剣を備えたその姿こそが、ブレイヴの装殻の、真の姿だ。
〝白額虎〟ーーー執行者・近接特化。
妖魔に向かって跳ねるカーズと、自身の相棒だった装殻に対して、ブレイヴは。
「行け、カーズ―――俺が認めた、異界の強者よ。そして〝虎〟よ。俺を守ってくれたように、カーズを守ってくれ……」
眩しいものを見るように目を細めて、その無事を祈った。