記憶
どうもponns777です。
異界アルバムという企画に参加させていただいたのですが、当初予定していた神隠しの話がだいぶ変わっていき、挙句の果てグダグダな行き当たりばったり小説になってしまいました(汗
企画のテーマも夏なのに夏っぽいのは最初の設定のみ本当にすいません。
前書きで長々と書くのもなんなので続きは後書きに。
蝉が騒ぎ出す季節。
気温が一年で最も高くなるこの時期の、昼頃。
僕はこの世から姿を消したらしい。
世間では行方不明者として僕を探し回っているようだ。
町を歩いていると電柱や掲示板に僕の顔が載ってる張り紙を幾つも見つけることができた。
写真の僕は幸せそうな笑みのままを僕を見つめかえす。
今の僕とは正反対だ。
今の僕の顔はきっと不安と焦りの混じった暗い顔をしているのだろう。
失踪した筈の人間が街を彷徨っても誰もその事に気付かない。
失踪した人の張り紙が張ってある交番の前を通り過ぎても警官が僕を呼び止めることもない。
その警官が不真面目な訳ではない。
なぜなら街を彷徨い歩いた数日、僕の存在に気付いた人はいないのだから。
店に入っても「いらっしゃいませ」と言われることも「ご注文は?」と聞かれることもなかった。
まるで透明人間になったような気分だった。
誰にもその存在を気付かれずに行動でき発言でき、本当の自由を手に入れたような気分だった。
だが透明人間気分は直ぐにどこかへ消え失せた。
今の自分は存在を認識されることはない。
それはつまり「完全な孤独」そのものだった。
誰も見ることができないのではなく、誰も見てくれない。
誰も聞くことができないのではなく、誰も聞いてくれない。
その当時、僕には恋人がいた。
結婚を意識するほどに僕たちは仲がよく、愛し合っていた。
優しくて心配性で笑顔が可愛いくて素直で、僕にはもったいないほどの人だった。
僕はしばらく自由を楽しみ、そして彼女に会いに行った。
でも彼女も僕には気付くことができなかった。
彼女も僕を探していた。
ある日突然姿を消した僕を探して街を歩き続けていた。
しかし、やがて彼女は消息もつかめない僕を追うことを止め、僕との思い出に浸るように閉じこもった。
彼女は僕の写真を見ては顔を伏せては泣き、食事もろくに取らなかった。
僕は君の直ぐ後ろで日に日にやつれる顔を見ていた・・・
僕のことなんて忘れろと、もっと良い男はたくさんいると言った。
それでも最愛の人は悲しみに暮れ、狂ったように、でも静かに僕の名を呼んだ。
近くにいるのに助けられない。
ただ悲しかった、苦しかった。
そして、狂いそうだった。
親も気付かない、友達も気付かない、大人も子供も老人も男も女も、最愛の人さえも!
誰一人として気付いてくれない!
悲しみに暮れる彼女を見ていることが
「苦」
だった。
彼女の姿が見えなくなるまで彼女から走って逃げた。
そして大声で叫んだ。
ただ特に意味もなく「ぁ ぁ あ あ あ゛あ゛あ゛」と叫んだ。
気にかけてもらうために叫ぶ子供のように叫んだ。
誰かに存在を知ってもらわないと狂ってしまう、そうな気がして叫ばずに入られなかった。
いや、もう狂っているから叫んでいるのかもしれない。
自分が狂っているのか狂っていないのか、僕を視ることができるものがいるのか、いないのか、なにひとつ判らないが僕はとりあえず叫んだ。
息の続く限り叫び。
息が切れれば、また息を吸って叫んだ。
「わ ぁ ぁ あ あ あ あ あ゛あ゛あ゛あ゛…―――」
何時までそうして叫んでいたかはわからないが、荒くなった息を整えるために叫ぶのを止めたとき目の前に女の子が座っているのが見えた。
綺麗で長い黒髪、日に当たったことがないかのように白い肌。
日本の人形が命を宿すとこうなるんじゃないか?と思うほど整った顔立ち。
将来絶対美人になるとパッと見、思った。
大声で叫び続けたせいか、自分が思ってたより僕は落ち着いていた。
その子はまるで路上で歌っている人を見上げているみたいに口元に笑みを浮かべ、僕の眼を見つめていた。
そして僕が叫ぶのを止め、その少女を見つめていると、
「苦しい?」
と少女は口にした。
驚いた。
この少女は自分が見えているのだと、その言葉を聴いて確信した。
僕は「僕が見えるの?」と聞き返したが、少女はその言葉を無視して
「苦しい?」
と再度同じことを訊ねてきた。
その言葉に少し不安を感じたが僕はとりあえず「苦しい」と言った。
「助けて欲しい?」
僕が「苦しい」と言うと少女は目を細めて笑いそう言った。
「どういうこと?」と訊ねると、少女は
「あなたに肉体を貸してあげるの。」
と言った。
「肉体を、貸す?」
言った意味がよくわからなかった。
今の自分の現状から自分は普通じゃないことは分かったが、その言葉の本質が理解できなかった。
「そう、貸すの。」
ニコリと笑って少女は答えた。
「・・・・?」
やはり意味がわからない。
返答にも困り、見つめ返すほかどうすればいいかわからない。
「そのままじゃ遺書を書くこともできないわよ?身体は必要でしょ?」
その言葉でやっと理解した。
いや、理解というより確信した。
「俺は、幽霊?…なのか?」
恐る恐る訊ねた。
「正確には違うけど、そう思っていいわ。」
相変わらずの笑顔で答えた。
「なにか?じゃぁ生き返らせてくれるのか?」
ありえないと思ったが話から推測するとそうなる。
「でも条件があるんだけどね。」
「条件?」
「そう、内容は契約してからしか教えられないの。」
「契約?」
「つまり条件付きの肉体を借りると決めてからじゃないと条件が何かは教えられないの。」
かなり意味がわからない、話の内容も理不尽だ。
「いや、そもそもあなたは何者なんだ?」
「私?」
「私は世間一般で言うところの死神よ。」
・・・死神?
死神なんて存在したのか?
いや、彼女は本当に死神なのか?
見た目が少し幼く想像の死神とはだいぶかけ離れている。
「想像と違うでしょ?」
僕は頷いた。
「まぁそんなことはどうでもいいの!」
彼女は立ち上がりつつそう言った。
「で?肉体はいるの?いらないの?」
「ちょっと待ってくれ!そんな直ぐには決められないよ。」
こんな大事な話を直ぐに決めるなんてできない。
そもそも条件がわからないのでは決めようがない。
「私も忙しいの!これは賭けと思いなさい!YESかNOで答えるの!どっち!?」
最初の頃の印象はもうなかった。
今はもう目の前の少女は、ただのせっかちな子供だ。
「そんなこと言われても・・・。」
「勘違いしてない?私はチャンスを与えにきたのよ?」
「生き返りたくないの!?」
死神は僕の目を直視してそう静かに訊いてきた。
その顔から表情は消えてなくなっていて威圧感さえ感じる。
その瞳は暗く、ずっと見ていると闇に呑まれていくかのような錯覚を感じた。
「生き返り、たい、です。」
気付くと僕はそう口を動かしていた。
まるで言わされたような感じがした。
無意識の言葉だったが彼女は満足したようにニヤリと笑った。
「そう、わかったわ。」と言って彼女は僕と反対方向にその体を向けた。
そして数歩歩いて立ち止まった。
「そうそう、条件はね。」
そう言うと少し間をおいてから条件を言った。
「条件はその身体を壊さずに向こうの世界から記憶を持って帰ることよ。」
気付くと僕は布団の中で仰向けに寝ていた。
さっきまで町の交差点で少女と話をしていた筈だが、今は和室の中央に敷かれた布団の中だ。
(ここはどこだ?)
テレビやゲームで見るような古い家屋の一室、壁と天井を眺めれば全体を眺めなくてもだいたいの家の感じは分かる。
他の部屋まで和室とは限らないが古い家に居ることは確かだ。
ザァッ
辺りを見回していると襖が開いた。
そこには自分と同い年と思われる女性が和服で立っていた。
手にはお盆を持っている。
見た目はおとなしそうで優しそうな印象を受けた。
「気分はいかがですか?」
女性が部屋に入ってそう言った。
「ここはどこですか?」
介抱してくれた方だから、害はないだろうが少し警戒しつつ尋ねた。
「ここは私の家ですよ。」
盆を置きながら彼女は答えた。
「僕は、どうしたんですか?」
現状がつかめない、混乱してきた。
死神と名乗る少女に肉体を借りる契約を交わし条件を聞いた、そこからの記憶がない。
「あなたも死神と契約を交わしたんですか?」
「!」
「私も契約したんですよ。」
そう言いながら彼女はお茶を淹れた。
「どうぞ、熱いから注意してくださいね。」
そういって湯飲みを差し出してきた。
「ここは死後の世界なんですか?」
湯飲みを受け取らずに僕は尋ねた。
「そうなんでしょうね。」
悲しそうな笑みを浮かべて湯飲みを引っ込めた。
「あなたも、死んで、いるんですか?」
恐る恐る聞いてみた。
「こっちに来てからもう47年は経ちます。」
「むこうに帰ろうとしないんですか?」
少し驚いたような表情をした後、くすくすと笑った。
「47年の歳月に驚かなかった人はあなたが初めてよ。」
そういって愉快そうに笑った。
「いまさら生き返ったところで帰る場所もないもの、ここのほうが居心地がいいわ。」
「家族はいたんですよね?」
「ええ。」
そういって軽く頷いた。
「家族もこちらに?」
この家に居るのか?という意味で聞いてみた。
「いいえ、こっちに来る人はは条件の揃った限られた人らしいわよ。」
「条件?」
「噂というか、こっちにやってきた人に皆、共通点があったのよ。」
「死んだ、ということですか?」
直ぐに思いつく共通点が1つしかない、ほぼ確信を持って聞いてみたが答えは違った。
「皆に共通してたことはね、死んだときの記憶がないこと。」
「死んだときの記憶!?」
「あなたは覚えてる?死んだ時の記憶。」
たしかに僕は自分の死因がなにか知らなかった。
ましてや僕は行方不明者で死体も見つかってない。
どこで死んだかも覚えていない。
「他の共通点は死に場所が分からないのと愛人がいることね。」
「あなたもいた?愛人。」と言って彼女はくすくす笑った。
「私が死んだとき、私の村では神隠しだって騒いでたっけ。」
彼女はぼそりと懐かしそうに呟いた。
「こっちで肉体を探せば生き返ることができると聞いたんですけど。」
「死神が言ったのね?」
「はい。」
「見て。」
そう言って彼女は立ちあがると障子を開け、そこからぎりぎり見える山の中腹あたりに建つ石柱を指差した。
ここから見ると親指ほどの大きさだが、実際はとてつもなく大きいのだろう。
「生き返ろうと躍起な人は皆あそこに行ったわよ。」
「なんであそこに行ったんですか?」
「あそこがなんかそれっぽかったんでしょうね。」
つまり勘か。
まぁ実際視界には家と山以外には何もない。
当てもなく彷徨うよりよっぽど賢い選択というわけだ。
「あなたはあそこを目指さなかったんですか?」
「・・・・。」
直ぐに返事は返ってこなかった。
言うか言わないか悩んでいるようだった。
「村の人がね、教えてくれたの。」
そういって彼女は村人から聞いた話を話し始めた。
あの石柱までの道のりに階段があってそこに死神がいるらしい、そしてこの先に行くともう戻れないけどそれでも行く?と問われるらしい。
それと同時にこの先に行かずにここで永遠を過ごしたほうが幸せだよ、と言うらしい。
そして構わずに先に進む人をその死神は悲しそうに動物の死体を見るかのように階段を上る人を見るらしい。
それに死神が言ったとおり戻ってくる人もいないらしい。
「私も階段まで行ったことがあるの。」
彼女はその時のことを思い出しているのか、表情は暗かった。
「そこには男の人がいたの、何か叫んでた。なんて言ってるのかは分からなかったけどすごい形相で口を動かしていたの。死神がその人に何か言ったらその人はつらそうな顔をして口を動かしたの。そして死神が言ったの。」
「そこから出るには死ぬしかない、と。」
「そしたらその人しばらく壁を叩いているように何もないところにこぶしを叩きつけてた、そしてそれをやめたと思ったら自分の手で首を引っ掻いて自殺したの。倒れた男の人の体は徐々に薄くなって消えたわ。そこで怖くなって私はこの村まで戻ってきたの。」
気付くと彼女は両腕で自分の体を抱き、震えてた。
「ごめんなさい。」
辛い過去を思い出させてしまい、僕はどうしようもなく謝った。
聞いてはいけないことを聞いた気がした、彼女にも罪悪感を抱いたが、生き返ることができるかもしれないといった希望がなくなったような気がした。
でも、それでも彼女に一言、言いたいことがあった。
「ありがとうございました、俺行きます。」
彼女は驚いて顔を上げたが悲しそうな笑顔で「そうですか。」と言った。
そして彼女は襖を開けて部屋を出て行った。
僕も彼女に続いて部屋を出た、部屋の外は通路でその先に玄関があった。
玄関まで歩いていくと彼女が違う部屋から下駄を持って出てきた。
これをどうぞと言って下駄を僕に手渡した。
木の板に太目の枝をつけただけの手作りの下駄だった。
礼をして下駄を貰うとそれを履いて外に出た。
例の階段までの道のりを聞いてなかったがとりあえず石柱目指して道沿いに歩いていくことにした。
村は家が集まってできていて村から出ると田んぼと畑がしばらく続いた。
食べ物はあるらしい。
死んでも食事が必要なのかは分からないが生きている時に見たことのあるものが育っていた。
田畑は村から離れるほどまばらになり、やがて階段が見えてきた。
階段の一番下の段には話の通り誰かが座っていた。
座っていたのは綺麗な黒髪を後ろで結った浴衣姿の女性が座っていて、暇そうに夜空を眺めていた。
こっちに来たときから月と星が顔を出していて、彼女はそれらをただ呆然と見つめていた。
「あら、新しい顔ね。」
彼女は僕に気付くとそういって微笑んだ。
「この先に行くの?」
「はい。」
僕が先に行くことを知ると彼女は
「そう。」と言って悲しそうに眉をしかめた。
「この先に進んだら戻れないということは聞きました。」
「それでも行くの?」
「はい、別れだけでも伝えておきたい人がいるんです。」
そう言うと彼女は少し驚いたような顔をした。
「生き返らなくてもいいの?」
「できれば生き返りたいですけどね。」
そういって僕は笑って見せた。
嘘は言ってない、だが死人が生き返るなんて聞いたことがない。
この世界から生きて帰ることなど恐らく無理なのだとなんとなくだが分かっていた。
それでも、生き返れることが嘘だとしても夢枕に立つぐらいはできないかと思っていた。
だからこそ話を聞いてなお、ここに来たのだ。
「ふふ、あなたは賢いのね。生き返れるとは言っても確率の問題だしね。」
そういって愉快そうに笑った。
「これを持って行きなさい。きっと、使うことになるわ。」
そう言って彼女は懐から短刀を取り出した。
何の装飾もない木に囲われた鉄の刃物、手入れしているのか刃に汚れはなく鋭く月明りを反射した。
俺はそれを受け取りポケットに入れると先に進むことにした。
「気をつけてね」と言って彼女は笑顔で俺を見送ってくれた。
急な階段を上って直ぐ小さな踊り場があり、また急な階段と小さな踊り場が繰り返し続いていた。
それより、この小さな刃物を使うことになるとはどういうことだろうか?
この先に化け物でもいるのだろうか?
そもそも彼女は何者なのだろう?
俺に気付いたあの死神も階段で人を待っていた彼女も、何故死人を弄ぶような機会を与えているのだろう?
与えられた条件もそうだ。
身体を壊さずに記憶を持って帰る、壊さずとはどういうことだ?
言い間違えたのだろうか?
それとも壊すとは殺すと同義なのだろうか?
それなら殺しにくる何かがいるのだろうか?
答えの出ない疑問を考えては解らないと結論付けているうちに階段を上りきっていた。
4つの石柱と石でできた舞台のようなものがある、舞台の中央には石の祭壇があり、その祭壇に僕をここに連れてきた少女が腰かけていた。
僕はその少女の姿を確認すると同時にポケットに入れていたナイフを強く握った。
「はじめまして。」
そう言うと彼女は立ち上がりニコリと笑ってお辞儀をした。
「はじめまして?」
「はい。あなたが現世で会ったのは私の双子の姉です。」
むこうで出会った少女と同じ笑みを浮かべてそう言った。
「双子?君たちはいったい何なんだ?」
「姉は詳しく説明しなかったのですか?」
そう言って目の前の少女は軽くため息をついた。
「まぁいいです。あなたは生き返りたいのですか?」
「説明はしてくれないんですか!?」
「説明してほしいのですか?」
苛立たしげに眉をしかめて僕を見てきた。
「で、できれば。」
僕は威圧てきな瞳にどもりながらも説明を要求した。
彼女はまた、ため息を吐くとぽつりぽつり話し始めた。
「私は元人間なの。」
その言葉から始まり彼女はいろんなことを話した。
姉は現世で死者をこちらに送り、自分はその逆のことをしている事。
死者の大半は魂が抜け、消滅するか世界に溶け込むかするのだが、たまに僕のように生前の姿を維持して出てくることもあるらしい。
それらに語りかけ、世界に溶け込む前の自我を持った人を復活の話を餌にこちらに送り込むのだそうだ。
そしてこっちで村の人のように平穏に暮らしてもらうらしい。
「何故そんなことを?」
かすかに微笑んで彼女は言った。
「平和な村で皆と楽しく暮らしてみたいの。」
「私の村はね、人の命は無限の可能性を秘めているという考えの下、全てが回っていたの。」
自然災害があれば人柱はあたりまえ、凶作が続きそうでも神に命を奉げた。
そして人柱になるのは大半が子供だった。
若く穢れのない肉体と心で以って神の怒りを治め、神の慈悲を乞う。
「そんな村で私たちは生まれ、そして死んだの。」
彼女は辛そうな顔をして過去を語っていた。
「あなたも自分の死に際を覚えてないんでしょ?私たちの死は酷かった、あなたもきっと酷い死に方よ?それでも生き返りたいの?」
そうとは限らない、と僕は僕の彼女の忠告を否定した、だが彼女も僕の言葉に首を横に振って否定した。
「私たちには共通点があるのよ。」
「知っている。」
その言葉にも彼女は首を振った。
「あなたはまだ全てを知っていないのよ。ここに居なさい、その方がきっと幸せだから。」
彼女は目を伏せながらそう言った。
「それでも、それでも一言だけでも話がしたい人が居るんです!」
僕は強くそう言い放った。
彼女はゆっくりと視線を戻した。
悲しそうな瞳で僕の瞳を見ている。
しばらく見つめあった後、彼女がため息を吐いた。
「何を言っても無駄ね、いいわ、行きなさい。この鏡を見れば行くべき所で気がつくわ、たぶん。」
そう言うと手鏡を取り出し僕に放った。
そしてまた祭壇に腰かけた。
僕は受け取った手鏡を覘いた。
意識が朦朧としてきた。
身体が倒れる感じはしない。
立ったまま寝るのはこんな感じなのだろうか?体験したことのない感覚だった。
薄れゆく意識の中で彼女がなにかを謝った、しかし僕は聞き取ることができなかった。
気がつくと背の高い雑草と木々に辺りを囲われた沼のほとりに立っていた。
たぶんここは僕の家から少し放れたところにある山の中なのだろう、小さい頃ここに迷い込んだ記憶がある。
特に何もない山で、ここに虫取りをする子供も今ではほとんどいない。
少し歩けば甲虫が捕れるだろう。
いまどき珍しい自然の山だ。
しかし何故こんなところに居るのだろう?行くべきところとはここなのだろうか?
なにかないかと辺りを眺めていると雑草が揺れて騒がしく音を立てた。
そこから現れたのは恋人だった。
何故ここに恋人が居るのかがわからなかった。
ここが彼女にとって特別な場所だという話を聞いたこともなければ彼女がここに来なければいけない用事があるとも思えなかった。
相変わらず僕の姿は人の視界に入らないようで彼女が僕に気付くこともなかった。
やはり生き返れるなんて嘘だったのだ。
そしてきっと最後に祭壇に座っていた彼女が謝ったのはきっとこのことなのだ。
彼女が何をしにこんなところに来たのかを知るために彼女の様子を見ていると沼を見つめたまま彼女の目から涙が流れ出し、小さな声で何かを呟いた。
その声を聞き取ろうと僕が彼女に近づいた時、彼女は鞄から何かを取り出した。
それは暗いこの場所で微かな明かりを反射していた。
包丁だった。
ところどころ黒く汚れていた。
断言は出来ないが恐らく血が乾いて黒く変色したのだろう。
彼女はそれを愛おしげに見つめ、沼に捨てた。
包丁は“ぼちゃん”と音をたて沈んでいった。
沼の底には沈んだ包丁以外にも何かが沈んでいた。
水草で部分部分は見えなかったが間違いない。
沼に沈んでいるのは僕だ。
包丁で刺されてできたとおもわれる傷が胸にあった。
僕は彼女と、この山の近くに遊びに来たときに彼女に刺されたのだった。
そのことを思い出したとき僕は無意識に短刀で彼女を刺していた。
彼女に刺された時のように、正面から心臓めがけて。
何故そんなことをしたのかはわからない。
彼女を憎んでしたわけではない、最愛の人に刺されたというのに憎いとは思わなかった。
彼女は倒れ、僕と同じ沼に沈んでいった。
ただ呆然と彼女が僕の隣にゆっくりと近づくのを見ていた。
彼女が沈んだ水面から弱く発光している魂のようなものが出てきた。
それはやがて無数の小さな光に分裂し浮遊し始めるとやがて消えた。
彼女は僕を殺し、僕も彼女を殺した。
僕は彼女のように涙を流すことはなかった。
ただ伝えたい言葉を伝えるまえに彼女が消えた、それだけが悲しかった。
僕はあの後、山を下り自分の町に戻った。
相変わらず誰かの視界に僕が入ることはなかった。
孤独は辛かったがすぐ慣れた。
前のように路頭で叫びだすこともなかった。
むこうで受け取った短刀だけでも向こうの人に返したくて僕は彼女と出会った場所で彼女を探し続けた。
僕はまだポケットに短刀を入れたまま彼女を待っている。
読み切っていただきありがとうございます。
貴重な時間をこんなものに割かせてしまいもうしわけありません(汗
次の作品はちゃんと流れを考えてから書こうと思っております。
次回作を期待せずにお待ちくださいw
では(・ω・)ノシ