《05-4》
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母さん、僕はどうしたら良いんだろう。この3年近く、親のように慕っていたメトゥ・シに山を出て行けと言われちゃった。悪いことをした、それは反省してる、でもアリサ達を死なせたくなかったんだ。僕は間違っていたのかな。
がっくりと頭を垂れて、膝をついた僕にアリサが近づいてきた。
「ごめんね」
僕が項垂れていると、アリサが声を掛けた。いや別にアリサのせいじゃないよ。僕が勝手にメトゥ・シとの約束を破ってしまったからだ。
昔からメトゥ・シは約束には厳しかったからね。しかし参ったなぁ、ここから出たことなんて無いのに、どうやって生きていけば良いんだろ。
隣の山に行こうか……いや駄目だ。メトゥ・シはこの辺り全ての山を見てるし、よっぽど離れないとダメっぽいなあ。どうしよ……
なんて悩んでいると、アリサはガリオンと何かを話し、そして戻ってきた。
「レイ、コレを飲んで。」
アリサが例の回復薬を手に持ってきた。
「え?」
「回復薬、早く飲んで。」
「あ、はい。」
僕は云われるままに回復薬を渡され、飲んでみた。どこかオレンジジュースのような味がする。
《回復薬の成分分析を開始します。》
早速かい。こんな時だっていうのに、ネクスはいつもの平常運転だねぇ。ほんと頼りになるよ。
「ねぇ、レイ。」
「ん?」
「罪滅ぼしって言ったらおかしいかな。」
「?」
「助けてくれたお礼をする、がいいかも。」
「?」
「棲むところが無いなら、街に来ない?」
「街?」
僕にはアリサのいう意味がよくわからなかった。街って、倭人が棲んでる土地のことかな?
行ったことはないけど、ここから歩いて5日ほど行くと、倭人やドワーフ族が棲む土地がある。所在地は知ってるし、行こうと思えば一人でも行ける。
以前からちょっと興味もあったし、100年後の未来都市ってやつを一度見てみたくも有る。いやもしかして倭人が宇宙人なら、いったいどんな作りなんだろう。ますます興味が湧いてくる。
「街に来れば棲むところとご飯をお世話するよ?」
「ご飯?」
「こんな山暮らしじゃ、美味しいものなんてまともに食べたこと無いでしょ。」
「野生のものは確かに美味しいけど、でもちゃんとした料理人が味付けして、ちゃんと造った料理を食べて見なさいよ。ほっぺたが落ちるほど美味しいから。」
この言葉に心が揺れた。
「脂ののった特上の分厚い肉を半生で焼いたり、舌の上に乗せるだけで蕩けそうな柔らかくて美味しいお肉。」
ああ、なんか聞いてるだけで口の中が、ああ、涎が垂れてくる。
やたらとツバが出てくる。話しを聞いてるだけなのに、何故かとても食べたくて仕方がない。きっと昔の記憶かな、ステーキ、ハンバーグ、それにそれに、ラーメンにジャンクフード、ああ、懐かしいよ。
「街まで来るなら、今日のお礼に食べさせて上げるよ?そうだ、すっごく甘くて美味しいお菓子も有るんだ。もう思い出しただけで涎がでてくる。」
アリサがほっぺを触って堪らなそうな顔をしている。この言葉に僕は陥落した。
お菓子、スイーツ、もちろん大好きだっ!
「イクッ!」
僕はあっさりと陥落した。
雪道を歩くのは好きじゃない。
樹から樹へ、枝を渡ったほうが早いし、余計なモンスターに出会わなくて済むからだ。
気を張っていれば近づいて来ないんだけど、ずっと気を張ってると疲れるしね。でもいまは仕方ない。アリサに代わって重症のアルラムを担いでいるし、ガリオンも戦える状態、とはいえないから。
それにアルラムは結構重症っぽいから、あまり衝撃を与えるわけにもいかない。雪の上をゆっくり静かに進むしか無いんだ。
アリサをちらりと見ると、時折心配そうにアルラムを見るけど、始終項垂れていた。さっきは明るかった様に見えたけど、今は凄く悲しそうだ。
ガリオンも黙ってて何も云わない。片足失ってきずだらけでも、こうして雪の山道を歩いてるだけでも凄いけどね。
2人とも一緒に来た冒険者、仲間たちがヴェンテゴに喰われてしまったのが、今になって重く伸し掛かって来ている、そんな感じに見えてしまう。
「大丈夫?」
ちょっと気になったので、声をかけて見た。
「うむ、痛みはない。大丈夫だ。」
ガリオンが強きに答えるけど、そうなのかな。傷の痛みより心の痛みってやつなのかなぁ。
声に気づいたアリサが僕に顔を向けたけど、やっぱどこか悲しそうで伏し目がちだ。
まあ、僕にしたってついつい勢いで助けちゃって、お陰でメトゥ・シに山を追放されちゃったんだけど。はぁ~~……
まあいいか?街にも行ってみたかったし、此処はポジティブに考えよう。ちょっと住み慣れた山を離れて、倭人たちの暮らしを見てくる、なに、1ヶ月もガマンすればメトゥ・シだってきっと許してくれるさ。
ポジティブポジティブ、なんとかなるさ。きっと……
バサッ
樹の枝に積もっていた雪が落ちた。そこには真っ白なトラが、巨大な体躯をまるで重力を無視したかのように、細い枝の上に佇んで、眼下の僕達を見ていた。
ネクスがこれを見ていれば、重力場を操作する魔法だと看破しただろう。
白トラのビャクは高度な魔法も使える、優秀な白トラなのだ。
「ニャァ……」
ビャクは小首を傾げ、山道の入り口の方向を見ると、悲しそうな目をして低い声で鳴いた。
琥珀色の瞳が縦に細まり、軽やかに枝から枝へと飛び移りあっという間に僕が乗ろうとしている馬車の近くまでやってきて、ゴロゴロと喉を鳴らし僕を見つめている。
白い小鳥が飛来したかと思うと、ビャクの頭に停まった。
「どうした、ビャクよ」
白トラに向けて白い小鳥が声を掛けた。
「グルニャァ……」
白トラが悲しげな鳴き声を上げて、頭上の小鳥を見上げた。
「そう私を責めるな。」
「ニャァァ……」
「時期が来たのじゃよ、レイが此処に来て3年近くが経った。教えられるものは教えた、お前もそうじゃろう?」
「ニャァ…」
「もう我の保護は不要、だと良いのだが、時期が来てしまった。アヤツが倭人に興味を持ち、自ら動いたのだ。
ビャクよ、あの子は訳ありの子だ、我にも理解できぬ計り知れない上位の、神人の摂理が働いているようじゃ。レイが我が教えを破り彼等を助けたのも、彼等と交わらせて見ろと、そんな意思を感じるのだ。」
「ニャァァ……」
小鳥の応えに白トラはガクッと頭を項垂れ、寂しそうな視線を僕の方へと向けた。
「解っておくれ、ビャク。しかしな、レイを山に戻さぬというわけじゃない、アヤツは一回り大きくなって返ってくると──」「ニャ…」
幾ら言っても納得出来ないのか、白トラはプイっと顔をそむけてしまう。
「そう不貞腐れるでない、それにあれじゃ、ビャクよ、レイも1人では不安じゃろう。どうじゃ、久しぶりにお前も山を降りてみないか?」
小鳥の声は妙に優しかった。どこか機嫌を取ろうとしてる、そんな感じもある。それを受けて何かを感じたのか、白トラはコクリと頷くと、勢い良く枝から飛翔した。
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m(_ _)m