《01-3》
1話の3つ目《01-3》です。
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「うわあぁぁぁぁぁっ」
こんな声出したのなんて初めてかも知れない、多分顔も思いっきり酷い顔になっていたと思う。
僕は夢中で腕を振った。ソイツを腕ごと壁に叩きつけた。腕に痛みが奔ったけど、多分何も考えてなかったんだと思う、僕の右腕に絡みつき、ジュウジュウと音をたて僕の腕を溶かしてるソイツを、夢中になって壁に叩きつけた。
グチャッグチャッっ
嫌な音が響く。
ソイツの体液だか身体だかが辺りに飛び散っていく。何度かぶつけたところで、ソイツが活動を停止したのを感じた。
ソイツの身体が腕からぼたぼたと落ちていく、気持ち悪い粘液を夢中で振り落とし、床にグチャグチャになって落ちているソイツを見下ろした。
「な、なんなの。嘘だろ、わけわかんない。なにこれ、なんでこんなのが居るんだよ。」
少しパニックを起こしていたんだと思う。震える口から次々に言葉を迸らせ、僕は緑の灯りを追って小走りにそこを離れた。
ここにいちゃいけない。アイツらはまだ居るかもしれない。アイツらは人を溶かしてるんだ。僕の足も、腕も、溶かされたんだ。火傷のような痛みは、皮膚や肉を溶かされたからだ。
ズ、ズズズズッ
音がした。アイツの蠢く音だ。まだ居るのか。
此処にいたらまた襲われる、僕は生きるために、例え筋肉がガクブルでも動くしかなかった。
どの位時間が経過したのか、暗闇の通路はどこまでも続いた。あの怪物は案の定まだ居た。
直径50センチ位の奴から、20センチくらいのやつ、いろんな奴が、僕に気がつくと近づいてきて、襲いかかってきた。
それを避け、時には絡みつかれて壁に叩き付け、そうして長い暗闇の通路を進んだ。
ここは怪物の巣なのか、でも僕は確信していた。このまま進めばきっと出口があると。だって僅かだけど空気の動きが感じられたんだ。僕が向かう方向から、僅かな空気の流れが。そしてなんだろうこの匂いは、ちょっと生臭いような、凄く新鮮な匂い。
学校で習ったから知ってる。でも初めて嗅いだ匂い、オゾンの匂いだ。沢山の木がこの先にある。きっとこの先に沢山の樹木があり、木の葉が生い茂っているはずだ。そして生きる希望がきっとある。
僕は眼を見開いた。暗い回廊の遥か先に小さな白い光が見えたんだ。
壁に灯る光じゃない、果てしなく続く回廊の出口だ。僕はそう確信し尽きようとしていた力を込めて、前に進む。
「ヒ……カ……リ……」
カラカラに乾き、ヒビ割れた唇から声を絞り出し、僕は光の方向へ手を差し伸ばした。
《N,M.Optimization and repairing, Now NEXS boot up.》
また何か聞こえたけど、そんなことはどうでもいい。外だ、光が強くなり、回廊に光が溢れてくる。その向うに外の景色が目に映った。
緑の瑞々しい木々、一面を覆い尽くす葉の隙間から、僅かに見える青い空、そして澄み切った空気。
鳥の鳴き声と、虫の声。
自然のシャワーが僕に降り注いできた。
「森だ……」
見渡す限り森が広がっている。
ふと振り向けば、僕が出てきた洞窟がある。なんでこんなところに居るんだ。ますますよく解らない。
いまは考えることよりも、水だ。喉はカラカラだし、腹もだいぶ減ってきてる。見たところ人の気配も無いし、誰かの家すら見えないんだよな。
僕はどうしたらいい?
《Language analysis....tuning completed, 現在地点解析開始》
またあの声だ。今度は英語じゃ無くなったよ。相変わらず淡々とした声だけど。
《・・・現在位置不明、周辺検索開始・・・水源を探知しました。南南西方向500メートルの距離に清流を確認。》
ななななななんっ、んなんなのっ、この声!
いやそれよりもっと大事な事が聞こえた。よくわからないけど、近くに清流があるって云ってた。僕の喉がゴクリと鳴った。だって喉がカラカラなんだ。
あの暗闇のなかにどのくらい居たんだろう、ともかくカラカラだ。お腹も減ってるけど、それより水が飲みたい。なんでもいいから直ぐに喉を潤したい。
いまならたとえ泥水だって飲める気がする、いや飲まないけど。
「でも南南西ってどっちだろ」
こんな森のなか、地図も磁石もなくて、方向なんて分かるかっ。僕は誰にともなく文句を言った。
《ナビゲーション起動》
なに、視界の中に何かが現れた。
「うわっ!」
まるでナビみたいに視界の中に矢印が出てるし。
意味わからない、わけわからない。でもナビゲーションって言ってた、つまりこれってナビってこと?この矢印の方向に清流があるのかな、そんな気がする。
矢印に顔を向けると、ご丁寧に視界の中に転々と矢印がでてきた。まるで案内してくれてる様に。これって完全に自動車と同じだ!
《N,M.最適化完了、修復完了》
え?誰かなんか云った?
今は相手してらんないよっ。
僕は水が飲みたい、その一心で走った。さっきまでうまく動かなかった手足のことなんて、どっかにいってた。こうして走れることの不思議さも考えず、森の中を夢中になって走った。
目の前になのか目の中なのか、ともかく景色の中に映る矢印に向かって走った。この際不思議な事は後にする。いまは水が飲みたい!
獣道も無い森の中を木をかき分け、ヤブをかき分け、地面から飛び出た太い根っこを跳び越えて走った。
ガクブルしてた手足が自由に、自由過ぎる位に動くことも気にせず、経験したことも無いくらい早く走れていることも置いといて、とにかく走る。
そして目の前に小さな小川が見えた。
「み、水だ!!」
カラカラの唇を開き、小川に近づくと堪らずに顔を突っ込んでしまった。
ガポッゴブッ
ゴクッゴクッゴクッ
冷たい、美味しい、はぁぁぁ、なんて美味いんだ。水がこんなに美味しいなんて知らなかった。
《水質確認、飲用に適合、問題ないことを確認》
なんか云ってるけど、飲んでる最中に煩いな。
「はぁ~~~~~~~~~~~~~っ」
空腹も有ったせいで、腹を満たすかのように水をたらふく飲んでようやく人心地がついた。
「い、生き返った。はぁぁ、ほんと誰だか知らないけど、なんかありがとだぁ、助かったぁ。」
しかしさっきの声は何だったんだ。そもそも視界に映った矢印は何なのさ。
ともかく誰か知らないけど、そのおかげで助かったよ。
《私はネクス、マスターに組み込まれた、自己進化型量子電脳ルシファーのユニットの一つです。》
「ひぇぇっ!」
僕は驚いて転がり、水の中に腰を落としてしまった。
人心地ついたせいなのか、今度ははっきりと聞こえた。辺りには誰も居ないのに、感情のない女性のような声が響く。声はさっきと一緒で頭のなかに直接聞こえるんだ。
「……ネクス?」
《YES》
いやそんな快活に応えられても。
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まだまだ更新します。
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