《04-4》
ここから3回程はアリサ視点です。
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私はいったいなにが起きたのか、理解できずにいた。
今にも私を喰らおうとしていたヴェンテゴが、いきなり横に吹き飛び、派手な音を立てて雪の積もった地面を転がり、大木に当たって止まると、木の上から盛大に雪が落ちてきて埋まってしまった。
呆然とする私の視界には、目の前に立つ人影があった。
一つ一つ説明すると、それぞれ理解できるのだけど、そもそも根本が理解できていない。
「大丈夫?」
理解できない原因を作った"少女"が声をかけてきた。私は思わず頷いてしまった。で、この少女は誰なんだろう。
私は見間違えて居ない、そうだ、見間違えていないはずだ。この少女、可愛らしい顔をした少女、背中まで髪を垂らした、灰色のマントを翻して私を見る、まだ年端もいかない女の子、年の頃なら13-15歳くらいか、とにかく私より年下の少女だ。この子がヴェンテゴを殴り飛ばしたんだ。
嘘……夢……それとも私はもう死んでるの?
少女はマントの下には、使い古した革製防具を纏っていた。アチラコチラにホツレや破けた部位もあり、それはそのままこの少女が歴戦の冒険者だと物語っている。でも貴女は誰なの。
耳も尻尾も無い見かけぬ少女、初めて見る種族。どこか他の土地から来たのだろうか。西の大陸かな、何処だろう。
「GURUAAAAAAAAHHHHHHH!!!」
だが考える間も無く、破龍の唸る声が聞こえてきた。
地面に転がった破龍ヴェンテゴが巨体を起き上がらせると、身体を揺すって派手に雪を撒き散らしている。ついで爛々と輝く赤い目がこちらを向いた。
私はその眼光に戦慄を覚える。そうだまだ戦いは終わってないんだ。暴虐の破龍、奴を倒すまで終わらないのだ。狩猟団の皆の仇を討たなければ。
慌てて途中だった次弾の装填を再開した。
徹甲爆裂弾は確かに奴にダメージを与えた。火薬がたっぷりと詰まった徹甲爆裂弾は対象に当り爆発する。奴の鱗も爆発の威力には耐えられなかった。鱗を吹き飛ばし肉を削った。だけど奴は動いている。致命傷とまでは行かなかった。
だけど次に狙う場所は決まった。問題はそのチャンスが来るのだろうか。
だけど私は戦いの最中だというのに、気になることがあった。
──私を助けたこの少女は誰なんだろう。
私は少女をも見上げ、もう一度よく見た。
ぼさぼさとしたブラシなど入れてないだろう長い黒髪、汚れのせいなのか少し浅黒い顔。使い古され年季の入ったボロボロの防具、あちらこちらが黒ずんでいるのは、返り血かも知れない。
歴戦の冒険者といえばそうだが、普通に見れば手入れをちゃんとしていない、酷い格好だ。
「大丈夫?あいつ、来る、注意。」
再び少女から声が掛かった。なんか辿々しい言葉遣い。単語を並べてるだけ、やはり異国からきたのだろう、この国の言葉を知らないのかもしれない。
でも言葉を操れないのは、別に珍しいことじゃない。幼い時に親に先立たれるか、捨てられた子供はまともな教育を受けないせいで、うまく話しが出来ないなんてのはよくあることだ。
私はつい見入ってしまう、ヴェンテゴを一撃で吹き飛ばした少女、薄汚れた顔だけど、その可愛らしさに。
「GURUAAAAAAAAHHHHHHH!!!」
咆哮が轟いた。
少女に気を取られる時間は終わった。むしろ長すぎたくらいだ。まだ次弾装填が終わってないというのに、自分は何をしているのだ。"魔弾の奏者"等と二つ名を持つアリサは何処に行った。
暴虐の破龍が態勢を整え、地響きを立ててこちらに向かってくる。
一歩進むたびに地面が揺れるような音だ。私は慌てて徹甲爆裂弾を装填に掛かった。
あの堅牢な鱗に守られた体じゃ、何発もぶち込まないと倒せない。徹甲爆裂弾は残り二発しか無い。これでヴェンテゴを倒すのは至難だ。
だけど既に鱗がはがれた傷口なら、いや無理だ。胴体の中の小さな点を狙えるほどの精密射撃は無理だ。機械弩弓は狙撃専用銃とは違うのだから。例え狙撃専用銃があったとしても、ヴェンテゴになど効果があるわけが無い。
ではどうしたら。奴の体内に、身体の奥深くに叩き込んでやれば、そうだ鱗の無い大きな的があるじゃないか。奴が唯一鱗で補強していない場所、奴の口腔内ならダメージも大きいはず。そうだ口の中に叩き込んで頭を吹き飛ばしてやる。
みんなの仇を討つ。
ジャキッと金属が擦れる音がし徹甲爆裂弾の装填が終わる。だけど破龍は目の前まで来ている。
雪を舞い上がらせ、巨大な体躯が目の前に迫っていた。
「助けてくれたのは有りがたいけど、でもあんたっ!」
少女に声を掛けた。
「ん、僕、大丈夫。」
少女が私に笑顔で言ってくる。
今にも巨大な体躯が目の前に迫っているというのに。巨大な顎門が開かれ、私と少女を一呑にしようとしているのに。
だけど少女は退かない。
少女は怪物の顎門を前にして、逃げる素振りすら見せない。寧ろ私を護るかのように立っている。
血と涎に塗れた無数の牙が、私の肉体を噛み砕こうと迫る中、私はじっとその口内を見つめ覚悟を決めた。
心拍数が極大に上がり、耳がキーンと鳴った。
自分でも驚くほど冷静に機械弩弓を構え、狙いを付け、トリガーに指を添えた。
時が止まっているのか、それとも錯覚か、モノクロームのイメージの中で、私は冷静だった。
耳鳴りがする。
音が聞こえない。
汗が滴り落ちてくる。
鼓動が高鳴った。
でも冷静だ。
もしこれを外したら、そこで全て終わる。ゲームセットだ。次のチャンスなんて来ない。
迫る恐怖と絶望を前にして、私はありったけの勇気を振り絞り機械弩弓の発射口をヴェンテゴの口腔に向けた。
大きく開いた口に狙いがつけられる。あとはトリガーを絞れば終わりだ。私は勝ちを確信した。
「吹き飛ばしてやるっ!」
現実が動き出す。
色鮮やかな世界に引き戻された私は、今まさにトリガーを引きしぼろうとした瞬間、目の前が真っ白に染まった。
「なにっ!」
一体何が起きたのか。ほんの僅かな戸惑いがトリガーに掛けられた指の力を奪った。そして途端に襲い掛かってくる猛烈な勢いの雪の波。
私の目の前が白く染まり、ヴェンテゴの姿が見えなくなった。
ヴェンテゴの尻尾が雪を舞い上げ、それが津波のように私を襲ったのだ。私は大量の雪に埋もれて倒れこんだ。
私は当惑した。今あいつに食いつかれたら終わりだ。慌てて起き上がろうと、雪の中で藻掻いた。
「ぶはっ!」
雪をかき分け顔をだした私は、ヴェンテゴが喰らいついて来ないことを祈りながら、周囲を見回した。
だが予想外の光景に前を見つめた。
そこでは雪の上に立つ少女が、ヴェンテゴと睨み合っていた。私とヴェンテゴとの間に立ち、まるでヴェンテゴがこれ以上進めないように、堰き止めていた
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