《02-7》
倭人とは……
††
母さん、やっぱりここは地球じゃないよ。ネクスがなんといっても、少なくとも僕の生きていた地球じゃない。ここは異世界だよ。
ここはやっぱ異世界なんだ。
天体の位置関係から地球だというなら、そういうのが全く一緒な、違う地球なんだよ。少なくとも僕の生きた世界じゃない。
だって、あの冒険者達、武器をもって武装してて、防具もきちんと着こなしてるけどさ……
お尻に尻尾が生えてるし、動物みたいに頭に耳があるんだよ。
あんなの人間じゃないよ。メトゥ・シが冒険者は人間とは違うと言った意味が解ったよ。
彼等ってメトゥ・シの言うとおり、人間じゃなくて"倭人"っていう種族なんだ。
ここは、この世界には人間はいないんだ。異世界なんだよっ。
───これが僕が初めて倭人を見た時の感想だ。
ブルホワイト・ベアーを住処に持ち帰り、皮を剥いでお肉を小さく切っておいて、薪を集めて魔法で火をおこして、切り分けたお肉をさらにナイフで削いで、火に焼いて行く。
火に炙られて脂が滴ってくる。ジュウジュウと美味そうな音、堪らずゴクリと喉がなり、少し生だけどもう我慢なんてできない。
一気に口に放り込み、肉をしっかり噛みしめると、舌の上でとろりと溶けていく。
うまーーーっ!!
太ももの辺りの、脂身がたっぷり乗ったお肉がぁぁ。美味しすぎてちょっと焦りながら、もう一枚お肉を切り分けて、これをナイフに刺して火に焚べて、適度に焼かれたところでかぶりつく。
あああ~~~♪
うま~~♪
脂がたまらなく美味しぃぃぃ!稀に母さんに連れてってもらったステーキハウスの最上級の松坂牛、あれも凄く美味しかったけど、この肉だって負けない味だよ。味付けとかできたら、もっと美味しいんだろうなぁ、と思いつつもう一枚。ああああ~、蕩けるぅ~♪
この焼けた脂身と、半生の赤身とが合わさって、なんちゅう、舌の上で蕩けて舌が喜んでる。うまーーっ
うひゃひゃひゃ。
美味しすぎてついつい笑いがぁ。
ビャクは隣で僕のことなんて無視して、生のまま齧りついてる。きっと美味しくて、僕になんて構っていられないんだろう。
ブルホワイト・ベアーさん、ありがとう。キミのお肉は、僕とビャクが美味しく頂いてます。
たらふく食べたところで、残ったお肉を雪に埋めて保存しておく。この量なら数日は持つ……いやビャクが平らげちゃうかな?
まあいいや、お腹も膨れたし、ビャクにもたれかかってふかふかの生きた暖房に包まる。あたたかい~~。もふもふ~、さいこ~。
ビャクも冬になってから冬毛に変わったから、これがまたモフモフでサイコー。気持ちがいいったらありゃしない。
《マスター、麓より3キロ。大型の移動車両の反応を検知しました。》
ん、移動反応ね。山の外からお客様が来たようだ。大型って事はいつもより多いかな。
お客様の正体は、十中八九冒険者だ。
山のモンスターを狩っていく冒険者がやってきて、それを狙うモンスター種が蠢き始める。モンスター種とモンスターを狙う冒険者との喰らいあいが始まるんだ。
「おっけ、退屈しのぎのご来店に感謝だね。」
僕はビャクが甘えて押しつぶされそうになるのを、なんとかを躱して立ち上がった。
「にゃぁ?」
ビャクが不服そうに首を上げて僕を見る。僕より長生きしてるはずなのに、いつまでたっても甘えん坊だな。もっともメトゥ・シにはこうして甘えるなんて出来なかったから、仕方ないかのかな。
「冒険者が来たみたいだから、見物に行くけど、ビャクも来るかい?」
「にゃ~~」
全く物好きだな、とでも言いたそうな顔で僕を見ると、ビャクはころんと横になった。ほんと気まぐれな奴。
はいはい僕は物好きでいいですよ、だってこんな何もない山じゃ、娯楽なんてないからね。ビャクと遊んだりメトゥ・シと遊ぶのもいいけど、やっぱ他人の戦闘とかのほうが面白い。それに彼等の戦闘は色々参考になるしね。
モンスターに勝つにしろ、喰われてしまうにしろ。
さて、山にモンスター狩りにやってくる冒険者と、それを餌にするモンスターとの戦闘見物だ。
今日はどっちが生き残るのかな♪
う~~ん、なんか昔はこんなんじゃなかった気がするけど、山で暮らしてて荒事に慣れてきたのかなぁ。
山の麓には森が広がっている。僕は雪の積もった枝の上で、森の向こうの雪原を通る街道を駆ける、黒い異形の巨馬に引かれた馬車を見ていた。
ざしゅっざしゅっざしゅっ
しんしんと静かに降り注ぐ細雪の中を、太く逞しい脚で厚く降り積もった雪を踏み潰し、馬車を引いた黒馬は山に入る山道に向けて走ってくる。
あの馬、遠目に見てもかなり大きい。普通の馬の倍以上の体格をしているようだ。この山に来た馬のなかで、僕が見たもっとも大きな馬だろう。
馬に引かれる馬車も随分大きい。珍しく大人数で来たみたいだ。大物でも狩りにきたのかな。
ちょっと楽しそうだ。
森に入った巨馬は、相変わらず力強く雪をかき分けながら進んでいく。凄いスタミナだな。
「あんな大きな馬って、やっぱモンスターだよね。」
馬が近くまでやってきたので、僕はちょっと見てみることにした。
「ネクスっ」
《名前: ブリオン 種族: 極馬種 Lv.81
生命力: 10,991 魔力: 356》
最近はもう以心伝心を通り越してるな。僕が何を望んでいるか、瞬時に解ってくれる。
で、極馬種ね、やはりモンスター種か。だよね~、でかいもんね~。角も生えてるし、横幅がサイみたいで硬そうな皮膚に覆われてるし、あんな馬いないよね~。
しかし生命力がバカ高いな。攻撃よりも防御が主体のモンスターなのかな。でもなんで大人しく馬車を引いてるんだろう。
葦毛の巨馬に引かれた馬車が山道の入り口に到着すると、白いフードとマントを羽織った御者が雪の上へと飛び降りた。
御者が白いフードを捲り上げると、中々厳つい顔と、それに似合わないフカフカの獣耳が現れ、マントの裾からぽわぽわした毛深い尻尾が見えた。
「ミスマッチ過ぎる!」
思わず口に出してしまい、僕は慌てて手で口を覆った。
でもさ、ほんとミスマッチなんだよ。顔に幾つもの疵痕があって、正面からみるとかなり迫力がある髭面だ。歴戦の戦士とでも言うのかな。
背には大きな両手斧を背負っているし、マント越しにしてもなかなか体格が良いのが窺える。それがフワフワのケモミミなんだから笑っちゃう。
彼は倭人だ。最初に倭人を見た時、僕は獣人かなって思った。だって獣の耳に尻尾なんだから、獣人だと思うっしょ。でも直ぐにメトゥ・シに訂正された。
で、今回の冒険者は外見だけ見ても、今まで見てきた冒険者の中でも別格に強そうにみえる。ちょっと見てみる。
《名前: ガリオン・ブロンクス
種族: 倭人 年齢: 37 性別: 男
職業: 特級機斧操師 LV.91
身長: 190センチ 体重: 180キロ
生命力: 9,521 魔力: 1,189》
──へぇ~~。
ちょっと驚いた。
だって冒険者でLV.91なんて、今まで見たことはないからだ。山の麓とかでモンスターを狩ってる奴らは、大概LV.20から高くてLV.50くらいなんだ。だから倭人の冒険者ってそんなもんかと思ってた。
でもLV.90超えか。あれなら一人ででもブルホワイト・ベアーを倒せそうだ。でもあいつは僕んだから倒されたらやだな。
疵顔の男──ガリオンは黒い獣毛に覆われた犬のように大きく垂れた耳を、ぴくぴくと動かしている。なんか可愛い。
白いマントの裾からは、顔に似合わぬ黒い毛に覆われた尻尾が飛び出てくねくねと動いている。ほんと厳つい顔に全然にあわない、でも可愛いなぁ。
「ザラキの野郎め、暴虐の破龍を倒せか。気楽に言いやがって……」
疵顔が歪んだ笑いを浮かべた。
††
読んでくださってありがとうです(^o^)
作者のテンションアップのためにも応援宜しくお願い致します。
m(_ _)m