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異世界レストランガイド  作者: 巫 夏希
リージア王国編
5/23

ロールケーキ

 チェーン店『クラウドカフェ』はリージア王国に百店舗以上ある大手チェーンである。いつもはこんなお店に来ることはしないのだが、相手が「ここで話し合いをしよう」などと指定したのだから仕方ない。

 ちなみに相手は俺の商売相手でもあり良き友人だ。モンスターのドロップ情報をよくいい値段で販売してくれる、まあ、いうならば情報屋のようなものだ。


「……遅いな」


 時計を見ると二時を回ったあたり。待ち合わせ時間は二時なので、もうとっくに時間は過ぎているということになる。

 とりあえず注文したハンバーグランチはとっくに食べ終わっていて、適当にメニューを見ていた。

 そんな時だった。俺の目にあるメニューが入ったのは。

 ロールケーキ。

 説明にはこう書かれている。このロールケーキは生クリームだけしか入っていないこだわりの逸品である、と。めったにクラウドカフェに入らないからこんなメニューがあることすら知らなかった俺にとって、これは面白いことだった。


「たまには食べてみるか……」


 そう思いながら、俺はコーヒーのおかわりとロールケーキを注文した。




 そのロールケーキは直ぐにやってきた。ロールケーキにはスプーンがつけられていた。俺は疑問を浮かべ、店員に訊ねる。


「どうしてこれ、スプーンがついているんだ?」


 店員――給仕服めいた格好をした女性は営業スマイルと思われる笑顔で答える。


「当店のロールケーキは生地が柔らかいことと生クリームがふんだんに盛り込まれているため、従来のフォークではなくスプーンでお召し上がりいただくスタイルになっております」


 恐らくマニュアルにそういう文言があるのだろう。俺はひとり納得して、頷くとありがとうと返事をする。

 店員は頭を下げて戻っていった。

 さて。俺はロールケーキと対面する。先ずはそれを眺めていく。見てみると面白い感じだ。

 丸められたスポンジケーキの中心にあるのはキャンパスめいたロールケーキだ。それにいちごのシロップがかかっているとかそういうわけでもなく、ほんとうにそれだけ。シンプルなつくりだ。


「なんというか、まあ」


 勝負をしている、と思った。

 一先ず、スプーンを手に取り、一口。

 美味い。シンプルな味で、甘味もすっきり。しかし確りと甘味がついているためかとても美味しい出来になっている。

 こんなロールケーキがあったとは……失念していた。これはお持ち帰りなどの処置はできないのだろうか。できるのならばお持ち帰りしたいレベルだ。


「やあ……っと、君は相変わらず食事を美味しそうに食べるねえ」


 そう言って右手を上げたのは、さきほど言った俺の待っている相手だ。着流しを着た風流な女性。それが俺が初めてそいつに出会った時のファーストインプレッションってやつだ。しかし性格はえげつない。きちんと付き合いをしていれば問題はないが……。


「なんだい。別に遅れていないだろ。えーと……五分くらい遅れたかな?」

「正確には五分二十八秒だ」


 そう呟きながらロールケーキを一口。美味い。


「君はほんとに正確な人間だねえ。生きてて気が苦しくならない?」


 そう言いながらそいつは腰掛ける。そういえば名前を言っていなかったな。俺の目の前に座っている眼鏡をかけたそいつの名前はアカリという。女性ではあるが、その風流な出で立ちは一瞬男性ではないかと思わせる。しかし胸のふくらみはしっかり強調されており、それを見るだけで、やっぱりこいつは女性だと解る。それくらいだ。

 アカリは溜息を吐くと、店員を呼びつける。店員を呼んでからメニューもみずに、言った。


「彼が頼んだものと同じやつちょーだい」


 そう言ってアカリは微笑む。店員は頬を紅潮させていたようにも見えたが、俺はそんなこと気にしなかった。別に俺とアカリはそういう関係ではないのだから。


「それは、『今は』という但し書きが必要だろう?」


 こいつ、俺の心を読みやがった。……ああ、そうだ。今は、という但し書きが必要だ。そしてさっきの説明を改めてするならば。

 俺とアカリは付き合っていた。恋人という関係だった。とはいえ、明確に別れたわけではなく、今でもこうやって会う。会うときは仕事としてだが、それでもプライベートめいたタイミングで会うので、傍から見れば恋人に見えるかもしれない。とてもいびつな関係ではあるが。


「私は今でも君に夢中だよ。少しくらい、それを解ってほしいね。それに、『別れよう』なんて言葉は君からも私からも、聴いたり言った覚えはない。君の仕事と私の仕事が忙しくなってきたから、会う時間が少なくなっただけなのだから」

「……そういうことにしておくよ」


 因みにどうしてこんな曖昧な関係になったのか、実は俺もアカリも覚えていなかった。どうしてだろうな。何かあったのかもしれないが、それを今言うべきではないんだろう。

 そんな話をしているとアカリの目の前に俺がさきほど食べていたハンバーグランチとコーヒーがやってきた。ハンバーグにかけられているデミグラスソースはいい香りで、涎が出てしまう。おっと、さっき食べたばかりなのにな。


「食べたいかい?」


 その仕草がバレてしまったのか、アカリは笑みを浮かべながら言った。その笑みは悪魔が何か考えついたそれに等しい。……なんというか、アカリは性格が悪いのだ。

 ナイフで手際よく切って、フォークで刺して俺の口元へ持っていく。


「あーん」


 頬を紅潮させながら、アカリは言った。

 俺はそれを無視してロールケーキを一口。


「……つれないなあ、かーくんは」

「かーくんとか言うなよ!」


 おっと、思わず叫んでしまった。ちなみにかーくんとは俺の名前をもじったニックネームのことで、これで俺を呼ぶのはアカリとニーナ、それにレックスくらいだ。

 俺はアカリを見る。アカリは未だにあーんと言っている。

 周りの視線を感じる。これはやらねばならないのだろう。俺たちはそういうテンプレートめいたカップルの関係なんて恥ずかしくてやっていられないのは、二人共解っているのだが。

 まあ、でも。

 そんな言い訳をする必要はもはや皆無だ。食欲には万物も勝てない。

 そういう『言い訳』をひたすらに並べながら――俺はアカリが差し出したハンバーグを頬張った。


「ああ。やっぱりここのハンバーグは子供めいた味で好きじゃないな。なんというか、デミグラスソースが甘すぎる」


 俺の独り言を聞いたアカリが首を傾げる。


「そうかなあ。私は好きだよ、これ」


 そう言いながらまた切り分けて一口。そのたびに笑顔で食べていくアカリ。アカリの笑顔は何度見ても眩しかった。それを見て、俺もつられて笑ってしまうのだった。




 俺はロールケーキを食べ終えて、アカリはハンバーグランチとロールケーキを食べ終えて、そして『仕事』に取り掛かった。相変わらずアカリの持ってくる情報は素晴らしいものだった。いくら金を払っても足りないくらいだ。


「……さすがアカリだよ。代金はこれで」


 そう言って俺は金貨を三枚差し出す。

 それを見てアカリは笑みを浮かべる。


「別にかーくんには無料でいいのにー」

「……それを許容してしまうとほかの冒険者に目をつけられてしまうからな」


 そう言って、俺は立ち上がった。

 会計を済ませなくては。そう思って、俺はアカリの注文した分も払おうとした。

 が。


「いいよ、かーくん。別に、私払うから。今日は遅れちゃったし!」

「いや、でも仕事の情報をもらったのは俺の方だし……」

「彼女の言うことは聞きなさーい!」


 ……そう言われてしまうと、俺はアカリに逆らえない。別にアカリが腕力で強いわけではないのだが、なぜだろう。

 まあ、彼女がそこまで言うなら。退くことをするのも男というものだ。


「……じゃあ、甘えさせてもらうよ。次は俺が払うから」

「うん、解った。楽しみにしてるね」


 そう言って、俺とアカリは会計を済ませ、店をあとにした。

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