表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界レストランガイド  作者: 巫 夏希
リージア王国編
16/23

特別メニュー:チョコレートフォンデュ

 甘い香りが鼻孔を擽る。

 それがカカオの香りだと気が付いたとき――俺は今日がバレンタインデーであることを察した。


「もしかしてアカリに呼ばれたのってこれが原因か……?」


 原因、というのは少々大袈裟にも思えるが、まあ、致し方ない。

 それにしても今日は寒い。カップルが大勢居る気がするのも、そのバレンタインとやらのせいなのだろう。

 異世界とゲートが繋がって、この世界には異世界の文化がたくさん入ってきた。

 その一つともいえるのがバレンタインである。

 恋人と触れ合う日だとかどうとか言われているが、そんなことはどうだっていい。

 とにかく俺は、アカリの約束に間に合うようにしなくてはならないのだ。

 そう思うと、少しだけ小走りで道を進んでいく。





「遅いわよ、かーくん」


 アカリはクラウドカフェにて待っていた。クラウドカフェはいつもよりカップルが多く、少しだけ居心地が悪い。


「どうしてここまで呼んだんだよ?」


 俺は外套を脱ぎながら、アカリに訊ねる。

 アカリは笑みを浮かべながら、ある場所を指さした。

 そこにあったのは――茶色の山だった。

 否、正確に言えば頂点から滝のように流れるチョコレートだ。

 チョコレートファウンテン――それが、アカリの指さした場所に完成していた。


「驚いたでしょ?」


 アカリの言葉に俺は頷く。

 アカリは話を続けた。


「バレンタインデー限定で、このお店、チョコレートファウンテンをやるんだって言っていたの。それを思い出したからよびつけたわけ」

「……それだけか?」

「バレンタインデーに女が一人でチョコレートフォンデュとか、悲しくなるでしょう?」

「そういうもんか」


 そう言いながら、俺は立ち上がる。もうすぐにあのチョコレートフォンデュを食べたい――俺はそう思っていたからだ。相変わらず現金な男だと思う。




 チョコレートファウンテンの大きさは、テーブルに乗っているから若干補正はあるものの、俺の頭くらいまでの高さになる。立派なものだ。

 チョコレートファウンテンのわきには果物がたくさん置かれている。バナナ、キウイ、リンゴ等。それに、スパゲッティに……スパゲッティ?


「あら、知らないの?」


 慌てていた――少なくとも俺はそう思わなかったが、どうやらアカリの目にはそう映っていたらしい――俺を見て、アカリは言った。


「何でも、異世界の……どこだっけ、『エウロパ』とか言うところではこれが有名らしいわよ? もっとも、そこで有名な『チョコレートパスタ』というのはこのようなタイプではなくてチョコレートをパスタに練りこんだタイプになるけれどね」

「ふむ……。そうなのか」


 未だ世界には俺の知らないことがあるらしい――いや、実際には『異世界』では、ということになるのか。一度はその世界にも出向いてみたいものだ。

 バナナを金属の棒で刺し、俺はそれをチョコレートの山に――否、滝にそっと添える。

 バナナは滝行をするように、チョコレートにコーティングされていく。

 完全にチョコレートを纏ったバナナを、そのまま口に放り込んだ。

 ううん、おいしい。

 文句なしの美味さだ。このチョコレート、やはり高級な雰囲気がする。いや、そう思っているのは別に雰囲気の問題からではない。カカオの風味が……なんというか、コクがある。普通のチョコレートに比べて、そのコクが段違い、と言えばいいだろうか。ああ、言葉がまとまらない。そんなことよりチョコレート食おうぜ! とバナナが言っているみたいだ。

 いや、バナナ。お前は食われる立場なのだよ。そう思いながら、俺はお待ちかねのスパゲッティを棒に巻き付けていく。

 スパゲッティ――チョコレートに和えて美味しいのだろうか? 個人的にはこれをこのままミートソースに和えたいものだが……。

 いいや、ここはアカリのおすすめに従うことにしよう。

 さて――スパゲッティ、お前の実力……試させてもらおう!

 そして、俺はスパゲッティを巻き付けた金属棒をチョコレートの滝に添えた。




 結論から言って、完敗だった。

 惨敗ともいえるだろう。

 誰のかというのは、言うまでもない。俺のことだ。チョコレートコーティングされたスパゲッティがあれ程美味いとは。今度家でも試してみることにしよう。


「……いやあ、美味しかったね。また来年、来られたらいいねえ」


 来年もこのイベントがやっていればの話だがね、とは言わないでおいた。

 アカリはこういうところ、神経質だからな。

 ただ俺はそれに頷くだけで――返事をしておいた。

 こうしてバレンタインの夜は――少しだけ優雅に、しかし普通と同じく一定に、過ぎ去って行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ