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異世界レストランガイド  作者: 巫 夏希
リージア王国編
14/23

フレンチトースト

 フレンチトースト。

 卵と牛乳、それにシュガーを加え混ぜ合わせた液体にパンを浸し、それを焼いたものだ。なかなかに美味しいし、俺もよく朝食で戴く。

 今俺とハルは表町中心部にある公園に来ていた。その公園には幾つか屋台が出ていて、それで食事をとっている次第だ。

 そんな中、俺の目を引いたのは――これだ。


「フレンチトーストサンド……? 見たことないメニューだな、ほんとうに販売しているのか?」


 俺はメニューを見て、唖然としていた。だってフレンチトーストだぞ? フレンチトーストにサンドするんだぞ。何を、って話だがいろいろ書いてある。ポテトサラダだとかウインナーとかゆで卵……一番なのは豚肉のマキヤソース煮込みだとかある。フレンチトーストの味が邪魔したりしないのだろうか。

 ハルは俺がメニューを睨みつけている光景に疑問を浮かべているのか、訊ねてきた。


「どうしたの。気になるのかい?」

「ほら、だってそりゃ……。こんな気になるネーミングの商品があったら誰だって気になる。ああ、ちくしょう食べてみるか。もともとこういうために俺は旅団に招かれたんだから。すんません、フレンチトーストサンド一つ。具材はポテトサラダで」

「あっ、僕も同じのを」


 ハルは俺の注文につられて同じのを注文する。おおかたメニューを見るのが面倒だったからだろう。だが簡単にそう決めてしまっては、何か物悲しさを感じる。もしかしたら、おだけなのかもしれないが。

 とりあえず俺はその調理工程を眺めていくことにした。理由は簡単、あわよくばそのネタを盗み自分のネタにしてしまおうという算段だ。レパートリーが減ってしまうのは悲しいが、逆に増えることにはなにも変わらない。

 先ず卵黄と砂糖、それに牛乳をミックスされた液体にパンを浸す。パンの耳はもちろん取り除いていない。取り除くとするなら、それは焼いてからのほうがいいだろう。

 それがしみこむまで漬け込んだあと、フライパンで焼き上げていく。甘い香りが店内、さらには店外へと広がっていく。ああ、この香りを嗅いだだけで涎が出てしまう。


「いやあ……本当にいい香りだね。ほんと、さっきラーメン食べたばかりなのにお腹空いてきちゃったよ」


 そうだろう、そうだと思う。俺もハルの意見に賛同だ。確かに俺も腹が減っている。まあ、腹ごなしに歩いていた――と言えばそれまでだが、しかし俺は消化が早いらしくて、もう腹の音が鳴っている。

 ハルと俺が注文したそれが来たのは、それから僅か数分のことだった。耳を切り落とし、半分に切られたフレンチトーストに挟まっているのはポテトサラダだ。中身は人参とカウスタール、ブロッコリーも入っている。鶏肉をほぐしたものも入っているようだ。

 俺はありがとうと店員に一言告げて、両の手に抱えているフレンチトーストサンドの一つをハルに手渡す。


「おっ、サンキュー」


 そう言ってハルは一口。

 ハルは何を言うまでもなく、笑顔でその味を表現した。

 それを見て、彼は美味いのだろう――そう思いながらフレンチトーストサンドを一口。

 直ぐに甘さとポテトサラダに含まれる塩気が口の中に広がった。フレンチトーストはもともと甘いが、砂糖が少し多めに入っているのか少々甘めになっている。対してポテトサラダは塩気が多めになっている。きっとフレンチトーストの味と合わせているのだろう。

 ポテトサラダはマヨネーズが多めになっているらしい。マヨネーズはよく何にでも合う。だからといってコーヒーとかパフェとかにたらふく入れている人もいるが、それはちょっと危険すぎる。血液の代わりにマヨネーズが流れているんじゃないか、って思うくらいだ。

 マヨネーズが多めになっているのは、まあまあの味だ。酸味が際立っていないのは新鮮な卵からマヨネーズを作っているからか、或いは甘味で酸味をかき消しているのか解らないが、そのマヨネーズの口当たりはとてもまろやかだった。それが甘味とマッチして、完璧な味を表現している。もしかしたらマヨネーズの多めになっていることはあえてこうしているのかもしれなかった。

 レシピを聞きたいところだが、そこはお店だ。まあ、聞いてもはぐらかされるのはオチだろう。しょうがないので、自分で考えることにしよう。メモに具材を凡て書いておく。

 そんな、時だった。


「おい、お前ら旅団の人間だよな?」


 悪寒がした。文字通り、寒気がした。その原因は背中から。

 振り返るとそこに立っているのは、壁だった。いや、違う。壁と思わせるような巨大な人間だ。強いて言うなら、筋肉だるま。大きなコートをつけているようだが、その上からでもわかる隆起した筋肉を持っていた。

 男は丸坊主で、人相の悪い目つきをしていた。その目つきで俺とハルを睨みつけていた。


「答えろ。お前たち、旅団の人間で相違ないだろう?」


 若干丁寧に言った。

 それでも、どうしてこんなに唐突に言われるのか解らなかった。なにかわるいことをしてしまったのだろうか。いや、そうだとしてもこんな急に敵意むき出しの状態で話しかけてくるとはおかしい。確実に戦闘を持ちかけてくる。


「……そうだ、僕は旅団の人間だよ」


 答えたのはハルだった。

 迂闊だった。どうしてハルははじめに自分の素性を明らかにしてしまったのだろうか。相手の状況が理解できていないこの現状でそれを相手に教えるのは自分の首を絞めるに等しい。いったいハルは何を考えているんだ……?

 男は笑みを浮かべながら、ハルの前に立った。ハルと男の身長差は拳二つ分。かなりの巨漢だ。


「馬鹿だな。お前、そう簡単に自分の素性を明らかにしちまうんだからな。諍いがあったとき、それじゃ負けちまうぜ?」

「……心配してくれているようで、嬉しいね。別に男のファンは好きじゃないけど、そう言ってくれるのならばその気持ちは素直に受け取っておかなくちゃね」


 おいおい。どうしてあいつはあの状況で煽っていられるんだ? あんな見た目単細胞な悪役なんて煽られたら何をするのか一発で解るだろうに……!

 そして、案の定男は青筋を立てて顔を震わせていた。ほうら、見たことか。


「てめえ……黙っていればよかったのによ」

「ああ、一応言っておくけどさ」


 ハルは男の言葉を若干無視するように自分の顔の前に一本指を突き立てた。


「僕はルブートの顔も三度まで、って言葉が嫌いでさ? どうしてルブートは二回まで許してしまうんだろうね? まあ、それはカミサマだから、そういう特殊な存在だから、特殊な基準があるのかもしれないけど、僕から見れば至極くだらない。そういう言葉があるから世界は悪が蔓延ってしまうっていうのにさ」


 男は痺れを切らしたのか、ハルに向かって拳を振り下ろす。

 あわや、ピンチ――! 俺は思わず目を瞑ってしまった。



 ――しかし、いつまで経ってもその拳はハルの頭に落ちることはなかった。



 音が聞こえなかったからだ。男の呻き声めいた声が聞こえて、何があったんだと俺は目を開いた。

 そこにあったのは驚きの光景だった。

 ハルが、男の腕を掴んでいたからだ。

 それも、片手で。

 男もそれには予想外だったようで、目を丸くしていた。

 ハルはそのままの顔で、言った。


「ねえ、知っているかな。人間の骨は簡単に折れてしまうんだ。特に腕かな。関節が絡んでいると、簡単だよ。その逆に過大な力を加えてやればいい。そしてその力は普通の力で構わない」


 キシキシキシ、と男の腕が軋んでいく。


「お、おい……? いったい何をする気だ……?」

「君もどうしてか知らないけど、旅団を狙ったんならこれくらいは理解してもらわなくちゃね。これからも旅団を狙う人間がいるだろうし、ともかくこれは『見せしめ』だ。旅団に逆らえばこうなる……それを示したものだよ」

「ま、待てよ! そんなことしたらリージアはあっという間に人権を無視したとして世界から攻撃を受けるぞ!! それでも……」

「そんなこと構わないよ」


 はっきりと、くだらない言葉のように、吐き捨てた。


「そんな言葉、子供の戯言だ」


 そして。

 ボキリ、と鈍い音があたり一面に響いた。

 それから一瞬遅れて、男の絶叫。

 それを聞くまでもなく、ハルは耳を塞ぐ。


「うるっさいなあ。大の男が骨を折られたくらいでぎゃあぎゃあと。その口も塞いでやろうか。ああ、いや、気管を潰しちまうのもありだな」


 そう言って、ハルは右手を顔のところに掲げた。

 刹那、右の手のひらから炎が現れた。

 手のひら大のそれは、手のひらに浮かんでいた。ゆらゆらと、風を受けて揺らめいていた。


「お、おい……それをどうするつもりだよ……?」

「気管に突っ込んで気管を焼く。そうすれば息もできないし声も出ないだろ? さっきみたいにぎゃあぎゃあ喚くこともない。……言っとくけど逃げるなら今のうち」


 それを聞いて男は急いで立ち上がり、踵を返して逃げ出した。

 ハルは溜息をひとつついて残りのフレンチトーストサンドを口の中に放りこんだ。


「あーあ。興ざめだ。とにかく団長に報告しないと……」

「おい、どういうことだ?」


 俺は話についていけなかった。理解できなかったのだ。

 だが、ハルは俺の腕を掴むと、


「そんなことより旅団のある拠点に戻るよ。おおかたもうみんな戻っているはずだし、きっとみんな何らかの被害を受けているはずだ」

「どういうことだよ……!」

「世界には『調べられて』困る人間がいるってことだ」


 そう言って。

 俺とハルはその場所から走り去った。


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