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異世界レストランガイド  作者: 巫 夏希
リージア王国編
12/23

ラーメン

 ハルの言う通りだった――俺はディクスの表町に入って思い知らされることとなった。

 まず、至る所にラーメンと書かれている看板が掲げられている。ラーメン激戦区、といえば聞こえがいいが客取りはまさに戦争めいたものと化していた。


「すごいな……。噂には聞いていたが、まさかディクスのラーメン戦争がここまで顕著なものだったとは……」


 俺はディクスに来たことは無い。だが、噂だけは知っていた。この町のラーメン事情については。

 そもそもこの町は中心部に堂々と建っているブランシュ・インダストリィ本社ビルから伸びる根のように構成されている。中心部に近ければ近いほどブランシュ・インダストリィの息がかかっており、安泰だと言われている。だが、裏を返せば中心部から遠ければ遠い場所はブランシュ・インダストリィから見捨てられた土地である。

 むしろ、ブランシュ・インダストリィはそれを半分見捨てている。しかし完全に見捨てるとそういう人間がいなくなってしまう。そういう人間がいなくなってしまうことは、ブランシュ・インダストリィの支配上、大変不利益なこととなるのだろう。だから、そういうのを残している――まあ、あくまでも眉唾物の噂だが、そういうのが知れ渡っているのがあのゴウゴウと音を立てるブランシュ・インダストリィだ。


「ブランシュ・インダストリィには黒い噂があるって聞くよね」


 ハルは少しだけトーンを下げて言う。それに従うように俺も耳をそばだてた。


「俺も噂の範疇では聞いたことがあるが……やっぱり悪い企業だってことか?」


 その言葉にハルは頷く。何となくではあるが、彼の眼鏡がキラリと輝いたような気がした。


「ブランシュ・インダストリィは巨大企業だからね。この町だけじゃない。今やユニやトロワといったほかの町まで支配を強めている。だが、それを国王は止めることは出来ないんだ。ブランシュ・インダストリィに流れる悪い話はあくまでも噂の範疇。噂ということだけで国軍を動かしたらそれこそ戦争に発展しかねない。ブランシュ・インダストリィの影響力は君だって一回は耳にしたことがあるだろう? ほかの国にも商品を輸出しているんだ。特に貴族層に、ね」


 ブランシュ・インダストリィを攻撃したらほかの国が黙っちゃいない……ということか。

 辛気くさい話をしているうちに、ラーメン屋に辿り着いた。選んだ理由は単純明解、そこが一番空いていたからだ。ハルにホットサンドを一つあげてしまったからか腹が減ってしょうがない。

 ラーメン屋の名前は『いっこく』と言った。中に入るとやはり客は少ない。まぁ、先程のダクトから出てきた匂いからして極端に不味い訳でもないと思う。

 店主は……明らかに子供だった。いや、俺の目が疲れていてそういう風に見えるだけなのかもしれない。そうだ、きっとそうなんだ。


「いらっしゃいませ! ご注文はメニューをじっくり見て考えてくださいね!」


 ……その舌足らずな声を聞いてもなお、店主が子供なのではないかという疑惑が拭いきれなく――寧ろそれは確信となった。

 そんなことはどうでもよかった。外見よりも美味いラーメンを作ってくれるかどうか……それが問題だ。


「とりあえず、ラーメン二つ。味は普通で」

「了解。ちょっと待っててくださいなー」


 そう言って、店主(もう店主としてしまって問題ないだろう)はラーメンの麺をゆで始めた。茹でるためには網に入れる。湯切りを行うためにはそれが便利だからだ。そして、そうすることで一番効率がいいからである。




 しばらく休んでいるとラーメンがやってきた。ラーメンはマキヤソースベースのスープらしい。チャーシューと煮玉子がトッピングされている。

 手を合わせ、先ずは一口。

 マキヤソースベースのスープが麺に絡んでなかなかの味だ。麺はもちもちとしていて噛みごたえがある。

 次にチャーシューだ。チャーシューはとろとろだ。肉が口に入れるだけで崩れそうになっている。味付けはマキヤソースをベースにして様々な香菜を入れたのだろうか、香りがほのかにそういう感じがする。

 煮玉子も同様、きっと同じスープで煮込んだのかもしれない。黄身が半熟なのがなお良い。半熟だとついスープに溶かしてしまう。こうすることでまた違った味わいが生まれると、勝手に思っている。


「ごちそうさま」


 あっという間に食べ終わってしまって、しかもスープまで飲み干してしまった。

 それを見て笑顔で頷く店主。

 二人分で千八十エンを支払って俺たちは外に出る。


「いやー、美味かったなあ……。メモしておかなくちゃ……」


 そう言って俺はメモ帳を取り出し、先ほどのお店の情報をメモしていく。


「君も大変だよねえ……。世界のレストランガイドを作る、ったって。別にここまでやらなくてもいいのに」

「何を言っているんだ。こういうところだからこそ、だよ。寧ろこういうところで美味しいご飯を覚えておくためにメモするのも一興だろ?」


 そうかなあ、とハルは言う。

 まあしょうがない。徐々に歩み寄っていけばいい。

 ……さて、そういえばあのウィリアムってやつは、俺たちが作業をしている合間にもそそくさと秘書めいた女性と去っていったが、ありゃどこへ行くつもりだったんだろうなあ。

 気になるが、俺は俺の仕事をこなさないといけないな。

 そう思いながら、俺はハルとともに表町の散策を再開した。



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