第八話 世界をつなぐ国
■
トルクゥールという巨大な王国がある。
首都は、海に面した宝石の都、イスタル。
獣人の住む広大な森と、豊潤な海に囲まれた王国は栄えた。
浅黒い肌と多色の瞳と髪の色を持つ、精悍な民が暮らす土地。
しかし、呪いと魔物によって王国は唐突に崩壊した。
それだけなら、この世界ではよくある話。
難を逃れた王子は、生き残りの国民を束ね、周辺国家や獣人族の助けを借りて故郷の土地を魔物から奪還、王国の再興を果たした。
現国王は、中興の王子から数えて8代目。
その血筋には、中興の王子の「人を超えた力」を持った子供が産まれる。
それはクレアと同じ、呪いを超えたものが持つ力。
■
水の街ヴェニスで水のマテリアを獲得した俺たちは、次の目的地、トルクゥール王国を目指す。
道のりとしては、陸路と海路のどちらでも行ける。
陸路だと、馬車を使って1月弱ほど。
海路はその半分程度で行けるが、船の都合があるので、いつでも出発できるわけではない。
今回は、脚を怪我したパルックの事も考え、海路を選択した。
ヴェニスとトルクゥール王国の間には、月に2回の定期便が通っている。
次の出航は、俺たちが漂流した日から数えて一週間後。
「万一の事を考えて」と、ヴァネッサは水泳教室に逆戻りとなったが、結局、10mを泳ぐに至ることはなかった。
どこまで、カナヅチなんだか……。
一方、パルックの傷は5日でふさがった。
本人は、あたしの薬はスゴイのにゃ~ と言っていたが、本当は獣人の優れた体力のおかげらしい。
とはいえ、まだ完治はしていないらしく、歩くときに少し足を引きずっている。
船便は、ヴェニスからトルクゥールの王都、イスタルを結ぶ帆船。
陸路と同じように、海路でも魔物が出没する。
カレーからヴェニスの間の航路では、魔物に出会うことは無かった。
出現確率は稀ではあるが、イスタル行きの航路にも出没するらしい。
イスタルから先は、地道に歩くことになるのだが、そこまではのんびりできる。
明日が出航という日の夜。
ここ数日、クラリネ爺さんがやけに陽気そうだったのが気になった。
「クラリネさん、最近うれしそうですけど、イスタルに何かあるのですか?」
同じことを思ったらしく、ヴァネッサが爺さんに問いかける。
「イスタルには、ワシの義理の兄弟が居るのさ。
会うのは、十数年ぶりになるがの」
爺さんは髭をなでながら、うれしそうに目を細める。
そして、その話をしてくれた。
「現国王、ジア=ハーンは、ワシと同じく、ともにヴァンと旅を行った仲間なのだ」
「え!?」「お父さんが王様と?」
クレアとヴァネッサが驚く。
「あぁ。ヤツは王位継承権は低かったが、強い「力」を持って産まれた。
そのせいで、前王の死後、王位継承がもめにもめてな。
暗殺されそうになったヤツは、しばらく王国を離れることにしたのさ。
たまたま通りがかった、神官の仲間として」
「へぇ~」
トルクゥール王国は一夫多妻制なので、前国王は20人の妻と50人近い子供が居たらしい。
王国の歴史が歴史であるため、年齢の上下や母親の身分だけでなく、「力」の強弱も王の選定の重要な要素になるそうだ。
ジアの「力」は筋金入りで、巨人とも対等に戦えるらしい。
「あとは、こないだ話した通りだ。ワシらはヴァンにおいていかれ、来た道を戻った。
戻った時、トルクゥールでは、王位継承が血で血を洗う争いに発展していた。
ま、それからいろいろあってな。ヤツが王位を継ぐことになったのさ」
「ん?それだけじゃ、爺さんが義理の兄弟ってことにはならないんじゃない?」
クレアが爺さんに突っ込む。
「ジア=ハーンの同母妹、カラ=ハーンがワシの妻だ。
5年前、流行り病がもとで死別したがな……」
「そうだったんですか」
少しさびしそうに語る爺さんを見ながら、人に歴史あり という言葉を思い出した。
俺たちが乗りこんだ定期船は、50mほどのキャラック船。
中央のマストには、ヴェニスが属するイグニア神聖国の旗と、これから向かうトルクゥール王国の旗が左右に並んで翻る。
そして、その下に、船員たちの手で赤と青の二色に染め分けられた旗が掲げられる。
それは、「巫女がこの船に乗っていますよ」という印。
魔物や海賊、過酷な天候。そういった危険が海には付きまとう。
だが、守護霊の存在は、それらを無害化する。
船に乗る人は、その旗を見て安堵する。万歳したり、祝杯をあげる人も居た。
「なんか、恥ずかしいですね~」
旗を見上げて、ヴァネッサが照れながら頭をかく。
「それだけ期待されてるってことさ。巫女様」
クレアがヴァネッサの肩を叩きながら笑いかける。
俺たちの部屋は、最上級のスイートルーム。
ずいぶんと、賓客扱いされているものである。
スイートルームは、大きめのリビング的な部屋と、複数の個室に分かれている。
各人が自分の個室を決め、荷物を置いてからリビングで落ち着く。
あと小一時間ほどで出航。
「さ~て、いつものお呪いっと」
クレアは船酔い対策に【浮遊】の魔法を唱える。
【浮遊】の魔力消費は、浮いている高さに比例する。
今回の場合、高さはほとんど無いので、魔力消費は少ない。
「クレア~、船酔いの薬ならあるにゃよ」
「いやぁ、船酔いの薬って眠くなるだろ? でも、夜のぶんだけもらおうかな。
寝てて起きたら気分最悪ってのは避けたいし」
「毎度ありにゃ~」
さっと手を出すパルック。
「え?お金とるの……」
「クレアが市場で荒稼ぎしていたことは、とっくに知ってるにゃ~。
お仲間価格でちゃんと割引しておくにゃよ」
「はいはい」
クレアは苦笑しながら、何枚かの硬貨を出してパルックに渡す。
船を待つ間の5日間。クレアは魔法で氷を作って荒稼ぎしていたらしい。
暑い夏の季節。傷みやすい魚介類を扱うには、氷はひっぱりだこ。
「俺も真似しておけばよかったな~」
「ふふふ、考え出すだけでなく、売り出す事も含めて、商人の手腕なのさ」
「うんうん」
クレアの横で、パルックがうなずく。
「さぁて、あたしはもう少し船酔いの薬で荒稼ぎしてくるにゃよ」
脚を引きずりながら歩き出すパルックを、クレアが呼びとめる。
「パルックはまだ怪我してるだろ?
うちがやっといてあげるから、あんたは休んどきなよ」
「それはありがたいにゃ~。
じゃ、説明するにゃね。これは原価が……」
2人の商売人が話し始めたのを横目に、俺はその場を離れた。
クレアは商人の出身。子供の頃から店番をしたりして、両親にいろいろと教わっていたらしい。
この旅が終わった後、彼女たちは組んで商売でもすればいいのに。
「ヴァネッサは、旅が終わったら何をするんだ?」
「う~ん、あんまり考えてなかったですね。今までは、巫女になるのが目的でしたし。
タクヤさんは?」
「俺は、どうしようかなぁ」
口ではそういったが、心の中では、現代知識チートをやろうと決めている。
俺の着眼点で新製品を作り出し、クラリネ爺さんの持つ貴族のコネでこの世界に無いものを売り出せば、きっと儲ける事ができる。
「ところで、巫女って、旅を成功させたら、
カレーの時みたいに、忙しくなったりするんじゃないか?」
ヴァネッサの表情が笑い顔のまま固まる。
あのとき、きついコルセットにドレスを着せられて、豪華な食事が出ていても、ほとんど食べられなかったのがトラウマになっているらしい。
そこへ、クラリネ爺さんがリビングに入ってきた。
爺さんはあれで洒落たところがあり、ヴェニスで新調した服に身を包んで、貴族っぽく見える。
「クラリネ爺さん、巫女が旅を成功させたら、どうなるんだ?」
「成功させるというのは、アガルタが無くなるという事だからな。
今まで成功した奴は居ないからわからん」
「そっか、みんな時間切れで逆戻りってことか」
「そうだな。船にしても、ここまで航路が整備されたのは最近になってからだ。
キャラックやキャラベルという形式の船は、ワシの守護霊、シンヤが図面を引いたものでな。
そのおかげで、一気に航続距離が広がって、航路が整備された」
「すげぇな、爺さんの守護霊」
それは、まさしく現代知識チート。
俺も負けていられない。ドレッドノートでも設計するか。
「ま、そういうこともあって、時間切れというケースが多かったのだ。
第二に、トルクゥールから向うは、魔物も強く、多くなってくる。
街と街の距離も開く。街までは戻れたものの、帰れなくなった というのがあるだろうな」
「爺さんは戻れたよな?」
「まぁな。自慢じゃないが、ワシ自身、それなりの剣士だと自負しておる。
それに、ジアという相棒が居た。クレアと同じで、ジアは遠くから魔物を見つけて回避できたからな」
爺さんは、昔はフランク王国で一、二を争う剣の達人。
ジアは、クレアと同じく、呪いの力を取り込んだ、トルクゥールの現国王。
ある意味、人類最強タッグなわけだ。
「そうなると、帰りの事も考えないとな」
「あぁ。クレアが居るので大丈夫とは思うが、手紙でジアに相談しておいた。
トルクゥールは、東の大国、シンとも交流があるからな。うまく計らってくれるだろう」
「さすが、クラリネさん、手回しがいいですねぇ~」
ヴァネッサが感嘆の声を漏らす。
爺さんが居なければ、俺たちは今頃、何処をさまよって居たんだろうな。
そんな事を話し合っているうちに、出港の合図の鐘が鳴り響く。
出発する定期便の後ろから、巫女の旗を見て急きょ同道することにした商船がずらずらと行列を作る。
「この船だけなら、風の魔法で加速しちゃうんだけどな~」
船の行列を眺めながら、クレアがつぶやく。
「さすがに、置き去りにするのは夢見が悪いぞ」
「だねぇ。しょうがないから、のんびり行こか」
苦笑いをしてクレアが歩き出す。
本心は、船酔いが嫌だから早く陸地に行きたいんだろうなぁ。
■
出航してから一週間。
何事も無く船旅は続く。快晴と順風に見舞われ、予定よりも早くイスタルに着くそうだ。
取り立てて何をする事も無い船の旅。
皆は足を怪我したパルックのために、何かと世話をやいてやり、
パルックはそのお礼に、行商旅行の話を面白おかしく聞かせてくれる。
同じ部屋で毎日顔を会わせている事もあって、たちまち彼女も気心の知れた仲間になった。
その日、毎日恒例の甲板での日向ぼっこをしてたパルックが、いきなり飛び起きて船べりから水平線を見渡す。
「う~ん、なんか嫌な予感がするにゃ」
「お、パルックよくわかったね。あっちの方に大きな魔物が居るよ。か~な~り遠いけどね」
俺たちは、クレアの指さす方を見る。
目を凝らして、水平線を見つめるが、何も見えない。
「魚っぽくはないね。でっかい、イカかなぁ」
「それは、クラーケンですね。こないだ神殿の図書館で見ました」
にわか海博士のヴァネッサが、目を細めながら答える。
「退治しておきたいところだが、いけそうか?」
クラリネ爺さんがヴァネッサに問う。
「クラーケンって、本によって大きさが3kmだったり十数mだったりとまちまちなんですよね」
「さすがに、3kmは無理だけど、この船くらいならなんとかなるだろ。
ひとっ走り見てくるけど、無理そうだったら、速めに退避しよう」
「そうだな。ワシはちょっと船長と談判してくる」
「じゃ、こっちも行きましょう、タクヤさん」
「おう!」
ヴァネッサの詠唱を待つのももどかしく海に飛び込み、海竜形態に変わる。
海水が、遠方の雑音を伝えてくる。魔物までの距離はざっと5kmというところ。
水のマテリアを獲得したことで、ヴァネッサの力は格段に上がっているものの、
それだけ遠いと、移動時間を除いて戦闘は2、3分ってところが活動限界。
意識を集中して水の流れを操り、急加速で魔物に接近する。
そこに居たのは、体長20mほどの巨大なイカ型の魔物。
こちらの接近を感知したのか、体表を白黒に明滅させながら、威嚇してくる。
「【音噴射】」
指向性の超音波を、眉間(?)目がけて最大出力で浴びせかけてみる。
以前TVで見た、クジラVSダイオウイカの仮想バトルの戦法。
予想以上にあっけなくイカ魔物は昏倒した。
確か、昏倒時間はあまり長くないはず。
急いで、イカの武器である触腕の付け根に噛みつく。
噛みついた部分は、溶けるように浄化され、千切れた触腕が何処かに漂っていく。
さらに噛みつきを繰り返して他の触手も潰していくが、相手が大きすぎて時間がかかる。
なんとか、全ての触手とヒレを潰した頃に、イカが意識を取り戻した。
イカは、咄嗟にイカスミを吹きだす。
そして、外套膜を膨らませジェット水流を出して、迷走しながら何処かへと逃げて行った。
後に残された俺は、イカスミで真っ黒。
だが、それが「呪い」でない分だけ、やつの危険性は低そうだ。
追いかけようとしたとき、時間切れで【具現化】が切れた。
「おかえり~。どうだった?」
「逃げられた。でも足を全部落としたから、しばらくはおとなしくしていると思う」
イカやタコのような頭足類の足は再生する。
魔物も同じとは限らないが、再生するにせよ、全部再生するにはかなりの月日が必要だろう。
「おみやげは、ないのかにゃ?」
「パルック……それは無理だよ。具現化解除したら持ってこれないもの」
ヴァネッサが突っ込むが、それ以前に、猫がイカ食うなよ……。
宣伝はしていなかったが、俺たちが巨大な魔物と戦った話は尾ヒレをつけて広まっていた。
足が100本あるだの、全長3キロだの、あり得ない数字が跋扈している。
■
さらに5日後の夕方、無事にイスタルの港に辿り着いた。
まだ少し陽が残っているので暑いが、日本のような蒸し暑さは感じない。
夕方には涼風が気持ちよく吹いてくる国。港は、雑多な人々でごった返している。
特徴的なのは、港に獣人が多いこと。10人に1人は獣人といっても過言ではない。
熊男がデカい荷物を軽々と運び、ウサギ娘が船乗りたちと談笑しながら酒場の宣伝をしている。
「さて、今日のところは、何処かの宿に泊まるぞ」
「あれ、王宮には行かないの?」
クレアがクラリネ爺さんに確認する。
「さすがに、約束をしているわけでも無し、国王の前でそんな普段着じゃまずいだろう。
明日は礼服を買いに行くぞ」
「窮屈な服はいやにゃね~」「ですね~」
ヴァネッサとパルックの意見が合致する。
「安心しろ、ここの礼服は、フランク王国のように堅苦しくは無い」
「そういえば、そうだったにゃ」
「パルックは、此処に来たことがあるの?」
「あたしは、一応、この国の出身にゃよ~。といっても、この国の北にある黒森だけどにゃ」
このトルクゥール王国の北には、巨大な森林が広がる。
かつて、そこは大きな湖で、干上がった後に森になったらしい。
広さは、トルクゥールの国土の1割ほどを占め、その森が獣人族の一大拠点。
「そっかぁ、パルック、里帰りしよう。わたし、獣人族の村を見てみたい」
ヴァネッサが目をきらきらさせながらパルックに詰め寄る。
「まぁ、どうせここから陸路になるから、途中で食糧の補充も必要だし、ちょうどいいな」
クラリネ爺さんも賛成する。
そんな事を話しながら、ざわつく市街を歩く。
ヴァネッサは、出店で買い食いをし、クレアは商人の目で物価を調べている。
人々の浮いた気分に流され、俺たちは、その男が雑踏に紛れて、近づいてくるのに気が付かなかった。
「失礼ですが!」
その男は、いきなり俺たちの前に飛び出し、緊張で上ずった声で絶叫する。
周囲が急に静かになり、その男と、話しかけられた俺たちを見つめる。
男は赤と緑で染め分けられた、この国の憲兵の制服を着ている。
年齢は30半ば。
肩章に星がいくつもあるところを見ると、中級指揮官なのだろう。
「王弟、クラリネ様とお見受けしますっ!ぜひ、ご同道致されたく!」
絶叫に次ぐ絶叫で、俺たちの周りには野次馬が大量に集まってきた。
酔ったおっさんが、酒瓶片手に焼き鳥喰いながら俺たちを見ている。
さすがの爺さんも、この仕打ちは予想外だったらしい。
暑さのためだけでなく冷や汗が首筋ににじむのが見えた。
「ち、違う と言ったら?」
「宿屋も酒場も、路地裏も、すべて憲兵が見張っております!」
とどめの一言に、爺さんの肩が力なく落ちた。
「ヤロウ……、やりやがったな」
周囲から続々と憲兵が駆けつけ、気が付いた時には、俺たちは包囲されていた。
「わかった、わかった、行くよ。一緒に行けばいいんだろ」
爺さんが不貞腐れながら、しぶしぶ彼らの後について歩く。
「やったぁ。ごちそうご馳走」
「ふかふかのベッドにゃ~」
ヴァネッサとパルックは、手を取り合って無心に喜んでいる。
「あ~、あのさ」
クレアがそんな二人に語りかける。
「これから行くのは、王宮なんだよね?」
「そうです」「そうにゃ」
「この場違いな服で?」
クラリネ爺さんは、薄緑のチュニックに茶色のなめし皮のズボン。
パルックはいつもの半そでシャツとショートパンツ。
クレアは、髪を後ろに束ねて、七分丈のパンツウェアとだぶだぶしたシャツ。
ヴァネッサは、着やすさ重視で選ばれた、干物女ご用達のゆるゆるウェア。
フランク王国を基準として王宮の晩餐会を考えると、クラリネ爺さんでもドレスコードが危ない。
他の奴らに至っては、もはや喧嘩を売ってるレベル。
「大変だなぁ~」
他人から見えない俺には関係ない。彼らが笑いものになっている間にご馳走を頂くか。
「タクヤ、王様は呪い持ちみたいだから、アンタのことも見えるよ」
「うっ」
俺の服装は、縞模様のYシャツにスーツのズボン。
着替えようがないのだから、仕方がないといえば仕方がない。
「だから、クラリネさんがあんなにしょげていたんですね……」
「爺さん、あれで洒落者なところがあるから」
「言われてみると、確かにこれは不味いのにゃ~」
我々は、一転して不幸のどん底のような顔で、王宮へと向かった。
■
王宮は、アラブ系っぽい玉ねぎのついた、巨大な建物。
交易で入った富が惜しげも無く投入されているようだ。
通されたのは玉座の間。毛足の長い赤いじゅうたんが敷かれ、足音は立たない。
両側には、憲兵がずらりと立ち並んでいる。
玉座でだらしなく胡坐をかいているのは、浅黒い肌の色をした、アラフォーの色男。
ターバンとマントは国王を表す深紅に染め上げられている。
手入れされ、整えられた髭が、彼のイケメンぶりを引き立てる。
国王は、俺たちを順に一瞥し、クラリネ爺さんの所で目を止めて、ニヤリと笑った。
「よぉ、義弟殿。ずいぶん老けたようだが、元気かね?」
「あぁ、義理の兄。元気にやっとるよ」
「それは重畳。ボケてるんじゃないか と心配していたぞ」
ひらり、と玉座から飛び降りて、クラリネ爺さんと固い握手を交わす。
「懲りずに守護霊の旅とは、つくづく趣味の無いやつだな」
トルクゥール王は、ヴァネッサと俺を見比べる。
クレアと同じく、呪い持ちだから俺の事が見えるのだろう。
「俺様が、トルクゥール国第23代目国王、ジア=ハーンだ」
マントを翻して自己紹介をする。その姿さえ絵になるイケメンっぷりだ。自爆しろ。
「そうそう。こいつは、ヴァネッサ=ヘイスカリ。ヴァンの娘だぞ」
クラリネ爺さんが横からヴァネッサを紹介した。
「あぁ!?なんとまぁ、懐かしい名前を聞くなぁ。
息子なら代わりにぶん殴ってただろうが、娘だとそういうわけにもいかん。
ま、ここは俺様の国だ。うまく取り計らってやるよ」
国王はヴァネッサに笑いかける。
そういえば、国王も爺さんと一緒に取り残されて待ちぼうけしたんだっけ。
そのあと、クラリネ爺さんが、順々に俺たちを国王に紹介する。
国王は笑いながら、我々と固い握手を交わす。
霊体の俺にも、手を伸ばしてきたので困惑していたら、向うからきつく手を握りしめられた。
「俺様は特別だからな。守護霊に触ることができるのさ」
国王は玉座に戻りながら、華麗なウィンクをする。
「義弟殿。面白い話が2つあるぞ。うちの国にも、巫女が現れた。
名前は、カリマ。俺を殺そうとした異母兄の娘だ」
「カリマ?あぁ、あのときの赤子か」
「そうだ。ヤツは、自分の命ごいのために娘を売り渡したのさ。
カリマは強い呪いの力を持っている。俺よりも強いかもしれない。
この国は、女に王位継承権は無いのでそこのところは安心だがな。
そのカリマの元に、守護霊が現れた」
「巫女、か。その娘は、いまどこに?」
「具現化を習うために、火の神殿に行かせている。場所は知ってるだろ?」
「あぁ、もちろん」
「もう一つは、我々の弟、ガル=ハーンに絡む事だ。
こっちは直に見ないと、面白みが伝わらん。ガルが戻ったら聞かせてやろう」
その後、俺たちは食堂に通された。
食堂と言っても、国王の私的な場らしく、テーブルに着くのは俺たちと国王の6人だけ。
多数の給仕が周囲に居て、たくさんの食べ物や飲み物を持ってくる。
ご丁寧なことに、俺にもひとつ席が与えられていて、ちゃんと給仕してもらえる。
普通の人には俺の姿は見えない。
いつもは、ヴァネッサに代理で頼んでもらって、それを横から食べていた。
だが、此処では、俺担当の給仕さんが、頑張って給仕をしてくれるのがとてもありがたかった。
国王は身振り手振りを交えながら、俺たちに昔話を聞かせてくれる。
爺さんが、魔物の酩酊毒にやられて素っ裸になった話。
妹のカラ=ハーンと爺さんとのなれ初めの話。
カラが国を飛び出して、フランク王国まで爺さんを追いかけて行った話。
俺たちは、船旅の疲れを忘れるほど、笑い、飲み、そして食べた。
食事会がお開きになった時には、既に深夜になっていた。
召使に案内されて、割り当てられた寝室へと向かう。
「カリマさんは、どんな守護霊なのでしょうね?
王様は教えてくれませんでしたが」
「まだ、形を持っていないのだろうな」
クラリネ爺さんが答える。
「「形が無い?」」
俺とヴァネッサの声がハモる。
「お前たちだって、最初はそうだろ?
守護霊は、霊体で我々の前に現れる。実体に具現化させるまで大変だったろ」
「……、あ、いや、お父さんの真似してみたら、できちゃった」
申し訳なさそうに、ヴァネッサが答える。
成功して良かったなぁ。
近所のおばさんの前で、【具現化】!とか叫んで、何も起こらなかったらドン引かれるぞ。
「お前はいろいろと型破りだな。
最初に出会ったとき、マテリアの事を知らないのは、
教えられた事を右から左に忘れていただけか と思っていたが」
「そ、そうなんですか?」
「そうだ。普通の神官や巫女は、最初のマテリアを獲得して具現化するのにも
お前が風や水でやったように、神殿に行ったり、元神官に教わる必要があるのさ」
爺さんは呆れたように俺たちを見比べた。
あてがわれた部屋は、バスルームつきの超豪華ルーム。
女性部屋では、お風呂にはしゃぐ声が聞こえる。
爺さんが風呂に向かうのを横目にみながら、俺は夢の中へと落ちて行った。




