第四話 守護霊を嫌いな猫
■
魔女クレアが加わり、3人と1霊で旅を続ける。
この世界、魔法というものは極めて稀な存在らしい。
神官や巫女の「具現化」を別とすれば、守護霊と一部の魔物、そしてクレアのようなケースの人間のみ、使用できる。
彼女の二人の弟たちは、クラリネ爺さんの紹介状を持って、クーヴァーの町へ。
彼らは普通の人間であり、魔物と戦う力を持たない。
そこで、クーヴァーで働きながら、クレアの帰りを待つことになった。
少し狭くなった荷馬車に揺られて、我々はようやくこの国の王都、港町カレーに辿り着いた。
港からはひっきりなしに何隻もの船が出入りし、この町が貿易によって成り立っているのがよくわかる。
「大きな街ですねぇ」
現代社会出身の俺にとっては、海外旅行などで接するような、歴史のある街並みなのだが、田舎出身のヴァネッサにとっては、最新の大都会なのだろう。
この街に住むクラリネ爺さんの知り合いの商人の船で、海路を使って水の都ヴェニスを目指す予定だ。
目的は、ヴェニスにある水の神殿で、水のマテリアを獲得すること。
石畳で舗装された大通りには両側に多種の出店が広がり、声を枯らしていろいろな商品を売ろうとしている。
屋台からは、焼き魚や焼き菓子等の、おいしそうな匂いで両側から攻め込んでくる。
「うわぁ、美味しそうな焼き魚です、こっちはから揚げ」
「ヴァネッサ、あんたも女の子なんだから、こっちのブローチとかは?」
「え~、食べられないものはちょっと」
女性2人がうれしそうにウィンドウショッピングをしている。
クレアの顔に、呪いの痕跡は無い。
だが、光の加減によって右目がルビーのように輝いてしまうので、まだ眼帯をつけている。
「あっち、人がたくさん集まってますね。行ってみましょう」
露店の中に、ひときわ客を集めている店があった。
ヴァネッサが一気に走って行ってしまったので、我々も野次馬をしに行く。
「にゃにゃ~ん。
本日の目玉商品はぁ、どんな傷もたちどころに治す、薬師パルック特製の傷薬ですにゃあ」
露店でたくさんの客を集めていたのは、猫の耳としっぽをもった少女。
年齢的には、ヴァネッサと同じくらい。
黄緑色の髪の毛をショートカットにして、赤色のリボンを結び、動きやすそうなショートパンツを履いている。
緑色の眼は活発そうに辺りをくるくると見回し、自分の売り口上を聞く客たちの反応を見ている。
猫娘は、敷き物を引いて、その上にいくつもの薬を並べていた。
色とりどりの小びんに入った薬や、大きな葉っぱに包まれた薬、何だか解らない黒こげの物体まである。
「パルック、その薬、すげぇ効いたよ。あとで兵舎に持ってきてくれよ~」
通りすがりの兵士が猫娘に話しかける。
「解ったにゃ~。毎度ありぃ」
猫娘が兵士に愛想をふりまく。
「兵士さんも買ってるんだ」
「そんなに効くのなら俺にもくれ」「こっちも」「こっちは3個」
たちまち、猫娘の薬は飛ぶように売れていった。
「良い薬であれば、我々も買っておきたいのう」
クラリネ爺さんが人ごみをかき分けていく。
我々も、人をかき分けながら進む。
俺は霊体なので、先回りしてふよふよと猫娘のそばまで飛んで行った。
霊体時は、ヴァネッサの周辺20mくらいなら、自由に移動ができる。
もちろん空も飛べるし、壁や扉もすり抜けられる。
元の世界ではお目にかかれない「リアル猫耳」と「リアル猫尻尾」が心をくすぐる。
もう少しで手が届く辺りまでたどり着いた時、
「ひゃうっぅ」
と変な声を出して、パルックが飛び上がった。
「うう、なんか、いやあな感じがしたにゃ」
彼女はきょろきょろと周りを見回した後、急に真面目な顔になる。
ネコ目が細く絞られ、怪しく光り始めた。眼に魔力の流れが集まっていくのが解る。
「おい、傷薬まだあるか?」
その時、追いついてきたクラリネ爺さんが猫娘に話しかけた。
猫娘の集中が切れ、魔力の流れも消える。
「はいはい、ありますよぉ」
「少し多めに貰いたいんだが大丈夫か?金ならある」
「明日で良いのなら用意しとくにゃ。たくさん必要なのにゃ?」
「あぁ。こいつが巫女なんでな、旅をしているのさ」
爺さんがヴァネッサを指さす。
「へぇ、巫女様ですか……。
わっかりました。明日、またここで会いましょうにゃ」
猫娘の眼がさっきとは違う光り方をしたが、一瞬で営業スマイルに戻った。
「ところで、さっきの女の子、何者なんだ?猫耳と尻尾があったぞ」
ヴァネッサに彼女のことを尋ねてみる。
「獣人族ね。タクヤさんは見たことが無いの?」
「あぁ、初めて見た。俺の住んでた所には居なかったな」
「なんでも、ずっと昔、飢饉で何も食べるものが無くなったときに、
やむを得ずにアガルタに呪われた動物の肉を食べた人が居たんだって。
そしたら、身体に変化が出て、森に住むようになった って聞いたな」
「うちも、そうなるかもしれないにゃん」
クレアが手で耳の真似をしながら、猫言葉を使う。
「……」「……」「え、えと、そうなったら大変だにゃん」
ヴァネッサがなんとか返したが、俺と爺さんは咄嗟に反応できなかった。
「男2人、あとで覚えてろよ」
クレアがじと目でこっちを睨む。
「ゴホン。言い伝えはそうだな。来歴はどうあれ、獣人族は東の方の森に住んでいるぞ」
クラリネ爺さんが話を戻してくれた。
「呪いがらみってことは、クレアのように魔法も使えるのか?」
「いや、魔法は使えないらしい。だが、体力、敏捷性、知覚といったあたりで人並み外れている」
「へぇ。でも何でこんなところまで来るんだろ」
「ここは、温泉で有名な療養地でもあるのだぞ。
小金を持った病人は、大抵一度はここに来る。薬師なら、稼ぎ場ってところだろうな」
確かに、周囲の露店を見渡すと、薬っぽいものの露店が多く並んでいる。
包帯を巻いた人が散見されるのは、もしかすると呪いを隠しているのかもしれない。
「そうそう。私、温泉一度行ってみたかったんです!」
「美人の湯ってのがあるんだって」
何処で手に入れたのか、クレアがパンフレットを見ながらヴァネッサに答える。
「腰痛にも効くし、行ってみるかの」
クラリネ爺さんの賛成もあり、なし崩し的に温泉に行くことになった。
ここの温泉は、大きな木造建造。
入口に入場料を徴収する場所があり、その奥は広間となっている。
軽い食事や酒を提供する店が並び、テーブルや椅子が置かれ、自由に飲食ができる形式だ。
ここまでは男女共通。広間の奥に男湯、女湯の入り口が別々に設けられている。
「えーと、俺はどうすれば?」
「タクヤさんは男湯に行けばいいじゃないですか」
「いや、そもそも温泉に入ってどう って事がないんだが」
俺は霊体なので、お湯につかってもありがたみがない。
「他の人から見えないからって、女湯を覗くのはダメですよ?」
「うちも注意しておこう」
にやにやしながら、クレアが眼帯を外すまねをする。
「じゃ、先にいっとるぞ~」
クラリネ爺さんはさっさと男湯の方へ行ってしまった。
しょうがないので、温泉宿の屋根でぼんやりと待つ事にした。
広間で待っていても、他の人の食べ物がうらやましくなりそうだからだ。
このあたりはヴァネッサの20m範囲内なので、重力の影響を無視して自由に動ける。
あくびを噛み殺しながら、周囲を見渡すと、茂みに隠れながら女湯を覗いている人影を見つけた。
「ん~、異世界にも居るところにはいる というか……。どうするかなぁ」
霊体を見る事が出来て、声を聞ける人間は限られている。
覗き魔に注意したところで、相手は気が付きもしないだろうし、係員にチクることも出来ない。
かといって、ヴァネッサ達に言おうにも、女湯に入ったら後が怖いし、男湯は20m範囲から外れる。
「まぁ、顔だけでも確かめておくか」
ふよふよと飛びながら近寄ると、それは猫娘パルックだった。
白い手ぬぐいで頬かむりをして顔を隠しているが、耳としっぽの模様で遠くからでもすぐわかる。
「あいつ、なんでわざわざ女湯ノゾキなんてしてるんだろ。
そっちの気があるのか?それなら普通に入れば良いだけだしなぁ」
そういえば、獣人族は知覚能力に優れていると爺さんが言っていた。
なんとなく不穏なものを感じて、気がつかれないように遠くからパルックを見張る。
彼女は自分のリュックから紫色の小瓶を取り出した。
そして、小瓶を懐に入れて、パルックは女湯に入り、すぐに出てきた。
そのまま、大通りに出てどこかに行ってしまう。
さすがに20m圏内を外れるので尾行まではできない。
しょうがないので、温泉施設の中に入り、男女共通の広間に行ってみる。
予想通り、既に爺さんが風呂から上がっていて、チーズをつまみながらビールを飲んでいた。
爺さんが俺の方を見て、ジョッキを少し持ち上げ、にやりとする。
「さっき、薬師の猫娘が来なかった?」
「いや、見ては居ないな。どうした?」
さっき目撃したことを爺さんに告げる。
紫の小瓶と言ったところで、爺さんの眉間の皺が徐々に深くなっていく。
「それは、ちと問題かもしれん」
そういいつつ、爺さんは自分の手荷物の中を軽く調べる。
「まぁ、さすがに男湯には来ないか」
そこへ、ヴァネッサとクレアが話しながら現れる。
「ヴァネッサったら、地味な服しか持ってないんだから」
「え~、これで十分ですよ」
「お洒落が出来るのは、若いうちだけだよ」
爺さんが苦笑いをしながら、手招きをして彼女たちをテーブルの周りに集め、小声で話し始める。
「今すぐ荷物を確認しろ。紫の小瓶が無いか?」
「あ、わたしの荷物の中にありましたよ。誰かが間違えて入れちゃったんですかね」
ヴァネッサが荷物から小さな小瓶を取り出すと、クラリネ爺さんが間髪入れずにひったくり、懐に入れる。
「このことは誰にも言うなよ。時間が無いので、後で説明する。
ここで、しばらくのんびりしてから、北海亭という宿屋に行け」
爺さんは、ぽかんとしているクレアとヴァネッサに一気に言うと、まだ半分以上残っているビールとチーズをそのままにして温泉から出て行った。
「なんだろ?まぁ、もらっちまえ」
クレアは椅子に座ると、爺さんの残していったビールを美味そうに一気飲みする。
「ぷは~地下水で冷やしてあって、うまいねぇ」
「わたしはこっちを」
ヴァネッサが、丁寧に切り分けられた色とりどりのチーズに手を伸ばす。
その時、大きな音を立てて、出入り口のドアが大きく開かれ、十数人の憲兵たちが入ってきた。
「全員、動くな!」
「はうっ、ごめんなさい」
ヴァネッサがあわててチーズを皿に戻す。
「ここで禁制麻薬の取引が行われているとのタレこみがあった!
隠し立てするとためにならんぞ!」
ガタイの良い、40絡みの憲兵たちのリーダ格が全員に聞こえるように大声で話す。
「おやおや憲兵さん、どういたしました?」
奥から、温泉の主人が出てくる。
「主人、麻薬の売人が取引をしているとの情報屋からのタレこみがあった。
調べさせてもらうぞ!」
憲兵たちはてきぱきと分担して、店員と客たちの荷物検査を行っていく。
一応、女性客には配慮をしてあって、女性兵士が担当している。
「手のひら大の紫色の小瓶だ。自首したほうが罪は軽くなるよ」
女性兵士がヴァネッサ問い詰めながら、彼女の荷物をひっくり返す。
「ヴァネッサ!同じ服3着なんて、こういう時に恥ずかしいのよ。
だから、ちゃんとおしゃれしなさいと言ってるでしょ」
何か言おうとしたヴァネッサの横から、クレアが強引に割り込んだ。
ヴァネッサの荷物から出てきたのは、今着ているのと同じ、紫と白の服が2着。
旅の間、いつも同じ服なのかな~と思いつつ、女性相手には突っ込めなかった疑問だ。
「確かにお姉さんの言うとおりね。この街にはいい服屋もあるから、一度のぞいてみたら?」
女性兵士は苦笑いしながら、てきぱきとクレアの荷物も確認する。
「その眼帯を外してもらえるかな?」
「呪われてるから、あまり見ないでほしいけど……」
悲しそうな演技をしながら、クレアがしぶしぶ眼帯を外す。
眼帯の下の瞳は、赤く、怪しく光る。
「悪いことをしたわ、ごめんなさい」
女性兵士は、ちらっと眼帯の中を確認すると、すぐに別の人の確認に行ってしまった。
聞いたところによると、呪いの接触だけでなく、魔物に負わされた怪我も早急に処置をとらないと、跡に残るそうだ。
以前のクレアのように、体に傷跡を残す人をたまに見かけた。
「クレア、演技上手いな」
にやっと笑って、彼女は兵士たちに見えないように親指を立てる。
全員の荷物検査と敷地捜索が終わるまでに2時間ほどかかった。
温泉の主人が気を利かせて、軽食や飲み物をサービスしてくれたのが、せめてもの慰めである。
酒が入ってブチ切れた連中もいたが、あっという間に憲兵に制圧され、牢屋送りにされた。
結局、「紫の小瓶」は見つからず、憲兵たちはふんぞり返りながら出て行った。
「ま、クラリネ爺さんと合流すれば何かわかるでしょ。行くよ」
クレアに促されて、俺たちは温泉を出て、街に繰り出した。
既に日は中天を過ぎている。
「お昼ご飯、食べそこねましたね」
温泉で、サンドイッチをばくばく食べていたヴァネッサが悲しそうに言う。
「あんた、あんだけ食べておいて、何を言うか。服を見に行くぞ」
「えっ、本当に行くんですかぁ?」
「爺さんに当座の旅費ってお金もらったろ?こういうときに使わなきゃ」
ヴァネッサはしぶしぶという感じで、しゃれた服屋へと引きずられていった。
高くもなく、安くもなく といった感じの服屋。
クレアはヴァネッサの服をみたてる。
ヴァネッサは北国出身のため、肌の色は白く、髪もわずかに青みがかった銀髪。
そんな彼女が、明るいグリーン系のワンピースとスパッツでまとめ、髪をポニーテールにまとめると、いつもとはずいぶん印象が違ってきた。
ついでに、クレアも自分の服を物色している。
「タクヤさ~ん、どうですか?」
「おぉ、可愛いよ。良く似合ってる」
「これ、焼き鳥30本分もするんですよ!?」
ヴァネッサがスカートのすそをつまみながら眉間にしわを寄せる。
「食べ物から離れろよ……」
「はいはい、お待たせっと」
クレアが支払をすませて来る。
「じゃ、北海亭とやらに行こうかね」
北海亭に辿り着いた時には、既に日は陰り、夕方になってしまった。
途中で3回ほどナンパされ、時間を喰ったのが原因である。
こうなると、いつもの服の方がマシかもなぁ と思いたくもなる。
夕食や酒目当ての人々で店の中はごった返していた。
テーブルの間をしばらく歩き回ると、隅のテーブルでクラリネ爺さんがビールを飲んでいるのを見つけた。
「結構時間がかかったな」
「爺さん、いろいろ説明してもらおうか」
クレアが腰に手を当てながら、立ったまま爺さんを見下ろす。
「良いぞ、だがここではまずい。ついて来い」
爺さんは、ウェイターに夕食を部屋に運んでくれるよう頼んでチップを渡すと、二階への階段を上がっていった。
「ここと、ここの部屋を押さえた。こっちの部屋をお前たちが使え」
続きの二部屋のうち、奥側の部屋を指さしてから、手前の部屋の中に入る。
部屋は10畳ほどの広さがあり、木製のベッドが2つとテーブル、椅子が置かれていた。
質素ではあるが掃除が行き届いているあたり、クーヴァーの爺さんの書斎を思い出す。
「で、さっきの話だったな。前にうちの領地でも似たような事があったんだ。
陥れたい奴の荷物に禁制の薬瓶を仕込んでおき、官憲に通報する。
荷物を調べれば瓶が見つかり、冤罪で逮捕されるって寸法さ。
瓶の中身は、なんてことは無いモノだったが、運悪く誤認されるとしばらくは足止めされたろうな」
「えっ、わたし、誰かに恨まれたりしてるんですかね」
泣きそうな顔になりながら、ヴァネッサが驚く。
「理由はわからん。だが、実行犯はあの薬師の猫娘だ。タクヤが見ていた」
皆の視線が集まり、俺は大きく頷く。
「パルック、だったか。ヴァネッサ、昔会った覚えとか無いのか?」
「無いと思います。わたし、今まで村から一度も出たことが無いですし、
村に獣人なんて来たら、きっと覚えていると思うので」
おとがいをこすりながら、ヴァネッサが答える。
いつもと服装がちがうだけで、同じしぐさでも可愛く見える。
「ふむ。であればワシかのう。クレアが相手なら、直接クレアの荷物に入れているだろうしな」
「さすがに、パルックは男湯には入れないものなぁ」
クレアが眼帯を外しながら、相槌を打つ。
眼帯の下の眼が光るのを見ながら、昼間のパルックのことを思い出した。
「なぁ、ちょっと聞いて良いか?」
「なんだ?」「なぁに?」
「巫女や神官という役職自体が、獣人に嫌われてる とか、あるかな?」
俺の問いかけに、間髪入れずにクラリネ爺さんが答えた。
「無いな。基本的に獣人は、森で暮らしているので、接点は多くは無い。
神官や巫女が、彼らの求めに応じて、呪いを浄化しに行く事はあるが、
感謝こそされ、嫌われることは無いだろう」
「そうかぁ」
昼間見たパルックの眼の光が忘れられない。
単純な怒りや嫌悪とは違った感じがした。
「まぁ、明日、あの場所に行ってみれば会えるかもしれん
そこで問い詰めてみよう」
これ以上考えても無駄なので、今夜ははやめに休むことにした。
男部屋、女部屋とのことなので、俺は爺さんと同じ部屋で休む。
「タクヤ。守護霊繋がりで、シンヤという男を知らないか?」
ベッドに横になったまま、クラリネ爺さんが話しかけてきた。
「シンヤ?」
確か、会社の同期と上司に居たような気がする。
高校の同級生にもいた。それに、親父も信也という名前だ。
「それなりにありふれた名前だからなぁ……」
「ファミリーネームも聞いてはいたのだが、発音しにくかったので忘れてしまったな」
「歳だから?」
俺は、笑いながら爺さんを茶化す。
「そうだな。シンヤはワシの守護霊だった。
小さいころに親父を亡くしたワシには、彼が父親のように見えたもんだ」
爺さんの昔話を聞くと、爺さんは三人兄弟。
歳の離れた長兄と次兄、そして爺さん。
爺さんの実家は、領土を持つ領主貴族である。
三男の爺さんは、若いうちから剣で身を立てることに決め、王都に剣術留学をしていた。
だが、長兄、次兄と相次いで亡くなり、爺さんは領主の相続争いに巻き込まれた。
しかし、争いの最中、爺さんが神官となったことで、争いは終わった。
当時、爺さんは20前半。シンヤは50前後に見えたそうだ。
いろいろと物知りな守護霊に、爺さんは師事していた。
彼の昔話を聞いているうちに、俺はいつの間にか眠ってしまった。
■
翌朝、まだ人が出歩き始める前に大通りへと向かう。
露店の準備でちらほらと人が居るが、それほど多くは無い。
昨日と同じ場所に、パルックは居た。
「ふふ~ん。今日も良い場所取って、ぼろ儲けだにゃあ」
音をたてないように、ゆっくりと彼女に近づく。
まばらではあるが、人通りはあるので気が付かれていない。
「おい、猫娘」
「はいにゃぁ」
声にこたえて、パルックがこちらを振り向く。
爺さんが懐から、昨日の小瓶をだして、目の前にぶら下げながら言う。
「これに見覚えはあるな」
「な、なんのことだにゃ~」
とりあえずしらを切っているが、眼はあっちこっち泳ぎ、しっぱが激しく動いて、感情の在り処がダダ漏れしている。
「ねぇ、パルック。どうして、わたしの事を嫌がるの?」
ヴァネッサがゆっくりとパルックに近づく。
「巫女様のことは嫌いじゃ無いにゃ。ただ……、守護霊が嫌いにゃ」
「どうして?」
「呪いは、生きてる人間が全員で何とかしなきゃならないモノだにゃ。
巫女様だけを犠牲にして、守護霊の力で救われるなんて、絶対に間違ってるにゃ」
「わたしは、犠牲だなんて思ってないよ」
「それでも、あたしにはそう思えちゃうのにゃ。
だから、守護霊なんてだいっきらいだにゃ!」
パルックは、俺の方を睨みつけると、一目散にどこかに走って行ってしまった。
「犠牲 ってなんの話なんだ?」
追いかけることも出来ず、俺はパルックの言ったことをみんなに尋ねてみた。
「ずっと昔、権力者が守護霊を独占しないよう『守護霊が近くに居ると寿命が縮む』という話を言いふらした時代があったのさ。
獣人族では、未だ信じられているらしいな。それが本当なら、ワシなんぞとっくに死んでいる」
クラリネ爺さんは、守護霊との旅はこれで3回目になる。
年齢的なこともあるし、守護霊が近くにいるだけで寿命が縮むのなら、とっくにあの世だろう。
しかし、今までの道のりで、思い当たることはある。
この世界でヴァネッサの次に出会った、チルダおばさんという女性の怯えた表情。
それに、ヴァネッサは巫女になった途端、放り出されるように村から旅立たざるを得なかった。
クーヴァーでは不快な思いをすることは無かったが、それは「クラリネ爺さん」という人格が、神官や守護霊のイメージアップをしていたと思う。
そして、爺さんははっきりと言わなかったが、一番の犠牲とはこの「旅」そのものだろう。
守護霊に取りつかれたら最後、家族や友人と別れ、地の果てまで旅をしなければならない。
ここは、現代世界と違って、魔物が跋扈する世界。
生きて帰れる保証など無い。
生き返るためにヴァネッサを利用している俺が言えた義理では無いが、強制される旅とは、まさしく悲劇であり、犠牲と言える。
「パルック……」
ヴァネッサは、パルックが走り去っていった方をずっと見つめていた。