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第一話 巫女と守護霊

20人も入れば一杯になりそうな、小さな木造の教会。

中央に飾られた粗末な十字架に向かって、1人の少女が一心不乱に祈っている。

「来てください、守護霊さま。わたしに力をお貸しください」

うっすらと赤みを帯びた白い頬には汗が滲み、疲労が垣間見える。

気が付くと、俺は彼女の前に居た。

電車のヤツが守護「霊」といっていたとおり、身体がふよふよと宙に浮いている。

ゆっくりと顔を上げる彼女と目が合った。年の頃は16,7くらい。

小柄な体に、白と紫で染め分けられたシスターのような衣を身にまとっている。

頭にはなにも被っておらず、ゆるやかに波打つ青みがかった銀髪が法衣の上で揺れる。

俺を見つめる彼女の瞳が大きく見開かれ、安堵のため息とともに涙が流れ落ちる。

「守護霊さま……ですか?」

「うん、そういう事になってるらしい」

「わたしは、ヴァネッサと申します。

守護霊さま、これからよろしくお願いします」

少女がお辞儀をすると、長めの髪の毛がさらさらと流れ、美しい模様を作る。

髪の間から現れたうなじは、か細く、雪のように白い。

「俺は、佐々木卓也」

「シャシャ?……、シャシャキ様とお呼びすれば良いでしょうか?」

今さら気がついたが、どうも日本語とは違う言語で話しているようだ。

しかし、意思疎通はきちんと出来ている。

「タクヤで良いよ。様付けは要らない」

神様と違って、生き返り目的のギブアンドテイクの間柄だものな。

「タクヤさんですね、わかりました。わたしの事もヴァネッサとお呼びください」

「で、ヴァネッサ、ここは一体何処なんだ?」

そう言いつつ、手近な椅子に座ろうと手を伸ばすと、手は椅子を通り抜けた。

「ふふ、タクヤさんは霊体なのですから、【具現化】しないと、ものに触ったりは出来ませんよ」

彼女が微笑みながら教えてくれる。


そのとき、教会の扉が荒々しく開かれ、一人の中年女性が入ってきた。

その服装は、木綿らしき黄土色のシャツに長めのスカート、古ぼけたエプロン。

慌てて走ってきたのか、かなり息を荒げている。

「ヴァネッサ!アガルタが来たよ!ボンズの畑に呪いが落ちたんだって」

中年女性は、どかどかと教会の中に入ってきてヴァネッサの手を取り、何処かに引っ張っていこうとする。

「待って、チルダおばさん。わたし、巫女になれたのよ。だがら、大丈夫」

その言葉を聞いた中年女性は、反射的にヴァネッサの手をふりほどく。

彼女がヴァネッサを見る顔に、安堵や恐怖といった感情が見て取れる。

「し、守護霊様が、ここにいらっしゃるの?」

彼女には俺の姿が見えていないらしく、きょろきょろとあたりを見回す。

「そうよ、おばさん。

タクヤさん、いきなりで申し訳ありませんが、力を貸して下さい」

「手を貸すのは良いんだが、どうやって?」

「今から、わたしがこの世界でのあなたの体を作りだします。

その体で、呪いと戦ってください」

既に一度死んだ身である俺に、怖いものは無い。

「【具現化(マテリアライズ)】」

彼女が呪文を唱えると、俺の姿は体長3mほどの銀毛の狼になった。

爪が木の床にあたって、カツカツという音をたてる。

この姿だと、モノに触れる事ができるらしい。

チルダおばさんと呼ばれた中年女性が、俺の方をみて目を丸くしている。

具現化とやらを行えば、ヴァネッサ以外の人にも、姿が見えるようになるらしい。

変化と同時に、俺は狼の身体の動かし方、それも戦闘に特化された使い方を理解していた。

そして、驚くべきことに、この世界での俺は「魔法」が使える。

「たぶん、10分くらいしか維持できません。急ぎましょう」

「わかった。乗れ、ヴァネッサ」

ヴァネッサは、恐る恐る俺の背中に跨る。

「あ、あの、毛を引っ張ってしまっても痛く無いですか?」

「ん?大丈夫だよ。それより、道案内を頼む」

俺はヴァネッサを背中に乗せて、中年女性が開け放った扉から外に飛び出す。

最初に目に入ったのは、ファンタジーでありがちな中世風の木造の家や畑。

この教会は村の中心に作られており、教会を囲むように同心円状に家が立ち並ぶ。

さらに向こうには畑があり、青々と茂る麦らしき植物が広がっている。

建築様式が日本では無い。

地理の授業で習った、中世ヨーロッパの牧歌的な風景。

ここには、現代世界なら普遍的に存在する、車や電線といった文明の利器がない。


上空から、微かに重量物が軋むような音が聞こえてくる。

見上げると、遥か頭上に巨大な物体が浮かんでいるのが見えた。

それが太陽の光を遮り、この村一帯は薄闇の中。

地球の常識では、ありえない光景である。

しかし、狼の姿であるせいなのか、俺はその異世界を冷静に受け止める。


「ポンズの畑はこっちです!」

ヴァネッサが銀髪を振り乱しながら、左を指さす。

俺は全速力で村を駆け抜け、柵を跳び越え、ヴァネッサの指し示す方向に直線的に走る。

この姿は、風を切るような速度が出せる。

すぐに郊外に広がる畑が見えてきた。

畑の真ん中には、半径2mほどの大きな黒い水たまりがあり、周囲に薄気味の悪い瘴気が広がる。

水たまりからは、身長1mほどの犬の顔をした人型生物が這い出てくる。

彼らはファンタジー的には「コボルド」と言われる、犬頭の人型魔物だ。

既に水たまりの周囲には、数匹の犬頭が出現しており、唸りながら周囲の村人たちと切り結んでいた。

犬頭と対峙する村人たちは大人が5人。それにヴァネッサと同じ年頃の少年も何人か混ざっている。

いずれも、さっきのおばさんのような粗末な木綿の服に身を包み、棒や剣を持っている。

村人たちはへっぴり腰で犬頭と戦っていた。


俺は、ヴァネッサを背中に乗せたまま、黒い水たまりに向かって疾走する。

「本能」としか言い様が無いが、適切な戦い方が頭の中に浮かんでくる。

疾風のように村人と犬頭が戦う上を飛び越え、水たまりの中心に体ごと飛び込む。

水たまりは俺の脚が触れたとたん、触った部分から蒸発し、跡かたも無く消えてしまった。

残留する瘴気が風に散らされて薄らいでいく。

頭上を飛び越えられた犬頭たちが、怯えたような表情でこちらを振り返る。

だが、切りかかってくる犬頭はいない。

俺は周囲を見渡し、取り囲む犬頭たちに呪文を放つ。

「【凍傷(フロストバイト)】」

犬頭たちの全身が蒼い氷に包まれ、砕け散る。

砕けた破片から黒い煙が吹きだし、犬頭達の死体は霧散していった。


ヴァネッサの話を聞くに、俺は異世界に送り込まれたらしい。

この世界では、科学技術がまだ発達していない。

だが、「魔法」は存在しており、その極みが「アガルタ」と呼ばれる浮遊島。

さっき、この村の頭上にあった巨大な物体だ。

その由来は一切不明。

何時から空にあるのか、誰が作ったのか、何も解っていない。

アガルタは世界の空を不定期に飛び回り、「呪い」と呼ばれる黒い液体を落とす。

液体は地面に落ちると、黒い水たまりとなる。

アガルタが上空にいる間、水たまりからは犬頭のような魔物が際限なく湧き出す。

液体に触れた土地は土が腐り、瘴気を漂わせる魔域と化す。

呪いに触れると肉が崩れ、瘴気を吸い込むと肺が爛れる。


アガルタの呪いを消す方法は、唯一つ。

【具現化】した守護霊が呪いに触れること。

だが、守護霊と契約できる人間は少なく、守護霊との契約期間は1年間限定。

そのうえ、呪いから産まれた化け物が各地を闊歩し、目に付いた人間を殺す。

化け物は食事という形で動物を捕食することがあるが、捕食よりも優先して、人間を殺す。

この世界で、人類はゆっくりと排除されつつあった。


ヴァネッサと俺は、この村に残る何カ所もの「呪い」を浄化して回った。

「浄化」と言っても、ヴァネッサが俺を狼に【具現化】し、俺が呪いに触るだけ。

底なし沼のように腐臭を放っていた場所が、俺が触れると元の姿を取り戻し、畑や牧草地に戻る。

全ての呪いの浄化が終わった日、

村ではヴァネッサのために盛大な送別会が開かれた。


この世界の不文律として、守護霊と契約した巫女(男性の場合は神官)は、産まれ故郷であっても、同じ場所に留まる事が許されない。

アガルタによって世界に産み出される「呪い」を消すため、旅をすることが義務付けられる。

旅の最終目的地は、アガルタの発生地点と言われている遥か遠い土地。

そこにある「呪いの根源」を浄化することができれば、アガルタは消滅するらしい。


村長の家で開かれた送別会では、主賓のヴァネッサが村人たちに囲まれていた。

「ヴァネッサ、やっぱり巫女になれたんだ」

「うん、ありがとう」

「10年前から呪われてた畑が浄化されたよ」

「良かったね、おじさん」

「きっとなれると信じてたよ。これで森に薬草を取りに行ける」

「うん。良かった」

守護霊になっても食事はできるらしく、出された食事を食べながら、

ヴァネッサと村人たちの会話を聞きながしていた。


しばらくして、ヴァネッサは酒場から退出した。

彼女は、明朝早くにこの村から旅立つ。

ヴァネッサは、送別会が行われている村長の家を出て、夜道をひとり教会に戻る。

彼女は子供の頃から、教会で一人暮らしをしているそうだ。

送別会は主賓不在となっても続いているらしく、酔っぱらいの歌声が遠くから聞こえてくる。

夜道を歩きながら、ヴァネッサが昔話を始めた。

「わたしのお父さんが神官だったの。

まだわたしが小さい頃、旅に出たんだ」

「そっか」

アガルタがまだ空にある以上、彼の旅は成功することなく終わったのだろう。

ここは、犬頭のような魔物が闊歩する世界。

旅の途中で魔物に殺されたか、もしくは途中で1年間の契約期間が切れたか。

守護霊の居ない元神官が、この世界で長旅を出来るとは思えない。

生き延びていたとしても、故郷に帰ることは難しいだろう。


「お母さんは、呪いから出てきた魔物に殺された。

孤児になったわたしを、村のみんなが育ててくれた。

でも、神官の娘だったからかな?

みんな、わたしが巫女になることを願ってて、いつもそればっかりだった」

ヴァネッサは、満天の星空を見上る。

既にアガルタは遠くに飛び去り、空を隠す雲も無い。

日本とは違う、澄んだ空気が月と星を一際綺麗に見せる。


ヴァネッサの言う事は、俺もうすうす気が付いていた。

送別会と言いながら、集まった村人たちは別れを寂しがるふうでもなく、呪いが浄化されたことを喜んでいた。

呪いが無くなってしまえば、巫女は用無し。

あそこで行われていたのは、送別会とは名ばかりの宴会であった。

誰も、ヴァネッサの事を見ていない。別れを悲しんでいない。

「タクヤさん、わたしのところに来てくれて、ありがとう」


翌朝、まだ日が昇る前にヴァネッサと俺は村を出た。

ヴァネッサの荷物は、ちょっとしたリュックサックに収まる程度。

見送りは誰も居ない。

それが、彼女のこの村での境遇を物語っていた。

未来永劫残る「呪い」を消せるので、巫女や神官は各地で歓迎される。

そのため、神官や巫女は、旅費には苦労しないらしい。

肌寒そうな朝もやの中、俺たちは世界に向けて旅立った。


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