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第十五話 この先の絶望

ヴァン=ヘイスカリ。

西方諸国の中で、最も北に位置するノルデルト大公国の出身。

中堅貴族の5男として産まれた彼は、教会に入り聖職者を志す。

辺境の村の教会に赴任した彼は、ある日、守護霊と出会って神官となった。

そして、妻と娘を村に残し、東の果てへと旅立つ。

クラリネ爺さんとジアの助けを借りて、最果てに辿り着いたヴァンは、彼らの前から姿を消した。

彼が最初に具現化した守護霊は、巨大な狼。


「先ほどの戦いの中で、ワシはチョウ=レイを見た。

あれは、もしかすると、ヴァンかもしれない」

「本当なんですか?クラリネさん」

「もう、15年も経っているのだ。容貌も変わっている。

だが、ワシにはそう思えた……」

15年前のヴァンは、20代後半。40過ぎというチョウ=レイと年齢的に合致する。

「わたしも、ちょっとだけチョウ=レイを見ました」

「どうだった!?」

「お母さんが残してくれた絵に似ているように思いました。

でも、何か、心の中でしっくりきていません。他人のそら似のような」

「そう、だよな。すまん、ワシの見間違いだ」

爺さんは彼らしくない作り笑いを浮かべて、無言に戻った。


ダージリンの街では、多数の住民と難民たちが部隊の帰還を待っていた。

あるものは、家族が保護されていないか、あるものは従軍した父や息子が帰ってきたか、声を枯らして探す。

魔物は全滅させた。

だが、勝利といって浮かれるには被った被害が多すぎた。


クレアやパルックと合流し、無事を喜び合っていた俺たちに、リュウ=リがリ=ショウとともに近寄ってきた。

「先日の無礼を詫びさせてもらいたい。

あなたたちのお蔭で、ダージリンは救われた」

リュウ=リは深々と頭を下げる。

「構わんよ。ワシがその立場にあっても同じことをしたからな」

「そう言ってもらえると助かります」

クラリネ爺さんがリュウ=リの肩を叩く。

「ところで、聞きたい事があるのだが」

「では、場所を変えましょう」

リュウ=リは少しいぶかしげな表情をしたが、すぐにいつもの無表情に戻り、馬車の手配をした。

第九司令部の紋章のついた馬車に乗り、俺たちは司令部の建物に案内された。

ダージリンの中心にある、石造りの建造物。

行政府と軍事府を兼ねているようで、かなり広大だ。

難民たちへの対応や、住民への処理に追われて、役人が走り回っている。


奥まった部屋に通された俺たちに、少年兵の手で、熱いお茶が供された。

「チョウ=レイとチョウ=メイについて、わかる限り教えてほしい」

爺さんの唐突な問いかけに、リ=ショウとリュウ=リは顔を見合わせる。

そして、リ=ショウが話し出した。

「確か、俺が5歳の陽気祝いをした歳だから、8年前か。

その年に、親父がチョウ=レイを召し出したんだ」

将軍の前に立ったチョウ=レイは、その博識を愛され、将軍のそばに仕えるようになった。

「なんか、心ここにあらず といった風に、空を見ていることが多かったな」

「娘が居るという話はしませんでしたか?」

少し震えた声でヴァネッサが問う。

「いいや。息子が一人。チョウ=メイの事だな。

父親譲りの銀髪で、俺と同い年なのに、大人より剣の腕が立つ」

リ=ショウの年齢は13歳。ということは、チョウ=メイも13歳ということか。

「それ以前の事は、何かわからないか?」

「流石に、それより前は知らないな」

後をついで、リュウ=リが話し出した。

「私の聞いた限りでは、十数年前に第四司令部の首都ナンキに現れ、開業医を始めたそうです。

西方の医術にも精通し、腕利きの名医でありながら諸道具の改良にも長け、富を築いたとのこと」

ヴァネッサが、ほっとしたように、張りつめていた息を吐き出した。

「医者、医者ですかぁ」

クラリネ爺さんの表情も緩む。

「医者か」

「はい。前将軍に招聘された理由も、お母上の具合がよろしくなかったため、各地から名医を集めた と聞きました」

「そうだそうだ。婆ちゃんを診にきてくれたんだ」

「私が語れるのは、その程度ですが、詳細を調べますか?」

「いや、構わんよ」

俺たちは、司令部に泊まっていけという彼らの好意を丁重に辞して、宿屋へと戻った。


「お父さんは、医者じゃ無いです。

応急手当くらいは知ってるかもしれませんが」

「そうだな。ヤツに包帯を巻かせたら、コブのようになったことがある。

あの不器用さでは、名医では無いな」

ヴァネッサとクラリネ爺さんの顔に笑みが戻る。


司令部からの帰りがけに、俺たちは、南の街の呪いの浄化を依頼された。

戦闘後に物見の兵を南の街へと向かわせたところ、街には数体の犬頭の姿があったが、

巨人等の大物はおらず、ある程度の安全は確保されていることが判明していた。

「目の前に呪いがあるのに、無視しているわけにもいかん。

さっさと片付けてくるか」

「そうだ~!」

そして、呪いの浄化のために、南の街まで向かうことになった。

嵩張る荷物は降ろして宿屋に預かってもらい、キャンプ道具と食糧だけをのせて、馬車を進ませる。

馬車を使うのであれば、南の町までの道程は一泊二日。



ダージリンの街は、南門の外壁そばに、難民用の仮設小屋が大量に作られ、食料の配給も行われている。

そんなごたごたを背に、南門で鑑札を受け取り、出発しようとしたとき、荷馬車に二人の人間が乗り込んできた。

「邪魔するぜ~」「失礼する」

「あれ、リ=ショウさんにリュウ=リさん。どうして?」

「話せば長くなるから、先に進んでくれ」

リ=ショウが、速く行け といいたげに手を振る。

爺さんは、カリマに目配せして御者を代わってもらい、馬車の幌の中に入ってきた。

馬車は、御者を除いて6人乗りなので、俺たち守護霊以外に人間で、丁度椅子が埋まる。

カリマの守護霊は、いつも通り我関せずといった様子で馬車の上に座り込んだ。

話に興味のある俺は、馬車と並走して飛びながら、首から上だけを馬車の中に突っ込む。

「タクヤ、その恰好気持ち悪いにゃ……」

「タクヤ?あぁ、守護霊の名前か。どこにいるんだ?」

リ=ショウがあたりをきょろきょろと見回す。

「そこにゃ」

パルックがリュウ=リの肩口を指さす。

もちろん、俺はそんなところには居ない。

だが、クールなリュウ=リが、一瞬ビクッとした。

「で、長くなる話とやらを聞こうか」

パルックに拳骨を喰らわせた爺さんが話を促す。

馬車はカリマが御者をして、動かしているので、そんな漫才の間にダージリンから離れ始めていた。

「街を見てわかるとおり、南の街からの難民が結構きてるだろ?

早目に呪いを解放しておきたいのさ」

「それだけなら、お前たちが直に動く必要は無いな。本心はなんだ?」

「やっぱお見通しか」

「実は、南の街には、重要な機密書類があるのです。

魔物たちはそんなものには興味を示さないでしょうが、

まだこの地方に居るチョウ=レイに奪われる前に、破棄しておきたいのです。

空き巣狙いの野盗の手に入っても面倒ですし」

確かに、今の南の街は無人の状態だ。

魔物を恐れなければ、野盗たちにとって、格好の獲物である。

「ならば、兵たちを動かせばよいのではないか?」

「先の戦闘では、チョウ=レイに助けられたようなものだからな。

部隊を動かして、彼を刺激するのは避けたいんだ」

頬杖をつきながらリ=ショウが応えた。

「それに、魔物が相手となったら、兵隊のなかにいるよりも

あんたらのそばが一番安全そうだろ?」

「まぁ、否定はせんな」

「呪い浄化の報酬には色をつけさせて頂きます」

「毎度あり~」「まいどにゃ~」

クレアとパルックに両側から賛成されて、爺さんはため息をつきながら同道を許可した。

野宿ではあるが、途中で一泊する。

多めに食糧を持ってきた事が功を奏した。

リュウ=リは軍隊出身で野宿に慣れていることもあって、準備も手早い。

食事を食べた後、爺さんが大きな欠伸を漏らした。

「歳を取ると、疲れやすくなって困るな。夜営を頼めるか?」

「いいぜ。爺さん」「承りました」

俺とリュウ=リが同時に応える。

だが、俺の声はリュウ=リには届いていない。

「ぷっ」「くす」

パルックやクレアが吹きだし、それを見てリュウ=リはぽかんとしている。

「あぁ、すまんすまん。タクヤに言ったんだ。

守護霊は夜目も利くし、眠らなくても平気らしいからな」

「すっげ~。俺も守護霊になりてぇな」

リ=ショウは、あたりをきょろきょろしながら、子供っぽい感想を漏らす。

「ダメですよ、若様。守護霊は1年間しか、この世に居られないのです」

リュウ=リがリ=ショウをたしなめる。

そういえば、この世界に来てから、もうだいぶ経っている。

タイムリミットの事をすっかり忘れていた。

この守護霊契約は、1年間限定。

それが過ぎたら、実際のところどうなるのだろう。

ふと周りを見ると、こちらを不安そうな目で見るヴァネッサと目があった。


夜間はこれと言った事件も無く、無事に朝を迎えた。

クレアの魔法で水を作り出し、洗顔や食事に使う。

魔法のおかげで、俺たちは潤沢に、安全な水を使う事が出来る。

旅をするうえで、この利点は大きい。

さらに、土魔法や火魔法も組み合わせれば、露天風呂を作り出す事もできる。

さすがに、クレア一人で行うと消費が激しいので、風呂の日は俺やカリマも手伝っている。

リ=ショウは、しきりに羨ましがっていた。


その日のうちに、南の街に到着した。

街に入る前に風のマテリアでワシに具現化して、上空から街をひとまわりする。

無人となった街では、動くものは魔物だけ。

ワシの鋭い視力でとらえたものは、人食い鬼と犬頭が数匹。

見つけたそばから、上空から火球を撃ちこんで灰にした。

10分足らずで、視界の中から動くものは消えた。

みんなの元に戻って報告する。


「二手に別れよう。クレアとヴァネッサは、彼らと共に馬車で役所に行け。

カリマとパルックは、ワシと一緒に呪いの浄化に向かうぞ」

爺さん達は街に入る前に馬車を降り、歩いていった。

こっち側の組は、リュウ=リが馬車の手綱を握って、大通りから中心部の行政府へと向かう。


「ちぇ。俺、あっちの姉ちゃんの組の方が良かったな」

爺さん達が居なくなり、広くなった幌付きの馬車で、リ=ショウが寝転がりながらいたずらっぽく笑う。

彼は、ヴァネッサに頭をぐりぐりされた事をまだ根に持っているらしい。

だが、ヴァネッサは堅く眼を閉じたまま、彼の言葉に反応しない。

「若様、それはやめておいた方が良いかと思われます」

感情を押し殺した声で、御者台からリュウ=リが答えた。

「なんでだよ?」

リ=ショウは、振り向き、馬車の中と御者台を仕切る布をめくり上げる。

そして、外を見た途端絶句した。

大通りには、何体もの無残な死体が転がっていた。

巨人に踏みつぶされたものか、原型をとどめていない。

「路地は、もっと酷い事になっているかと……」

上空から見た時、魔物以外に動いているものは居なかった。

だが、動いていないもの、すなわち人間の死体は大量に見かけた。

爺さんが、呪いの探索にカリマとパルックだけを連れて行き、

幌付きの馬車に他の人間を残したのは、これが原因だろう。

そして、それを解っているから、ヴァネッサもクレアも何も言わなかった。


「どうして、俺たちはこんな目にあわなきゃならないんだ……」

馬車の座席にへたり込んだリ=ショウの目から、大粒の涙がこぼれる。

リュウ=リが幌馬車を覆う布を外側から閉めた。

「世界が、アガルタに呪われているからです。

巫女様だけが、それを止められる希望なのです」

リュウ=リの言葉を聞いて、リ=ショウが顔を上げる。

「ごめん、姉ちゃん。

姉ちゃんたちは、シンよりも、もっと大きなものを守るために戦ってるんだな」

真面目な顔で、リ=ショウが頭を下げた。


役所は街の中心にある三階建ての建物。

石造りの建物は、巨人のせいか一部が壊れていた。

幸い、建物の中には魔物はいなく、リュウ=リは手際良く機密書類を見つけて燃やしてしまった。

そのまま大通りを引き返して、街の入り口に戻る。

街の入り口から少し離れたあたりで、クレアが魔法で焚火を作り、熱いお茶の準備をする。

4人とも、終始無言で作業を行う。

お湯が沸き、しばらくしてから、爺さん達が戻ってきた。

怪我は無いが、3人とも顔色が悪い。

パルックは、耳も尻尾も垂れ下がり、心身の疲労が極限に達している事が見て取れた。

「お茶が湧いたよ」「お菓子もあるから」

クレアとヴァネッサが、彼らを明るく迎える。

「もらおう」

爺さんがお茶のカップを受け取って、一息に飲み干す。

「呪いは2か所にあった。両方とも浄化した」

「そっか、お疲れ」

「速くかえりたいのにゃ~」

「うん。帰ろう」

皆、言葉少なくお茶を飲んでから馬車に乗り込む。

行きよりも少し速い速度で、俺たちは街を後にした。



リュウ=リの提案で、日が落ちる前に、早めの野営をすることにした。

心身の疲労が溜まっており、これ以上の無理はしないほうが良いとの彼の提案に、

誰も反対はしない。

パルックが、薬草や香辛料をたっぷり入れた、獣人特製鍋を作ってくれる。

岩の谷でも食べた、激辛発汗料理。

リ=ショウは、最初は子供らしく、辛い辛いと言っていたが、

ヴァネッサに冷かされてから、むきになって食べ始めた。

「初めは辛かったけど、慣れると美味いな」

「ふふふ、いろんな薬草も入ってるのにゃ~」

そんな話をしていると、何処からか、馬の蹄の音が聞こえてきた。


月夜ではあるが、暗い中を焚火をめがけて馬が歩いてくる。

蹄鉄の音が近づいてきて、警戒する俺たちの前に、焚火の光に照らされた一人の騎兵が現れた。

白い馬に白い鎧。

マントの留め具には、第四司令部のマークが記されている。

青みがかった銀髪と黒目をした少年。

短髪であるという違いはあるが、その容貌はどことなくヴァネッサに似ている。

「チョウ=メイ!」

「お前は……、リ=ショウか」

チョウ=メイに少し遅れて、3人の騎兵がやってきた。

「ほほう。こんな所で、お前に会うとはな」

三人のうち、真ん中の馬に乗っているのは、青みがかった銀髪を後ろで束ねた、40過ぎの男性。

俺たちを一通り見渡すと、一礼をする。

「初めまして。私が、チョウ=レイだ」

彼もまた、おも立ちが、ヴァネッサに似ている。


「お前は……、まさか、ヴァンなのか?」

物事に動じないクラリネ爺さんが、彼を見て驚く。

「知らんな」

チョウ=レイは顔いろひとつ変えずに、簡潔に答える。

「少し、離れておれ」

チョウ=レイが、息子と配下に命じると、彼らはおとなしく俺たちから離れて行った。

焚火の光が届く範囲からは消え、姿は見えなくなったが、蹄の音からして、それほど離れてはいないようだ。


「何故、反乱を起こした?チョウ=レイ」

前に立って庇うリュウ=リを押しのけて、リ=ショウが尋ねる。

チョウレイは、馬から降りて、焚火のそばに胡坐をかく。

そして、懐からカップを取り出して、火にかかっていた薬缶から茶を注ぎ、悠々と飲んでから話しだした。

「この国は、故郷を失った俺に良くしてくれた。

俺は、自分の知識をこの国のために生かしたいと思った。

それが将軍の目に留まり、俺は将軍に仕えることになった」

ある日、将軍は不老不死を欲し、チョウ=レイは、それは愚かな事だと将軍に答えた。

この世界で、不老不死といえる存在は、唯一つ。

呪われた生を持つ、不死の王(ノーライフキング)のみ と。

「その日から、将軍は狂った。

極めて稀な症例だが、呪いが人体を強化することは知られている。

将軍は、少数部族を捕えて、呪いを使った不老不死の実験を始めた」

「親父が!?そんなことは……」

「無いといえるか?第四司令部領の各所には、被害にあった民族が多数居る。

先代の第四司令官が死んだのは、彼らの反乱が原因だ」

「確かに、親父は最近、おかしくなってた……」

「呪いは将軍を侵し、狂気へと落した。だから、俺は将軍を殺した」

誰も何も言えない時間が通り過ぎる。

「将軍の嗣子よ。お前には、復讐する権利がある。

お前が私を倒すことで、この争いは終わる。

私が死ねば降伏するよう、メイや重臣たちには言ってある。

そして、お前が将軍位を継ぐのだ」

「そんな将軍位は、欲しくない!」

「では、この国は、12の司令部に別れての戦国時代となろう。

呪いや魔物に加え、戦乱でも民を放浪させる気か?

正当な血統であるお前が私を討てば、お前の継承権は確実なものになる。

そうすれば、この国は丸く収まるのだ」

「お前、まさか、殺されるためにここに来たのか?」

「私は、一度死んだ身だ。命など惜しくは無い。

次は戦場で会おう。せいぜい派手に、戦ってくれよ」

チョウ=レイは立ち上がり、馬に飛び乗った。

手綱を握った彼の前に、ヴァネッサが飛び出す。

「待ってください。あなたは、本当にわたしのお父さん、

ヴァン=ヘイスカリではないのですか?」

チョウ=レイはヴァネッサから視線を外し、月を見ながら答える。

「巫女よ。真実は、残酷だ。

この世界は、お前が思うより遥かに深く、呪われている。

お前が、私の娘だというのなら、親としての忠告だ。

旅をやめ、産まれた土地に帰れ。この先にあるものは、絶望だ」

「嫌です。アガルタを止めるために、わたしは旅にでました」

「強情だな。さすがは……というところか」

そう言い残して、チョウ=レイは、馬を走らせて去っていった。



俺たちは、蹄の音が消えるまで、誰も動けずにいた。

その沈黙を破ったのは、リ=ショウだった。

「リュウ=リ」

「何でしょう、若様」

リショウは、そばに駆け寄って跪いたリュウ=リをぶん殴る。

予期せぬ攻撃に、リュウ=リが尻もちをつく。

「お前、チョウ=レイと繋がっていたな。

だから、俺を南の街に連れ出して、チョウ=レイに会わせたんだろ?」

リュウ=リは、無言で立ち上がり、服に着いた泥を落とす。

「えっ!?」

立ちあがろうとしたヴァネッサをクラリネ爺さんが押しとどめる。

「そうでなきゃ、たまたま俺たちが出会うなんてありえない」

リ=ショウは、背中を向けて、空を見上げている。

リュウ=リは何も答えない。


「もし、チョウ=レイの反乱が無ければ、南の街に駐屯している兵はもっと多くて、

彼らが戦えば、助かった人はもっと居るはずだって思ってた」

リ=ショウの眼から涙がこぼれる。

「でも、違ってたんだな。南の街を見てわかったよ。

アガルタの魔物の前に、人は無力だ。

土地が呪われれば、その場所から立ち退くしかない。

立ち退いた先で受け入れられなければ、彼らは犯罪に手を染める」

ダージリンに辿り着いた難民たちは、徹夜で歩き続け、ぼろぼろの姿だった。

行政府が宿泊施設や衣服、食糧を用意しなければ、その行く末はリ=ショウの言うとおりになっただろう。

今回は、運よく巫女と守護霊という存在が居て、魔物を倒し、街の呪いが浄化された。

彼ら難民は、遠からずして街に帰れるだろう。

だが、毎度毎度そのような幸運は無い。

「『魔物に襲われた人は、何があっても助ける』。

ご先祖さまは、住む場所を追われた人々が、

何処に行っても、ちゃんと生き続けられる国を目指したんだな。

魔物と戦うための軍隊ではなく、皆を逃がすための殿の軍隊を率いて」

「若様……」

「俺、将軍になるよ。だから、チョウ=レイを倒す!」

「このリュウ=リ、一命に変えましても若様、いや将軍様についていきます!」

初めて会ってから、まだ数日もたっていないのに、リ=ショウが急に大人になったように見えた。



俺たちが戻った時、街は活気づいていた。

南の街までの行っている間に、ダージリンの精鋭である、第一部隊が帰還していた。

巫女を擁し、呪いを浄化してきた俺たちは、難民たちから歓声をもって迎えられた。

第九司令部の行政府から発表された公式発表では、

リ=ショウが知略を持って、魔物を撃退した事になっている。

そして、南の街にはこれから第一部隊が赴き、残存の魔物を退治して安全の確保を行ってから難民を帰還させることになっていた。

実際は、チョウ=レイの撃破と、南の街で魔物に殺された被害者たちの死体の埋葬にあたるのだろう。

「チョウ=レイの事、何も書いていませんね」

「他の司令部も軍を起こして、第四、第五司令部領内に攻め込んだらしい。

チョウ=レイの反乱は風前のともしびだ」

彼が率いる直轄部隊は、騎馬のみで形成された2-3000程度とみられている。

敵地である第九司令部の領内では、補給も乏しく、袋のネズミだ。

第九司令部の上層部では、もはや勝利を疑ってはいないらしい。



「爺さん、これからどうするんだ?」

「予定通り、旅を進める。呪いも片が付いたし、あとはこの国の問題だ」

「きっと、いい国になりますよ」

俺たちは、後ろ髪を引かれるような思いを残しながら、ダージリンを出た。

「姉ちゃん!頑張れ!俺も、頑張るから」

城壁の上から、リ=ショウの声が聞こえた。


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