第十四話 将軍という重さ
俺たちは、コンロン大山脈を越えてシンに辿り着いた。
人里に入る前に、巫女の一行であることがばれないよう、行商人に化けている。
売り物として、贅を凝らした織物や香料、香辛料などを、ジアに頼んでカモフラージュ用に用意してもらった。
プロイセ帝国のように、巫女を戦争に利用されるかもしれないので、その警戒のため。
シンは、黒目黒髪の人種が大半を占める。
俺たちの中では、ヴァネッサ(銀髪碧眼)とパルック(黄緑色の髪と緑の瞳)が目立つ。
相談の結果、ヴァネッサは黒髪のカツラをかぶり、パルックはそのままにすることになった。
パルックの場合、耳や尻尾など、ただでさえ目立つ部分も多い。
逆に彼女が目立ってしまった方がよかろう という逆転の発想だ。
シンの大山脈出入り口の村は、トルクゥールからの客人慣れしているのか、
違った目の色髪の色に驚くことも無く、普通に接してくれた。
住民の黒目黒髪割合も6割程度で、混血が進んでいる。
かつて、トルクゥールが崩壊した時に流れ着いた人たちの子孫とのことだ。
我々は行商人に化けていることもあって、根ほり葉ほりは聞いていないが、
チョウ=レイの叛乱は、ここまでは影響を与えて居ないようで、人々はのんびり暮らしている。
長居をする理由も無いので、食糧や水などを確保して足早に村々を過ぎた。
■
シンの国に入ってから10日後、第八司令部の本拠である、ダージリン近辺に着いた。
周辺にはなだらかな丘陵地帯に一面の茶畑が広がる。
ちなみに、東の第四司令部と、西の第八司令部はお茶の二大産地としてライバル関係にあるらしい。
ダージリンのお茶は西方に愛好者が多く、西からの行商人も多く滞在する。
街中でも、ちらほらとトルクゥール人らしき商人の姿を見かけた。
ダージリンは、街中に紅茶のいい匂いが充満している。
「シンって空気まで違う感じにゃ」
「これはお茶を発酵させている匂いだよ。
ダージリンの紅茶は、西側の貴族にはとんでもない値段で売れるんだ」
クレアがパルックに説明する。
「ふにゃ~。お茶は体にいいって聞くのにゃ」
「じゃ、飲んでいきましょうよ」
ヴァネッサが目をきらきらさせながら、喫茶店を指さす。
オープンカフェ形式の喫茶店では、外に出されたテーブルで幾人かの住民がお茶を楽しんでいた。
テーブルの上には、お茶の入ったカップと共に、美味しそうな茶うけ菓子が並ぶ。
「ダージリンに来て、紅茶を飲まないのは無粋だ」
クラリネ爺さんの即決で、俺たちは茶店に入る。
多少、多めに金を払い、個室を用意してもらう。
一口サイズのお茶受け菓子、現地で言うところの「点心」を、ヴァネッサは片っ端から注文していた。
「とりあえず、茶を飲んだら、服をシン向けのものに着替えるぞ」
「良いね!」
間髪いれず、クレアが親指を立てて同意を表わす。
「寒くなってきたし、そうするにゃ」
シンの国の一般的な服装は、短めの浴衣にズボン。
バリエーションとして、若い女性向けに振袖のように袖が広がっていたり、
ズボンの代わりにスカートだったり、帯がカラフルな色柄や
武人向けに剣をぶら下げられるように帯が丸まっていたりしている。
「今日のところは、服装の見直しが先だな。
クレア、女性グループの引率を頼む。適当な服装に替えさせろ」
そう言うと、クラリネ爺さんは懐から重そうな袋を出して、クレアに渡した。
袋からは、ちゃりちゃりと硬貨の触れる音が聞こえる。
「万一に備えて、クレアとパルックで持ち合わせしておけよ」
「はいにゃ~」
「あいよ って、爺さん。よく考えたら、男性グループって爺さんだけじゃないか。
タクヤはヴァネッサから離れられないし」
「何か問題か?」
「財布はもらったし、もういいのにゃ~」
パルックがにこやかに、クラリネ爺さんに手を振る。
さすが猫だけあって現金なやつだ。
爺さんは、自分のカップを空にすると、席を立ちあがって外に出て行った。
その後ろ姿を見て、ふとわが身の行く末が恐ろしくなった。
女子4人と十分に金の入った財布。
その化学反応の結果、俺は終日ショッピングに付き合わされた。
クレアは紺色の地に、赤と白の花が散らされた大人っぽい柄。
カリマは青の無地を選び、パルックは、黄色と緑色の派手な柄。
ヴァネッサの選んだ反物には、桜色に白い花が咲き誇る。
他にも着替え用に幾つか選び、出来あいの下着やシン風の装飾品も購入。
反物から縫いなおすのに2、3日ほどかかるそうだが、しばらくこの街に逗留する予定なので、問題は無い。
「楽しみですね」「そうにゃ~」
付き合わされている間、何度意識が飛びそうになったか、覚えていない。
日が傾き始めたころ、ようやくおつとめを終えて宿屋に戻ることができた。
実体があったら荷物持ちにされていたのだろう。霊体で良かった。
宿屋は、トルクゥール政府の息のかかった商人が営んでいる西方風の建物。
既に知らせが回っていたのか、我々は離れの特別室に通された。
俺たちに少し遅れて、爺さんが宿屋に戻ってきた。
爺さんは、早速シン風の衣装に身を包んでいる。
姿勢の良さと相まって、「武人」にしか見えないが、行商人の護衛としてはその方が良いのかもしれない。
「速かったな」
「まぁね。あんまり目立つのも何だから、早めに切り上げてきたよ」
「ふむ。良い心がけだ。こっちはトルクゥールの諜報員と会って、
いくつか、気になることを耳に挟んできた。
まず一つ目だが、将軍リ=メイの遺児が、ダージリンに逃げ込んでいるらしい」
「シンの王子様 ってわけなのにゃ。格好いいにゃ~」
彼が中興の王子となるかは、これからの展開しだいなんだろうな。
「彼がここに来る理由でもあるのか?母親がここの司令官の娘とか」
「おっ、よくわかったな、タクヤ」
「じゃ、反乱を起こしたチョウ=レイはここに軍を動かすよなぁ」
「その通りだ。軍が来るのは時間の問題だろう」
「戦争に巻き込まれないうちに、この街を出た方が良いのにゃ」
パルックの発言にクレアも頷く。
「戦争を、止めることはできないのでしょうか?」
ヴァネッサが、伏せていた顔を上げて心のうちを話す。
「タクヤさんの力で、魔法で、なんとかできませんか?」
彼女は真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「駄目だ、ヴァネッサ。人間同士の戦いに守護霊が出るわけにはいかない」
クラリネ爺さんがきっぱりと否定する。
「でも、戦争になったらたくさんの人が死んじゃうんですよ!?」
「お前は、タクヤを、不死の王にしたいのか?」
ゆっくりと、区切りをつけながら爺さんが彼女に諭す。
宿主に死なれ、絶望した守護霊は、不死の王へと変わる。
そして、不死の王は、凄惨な死をばらまく。
プロイセの神官オットーとその守護霊は、戦争に駆り出された事が悲劇の始まりだった。
ヴァネッサは鼻白み、言葉を失う。
「妙な事は考えるな。我々は旅を完遂させ、アガルタを滅ぼす」
「はい……」
「今日明日でどうなるものでも無い。速めに寝ておけ」
爺さん自身も、何もできない事に不満を抱えているのだろう。
その言葉に従うことにして、お開きとなった。
■
翌日、荷馬車を動かしてトルクゥールと繋がりのある商人のもとへと向かう。
大山脈超えでは、ロバと山越え用の小さめの馬車でないと狭い山道は抜けられなかった。
だが、これからはほとんどが平地。
馬車二台を扱うのは面倒なので、大きめの一台に纏める事にしたのだ。
ここから先は、北東に馬車で移動。
シン国を東西に流れる大河のほとりの街に向かう。
そして船で大河を下り、最東の街サハイまで行く手はずだ。
サハイから先は、馬車で1か月ほどの旅となる。
そこは、第四、第五司令部の領域。
昨日の段階で爺さんが手はずを整えてくれていたらしく、
商人の所には手頃な大きさの幌付き荷馬車と二頭の馬が用意されていた。
「重そうな織物はこちらで引き取りますよ」
緑色の瞳をした商人がクラリネ爺さんに話しかけてくる。
「そうだな、頼む。日持ちのする食糧と、お茶も欲しいな」
「おおっ、お目が高い。この街ではお茶ですからね」
馬車は六人乗りの大きなものだが、キャンプ用品やカモフラージュ用の商品を詰め込むと結構狭く感じる。
「パルック、道中薬のほうを頼めるか?
慣れない土地では、風土病や食当たり、いろいろとあるだろう」
「わかったにゃ。昨日ひとまわりしたときに目星はつけておいたのにゃ」
「会計にクレア、護衛にカリマを連れていけ」
「ついでにこまごまとしたものも買ってくるよ~」
「わかった」
そう言い残して、彼女たちは行ってしまった。
爺さんが御者をして、ぱかぱかと馬車は進む。
「ヴァネッサ、この街では、お前は具現化をするな。呪いはカリマに任せておけ」
カリマの具現化は、武器の形態を取るので隠密性が高い。
呪いの浄化だけなら、離れたところからチャクラムを飛ばせばいい。
逆に、ヴァネッサの具現化はゴーレムを始め、大物が多いので隠す事が出来ない。
「グラン王国のときとは違いますもんね。わかりました」
シンはグラン王国とは比べ物にならないほど広い。
ひとつの司令部の管轄領域だけでも、西方諸国の一国の面積を超える。
これから先、第四、第五司令部の領域を通る事を考えると、無用な諍いは避けたい。
ヴァネッサも大人になったなぁとおもったが、彼女の口元がニヤリと笑うのを俺は見逃さなかった。
きっとまた何かやる気なんだろうな。
大通りに出て、信号待ちならぬ、馬車の通過待ちをしていると、何処からか一人の少年が馬車に駆け寄ってきた。
年齢は12,3歳。顔じゅう泥と汗まみれで真っ黒な顔をしている。
「なぁ、ちょっと悪いんだが、荷馬車に隠れさせてくれないか?」
「なんだ?坊主」
「悪いやつ、というか、ぶっちゃけ、家庭教師に追われてるんだ」
悪ガキ小僧がニヤリと笑って爺さんに頼み込む。
「頼むよ。友達の病気見舞いに行きたいんだ。ちょっとだけ、匿ってくれない?」
悪ガキは、御者台に座るクラリネ爺さんに向かって深くお辞儀をする。
「ま、いいだろ。さっさと乗れ、だが暴れんなよ」
「おう、ありがとな」
そう言って、悪ガキは周囲を気にしながら、荷馬車に乗りこんできた。
「ワシらが人さらいだったらどうする気だ?」
爺さんが笑いながら悪ガキに問いかける。
「それは無いね。俺、人を見る目には自信があるんだ」
子供のくせに、自信ありげに言い放ち、俺たちの居る荷馬車の奥に入ってきた。
幌つきの馬車の中は薄暗く、荷物を詰めた箱が散乱していてごちゃごちゃしている。
「結構、狭いなぁ」
「狭くて悪かったね~だ」
口の減らない悪ガキに、ヴァネッサが同じレベルで言い返す。
悪ガキは何か言い返そうとヴァネッサの方を見た途端、その表情が凍りついた。
顔から急激に血の色が消えていき、うひゃ とも、うぎゃ とも言えない悲鳴が、彼の口から放たれる。
「貴様、チョウ=メイ!」
悪ガキが懐から短刀を取り出し、飛びかかってこようとしたとき、馬車が急ブレーキをかける。
「うわ」「きゃ」
「暴れるなって、言ってるだろ」
バランスを崩して転んだ悪ガキに爺さんが諭す。
「わりぃ、ってそうじゃなくて、覚えてろよっ」
悪党の捨て台詞を残して、悪ガキは馬車から飛び降りて走り去った。
「何なんでしょう?」
「チョウ=メイ とか言ってたな」
「チョウ=メイといえば、第四司令部の司令官、チョウ=レイの長男だ。
若くして父親に代わって、軍を率いているらしいが、そいつがどうした?」
爺さんが横から解説してくれる。
「こっちが聞きたい」
解らないことだらけのまま、その日は何もなく終わった。
■
それから3日後。
俺たちは一通りの市内観光と買い物を済ませ、服を受け取った後、食堂でシン料理に舌鼓をうっていた。
「明日にはこの街を出るぞ」
「次は、北東に向かって、そこから船に乗るんだよね?」
「そうだ。馬車ごと乗れる川船がある。馬は置いていくがな」
「そんなに大きい船があるの?ずいぶん大きな川だね」
クレアがシン料理をフォークでつつきながら疑問のあるような顔をする。
「あぁ。川といっても、幅20~30キロはあるぞ?横断するのも一日がかりだ」
「うげ……」
船酔いの事を考えたのか、クレアが急に嫌そうな顔になる。
「クレア、今回もサービスしとくにゃ~」
横からパルックがうれしそうに手を出す。きっと船酔いの薬のことだろう。
「でも、川なら海よりも波は静かなのではないですか?」
「いや、そこまで大きくなると、海と変わらん」
ヴァネッサのフォローを、爺さんが一蹴した。
シンの料理は、円形のターンテーブルに大皿で並ぶ。
大皿に乗せられた料理を、各人が小皿に取って食べる形式だ。
円形のテーブルに並ぶ食事があらかた皆の胃袋に入った頃、異変が起きた。
ドカドカと多数の人間の足音がして、こちらに向かってくる。
「前にもあったな、こんな展開。なんでお前の旅は、いつもこうなるんだ?」
「もがもご(知りませんよ)」
口いっぱいに食べ物を詰め込みながら、ヴァネッサがうんざりした爺さんの質問に答える。
個室の扉がゆっくりと開け放たれた。
腰に長い刀を吊るし、着流しのような長い上着の優男を先頭に、十数人の衛兵が後ろを固めている。
カベをすり抜けて外を見ると、この建物自体が衛兵に包囲されていた。
「お食事中、邪魔をする。後にした方が良いか?」
優男は、テーブルに並べられた皿をちらりと見てから話しかけてくる。
「構わんよ。茶を飲んでいる間に話せることならな」
クラリネ爺さんは、悠然とティーカップを持ちながら、余った椅子に座るよう、彼を促す。
彼は、軽く手を振って椅子を辞し、話しだした。
「私は第九司令部、第二隊隊長、リュウ=リだ。
単刀直入に聞こう。貴殿らに、密偵の疑いがかかっている。
是か非か?」
「是と言ったら?」
「丁重に、司令部までご招待させて頂く。
非というなら、そいつが髪の色を胡麻化している理由を聞かせてもらおう」
優男は、ヴァネッサの方を鋭い目つきで睨む。
「えっ!なんでそれを?あ……」
ヴァネッサの発言に、クレアやパルックが眼を覆う。
優男に睨まれて、ヴァネッサがバツが悪そうに黒髪のカツラを外して、銀髪を露わにした。
優男の背後に居た兵士たちに緊張が走る。
「青みがかった銀髪。情報に間違いは無いが……、手を見せてみろ」
彼の言うとおり、ヴァネッサは手のひらを広げる。
その時、クラリネ爺さんが飲み終わったティーカップを音高くテーブルに置いた。
「さて、茶を飲み終わったので、行かせてもらっても良いかな?」
「わかった。但し、しばらくこの街に滞在してもらうことになる」
クラリネ爺さんは無言で立ち上がり、俺に目くばせしてから個室をでていった。
カリマが後に続く。
「デザ……なんでもないです」
ヴァネッサは、クレアとパルックに引っ張られて、部屋から出る。
俺は見えないのを良いことに、こっそりその場に残って様子を伺う。
「隊長、行かせて良ろしいのですか?」
副長らしき人間が、リュウ=リに話しかける。
「よくは無い。が、真にチョウ=メイであれば、剣の達人。
あのような手はしていないはずだ。
監視をつけておけ。気取られてもかまわん」
「はっ」
「それに、あの男はトルクゥールの英雄、クラリネだ。
チョウ=レイとトルクゥールが結ぶとなると、面倒な事になるな」
そういうやりとりがあって、優男も個室から出て行った。
「まったく、街で見かけたというから来てみれば、単なる小娘にしか見えないんだけどなぁ」
副官は、ぶつぶつ言いながら、監視を部下に指示した。
「どうも、ヴァネッサがチョウ=メイと勘違いされているらしい」
宿屋の離れに戻った俺たちは、一室に集まって話しあっていた。
「どういう理屈かはしらんが、チョウ=メイとヴァネッサが間違えられている」
爺さんは、ちょっとヴァネッサの方を見てから、大きくため息をついた。
「参ったね。この街に足止めってわけか」
「みんなに先に行ってもらって、わたしはタクヤさんに乗って飛んで貰えば街は出れますよ」
自信まんまんにヴァネッサが話す。
「そんなことしたら、一発で人相書きがでまわるのにゃ~」
「そうだな。面倒な事になった」
クラリネ爺さんが腕組みをする。
「運のいい事に、向こうには話の解りそうなやつが居る。
ヴァネッサがチョウ=メイとは別人ということを証明出来ればいいだろう」
「いずれにせよ、明日の出発はお流れだね~」
クレアがまとめようとした時、パルックがいきなり立ち上がり、外に飛び出して行った。
追いかけると、パルックは闇の中にたち、西の方角を見つめている。
「アガルタにゃ……」
巨大な岩の塊が、空の丸い月をえぐり、不気味な形へと変える。
アガルタは、遠くを飛んでいた。
「遠いな。2,3日の距離といったところか」
カリマが目を細めて空を見る。
ダージリンの住民の中には気が付いた人間もいるかもしれないが、その夜は何事も無く過ぎて行った。
■
翌朝早く、宿の主人が俺たちのもとに来て、行政命令で正式に足止めされたことを伝えに来た。
逮捕や捕縛というわけでは無いが、この街からは出るな と目をつけられてしまった。
「やれやれ。観光名所でも回ってくるかな」
そう言って、爺さんは一人で何処かに行ってしまった。
彼がそういう行動をとる場合、決まって「何か」をしに行っている。
俺たちは、邪魔にならないよう、街をうろついていた。
派手に分散行動を行った方が、シンの監視をかく乱できると踏んでの事だ。
2日目も爺さんは無言で出かけて行った。
交渉が難航しているのか、表情が冴えない。
オープンカフェで茶を飲むしかやることが無いが、観察していると街の雰囲気も、心なしか暗くなってきたような気がする。
「タクヤさん、あれ」
ヴァネッサが指さした先には、先日の悪ガキが居た。
何か考え事をしているのか、ずっと下を向いたままで、心ここに無しといった様相で歩いている。
「彼に聞いてみましょう。
わたしがチョウ=メイに間違えられている理由が解るかも」
「何者なんだろうね」
俺たちは、こっそりと悪がきの後をつけることにした。
悪ガキは取り立てて目的も無く、ぶらついてるように見える
彼が人気の無い横道に入ったところを狙って、声をかけた。
「チョウ=メイか……」
こっちに振り向いた悪ガキは、一瞬だけ驚いた顔を見せたが、その表情が引き締まる。
そして、いきなり地面に土下座をした。
「頼む。チョウ=メイ。
お前がここに居るってことは、軍も近くにきているのだろう?助けて欲しい」
地面に額をすりつけながら、ヴァネッサに必死になって頼み込む。
「わたしは、チョウ=メイさんじゃ無いですよ。
それに、わたしは女です。ほら、胸だってあるし」
ヴァネッサが胸を張る。まぁ、それなりには胸はある。
「えっ?」
だが、悪ガキは女心を無視した発言をして、ヴァネッサにこめかみぐりぐりを喰らった。
「わかった、わかった。信じるよ」
目を回しながら、悪ガキは地面に座り込んだ。
「怒ったヴァネッサは怖いにゃ~」
「で、少年。ヴァネッサとチョウ=メイはそんなに似てるの?」
クレアやパルックが周りを固める。
「う~ん、近くで見るとそうでもないけど、雰囲気が似てる。
あと、眼の形とか輪郭とか」
「そもそも、どうしてあなたがチョウ=メイを知ってるの?
偉い人なんでしょ」
悪ガキは年齢に似合わぬ苦笑いをした。
「俺は、リ=ショウ。世が世なら将軍サマだぜ?」
「その将軍さまが、どうして謀反を起こしたチョウ=メイに頼みごとをするの?」
「姉ちゃんには敵わないなぁ。みんなには内緒にしてくれよ。
昨日、アガルタがこの地方を通った」
「うん。ここからでも見えたね……」
悪ガキが言うには、ここから南方にある街に呪いが落ちたそうだ。
烽火で急を知った第九司令部は、南に向けて物見の早馬を出した。
その早馬は、南の街からダージリンを目指す難民と、それを追いかける魔物の大群と遭遇したそうだ。
「早馬の兵が言うには、巨人が数十体、人食い鬼、犬頭は5千以上はいるそうだ」
「何て数……」
クレアが絶句する。
「この街には高い城壁がある。籠城していればやり過ごせるのではないか?」
「そうすると、魔物は他の場所を襲いに行く。城壁の無い町や村ではひとたまりも無い」
カリマの問いかけに、悪ガキは答える。
確かに、将軍というだけあって、モノをよく知っているようだ。
「この第九司令部の軍の主力は、チョウ=レイに備えるために西に向かっている。
今残っている駐屯兵だけで、数千の魔物を倒すことは無理だ」
「何か、あてはあるの?」
「第四司令部は、名馬の産地。だから質のいい騎兵が多いんだ。
チョウ=レイは、きっと精鋭部隊だけで防衛線を突破してくるだろう」
敵中突破からの拠点攻撃というやつか。
「その部隊を借りる。
内部から連携をするための伏兵がもぐりこんでいると踏んでたのさ」
「でも、チョウ=レイがそうするとは限らないんじゃない?」
「俺がヤツなら、きっとそうする。
俺を殺して、将軍の直系血統を消せば、他の司令部は連携できなくなる。
やつの軍を魔物退治に借りる代わりに、将軍位と第九司令部をくれてやる。
悪い交渉では無いだろ?それ以外にこの局面は打開できない」
「もし、来なかったら?」
「この地方は魔物に蹂躙されて終わる」
■
「なんか、やるせないね」
悪ガキと別れてカフェに戻ると、クレアがため息をついた。
守護霊は魔物に対して絶対的な力を持つ。
だが、数千もの数の暴力を相手にすると、巫女の側の精神力がもたない。
遠隔地から具現化すれば巫女は安全だが、行動時間が短くなる。
何度もため息をついていると、大通りの方が騒がしくなってきた。
外に出てみると、南門に南の街からの難民第一段が到着したところだった。
休むことなく歩き続け、ぼろぼろになった彼らの口から、悲惨な状況が語られる。
そして、無数の魔物達が彼らを追ってきている事も。
「なんだと!?なんで魔物なんか連れてきやがったんだ」
「速く門を閉めてっ」
「待ってくれ。まだ、遅れている仲間が居るんだ!」
「うるせぇ!どうせもう殺されてる」
ダージリンの街の住民たちと、難民たちの間で言い争いが始まる。
街に恐慌が広がっていく。悲鳴と怒号。走り回る人々。
魔物は、人間を殺す事を目的として活動している。
運の悪いことに、この街は、第四司令部の進軍に備えるために、大半の兵士が留守にしている。
それが、恐慌に輪をかけた。
「うるせぇ!黙れ」
轟き渡る叫び声の下に、あの悪ガキがいた。
「魔物に襲われた人は、何があっても助ける。それが建国以来の決まりだ。
それに背くのなら、さっさとこの国を出ていけ!」
リ=ショウが、騒ぎ立てる住民を一喝する。
「ふざけんな、くそガキ。こいつらのせいで、たくさんの魔物がこの街にくるんだぞ!?」
「俺はシンの将軍だ!俺が決めた事が絶対だ!」
「お前が将軍様だと?」
赤ら顔のおっさんが、リ=ショウの胸倉を掴み、持ち上げる。
その時、リュウ=リが衛兵たちを引き連れて人ごみから現れ、おっさんを押しのけて、リ=ショウの前に跪いた。
衛兵が彼らの周りに壁を作る。
「若様、ここは危険です。司令部にお戻りください」
「ダメだ。魔物が出たと知って、戻ることはできない。
きっと、俺のご先祖さまは、みんなを助けるために立ちあがったと思うから、
俺も、魔物と戦いに行く」
「ここは通せません」
リュウ=リが、彼の前に立ちふさがる。
「俺は、まだ剣も使えないけれど、囮としてこの街を守る事くらいはできる。
将軍の命令だ。そこをどけ、リュウ=リ」
ヴァネッサが俺の方をちらりと見る。
俺が頷くよりも速く、カリマが人ごみをかき分けて、彼らのもとに歩いていった。
「私も行こう。私はシン国人では無い。将軍の命令なんぞ知った話では無い」
「申し出はありがたいが、異国の人には頼めない」
「構わん。私は巫女だ」
カリマが空を舞うチャクラムを具現化すると、群衆の中からどよめきが起こる
「私は、将軍と共に行く。この街は、お前たちが守れ」
リ=ショウが年齢相応の表情で、嬉しそうに笑う。
「風が変わったな、リュウ=リ。
第二部隊全てを終結させろ。逃げ遅れている者たちを助けに行く!」
「ですが、即座に動ける第二部隊だけでは2000程度。
魔物たちを倒すことは難しいかと」
「それだけいれば十分だ。魔物は人間の多い方に寄ってくる。
俺たちが囮になれば、住民が逃げる時間が稼げる。
行政府にも連絡して、逃げてきた者たちの住処と食事を用意しろ」
リュウ=リが手早く部下たちに指示を飛ばす。
衛兵たちが慌ただしく走りだしていった。
「すまない。放っておけなかった」
カリマが俺たちのもとに戻ってきて、頭を下げる。
「まぁ、いいにゃ。どうせ誰かがなんかすると思ってたし」
パルックがにやにやしながらヴァネッサの肩を叩く。
「えぇ。わたしたちも行きますよっ。みんなを助けましょう」
「やれやれ。どうせこんな所だと思っていた」
クラリネ爺さんが、テーブルにやってきた。
「カリマ、ヴァネッサ、お前たちはワシと一緒に兵士と一緒に出撃するぞ。
クレアとパルックはここに残れ」
「えっ、うちも行くよ」
「ダメだ。今回は乱戦になる。お前たちを守りきれん」
「わかったにゃ。ほら、クレアも残るのにゃ」
「う~、ヴァネッサ、無事に帰ってきてよ。タクヤ、あんたが頼りだからね」
「うん」「わかった」
■
急ぎ集められた兵士たちと共に、俺たちは南へと向かう。
逃げてくる難民たちを保護し、付添の兵士をつけてダージリンの街へと避難させる。
俺たちは、リ=ショウの計らいで、本陣に配置された。
「物見からの報告です。前方30キロの地点で魔物の群れと遭遇」
「ふむ。では、ここらで防御陣地を構築するぞ。
足の速い魔物が先に来るかもしれん。警戒しておけよ」
兵たちは、二手に別れる。
後衛部隊は、近くの森から木材を切りだし、道を塞ぐように防御陣営を構築する作業に取り掛かった。
先行部隊は、馬を使って住民の確保と魔物の誘導のために前進する。
魔物の群れを誘導し、ダージリンへの本道から逸らす。
目的地は、街や村から離れた、荒れ果てた荒野が広がる。
そこは、チョウ=レイが電撃戦を行うのであれば、必ず通過すると思われる開けた場所。
クラリネ爺さん、ヴァネッサ、カリマの三人は、二頭立ての戦車に乗って先行部隊に入る。
速度と頑丈さ優先のつくりなので、かなり揺れているが、贅沢は言っていられない。
道々出会った人たちを激励しながら、道を進むと、地平線の向こうに魔物の群れが見えてきた。
情報通り、数十体の巨人と無数の人食い鬼や犬頭が見える。
巨人が、人間の半身を手に持ってかじりながら歩いていた。
「よし。目標を確認した。もう少しひきつけてから戻るぞ」
リ=ショウが感情を殺した声で、部隊に告げる。
魔物たちを十分ひきつけてから、俺たちは逃げ出した。
巨人の投げる石が、逃げる騎兵たちを直撃する。
落馬した騎兵の中には、ピクリとも動かなくなる者もいる。
彼らは魔物の群れに飲み込まれ、見えなくなった。
ようやく目的地の荒野に辿り着き、後衛部隊と合流した時には、先行部隊の半分が消えていた。
そこに、最後の防御陣地がひかれている。
土を掘って塹壕とし、その盛り土を積み上げただけのものだ。
魔物たちが、一丸となって襲いかかってくる。
周囲は魔物の群れに覆われ、人間の領地はほとんど無い。
巨人の足音が地響きとなって、塹壕にこもる兵士たちを揺する。
逃げ疲れた兵たちの息は荒い。
激闘が始まった。
「チョウ=レイ!来てくれ。早く、俺を殺しに来い!」
天に向かってリ=ショウが叫ぶ。
その叫びに応えるように、丘の上に一人の騎兵が現れた。
真っ白な鎧と白い馬。
同じいでたちの騎兵が続々と丘の上に姿を現していく。
丘の上は雪が積もったように、真っ白に覆われていった。
整列した姿から、彼らの士気や練度の高さがわかる。
そして、第四司令部を現す、花と河をモチーフとした旗が丘の上に翻った。
「遅いぞ、チョウ=レイ!」
リ=ショウが叫ぶのと同時に、彼らは一糸乱れぬ動きで魔物の群れに突撃してきた。
側面から突撃を受けた魔物たちは混乱し、群れが分散する。
「反撃の狼煙を上げろ!反転し、魔物を殲滅する」
リュウ=リが旗下の兵士たちに命令する。
「向こうはどさくさにまぎれて襲ってこないか?」
クラリネ爺さんが、リ=ショウに確認する。
「そんな事をしたら、この国で将軍にはなれない。
それを一番よくわかっているのが、チョウ=レイという男だ」
リュウ=リが帯剣を引き抜いて、先頭に立って突撃をかけた。
「タクヤさん、行きますよ!【具現化】」
俺たちは、ワシの姿になってから魔物の中心に突っ込む。
そして、着地と同時に、土のマテリアを起動させる。
ヴァネッサは、ロックゴーレムと化した俺の肩に乗る。
巨人の身長は、俺の胸元程度。
パンチ一発で巨人の上半身が吹き飛び、崩れ落ちる。
カリマは、チャクラムからの【磁力砲撃】で、周囲の雑魚魔物ごと巨人をぶち抜く。
土のマテリアを獲得したことで力が上がり、威力を押さえていれば、連射ができるようになったらしい。
俺たちの行動で、魔物の群れの中から巨人の姿が消えた。
数ではまだ魔物が勝っていても、こうなれば人間側が有利になる。
犬頭は、騎兵の馬に踏みつぶされ、わめき声を上げながら逃げ惑う。
人食い鬼が馬の前に立ちふさがるが、突撃の勢いで跳ね飛ばされて倒れ伏す。
俺は、慣れた身体の狼に変わり、ヴァネッサを乗せたまま戦場を縦横に走りぬけた。
6つのマテリアが支える【氷殻】は、鋼の硬度となり、魔物達の攻撃を寄せ付けない。
目指すのは、最も激戦となっている場所。
そこには、第四司令部の司令官旗が立っていた。
旗の周りには、十数人の騎兵が輪になって防壁を作り、魔物たちの攻撃を必死になって防いでいる。
輪の中心にいる一人の男の姿が目に入る。
この激戦の中で、ただ一人だけ兜もかぶらず素顔を晒しているので良く目立つ。
年齢は40前後。青みがかった銀髪を後ろで束ねている。
彼は武器を手に持たず、周りの騎兵たちの戦闘を傲然と眺めていた。
その瞳が、魔物を蹴散らして進む俺たちを見つめる。
「……!?」
ヴァネッサが、声にならない声を出す。
次の瞬間、騎兵の部隊が俺たちの間に割り込んでくる。
先頭に立つのは、まだ小柄な少年。
「父上、無事ですか?」
「大事無い」
「ここは、我らに任せて体勢を整えてください」
途切れ途切れに彼らの声が聞こえたが、戦場の混乱で、離れ離れになってしまった。
激戦は人間側の勝利で終わった。
魔物は全滅し、消えた。
だが、人間側の被害も多大である。
チョウ=レイの騎馬隊は、こちらに攻撃するでもなく、撤収していった。
ダージリンの第二部隊の被害は甚大で、戦闘続行できるような状態ではない。
幸い、爺さんもカリマも多少のすり傷ですんでいる。
ヴァネッサが地面に座り込んで死者へのお祈りをしていると、
クラリネ爺さんが、真っ青な顔をして、ヴァネッサのそばに歩いてきた。
「ヴァネッサ」
「なんですか?クラリネさん」
「先ほどの戦闘の中で、ワシはチョウ=レイを見た。
あれは、もしかすると、ヴァンかもしれない」