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第十三話 普通と普通

俺たちが旅してきた大陸は、おおまかに3つのエリアに分けられる。

大陸西方は、豊かな自然と安定した気候がある土地。

古くから人が住み、フランク王国等の中規模の国家がいくつも存在している。

大陸の中央部は、北に獣人族の一大拠点である黒森があり、南には乾燥した大地が広がる。

ここでは、巨大なトルクゥール王国を盟主とした小規模な民族国家が並ぶ。

そして、大陸の東部はシン帝国しか国が無い。

シン帝国は将軍をトップに頂く軍事国家である。

圧倒的な軍事力を背景に、全ての住民を自国家に組み入れていた。

「配下に入るか、魔物に殺されるか」の選択を強いている。

人々は、シン帝国の軍に税を払う代わりに、魔物退治をしてもらっている。

シン帝国を超えた先に、旅の最終目的地がある。

トルクゥール王国とシン帝国の間には巨大な山脈地帯があり、軍隊の行動を制限していた。

そのため、大山脈を境として、西がトルクゥール、東がシンと住み分けられている。



「シンが滅んだって、魔物が原因か!?」

クラリネ爺さんがガルに詰め寄る。

「いえ、内乱が起きたようです。

シンの首都、フヨウは壊滅、各地で将軍候補たちが分派し、激しい混乱になっているようです」

「困ったな……、悠長に旅ができるような情勢では無くなったということか」

「そんな、人間同士で争っている場合じゃ無いのに」

「一旦イスタルに戻りましょう。そちらの方が情報が入ると思います」

ガルの勧めに従って、俺たちはイスタルへと戻ることにした。

谷は、バリケードで封鎖する。

大半の石人が倒れた事は確認しているが、岩に偽装されていると判断のしようが無い。

飛空船は応急処置が終わって飛行はできるものの、さすがに客は乗せられないとのことで、一足先に飛んで帰っている。

俺たちは、手配されていた馬車に乗り、ガルと共に、イスタルへの道を兵士たちに護衛されながら戻る。


「爺さん、シンてどんな国なんだ?」

「そうだな。東の果ての国というだけあって、あまり西側には情報は入ってこないからな」

クラリネ爺さんが、「15年前の話」と前置きして、彼が旅したころのシン帝国について語ってくれた。

シン帝国は、世襲制の将軍をトップとして軍部が全権力を握っている。

「シンは、国土を十二分割し、北から右回りに第一~第十二司令部が別々に統治している。

各々の司令官は、昔は将軍の任命制だったそうだが、今では半ば世襲制だ」

右回りということは、時計回りか。

時計という言葉で、家族旅行で見た花時計を思いだした。

放射状にベゴニアやヒナギク、チューリップなどが色鮮やかに咲き誇っていた。

妹ははしゃいでいたが、俺はポカーンとしていたな。

「中心に首都フヨウがあり、将軍率いる中央司令部がフヨウ周辺を直接統治している。

ここが、シンの中心だ」

将軍が居て、世襲制の司令部があって……、昔の日本みたいだな。

「各々の司令部は半独立した形で領地を治めている。

15年前は、多少の小競合い程度だったが、それぞれの司令部はあまり仲が良くない」

「事の始まりは、5年前に呪いで第五司令部が崩壊しかけた事にあります。

中央司令部は、前将軍リ=セイが亡くなったばかりということもあり、迅速に命令を出せませんでした。

第四司令部が独断で動き、第五司令部は持ち直しましたが、司令官の血筋は絶えました。

そこに、第四司令部の司令官チョウ=レイが自分の腹心を司令官として送り込み、

実質上の支配を始めました」

ガルが爺さんの言葉を引き継いで、最近の情勢を説明してくれる。

「そして先日、フヨウ周辺で大地震が発生。フヨウは大打撃を受けたそうです。

その間隙を縫って、チョウ=レイがフヨウに攻め込みました。

将軍リ=メイは、フヨウの民を率いて善戦したものの戦死。

将軍の弟たちは、各地の司令部へ逃げました」

「将軍に子供は居たのか?」

「息子が一人いるそうですが、まだ若く、人となりはわかりません」

「本来であれば、彼が将軍を継ぐのであろうが……」

「各地の司令部はリ=メイの弟たちを頂き、互いに争っているようです。

僕が知っているのは、このくらいですね」

典型的な、戦国時代に思える。これは、ちょっとやそっとじゃ収まりそうにないな。


イスタルに戻ると、王宮は商人たちでごった返していた。

シン関連の情報を売り物として買い取る というお触れが出たらしい。

ガルがいることもあって、彼らの横をすり抜け、最優先で王宮の奥へと入っていく。

俺たちは、またいつもの食堂に通された。

「只今戻りました。兄上」

ガルが華麗に一礼をする。

「おう、お帰り」

「ジア、早速で悪いが、トルクゥールは、シンのことをどう考えているのだ?」

爺さんが国王に詰め寄る。

「我が国は事態を重要視し、特使を出すことにしたよ。

よろしくな、王弟クラリネ」

「なにぃ!?」

「どうせ、東に行くんだろ?ついでだ、ついで。

それに、我が国とシンは大山脈に阻まれて、軍隊のやりとりなんぞ出来ん。

どの勢力と結ぼうが、好きなようにして構わんよ」

国王はにやにやしながら、ぱたぱたと手を振る。

「あぁ、最初からあまり派手に動くと、面倒になるだろ?

行商人として入国すればいい。偽装の手配はやっておいた」

畳み掛けるように話す国王に負けて、爺さんは特使を引き受けることになった。

さすがに付き合いが長いせいか、国王陛下は爺さんの操縦方法を心得ていらっしゃる。


数日後、有力貴族たちを集めた任命式が行われた。

表向きは違う人物が特使に任命され、爺さんはその副使という形式である。

特使はシン側の諜報網をかく乱させるために、時間をかけてゆっくりとシンへ向かう。

その裏で、俺たちは先行し、情報収集と分析をしておく手はずだ。

男社会であるトルクゥールでは、公式の場である任命式には男しか出席できない。

自然、俺たちは留守番となり、爺さんだけが任命式に出席している。

「全く、何でワシが……」と最後までぶつぶつ言っていたが、旅を続けるのに悪い話ではない。

クレアは式典をさぼったガルに誘われて何処かへ行った。

パルックは長旅に備えて、バザーに薬の買い出しに行った。

「ヒマですね」

「ヒマだな」

残されたヴァネッサと俺は、所在無げに王宮をさまよっていた。

重要人物は皆、式典会場に集まっているので、王宮にはヒマそうな人間しかいない。

「おや、巫女さま」

中庭に面した道をぶらついていると、エンカウントしたヒマそうな女官その1が、にこやかに話しかけてきた。

「何か、おやつとお茶でも用意いたしましょうか?」

何故、いきなり食べ物なのだろう。

「あ、良いですね、ありがとうございます。

せっかくだから、中庭で……」

中庭の方を向いたヴァネッサが、何かを言いかけて止まる。

そちらに目を向けると、噴水のそばでたたずむカリマと守護霊が居た。

「カリマさんの分も持ってきてもらって良いですか?」

「えっ……」

女官の表情に嫌悪の表情が現れる。

「巫女さま、あまりあの方とご一緒されないほうが良いかと」

「何故ですか?」

「ここだけの話ですが、あの方は、王様に毒を盛ったのです」

「えっ!?」

「幸い、事前に察知されたガル様が穏便に処理をされ、表ざたにはなっていませんが……」

そう言い残して、女官はおやつの準備のためにその場を離れた。



特使が鳴りもの付きでイスタルを出発する裏で、俺たちはカリマと共に東へ向かう。

トルクゥールの国内は、東西に延びる主街道が整備されている。

俺たちは、その主街道を馬車ですっ飛ばす。

途中の街ごとに、馬も馬車も、さらには御者や護衛の騎馬隊にいたるまで、しっかり用意されている。

馬車には、ふんわりクッションがしきつめられ、凄腕の御者のテクニックと相まって、ケツが痛くならないらしい。

守護霊の俺には関係ないけど。

そんな旅路であるため、歩きだと数か月はかかるトルクゥール横断の道のりが、わずか2週間しかかからない。

俺たちは予想していた以上の速度でトルクゥールを駆け抜ける。

用意されている馬車は、荷物用を除き2台。

くじ引きの結果、一台目はクラリネ爺さんとヴァネッサ、二台目はクレアとパルック、カリマの組み分けで分乗している。



「爺さん、どうしてカリマも一緒に来たんだ?」

しばらく馬車で進んでから、ずっと思っていた疑問を爺さんにぶつけてみる。

「彼女も巫女だからな。一緒に行ったほうが効率的だ」

爺さんのいう事は理にかなっている。だが、王宮で女官が見せた嫌悪の表情がちらつく。

「カリマさんが国王様に毒を盛ったというのは、本当ですか!?」

ヴァネッサがいきなり核心をついた質問をする。

「誰から聞いた?」

「ちょっと、小耳にはさんで……」

「ジアとガルは、堅く口止めしている と言ってたんだがな。

ま、そんなしけた顔で居られても、同乗しているこっちが困る」

ヴァネッサのしかめつらに睨まれて、爺さんはジアから聞いた、カリマの話を教えてくれた。



カリマは、赤ん坊の頃、王家に預けられた。

実の両親は、ジア=ハーンと王位を争った相手。

本来なら死罪となるべきところ、強力な呪いを宿した娘を代償に助命を請うた。

既に大勢は決まっていたこともあり、ジアはその話を飲んだ。

そんな身の上ではあったが、カリマは国王の義娘として、他の王族や貴族の少女たちとともに、何不自由なく育てられたらしい。

そんな少女時代のカリマの悩みは、背が低い事。

あるとき、カリマ付きの侍女が「背の高くなる薬」を見つけてきた。

うす青い粉末を、一日に耳かきひと匙ぶん。

薬を毎日続けた結果であるのか、カリマの身長は目に見えて伸びた。

そんな彼女のそばには、同じ悩みを抱えた人間が居た。

背丈で弟に抜かされ、不貞腐れていた国王ジア=ハーン。

国王は、背の伸びた彼女にその訳を聞く。

彼女は、疑う事なく「背の高くなる薬」について語り、薬を国王に渡した。

「子供が飲むときはひとさじだけど、大人はたくさん飲まないといけない」

侍女から教えられた約束事と一緒に。

だが、その薬は人を狂わせる禁制品の麻薬であった。

間一髪、隠し事の下手な兄に不審を覚えたガル=ハーンが、薬を解析し全てが明るみにでた。

だが、判明した時には、カリマの侍女はイスタルの港に溺死体として浮いていた。

侍女とカリマの実家との関係性が浮かび上がってきたものの、確証は得られなかった。

カリマは、当時まだ幼く、騙されていただけであるので、罰せられることは無い。

だが、長期にわたって摂取された麻薬は、彼女の心身を蝕み、禁断症状を引きおこした。

呪いで身体が強化されている彼女は、超人的な腕力で暴れまわり、数人の侍女を殺害。

魔物のように暴れまわる彼女を隔離するために、重罪犯用の頑丈な監獄に彼女は監禁された。

国中の医者が匙を投げ、わらにもすがるように用いた獣人の伝統療法が功を奏し、

彼女が自我を取り戻したのは、事件から3年後。

国王に麻薬を勧めた事。そして、幼い少女の身でありながら、重罪犯の監獄に収監された事。

これらが相まって噂を呼び、王宮はカリマにとって酷く居心地の悪い場所になっていた。


「カリマは、罪の意識で自分を縛っている。

トルクゥールに居る限り、それは払拭できない。

ジアは、ワシの元に彼女を預けるつもりだったらしい」

クラリネ爺さんは国王の義理の弟であるので、カリマとは叔父姪の関係である。

もし、巫女にならなければ、彼女は爺さんと一緒にクーヴァーで第二の人生を始めていたのだろう。

「いずれにせよ、彼女を放っておくわけにもいかん。

この旅が終わった後、カリマはワシの姪として、クーヴァーに連れて行くつもりだ」

いろいろな事が明かされて、胸のつかえがとれた。

カリマの「死にたがり」も、そんな背景があるのなら説明がつく。

爺さんの表情を見て、俺とヴァネッサは顔を見合わせる。

「爺さんは、相変わらず」

「お人よしですね~」

俺たちの息の合った突っ込みに、爺さんは諦めたような苦笑いをした。



大陸中央部の最東端の街カルブ。

さらに東に行くと、クンロン大山脈があり、山脈の先は大陸東部に入る。

この街はトルクゥールの直接統治下では無く、山岳民族の代表たちが共通統治を行っている。

ここから先は、山岳民族の小さな村が点在するだけだ。

街の住民は、道先案内をしてくれる山岳民族と、シンとの貿易のために移住したトルクゥール人が大半を占める。

他には、シン側から山越えに挑戦し、荷物を失った人の末裔が多く暮らす。

ここからイスタルまでは、魔物警備のために騎馬隊が定期的に循環しているので治安は良い。

そのため、シンの産物はここで売っても、イスタルまで運んで売っても遜色は無い。

シンの行商人たちは、懐と時間の余裕、そして諸物品の相場を考えて、ここで荷物を降ろすか、さらに先にまで行くかを決定する。

商人たちの交渉の怒鳴り声で、この街はごった返していた。

少しでも高く売ろう、安く買おうという熱気が街を活気づけている。

その一方で、財産を失った人たちが住むスラムが、街の周辺を包むように建っている。

この街では、市場の荷運びや、街の周辺の農場での農作業などの日雇い仕事には事欠かない。


俺たちは、シンに行商人として乗り込む手はずになっている。

そのために、ジアに頼んでカモフラージュ用の売り物を用意してもらった。

特殊な織り方の織物や香料、香辛料など。

他に、キャンプ道具や食糧も詰めこんだ行商人用の荷馬車を2台受け取る。

さらに、信頼できる数人の案内人を紹介してもらった。

カルプでの夜は、ベッドで手足を伸ばせる最後の日。

豪勢な宿屋に泊って、女性陣は特別あつらえのお風呂で羽根を伸ばしている。

俺は、別室で行われている爺さんとトルクゥール外交官との情報整理にこっそり同席。

シンに近いだけあって、ここの外交官は細かな情報まで押さえていた。

叛旗を翻したチョウ=レイは、生粋のシン人では無いらしい。

風貌は、銀髪碧眼に白い肌。西側諸国の出身らしいが、彼の母国については不明だ。

彼は十数年前に突如シンに現れ、様々な手段で巨万の富を築きあげる。

その富で将軍と重臣に取り入って、第四司令部の司令官にまで任命された。

第四司令部での統治は、商業の振興、少数民族の厚遇他、様々な政策を成功させ、数年のうちに強固な地盤を作り上げた。

そして、大地震に乗じて、今回の叛乱を起こしたらしい。

現在、フヨウには戒厳令がひかれ、詳細な情報は手に入っていないそうだ。

外交官は、シンでの情報交換の手はずなどを伝えてから帰っていった。


「タクヤ、どう思う?」

「何者なんだろうな。そのチョウ=レイってやつは」

夜の遅い時間になっても、街は不夜城のごとく騒々しい。

大山脈越えで得た金を、ギャンブルで失う者もいると言う。

「ふいごに紙、縫製……共通点が無いが、それらの改良で富を得たそうだが」

ふと、俺には閃くものがあった。現代知識チート。

もしや、チョウ=レイというのは、産まれ変わった守護霊なのではないだろうか。

「爺さん、思い当たる事がある」

俺は、爺さんに守護霊の産まれ変わりの事を話す。

「ヤツ」からは、誰にも言うなと言われているが、既にヴァネッサに話してしまっている。

「シンヤの船の件もある。

お前たち守護霊の世界が、我々より進んだ技術を持っている事は信じよう。

となると、チョウ=レイは、産まれ変わった守護霊だと言うのか?」

「あぁ。神官だとすると、1年以上継続できるわけが無いからな。

まさか、ヴァネッサの親父の守護霊が、銀髪碧眼ってことは無いよな?」

「いや、ヴァンの守護霊は、黒目黒髪だった」

「となると、別人というか、別霊か」

爺さんが、俺の方をじっと見つめる。

「タクヤ。守護霊とは、一体何なのだ?」

街の何処かから、酔っ払いの大きな笑い声が聞こえてくる。

「俺は、こことは違う世界で、普通に生きていた人間 のはずなんだけどな」

「ワシも、ヴァネッサも、カリマも、この世界で、普通に生きていた人間のはずだった」

普通と普通。

それが出会う事によって、巫女と守護霊という、特殊な存在に変わった。

普通に生きる事が許されない存在。

ヴァネッサは村から追い出され、ヴァンは行方不明、オットーは妻子もろとも死んだ。

獣人の神官は自殺して不死の王を産みだし、ヘイダル師は不死の王と差し違えて死んだ。

「ヴァンや、ワシの守護霊が姿を消した理由は、その辺にあるのかもしれんな」

廊下から、どたどたと風呂上がりの女性陣の足音が聞えてきた。

「チョウ=レイの件、やつらには秘密にしておけ」

「わかった」


数日街に留まって体力を回復してから、俺たちは大山越えの旅へと出発した。

出かけの朝食は、小麦粉を練って伸ばしたものを油で揚げたうす焼きパン。

ボールに一杯のゆで卵に、季節のサラダと牛乳のたっぷりと入ったお茶。

デザートはナッツとはちみつ、果物が入ったヨーグルト。

お茶は、山脈を越えてシン側から渡ってきたものが最高級品で、

トルクゥール側で採れたものは二級品として出回っている。

シン国産のものは、貧乏舌の俺でも飲み比べて違いがわかるほどの、香りが良いお茶だった。

これから目指すのは、トルクゥールとシンの境目にあるクンロン大山脈。

山脈には、荷馬車が一台通るのがやっとの山道が続く。

ここを通る行商人は、無事通過して金持ちか、荷物が落下して無一文か のギャンブルをすることになる。

最悪、荷物ごと落下してお終いというケースもあるそうだ。


荷馬車は二頭のロバが引いていく。山道であるので、速度よりも馬力が重視される。

御者は山脈越えに慣れた現地の方にお任せして、俺たちは馬車の周囲をてこてこ歩く。

「クレア、お前の浮遊の魔法は、どの程度もつ?」

「荷馬車が崖から落ちた場合だね。ロバごとになると、良くて2,3分かな」

「十分だ。その間に、タクヤを具現化させて、何とかすればいいか」

「何とかって、まぁ、何とか出来るとは思うけどな~」

崖から落ちかけて、魔法で浮遊させた荷馬車を前に、2,3分で何ができるか?

それを考えていたら、以前見た土のマテリアの守護霊を思い出した。

具現化した姿はゴリラ。

それなら、落ちかけた荷馬車をつかんで器用に持ち上げることができる。

狼やワシでは、そんな芸当は出来ない。海竜に至っては、マグロ同然。

「ところで、爺さん。話は変わるけど、土の神殿って何処にあるんだ?」

「土の神殿は、雷の神殿とは別の意味で、派手な建物は存在しないのだ」

「あ、わかりました。土のマテリアは、大地の上ならどこにでもあるからですね」

ヴァネッサは、こんなときだけ鋭い。

たまに居るんだよな。教室ではダメダメなくせに、実地ではやたら成績のいい奴。

「そうだ。祠のような場所が、世界に何十か所もある。

大山脈の中にも2,3あったはずだ。

旅のスケジュール上、大山脈の冬越えだけは避けたかったので、

日程の目途が立ってから最寄に行けばいいかと考えていた」


大山脈を越えるには、いくつかの道がある。

今回、俺たちは、最も魔物が出やすい道を選んだ。

その道は、途中でV字型に高く切れ込んだ谷がえんえんと続く。

谷の中ごろの岸壁にデカイ呪いがあり、アガルタが通過するたびに、その呪いから魔物が湧き出してくるそうだ。

だが、呪いは地面からおよそ50mほどの高さにあり、湧いた魔物は、地面まで真っ逆さまに落下してくる。

魔物といっても、実体化さえすれば、怪我をする存在。

50mもの高さからの落下となると、大概の魔物は墜落死する。

したがって、ここで生き残れる魔物は、飛行できる魔物に限られる。

数こそ少ないものの、「飛行」というやっかいな能力をもった魔物を相手にしなければならない。

「空を飛ぶ魔物か。私が【磁力砲撃】で一掃すれば良いか?」

「待て、カリマ。あの魔法は使うな」

「なぜだ?クラリネ老」

「威力がありすぎる。流れ弾で雪崩や地すべりを誘発してしまうと道が閉ざされる」

「まぁ、空の魔物は、俺とヴァネッサにまかせとけ。風のマテリアでなんとかするよ。

カリマは、みんなや荷物を魔物から守ってほしい」

「わかった」

空を飛ぶ魔物であれば、石人のような防御は荷重的に不可能なはず。

一体ずつ倒せばいいや と、その時の俺は甘く考えていた。


俺たちが金に糸目をつけずに雇ったガイドさんたちは、凄腕ですいすいと山道を進む。

危険そうな所は、クレアが土魔法で補強しながら行く。

この道は、本来もっとも安全な道であったのだが、呪いが落ちたせいで使われなくなっている。

ガイドさんたちにとっては、この道が呪いから解放されることは商売繁盛に繋がるので、渡りに船らしい。


大山脈に入ってから、五日目。

俺たちは勇み立ちながら魔物の谷に辿り着いた。

東西にV字に切れ込んでいるので、ちゃんと日の光が入り、暗いわけではない。

そこで俺たちが目にしたものは、巨大なカメ魔物だった。

岩の谷にいたものよりも小さいが、甲羅がきっちりと道を塞いでいる。

「これは予想外だったな……」

さすがの爺さんも絶句している。

カメ魔物は、あの甲羅と巨体で墜落に耐えきったものと思われる。

周囲に岩は見当たらないので、石人は居なさそうだ。

きっと、落下の衝撃に耐えられなかったのだろう。

カメ魔物の居る場所の上の方を見ると、漆黒の「呪い」が壁画のように岩壁に広がっていた。

その周囲には、大きめのカラスのような、鳥型の魔物が数匹飛び交っているのが見えた。


「あれは、どうする?」

クレアがうんざりした顔つきで、カメ魔物を指さす。

今回は、岩の谷のときとは状況が違う。

この谷を通過することが第一目的となるが、あの甲羅は魔物を倒しても残る事が、前回の経験で解っている。

「やはり、私が魔法で中身ごと砕こう」

カリマが一歩進み出る。

「いいえ、こんな時は、土の神殿に行きましょう!」

そんなカリマを押しとどめて、ヴァネッサが自信満々に提案する。

「ヴァネッサ、何かいい手があるの?」

一応は聞いておこうか という顔でクレアが尋ねる。

「はい。ここはアレですよ。

土のマテリアでタクヤさんに人型決戦兵器になってもらって、カメ魔物をやっつけるんです!」

夢見るように、胸の前で手を合わせて、変な事を言い出した。

それは、伝説となった最初の神官の話。

彼は、魔物の大軍を前に、土のマテリアで守護霊を巨人として具現化させ、

自分は肩に乗って、巨大ロボットアニメのごとく魔物を倒しまくったらしい。

「具現化って対象が大きいとすごく疲れるんじゃないのにゃ?」

「うっ……」

パルックの冷静な指摘に凍りつくヴァネッサ。

「ふぅ。どうせ土の神殿には行くはずだったしな。

土のマテリアを使ってもどうにもならなかったら、カリマに撃ち抜いてもらおう」

クラリネ爺さんが方針を纏め、俺たちは少し道を戻って、土の神殿に行く事になった。


最寄りの土の神殿は、大山脈の名もなき山の中腹にあった。

馬車は途中までしか行けないので、そこでベースキャンプを設定し、居残り組はそこで待機。

ヴァネッサとカリマ、付き添いのクレアが、案内人と一緒に山道を登る。

滞在予定は2泊3日。

荷物は、クレアの魔法で重量を軽減し、カリマが怪力で運搬する。

標高が高いせいで、夏だというのに肌寒く、みんな長袖を上に羽織った姿だ。

山を登り始めて2,3時間ほどで土の神殿に着いた。

石造りの平屋で、ぱっと見は小学校のように見える。

中は無人。だが、中は掃除が行き届いており、清潔に保たれていた。

先住民たちにとっては、聖地でもあるらしく、奥の一部屋に祭壇が設けられていて、何かの神様のようなものが祭られていた。

守護霊としての感覚が、周囲の濃厚な魔力を感じる。

案内をしてくれた先住民のガイドさんは、まず一番に祭壇に火をともすと、中をひととおり案内してくれた。


土の神殿では、カリマは早速、適当な部屋の中で、座禅を組んで瞑想していた。

彼女によると、火の神殿では、そう教わったそうだ。

彼女の周囲だけ、仏教寺院の修行のような雰囲気がある。

一方のヴァネッサは、カリマの真似をしようとして、小一時間で飽き、石を積み上げて何かをしている。

クレアは案内人と共に、夕食の準備。

魔法を使えば、料理に使う程度の水も火も簡単に産みだす事が出来る。

初老の案内人は、しきりに羨ましがっていたが、手早くヒヨコ豆のカレーとナンを作ってくれた。


翌日。

朝飯は、煮戻した干し肉と小さく切った野菜のスープ。

クレアと案内人が、昼飯のメニューの相談をしているときに、ヴァネッサが叫び声を上げた。

「出来た、出来ましたよっ!」

彼女の足元には、何処から持ってきたのか、小石が人型に組み上げられている。

「ヴァネッサ、疲れてる?熱無い?」

クレアがヴァネッサの額に手を当てる。

「な、無いですよっ。クレアさん。

これは、イメージを作るための練習です」

「あ、そうなの?ごめん。いつもがいつもだから……」

言い訳にもならないような事をクレアが口走る。きっと、空気が薄いせいだろう。

「ふふふ、今回はすごいですよ、【具現化】!」

地面から岩がいくつも盛り上がり、俺の身体にまとわりついてくる。

新しい姿は、ゲーム的に言うところの、「ロックゴーレム」。

身長は5,6mほどもあり、一歩踏み出すたびに地響きがするようなほどの重量だ。

脚も腕も太く、物理的な意味での力が満ちているのが感じられる。

「おぉ~」

クレアと案内人さんが、感嘆のため息を漏らす。

デカくてパワーがあって低燃費という、アメ車のような形態ではあるが、

「馬力」や「頑丈さ」というわかりやすい性能が、周囲に与える安心感・威圧感は半端無い。

ヴァネッサは鼻高々にそりかえっている。

だが、彼女は肝心な事を忘れているようだ。

「で、ヴァネッサさん。これでカメ相手にどうしろとおっしゃいますか?」

「え~と、なんとか頑張る?」

カメ魔物の大きさは十数メートル。甲羅の厚みはメートル単位になる。

取り押さえるくらいならできそうだが、甲羅を叩き割ることまでは難しそうな気がする。


「では、次に私の方を見てもらおう」

カリマの守護霊が、溶けるように地面の中に沈み込んでいく。

沈み込んだ場所から、一本の棒が出てくる。

カリマは、その棒を掴み、一気に地面から引き抜く。

引き抜かれた棒の先には、巨大な黒金のハンマーヘッドがくっついていた。

ゲームでしか見ることが出来ないような、異様で凶悪な武器。

人間の頭骨など一撃で粉砕するような、人の身の丈ほどある凶器である。

カリマは呪いの怪力を使って、その凶器を自由自在に振り回す。

「これが、この武器の力だ」

その凶器で地面を叩くと、轟音がして地面がえぐれた。

「力を制御し、一点に破壊力を集める特質を持っている」

「なるほどぉ~~」「これならカメも行けますかいね」

クレアと案内人のおじさんが、またもや感嘆のため息を漏らす。


山を降りてベースキャンプに戻り、留守番のクラリネ爺さんとパルックにも成果を見てもらう。

「二人とも上出来だ」

クラリネ爺さんが、カリマの頭を撫でる。

カリマは多少迷惑そうだが、まんざらでもないようだ。

「タクヤがカメ魔物を押さえこんで、カリマがトドメを刺せ。

ハンマーで駄目なら砲撃だ。射線に気をつけろよ。

最悪、タクヤごとぶち抜いても構わん」

「いや、爺さん、それはあんまりにも……」

「どうせ、具現化解けば怪我は戻るだろ?」

長く旅をしてきているので解るが、クラリネ爺さんは、優しい人だ。

子供や女性を始め、守るべき相手は、わが身を張ってでも守ろうとする。

その爺さんに、無茶を言われる というのは、

彼に認められたからであるわけで、うれしいような嬉しくないような。



カメ魔物は、具現化した俺が近づくと、慌てて手足と首をひっこめ、甲羅のふたを閉める。

半ば予想はしていたが、そうなると鉄壁。動けないけど。

いちおう、2,3発殴ってみたが、全く通じていない。

とりあえず、俺の役目はカメ魔物を押えこむこと。

カメ魔物の巨体だと、歩くだけで地響きが起こり、足を取られるからだ。

カリマがハンマーを振りかざして思いっきり殴りかかると、ハンマーと甲羅の間に、激しい火花が散った。

「くっ、思っていた以上に堅いな」

衝撃で手がしびれたのか、カリマはハンマーを取り落す。

落ちたハンマーは地面の中に沈み、消えていった。

しかし、カメ魔物の甲羅にはヒビひとつ付いていない。

「クク、手も足もデマイ」

甲羅の中に手も足も引っ込めたまま、カメ魔物が話しかけてくる。

お前、喋れたのか? とか、手も足も出ないのはお前だろ と突っ込みたくなるのを我慢する。

「このまま、どこかに運んでしまうか?」

「その手でも良いかもしれんな」

クラリネ爺さんが答える。

某ゲームの髭親父のように、蹴飛ばせば遠くへ行ってくれないだろうか。

そう思って、向こう側を確認していたら、カリマが話しかけてきた。

「その必要は無い。タクヤ、私の守護霊を使え」

カリマが俺の足元を指さすと、足元から、今の俺の身長ほどもある棒がにょきにょきと伸びてくる。

カメを離して、足元の棒を握って引き抜こうと力を込める。

重い、超絶に重い。

岩塊でできた体をきしませながら、一気に引き抜くと、巨大なハンマーが現れた。

黒金のハンマーヘッドは、直径5mはありそうな、バランスのおかしな代物。

その重量は半端無く重く、気を抜くとこけてしまいそうだ。

「うぉぉぉ!これは、イイものだ」

一旦腰だめに持ち直し、大きく振りかぶって、風の魔法も駆使してバランスを取る。

「光になれぇぇ!」

俺は、ノリノリでカメ魔物に超巨大ハンマーを振り下ろす。

破壊音が谷に響き、魔物の甲羅が大きくひしゃげて一部が砕け散った。

カメ魔物は手足を出して逃げようとするが、甲羅がぽろぽろと砕け剥がれていく。

「クレア、頼む!」

俺はハンマーを放り出して、手足をばたばたさせて逃げようとするカメ魔物を押え込んだ。

カメ魔物は手足をひっこめるが、欠けた甲羅の隙間から、柔らかそうな中身が見える。

「【業炎噴射(アーダー・ゲイル)】!」

クレアが、甲羅の隙間が見える位置に走り、隙間から手に持った杖をねじ込んで魔法を唱えた。

杖の先から噴出した炎で、カメ魔物の中身はこんがり焼け、何とも言えない匂いが谷充満した。

中身の無くなったカメの甲羅は意外なほど軽く、谷の外にまで運んで、道を塞がない辺りに投棄。

飛行魔物の方は、俺がワシになって上空を封鎖して魔法で地面にたたき落とし、地面でカリマが撃破するという連携であっさり方が着いた。

岸壁の呪いも浄化して、魔物の谷は解放された。


「さて、次はシンですね」

「なんか、カメの丸焼きが食べたくなったにゃ」

「そうだね~。知ってる?海ガメを裏返して火にかけると甲羅が鍋の代わりになるんだよ」

「知ってるにゃ~」

魔物の谷を抜ければ、シンに到着する。


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