第十二話 古戦場
■
獣人の村では、我々は賓客として遇されている。
客人用のテントが急ごしらえで組み立てられ、そこに食事が運び込まれて来る。
ヴァネッサは食事に夢中。クラリネ爺さんは、獣人特製の果実酒にしたづつみをうつ。
「長老どの、あの、呪いの周りにある木を、木材として売っていただけないだろうか?」
ガルが長老に話しかける。
「子供たちを救い、村から魔物を解放していただいた恩人ですじゃぞい。
お代は要りませんで、好きなようにお使いくだされだぞい」
「ありがとうございます。甘えついでに、村の方々に、
これで手伝っていただけませんかな?」
ガルは手の指を組んだ、複雑な符牒を村長に示す。
クレアがこっそりと、あれは商人の符牒で、人を雇うときの給料を示している と耳打ちしてくれた。
「ふむ。無償でのお手伝いでもよいのですが、
魔物どもに、家財をダメにされたものもおりますぞい。
その申し出、ありがたく受けましょうぞい」
ガルと長老は、にこやかに笑いあうと、握手をした。
賄われた夕食を食べながら、これからの事を話し合う。
夕食は、ドデカイ葉っぱに盛られた、厚焼きのパンやたまごやき。
動物の肉の厚切りステーキなど、ワイルドなものが並ぶ。
ガルは、明日からクレアボヤンスの補強と改修用に、あの木材を手配する作業に入るそうだ。
「ワシらは、もうひとつの呪いを浄化しに行くか」
「では、カリマも一緒に行ってきなさい。
長老は、かなり大きい呪い と言っていましたからね。何が出るか解りません」
「はい、ガル様 わかりました」
カリマは頷いて、簡潔に応える。
「ガルさんの方は大丈夫ですか?」
クレアがしおらしく確認する
「はは、ご心配ありがとうございます。
こちらは、勘の鋭い獣人方も多いですし、大丈夫でしょう」
先の戦闘で、ガルは強かった。
呪いの力の一端なのだろうが、人食い鬼程度ならまず負けない。
文字通り、鼻の利く獣人に囲まれての作業なので、不意を打たれる事も無いだろう。
「その、呪いが落ちた岩石の谷というのは、どのような場所なんだ?」
俺は地元民のパルックに聞いてみる。
「森が途切れて、岩だらけになっているところにゃね」
岩石の谷とは、かなり広い範囲にわたって不毛の土地が広がっている場所らしい。
砂鉄を含有しているらしく、赤茶けた石が転がっており、草木は一本も生えていない。
中心には、東西数キロにわたって、深さ数十m、幅100mほどの亀裂が大地を横断している。
西側が浅く、東側が深くなっており、もっとも深い最東端では、深さ100mを超えるそうだ。
東のどん詰まりで、行き止まりの谷である。
そこは、トルクゥールに生きる者の間では伝説となった土地。
中興王ジド=アラの仲間の神官が、トルクゥールを滅ぼした不死の王と対決した地。
激戦の後、この地は不毛な場所と化し、神官も不死の王も戻らなかった。
■
翌日、パルックに案内されて現地に行ってみると、説明された通りの光景が広がっていた。
ある場所から突然森が切れ、目の前には赤茶けた大地が広がる。
地面にはところどころ、妙な焼け跡がある。
「あれは、雷が落ちたあとにゃね~。ここ、よくびりびりなのにゃ」
手をこすりあわせて、静電気を起こす真似をする。
よく雷が落ちるとでも言いたいのだろう。
「ここが、決戦の地か……」
カリマがあたりを見回す。
不自然と言えるほど、この場所だけ植物が生えていない。
俺たちはパルックの後を追って、中心の谷に向かった。
谷に降りるには、西側の一番浅い部分から降りる。
西側に回る途中で、谷の中を見下ろしてみた。
俺たちが森から出てきた場所は、谷のかなり西よりの位置なので、谷の深さは10mくらいしかない。
上から谷を見渡すと、人の背丈ほどもありそうな赤茶けた岩が、ごろごろと転がっていた。
「おかしいにゃね。前は、あんな大きい岩なんて無かったはずなのににゃ~」
首をひねるパルックを置いて、俺たちはどんどんと西側に向かった。
クレアが、眼の力で、呪いが谷の東よりにあることを教えてくれる。
「谷の中には、湧き出した魔物が居るかもしれん、注意していくぞ」
爺さんの注意を聞きながら、谷の最西端に辿り着き、1mほどの段差を飛び降りて谷に入る。
「【具現化】」
カエルの件で懲りたのか、ヴァネッサが早めに俺を狼の姿に変えた。
氷、風、水、火と、4つものマテリアをそろえた今では、ヴァネッサは1時間以上の変身持続ができる。
カリマも、具現化するのが双剣という小ささであるため、長時間の維持をしていられる。
俺が先頭で警戒しながら歩き、2列目の爺さんとカリマが左右をガードする。
3列目に、ヴァネッサをはさんでクレアとパルックが並ぶ。
しばらく歩くと、大きな岩が転がる領域が見えてきた。
岩の領域に踏み込んでしばらくしたところで、クレアがみなを制止させる。
「あそこ、……魔物がいるね」
クレアの指さす場所には、ゆったりと動く、岩の化け物が居た。
大きさは人間大。
全身を赤茶けた硬質な皮膚に覆われており、この谷の背景にカモフラージュされている。
よく目を凝らさないと、見過ごしてしまいそうだ。
そいつは、のろい動きであたりを歩き回って、何かを拾い上げていた。
「おっし、いっちょやっつけてくるわ」
俺はテンポよく走り出し、堅そうな魔物に牙と爪を立てて襲いかかる。
幾ら堅くても、魔物の皮膚は呪いで構成されている。
呪いを浄化できる守護霊の前には、魔物の防御など無いも同然。
「待て!タクヤ」
爺さんの制止も間に合わず、俺はその魔物に噛みついた。
ガキリという嫌な音がして、固いものを咀嚼したときの鈍い痛みが走る。
「痛って~、歯が欠けた……本当に魔物か?」
魔物は守護霊の攻撃を受けると、その部位が溶け落ちるはずだが、目の前にヤツには変化は無い。
「うちの眼には、魔物に見えるんだけどなぁ」
「逃げるぞ!コイツらは石人だ」
爺さんが身をひるがえした途端、俺の横にあった岩塊が動きだし、岩のパンチを繰り出してきた。
パンチは氷殻で防御されたが、かなりの怪力で打ち込まれたらしく、氷殻にひびが入る。
その石人に、カリマが素早い動きでフランベルジュを叩きつけるが、硬質な音で弾き返された。
あたりの岩は、次々と擬態を解いて人型に変わっていく。
俺たちは、いつの間にか、十重二十重に無数の石人たちに囲まれていた。
「囲まれたか……突破できるか?」
「いや、魔法を使おう。ヴァネッサ!」「うん」
俺は炎のマテリアを呼び出して、銀狼から白狐の姿に変わる。
「【狐の道】」
即座に魔法を使って空間の亀裂を産み出し、切り立った崖の上にまで皆を移動させた。
距離は短いが、転送人数が多いので魔力消費は多く、亀裂を抜けた後、ヴァネッサがよろける。
魔力切れで俺の具現化も解けてしまい、狐の姿から霊体に戻った。
「よくやった」
クラリネ爺さんがヴァネッサの身体を支える。
石人は、俺たちを見失ったらしく、また座り込んで岩に擬態を始めた。
■
石人。その実体は、ネバつく粘液で覆われた人型の魔物。
彼らは石を砕いて身体に貼り付け、全身を覆い防御を固める。
いわば、ミノムシのような生態をもっているらしい。
そして、得物が来るまで休眠状態で岩に擬態する。
外殻は呪いでは無いので、守護霊の魔物を浄化する力が通用しない。
だが、動きが遅いので、基本的な対応策は、落とし穴などの罠に嵌めてしまうこと。
「こんな固い地面ではそうそう穴が掘れそうにないな」
「それに、数も半端ないにゃよ~」
谷に無数に転がっていた岩は、ほとんどが石人のようで、次々に擬態を解いて立ち上がり、こちらに向かってきていた。
「まずいな、あいつらには剣が通用しそうにない。クレア、魔法はどうだ?」
「魔法も、かなり出力を上げないとあの表皮で弾かれると思う」
「となると、空を飛んで一気に呪いのところまで行って、浄化するか」
魔物は、呪いから湧き出す瘴気を浴びないと、1か月ほどで消えてしまう。
根本さえ絶ってしまえば、いずれ石人たちも消滅する。
「ヴァネッサ、行ける?」
ヴァネッサは、獣人たちが持たせてくれたトマトジュースを飲みながら、尋ねたクレアに向かって、指でOKサインを出す。
「それなら、雨も降りそうにゃし、早くおわりするにゃ」
いつの間にか、空には黒雲が広がっていた。
「【具現化】」
「行ってくるぜ~」
風のマテリアを活性化させて、ワシ形態になった俺は、上空から降下して谷に入る。
さっきの岩の領域は、かなり長い間続く。
しばらく飛行していると、小さな丘が見えてきた。
少し飛行高度を上げてその丘を乗り越え、さらに谷の奥に行く。
だが、何処まで行っても呪いが見つからない。
そのうちに、最東端のどんづまりまで飛行したので、首をかしげながらターンして引き返す。
ヴァネッサから伝わる感覚が希薄になり、彼女の魔力切れが近いのが解る。
獣人族の長老の話だと、偵察隊は谷の上から直径20mほどのかなり大きい呪いを見たと言っていた。
見過ごすことの方が難しい大きさである。
前方にさっきの丘が見えてきた。
「ん?」
丘の一部がぱかりと割れて、尻尾らしきものが出てきた。
首や手足もにょきにょきと出現してくる。
丘と見えたものは、巨大なカメの魔物だった。
カメの魔物が立ち上がると、甲羅と地面の隙間から、もうもうと瘴気が噴き出し、隙間から呪いが見える。
「あんなところに、あった、が」
すぐに、またカメ魔物は座り込んでしまった。甲羅が蓋になって呪いを隠す。
そのとき、ヴァネッサの魔力が切れ、具現化が解除された。
こんどこそヴァネッサはグロッキー状態となって、へたり込んで目を回していた。
短期間に守護霊の力を使いすぎたのだろう。
皆の視線が俺に集中する。
何処から話し出すか悩んでいると、ぱらぱらと雨が降り始めた。
「話はあとでする。どこかで雨宿りしよう」
「近くに猟師小屋があるにゃ、そこにいくにゃ」
パルックに案内されて、激しく降り始めた雨の中を俺たちは走った。
■
谷の猟師小屋は、小さめのコテージのような作りだった。
獣人たちの狩人の一時宿泊施設として使用されているようで、20畳くらいの広間と、煮炊きができるようなかまどがある台所、それから物置部屋がある。
俺たちは広間でお茶をすすりながら、状況の説明をした。
「というわけで、谷の中にどでかいカメの魔物が居て、そいつが呪いに覆いかぶさっている」
「かめぇ!?」
「うん、石人みたいに石の分厚い甲羅を被ってる。一筋縄では難しそうだな」
「タクヤ、イズミールのときのあの魔法は使えないのかい?」
クレアが俺に尋ねる。プロミネンス召喚の大魔法。
「あれは、魔力消費が激しすぎて、使えないよ」
「うぅむ、手詰まりか」
クラリネ爺さんが腕組みをして髭を撫でる。
「タクヤが、カメが立ちあがったタイミングで、ささっと呪いを浄化するのはどうかにゃ?」
パルックが名案を思い付く。
浄化後に俺は甲羅で潰されるだろうが、既に死んでいる身、多少痛いだけですむ。
「いや、それは不味い」
クラリネ爺さんが説明する。
「ここの呪いが浄化された場合、魔物たちは瘴気を求めて彷徨い歩くことになる。
魔物がここから彷徨い出たら、行く場所はパルックの村のそばの呪いに行く可能性が高い」
「そ、それは困るにゃ~」
「石人は動きまわる性質では無い。
やつらだけなら、村人の手助けを借りて、谷の入り口を封鎖してしまえば何とかはなるのだが」
要は、登れないようにしてしまえばいい ってことか。
万一、谷から出てきたところで、森の中での赤茶けた岩は擬態の仕様が無い。
だが、あの大きさのカメ魔物は怪獣映画のように、全てを押しつぶしていくだろう。
「有効な手段が見つからんと手の出しようが無いな。
下手に手を出して刺激するのも不味い。今日のところはここで泊って、明日村に戻って相談しよう」
外は、激しい雷雨になっている。この季節ではよくあるらしい。
薄暗い中で、雨にぬれた道を行くのは危険なので、この監視小屋で宿泊することになった。
獣人たちが持たせてくれた弁当で夕食にしたあと、広間で雑魚寝をする。
といっても、さっさと眠ったのは疲れ果てたヴァネッサだけ。
クラリネ爺さんは、テーブルの上にカメに見立てたお椀を置いて、何やらぶつぶつ言っている。
クレアは、腕組みをしながらそのお椀を見つめ、パルックは横にはなったが、何度も寝がえりをしていた。
カリマは修行僧のように、座禅を組んで瞑想中。
俺も使える魔法を改めて確認してみることにした。
■翌朝。
俺は、霊体であるのを良い事に、徹夜で考えたがやっぱり手詰まり。
いっそアガルタさえ来てくれれば、発散する大量の魔力で一掃できるのにな~という所に落ち着いた。
ヴァネッサの含有魔力だけでは、どこまでカメに対抗できるか、難しい所がある。
下手に手負いにして、この場所から動かれると困る。
爺さんやクレアもかなり遅くまで唸っていたが「今日明日でどうとなる事も無いだろう」と結論付け、
今は眠りについている。
昨日の雷雨が嘘のように、空は快晴。気持ちのいい朝だ。
「タクヤさん、おはようございます」
何時の間にかヴァネッサが起き出して来た。
一晩ゆっくりと休んだので、魔力の方は大丈夫みたいだ。
「ごめんね、先に寝ちゃった。どうなったの?」
「何も」俺は首を左右に振る。
「そっか……」
ヴァネッサは、顔を洗いに外の井戸に行き、すぐに帰ってきた。
「実は、不思議な夢を見たんだ。紫のローブを来て、杖を持った男の人が手招きをしているの」
「その夢なら、私も見た」
何時の間に目覚めたのか、カリマが話に割り込んできた。
「首と両手足に金属の輪飾りをつけていた男性だろう?」
「そうそう。あの人、一体誰なんだろう?」
「中興王と共にあった神官、ヘイダル師だ」
「あ、そういえば、イスタルで絵を見た事があります」
「彼は、イスタルを滅ぼした不死の王と差し違えたと伝えられている」
「みんなが起きたら、一度村に戻ってそのことを長老に聞いてみよう」
俺の勘が、雷の神殿の存在をささやいている。
昨夜の落雷の多さは尋常では無かった。
皆はカメ魔物のことでいっぱいいっぱいで、雷どころでは無かったようだが、窓から外を見た感じでは、雨のように雷が落ちていた。
連続して数回落ちているので音としては1度ではあるが、あの多さは異常だ。
会話が終わると、ヴァネッサとカリマの間に沈黙が流れる。
しばらくして、ヴァネッサの方から口を開く。
「カリマさんは、魔物と戦うのは怖くないの?」
「ヴァネッサも戦っている」
カリマは、ヴァネッサの方に向き直って簡潔に答える。
「わたしは、具現化しているだけで、実際に戦っているのはタクヤさんだよ。
魔物と戦って、怪我をして、それでも頑張ってくれてる」
「守護霊の傷は、具現化を解けば消える」
「そうだけど、やっぱり痛そうだよ。見てるこっちもつらいよ……」
カリマはちらりと俺の方を見る。
彼女の守護霊は、終始無言。顔も包帯の下なので、何処を見ているのかすら解らない。
「人には皆、それぞれの思惑があり、それに従って生きている。
守護霊も同じ。私も自分自身の目的のためなら、魔物と戦うのは怖くない」
「そっか、強いね。わたしの目的は、アガルタを止めてみんなを守る事かな。
カリマさんの目的って聞いて良いかな?」
「私の目的は、名誉ある死 だ」
そう言い残して、カリマは小屋の外へ行ってしまった。
カリマの守護霊も、カリマの後に続いて消えていった。
「苦戦しておられるようですぞい」
皆が起き出して、ぼそぼそとパンと干し肉だけの朝食を食べ終わった頃、獣人村の長老の方から小屋に現れた。
相変わらず、何処が髪の毛で何処が髭なのか解らない白い毛玉。
「長老がまだ暗いうちから起き出して、うるさかったのみゃ~」
長老と一緒に来たパルックの兄は、あくびを噛み殺しながら、背中に担いだ荷物を下ろす。
リュックの中からは、大きな鍋に入った、真っ赤な色のシチューが現れた。
「ちいと辛いですが、元気がでるぞい」
テキパキとした動きでパルック兄がシチューを温めなおし、木のお椀に入れて人数分を準備する。
ピリ辛風味の匂いが、食欲を掻き立てる。
ヴァネッサがお礼を言ってから、スプーンを取って口に入れる。
「辛いっ、でもなんかくせになる」
「これは、売りだしたら人気メニューになるかも」
ヴァネッサやクレアも、ふうふう言いながら一杯目を完食し、おかわりをする。
「この特製シチューは、いろいろと薬草も入ってるので疲れた時にいいのにゃよ」
パルックの解説のとおり、みなの顔色に血色がみなぎってくるのがわかる。
汗だくになりながら、腹が膨れると、どんな場合でも元気が出てくるものだ。
食事のあとのお茶を飲みながら、俺たちは現状を長老に説明した。
「森は我々の狩り場だぞい。森の中なら石人なんぞどうにでもなるぞい」
長老の頼もしげな言葉に、我々の肩の荷が下りる。
「じゃ、残すところは、あのカメだけか」
「ま、いざとなったら、村を引越せばいいぞい。気にすることは無いぞい」
定住に頓着しない物言いに、かえって我々のほうが恐縮しする。
「それより、言い忘れていた事があったぞい。
ワシが爺さんの爺さんから聞いた話だぞい。ずっとずっと昔、この谷には雷の神殿があったぞい」
「何だと!?」
クラリネ爺さんが顔色を変える。
「爺さんも知らなかったんだ?」
「知らないどころか、かなり昔から雷の神殿は存在すら疑問視されていた代物だ。
雷のマテリアを獲得した神官や巫女の話など、最近の記録には居ないのだ」
「あの谷自体、雷のマテリアの力で作られたそうだぞい。
その時に神殿は跡かたも無くなった と聞いておるぞい」
「まさか、不死の王との戦いか!?」
いつになく興奮した面持ちでカリマが尋ねる。
「そうだぞい。
ヘイダル神官の魔法が、不死の王ごと大地を削ったぞい」
俺たちは見えはしないのを承知の上で、谷の方を振り返ってみる
岩の谷は、東西に数キロ、幅100mの巨大な亀裂。
俺自身、魔法一発で巨大なオアシスを干上がらせた事がある。
アガルタの無尽蔵の魔力下であれば、然るべき魔法を使えば、不可能ではないような気もする。
だが、ヴァネッサにかなりの負担を強いる事になるだろう。
「しかし、神殿が無くなってしまったのでは、どうしようもない」
カリマが肩をすくめる。
「そうでも無いよ?神殿が無くても、マテリアは得られるもの」
ヴァネッサが目をきらきらさせながら答える。
思い返してみると、俺たちが持つ4つのマテリアのうち、純粋に神殿で得られたのは火だけ。
水は神殿に通いはしたが、結局は海底洞くつでの入手だし、風と氷に至っては神殿の場所すら知らない。
「そういうことであれば、しばらくここに逗留させていただいても良いだろうか?」
「大したもてなしもできませんが、好きなだけどうぞですぞい」
毛玉であるため、長老の表情は見えないが、彼の口調や声色が暖かい。
俺たちは、一度村に戻り、ガルと善後策を話し合う事にした。
■
「石人ですか。単体ならともかく、それだけの数が居ると少し厄介ですね」
村に戻ると、ガルの指示のもと、かなりの人数が立ち働いていた。
獣人だけでなく、この国の兵士のようないでたちの者も居る。
ガル=ハーンに訳を聞いてみと、とんでもない答えが貰えた。
「アガルタが通過したこともあって、近くの巡回部隊が様子を見に来たのです。
ちょうど良かったので、伐採を手伝ってもらう事にしました」
さすが王族だけあって、軍隊の私的利用という、えげつない事をさらりとやってのける。
だが、兵士たちも最新の発明である飛空船へのワクワク感があるのか、あまり嫌そうではない。
「子供に良い土産話ができた」と私語している兵士までいる。
彼らは大木を削って板に加工して森から運び出している。
俺たちはガルの許諾を貰い、数人の兵士たちと余り材を使って、谷の入り口にバリケードを作りに行くことにした。
大柄な体の熊の獣人を中心として、余り材を谷まで運ぶ。
俺たちは雷のマテリア目当てでもあるので、しばらくはあの猟師小屋に宿泊することになる。
長期泊用に食糧も準備する。お代はガルが払ってくれた。
「義兄さんに、お小遣いです」
「それは税金だろ」
「僕個人の領地収入だから良いのです」
笑いながら兄弟の会話が弾む。
兵士たちと共に岩石の谷まで戻り、バリケードを張る準備をしていると、谷のほうから人の声が聞こえた。
「助けて、たすけて~」
あわてて谷を見ると、悲鳴を上げながら、獣人の子供が2人、谷の奥から足を引きずりながら走ってくる。
彼らの後ろには、十数体の石人がのろのろと彼らを追いかけている。
足を怪我した子供たちと石人の速度は拮抗していて、子供たちは逃げきれそうにない。
「助けるぞ!」
クラリネ爺さんを先頭に、屈強な獣人と兵士たちが幾人か、谷の中に向かって走っていく。
「ヴァネッサ!」
「はい、【具現化】」
俺は狼の姿になって全速力で疾走し、先頭の石人に体当たりをする。
倒せなくても、時間だけ稼げればいい。
思惑通り、俺が囮になっている間に、爺さん達が子供を回収し、彼らをかついで谷から脱出した。
だが、石人たちは子供たちを追う事をやめず、谷の入り口に殺到する。
「バリケードだ。その辺の丸太を重ねろ!」
クラリネ爺さんの指示が飛ぶが、兵士たちがバリケードを構築する前に、石人たちが谷の出口に集まり、谷の外にあふれ出してくる。
「押し返せ!」
石人の堅い皮膚には武器が効かない。爺さんや兵士たちは徐々に押されていく。
俺の身体のあちこちに石人たちが掴みかかり、俺の動きを封じる。
石を含めた彼らの重さが全身にかかり、骨が軋む。
「タクヤさん!」
ヴァネッサの悲鳴と同時に、石人の渾身の一撃が俺の顔面を捉え、牙が折れた。
これが「元の身体」だったらさし歯だなぁ と思いながら、痛みに耐える。
ぽつぽつと降り出した雨が豪雨へと変わる。
雨は、地面を濡らし、人間側の利点である速度を殺す。
「ここから先には、村があるのにゃ。戦えないみんなが居るのにゃ!」
何処かで、パルックが叫ぶ声が聞える。
力を振り絞って立ちあがろうとしても、全身にまとわりつく石人の重さが立ち上がることすら許してくれない。
どこかで、雷が落ちた。
その轟音を切り裂いて、ヴァネッサの叫ぶ声が、やけにはっきりと聞える。
「雷の神様!お願いです、お願いです、戦う力をわたしに下さい。
わたしも、みんなと一緒に、戦いたい!」
俺の姿が雷光に包まれる。その衝撃で、俺にまとわりついていた石人たちが弾き飛ばされる。
雷のマテリアを核に、俺の姿が再形成されていく。
新しい姿で具現化された俺は、紫色のローブと一本の杖。
空中をひらひらと流れ、ヴァネッサの身体にまとわりつく。
「雷の……マテリア?」
「ヴァネッサ、前!」
俺たちに石人が投げつけた岩が、ヴァネッサをめがけて飛んでくる。
紫のローブがふわりと揺れると、発生した電磁バリアが岩の進路を阻み粉砕する。
俺たちの足元に、ぱらぱらと岩の破片が落ちる。
他の石人たちも、足元の岩を拾い始めたので、俺は魔法を唱える。
「【加速】」
生体電流を操り、超加速を実現する。それが、雷のマテリアで得た能力。
投げつけられた岩は、ゆっくりと近寄ってくるので、ヴァネッサでも軽々と回避できる。
「うぁ、すごい……身体が軽い」
他の石人もどんどん投擲してくるが、放物線を描いて飛ぶ岩が、まるで風船遊びのように見える。
今の速度だと回避は簡単だが、それではヴァネッサのそばに居るクレアやパルックに被害が出る。
俺がヴァネッサに指示して、紫のローブをひるがえさせると、ローブから迸しった電撃が、飛来する岩を砕く。
岩が砕ける土煙の中、彼女は石人たちに向かって走る。
ただでさえ遅い石人の動きは、コマ送りに見える。
「タクヤさん、なにか、武器はありませんか?」
「あるぞ。【白い薙刀】」
杖の先端から、弾けるように電光が走り、刃渡り50センチくらいの光の刃が形成される。
刃は雨が触れるたびにぱりぱりと放電を繰り返す。
「えいっ」
ヴァネッサが薙刀を石人に叩きつけると、その刃は手ごたえ無くその体をすり抜けた。
「あれ?」
一瞬遅れて、ショートしたように石人が破裂音とともに火花を撒き散らす。
そいつは、全身から火を吹きだしながら倒れる。
「雷撃でできた刃だ。奴らの防壁を抜けて攻撃できる」
「よっし、いきますっ!」
ヴァネッサは加速された動きで、石人たちを次々と斬り伏せていく。
俺はヴァネッサの援護に集中し、風の魔法で足場を確保している。
「これで、最後!」
体感では数分がかかっていたが、実時間では30秒ほどの間に、俺たちは谷の外に出てきた石人たちを全滅させた。
「はぅぅ……体中が、痛いです」
「あぁ、それは筋肉痛だな」
「ヴァネッサ、凄い速さで走りまわってたもんねぇ」
「これは、身体を鍛えないといかんな。だが、打倒の目星はついた」
爺さんたちや兵士もぼろぼろだが、幸い死人は出ていない。
漁師小屋で雨を避け、パルックが皆に手早く応急手当てをする。
「雨が止むのを待って、人数を揃え、谷の中に侵攻するぞ。
石人を着実に撃破して数を減らし、カメ魔物までの道のりを確保する」
クラリネ爺さんが侵攻計画を立案する。
最大出力の雷のマテリアの力で、カメを感電死させる計画だ。
戦い方はシンプルで、木で作った罠を仕掛けておき、足の速い獣人が石人を「PULL」して罠におびき寄せる。
そして、罠にかかった石人をみんなが取り押さえ、俺とヴァネッサがトドメを指す段取りだ。
■
翌朝、雨が上がったのを見計らって、パルックが重傷の兵士たちと共に村にいったん戻る。
そして、入れ替わりで補充の兵士や屈強な獣人達が到着した。
谷にはちょっとしたキャンプ地が出来あがる。
準備が整ってから、兵士たちが交代で作戦を繰り返し、かなりの数の石人を撃破することが出来た。
だが、巨大な呪いから出てきた魔物は数が多く、まだまだ道のりは長い。
そんな戦闘が幾日か繰り返された日の夜。
俺は、カリマがこっそりと小屋を出ていくのに気がついた。
「ヴァネッサ、起きろ」
「むにゃぁ」
俺はヴァネッサを叩き起こし、カリマの後をつける。
最近、カリマは何か考え事をしているようで、上の空な所がある。
彼女は、谷の中に入って行き、しばらく歩くと岸壁を向いて立ち止まった。
辺りに散らばる石人たちの残骸に隠れながら、俺たちは彼女を見つめる。
「カリマさん、何しているのでしょう」
「しっ。なにかするぞ」
カリマは大きく深呼吸をして精神統一をすると、呪文を唱え始めた。
「【具現化】」
カリマが具現化させたのは、5枚のチャクラムと呼ばれる円形の刃。
直径50cmほどの円輪には雷が纏い、空中を浮遊してカリマの周囲をくるくると回っている。
「あれ、雷のマテリア……」
「あいつも、具現化できるようになったんだ。でも何も言って無かったな」
カリマの踊るような動きに従い、円輪は空中を舞って岸壁にぶつかっていく。
だが、その円輪が岸壁にぶつかる音は小さく軽い。
岩壁に作られた傷は、浅く表面を削っているだけだ。
何度も何度も、カリマは繰り返すが、その結果は変わらない。
通常の魔物であれば、守護霊の攻撃であれば、かすり傷でも致命傷になるが、
目先の石人とは相性が悪すぎる。どう見ても、使い物にはならない。
「へぷしょん!」
「誰か、いるのか?」
カリマがヴァネッサのくしゃみに気が付き、こちらに歩いてくる。
「見つかったか」
隠れていてもしょうがないので、俺たちは出ていくことにした。
「カリマさん、具現化の練習?」
「まぁ、そんなところだ」
「そっかぁ、頑張ってね」
二人の会話が途切れる。
気まずい空気の中、ヴァネッサをつついて小屋に戻ろうとしたとき、カリマが珍しく話しかけてきた。
「ヴァネッサは、あれからヘイダル師の夢を見たか?」
カリマが空を見上げながら語り始める。
「ううん。最初の一回だけ」
かつて、この地で不死の王と戦った英雄、ヘイダル。
その名は、中興王ジドに次いで人気が高い。
「そうか……。私は、ヘイダル師の血を引いているのだ。
子供の頃から、私は彼に憧れていた。彼のように、何かのために命をかけたい と」
彼女は、谷をぐるりと見渡してから話を続ける。
「この、決戦の地に来たのは運命だと思った。
私は、ヘイダル師のようになりたい と彼に願った。
だが、私に与えられたのは、この弱々しい武器だった」
カリマは円輪を具現化する。
きらきらと輝いている円輪は軽そうで、装飾品のようにも見える。
「これは、チャクラムという武器だ。
暗殺などに使用するために隠匿性を高めているので、殺傷力は低い」
カリマが一枚取り上げて、ヴァネッサに渡す。
円輪の周囲に刃がついているが、そのためにしっかりと握って攻撃することは出来ない。
「ヘイダル師は、装飾品として円輪をつけていた。
所詮、私は飾りでしかないということなのだろうか」
カリマは、人質として親に売られた過去を持っている。
俺たちは彼女に何も言えないまま、見送るしかなかった。
■
「カリマさん!」
本日の何度目かの作戦の途中、罠から抜け出した石人がカリマに殴りかかった。
ぼんやりとしていたカリマは、ヴァネッサの叫びで我にかえり、回避行動を取って直撃は避けたものの、衝撃で転倒する。
「【具現化】」
追い打ちをかけようとする石人の攻撃をかわして立ち上がったカリマは、守護霊の剣を石人に叩きつけた。
カリマの怪力をもってしても、石人の表皮で弾かれ、大したダメージは与えられていない。
しかし、石人の姿勢を崩す事には成功した。
倒れた石人に、ヴァネッサの【白い薙刀】がトドメを指す。
「大丈夫ですか?」
「すまない。少し、考え事をしていたのだ」
「考え事?」
「あぁ。この谷は、雷のマテリアで作られた と長老は言った。
だが、お前たちの戦い方では、この谷は作れない」
確かに、カリマの言うとおりである。
雷の出力という問題ではなく、根本的に破壊力が足りない。
雷のローブが作り出す電磁バリアで、大概の攻撃は弾く事が出来るが、そちらに力を取られている。
「あの、石人に殴られたおかげだ。夢の意味が解った」
カリマは剣を手放し、具現化を解除する。
「【具現化】!」
カリマが再度具現化させたのは、5枚の円形の刃。
「初めから、我々は自分が願った力を与えられていたのだな。
お前には、そのローブという皆を守る力、私には破壊する力」
「そのチャクラムがか?」
昨夜の事を見ている俺には、その言葉は信じられない。
「ヘイダル師と比べるには力不足だが、あのカメ程度なら問題無い」
カリマがカメ魔物を指さす。
カメ魔物との距離は、まだ1キロほどを残し、その間には無数の石人が擬態して転がっている。
カリマの指示で、カメ魔物との射線上に5枚の円輪が等間隔で並んだ。
円輪の回転がどんどん速くなる。輪を伝う電流が激しさを増し、青白く発光していく。
雷光でプラズマ化した空気が、ちりちりと音を立てる。
「兵士たち、どけ。巻き込まれるぞ」
カリマの勧告で、危険な雰囲気を感じ取った兵士たちが、射線を避けて退避する。
「ヴァネッサ、これが私たちが見つけた答えだ」
カリマは足元からこぶし大の茶色い鉄塊を拾いあげ、最初のチャクラムに掲げた。
「打ち貫け!【磁力砲撃】!」
鉄塊は、1枚目のチャクラムの力で、眼にもとまらぬ速度に加速される。
残りの4枚のチャクラムを通過するたびに速度を増し、
超音速に達した鉄塊は、遥か彼方のカメ魔物を撃ち抜いた。
甲羅が無様に砕け散り、鉄塊が貫通した穴から後ろが見える。
少し遅れて、遥か彼方の岩壁が破壊される轟音が響き渡り、土煙が舞上がった。
カメ魔物との間に居た石人たちは、鉄塊が通過したときの衝撃波に破砕され跡形も無い。
「カリマさん、すごい……」
魔力を使い果たしたカリマは、崩れ落ちるようにぶっ倒れた。
「タクヤ!とりあえず呪いを浄化して来い。他の者は、一旦撤収するぞ」
とっさに出された爺さんの指示に従い、驚愕で動きを止めていた皆が走り出す。
俺は、ワシの姿に変わって谷の奥へと向かって飛び立つ。
視界を遮る土煙を風の魔法で排除しながら、呪いを探す。
やっと見つけたカメ魔物は、甲羅の残骸だけが残されていた。
弾丸の貫通した部分は周囲ごと粉砕されており、原型を留めていない。
「とんでもない破壊力だな……」
俺は甲羅の隙間から下にもぐりこみ、どでかい呪いを浄化する事に成功した。
具現化を解除してヴァネッサのそばに戻ると、全員谷から脱出していた。
俺は呪いを浄化したこととカメが死んだことをみなに伝える。
谷は土煙が充満して視界が利かないので、下手に動くと危険だ。
残りの石人は後日なんとかすることにして、俺たちは猟師小屋に戻った。
呪いは浄化済み、カメも撃破。石人は大半が巻き込まれて消滅。
皆の顔に明るい笑顔が浮かぶ。
猟師小屋に戻ると、村に居る筈のガルが俺たちを待ち受けていた。
「皆さん!大変な知らせがあります」
ガルが顔色を真っ青にしながら、俺たちに叫ぶ。
「東の果ての大国、シンが滅びました!」