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第十一話 飛空船クレアボヤンス

イズミールから、行きと同じ道をたどって、王都イスタルへと凱旋する。

先発した騎兵が王都イスタルで俺たちの活躍を広めていたようで、街に入った俺たちは喝采を浴びて歓迎された。

パレードと化した街中を通過して、逃げ込むように王宮に入ると、前にも泊まった部屋に通されて一休みできた。

「すごい人気だねぇ」

「この国は魔物に一度滅ぼされているからな。我々は魔物退治の英雄なのさ」

クラリネ爺さんが身体に着いた砂を払い落しながら説明してくれる。

そして、夕食には以前にも招待された国王専用の食堂に呼ばれた。

俺たちが食堂に入った時、テーブルには既に国王が座っており、隣に座る若い男と飲み物を飲みながら談笑していた。

彼らの横には、カリマが背筋を伸ばして、きちんと座っている。

靴音でこちらに気が付いた若い男が立ち上がり、クラリネ爺さんに握手を求める。

「お久しぶりです。義兄さん」

クラリネ爺さんは、眼をぱちぱちしながら、差し出された手を握り返す。

「まさか、ガルか!?しばらく会わんうちに、大人になったなぁ」

「僕ももう28ですよ」

「前に会ったときは、あんなにひょろひょろしていたのに」

ガルと呼ばれた男は、やせては居るが筋肉質に見える。

「こいつは、ガル。俺様とクラリネの弟さ。よろしくたのむぜぇ」

国王ジア=ハーンに投げやりで紹介された男は、我々に向き直って一礼する。

「初めまして。僕が紹介に与った、ガル=ハーンです」

柔らかく笑ってお辞儀をしたのは、鼻筋がすっきりとしたイケメン。

彼と比べると、ジアのワイルドさも野卑さにしか思えなくなる。

次男、金持ち、イケメン、高身長に加え、姑&小姑無し、バツ無し、物腰の柔らかさ、知的な瞳と、ここまでの優良物件は見たことが無い。

「かっこいいね~」「そうですね~」

クレアとヴァネッサが小声でつっつきあっている。


今度は、クラリネ爺さんが我々を順々に紹介していく。

クレアを紹介した時、心なしか、彼の目つきが変わった。

「ガル、飯にはまだ時間があるから、お前のおもちゃを見せてきな」

「えぇ、そうします」

ガルは、立ち上がると、クレアに手を差し出してエスコートする。

「どうぞ、クレアさん」

まんざらでもない表情で、クレアはその手を取り、二人で歩いていく。

あわてて、我々も後を追う。


食堂から外に出て、城の内部をしばらく歩く。

灼熱の太陽は陰り、涼しい風が吹いている。

「なぁ、爺さん。

ハーン っていうのが、この国の王族のファミリーネームなんだろ。

それなら、なんで王族のカリマは、カリマ=ハーンじゃないんだ?」

クレア達から少し離れて歩きながら、以前から疑問に思っていたことを爺さんに聞いてみる。

「『ハーン』は、ジア、カラ、ガル、彼ら3人の母親の名前だ。

この国では、どれほどの偉業をなしても、女性の名前を史書に書くことが許されない。

それが、初代建国王が決めたしきたりだ。

バカバカしいことではあるが、何百年も続くと、誰もがそれを当たり前と思うようになる」

爺さんは腕組みをしてから、言葉を続ける。

「中興王ジドは、自分を守るために魔物の犠牲になった母親を悼んだ。

そして、自分の名前を改名して、母親の名前を付けたしたんだ。

そうすれば、母親の名も、自分とともに史書に残すことができる。

それが、中興王ジド=アラから始まった、王家の新しい伝統だ」

「それならそれで、カリマはカリマ=なんとかになるんじゃないのか?」

「いや、それは国王とその同母兄弟だけの話だよ。

この国は一夫多妻制だから、国王と同じ母親から産まれた というのは、ステータスなのさ」

その話を聞いたヴァネッサが横から割り込んでくる。

「一夫多妻ってことは、ガルさんにも、もう奥さんが居たりするんですか!?」

彼女は、俺たちの少し前を談笑しながら歩く、クレアたちを指さして色めく。

「いや、ガルはずっと独り身らしい。

女性に興味無いんじゃないか とまで噂になっていたようだぞ。

あれを見て、ちょっと安心したがな」

爺さんが指さす先には、仲よく歩く二人が居た。


しばらく歩いていくと、巨大な物体が見えてきた。

それは、巨大な紡錘形の風船。

「これは、飛行船?」

その巨体を見て、おれは呆然する。

風船の下に、船のような構造物がくっついていて、どう見ても飛行船にしか見えない。

ガル=ハーンは、クレアの手を握ったまま、彼女を飛行船が見やすい位置にまで案内する。

「飛行船、クレアボヤンス。僕が作り出した、空飛ぶ船です」

「クレア……ボヤンス?」

「えぇ。千里眼という意味です。あなたの名前と同じですね、クレアさん」

ガルは、にっこりとクレアに微笑む。

「な、なぁ。これ、飛べるのか?」

興奮した俺は、二人の間に割り込む。

「ええ、飛べますよ」

ガルは怒った様子も見せずに、俺の問いに答える。

そして、我々の方を向いて問いかける。

「明日、23回目の試験飛行をします。乗りますか?」

全員一致で「乗る!」という回答になった。


食事の後、誰からともなく、もう一度飛行船を見たい という声が上がった。

その要望に応え、今度は飛行船のドックへ案内してくれる。

さっきと同じく、ガルはクレアをエスコートしている。

「クレアさん、実は、僕は飛行船の製作を諦めようかと思っていたのです」

「でも、もう完成しているのですよね?」

「表向きはです。航続距離は短いですし、横風への安定性もまだまだです。

空を飛んで、近所の散歩程度ならできる。でもそれ以上の事は出来ない。

本心は、もう、諦めていたのです」

ガルは眼を閉じる。男なのに長い睫毛が、うらやましい。

「でも、あなたに出会えました。あなたは、不思議な人だ。

僕は、諦めることを諦めました。

この船、クレアボヤンスを、もっと優雅に飛ばせて見せる!」

彼の声に、迷いは無い。

「巫女様との旅が終わったら、もう一度、ここに来てもらえませんか?

そのときは、本当に完成したクレアボヤンスで、あなたと旅をしたい」

「で、でもうちは、アガルタに呪われているし……」

クレアは、眼帯をそっと持ち上げて、紅い眼を見せる。

「それなら、僕と同じですね。僕も王家の血筋なので、そうなります」

ガルが目をいったん閉じ、そしてもう一度開く。

彼の両眼は、クレアほど強くはないが、うす紅く光っている。

「ご家族の方が嫌がるかもしれないですし」

「母は僕が物心つく前に亡くなりました。

それに、僕の兄も呪い持ちです。義兄も、そんなことは気にしませんよ」

みるみる真っ赤になっていくクレア。

「うちは弟たちに、呪いのことでいろいろと迷惑をかけてきて、

それで、弟たちに何もしてやれていないのに、うちだけ幸せになっちゃいけない気がして……」

「クレアさんは、弟さん思いですね。

僕にも、姉が居ました。早くに死んだ母の代わりに、姉が僕を育ててくれました。

近くても、離れていても、姉弟は姉弟です。それは一生変わりません」


その辺まで聞いたところで、俺たちはクラリネ爺さんに引きずられ、その場を後にした。

ヴァネッサが意味深な目で俺の方を見ていたが、

アレはイケメンだから許されることであって、一般人の俺には荷が重いと思った。


■翌日

この世界で初めて乗る飛空船。

どういう仕組みで飛んでいるのかわからないが、カリマを含めた俺たちは空の上に居る。

空には白い雲がのんびりと動いているのが見える。

眼下には、イスタルの都が広がる。

離陸時は、こちらを見て手を振っている子供たちの姿が見えたが、既にかなりの高度なので、人影は判別できず、建物も米粒ほどだ。

クレアやパルックは、初めての飛行経験に浮かれ、あっちこっちの窓からうれしそうに外を眺め、道が見えた、街が小さいとはしゃいでいる。

クラリネ爺さんも、窓から外を眺める目つきが少年のようにきらきらしている。

だが、俺とヴァネッサは、前に風のマテリアで空を飛んだことがある。

正直なところ、ワシ形態の飛行のほうが飛空船よりも速いし、眺めも360度ワイドビューで臨場感にあふれる。

離陸早々は一緒になって楽しんでいたヴァネッサも、だんだんと飽きてきたらしく、ソファに座ってぼーっとしている。


「今日は、黒森の方へ行ってみましょう。

行きに1時間、帰りに1時間といったところですかね」

「あのぅ、おひるごはんはどうなるのでしょうか?」

ガルの説明に、ヴァネッサが恐る恐る手を上げる。

今日は正装ではないものの、さすがに、ゆるゆるファッションでは無い。

「空の上で食べる というのも、また良いものですよ。

王宮の料理人に、つまめるものを用意させました」

ガルが楽しそうに答える。

飛空船の船部分は、3つのエリアに分かれている。

ひとつが、今我々が居る、お客用のエリア。

絨毯がひかれており、壁際に作り付けのソファが並ぶ。

ソファに座って後ろを振り向くと、そこから、窓ガラス越しに外が見える構造になっている。

そして、客用エリアをはさむ形で、前方に操縦室エリア。後方に乗員室兼倉庫エリアがある。


彼方に黒森が見えてきたところで、昼食が出される。

ピザのような平べったいパンに、調理された肉や野菜を挟み込んだもの、

スパイスを利かせた鳥もものから揚げ。スティックサラダ。

乗組員たちがテーブルを用意し、その上に食事が並べられる。

立食形式のように、外を見ながらでもつまめるような料理が多い。

その狙い通り、クレアやパルック、爺さんまでもが、片手に食べ物を持って、食べながら外を見ている。

カリマは、両手にいくつか確保して、何処かに行ってしまった。

唯一、ヴァネッサだけが、椅子に座ってガチ食いしている。

「タクヤさん、これ美味しいですよ」

「みんなの分残さなくてもいいのか?」

「あと一個だけ~」

そう言って、ヴァネッサがから揚げに手を伸ばしたとき、外を見ていたクレアが急に声を上げた。

「ガルさん、あっちの方に、何か、大きなものが居る!」

「どうしました?クレアさん」

ガルがクレアのそばに近寄り、一緒に窓から外を見る。

俺も近い窓に駆け寄って、空を見渡す。

この船よりも遥か上にある雲海。そこから、ちらちらと何か茶色っぽいものが見えた。

「あれは、アガルタだ」

いつの間にか、部屋に戻ってきたカリマが答える。

その正しさを証明するかのように、巨大な岩塊が雲を突き破って、我々の視界に降りてきた。

雲のかけらをまとったアガルタは、きれいな紡錘形をしていた。

これほど近くで見るのは初めてのような気がする。

アガルタの頂には雪が積もり、白く化粧をしているようだ。

誰かにアガルタと言われなければ、山と勘違いしていただろう。


「まるで、富士山みたいだな……」

そう思ったとき、頭の奥で耳鳴りがした。

何かを思い出しそうになったとき、乗組員がガルに駆け寄る靴音で我に返る。

「ふむ。それは困りましたね」

乗組員からの報告を受けたガルがつぶやき、みなの視線が集中する。

「アガルタの作る乱気流の影響を受けています。

少々、乱暴ですが緊急着陸しますので、その辺にしっかり捕まっていてください」

俺が何か言おうとしたとき、クレアが俺を止めた。

ガルは乗組員と共に、操縦室へ行ってしまう。

「タクヤが具現化すれば、なんとかなるのはわかってる。

でも、ここは彼と、この船に任せてもらえないかな?」

クレアの懇願に、俺に釣られて腰を浮かせかけたヴァネッサも、ソファに腰を落した。


クレアボヤンスは、ゆっくりと高度を落としていく。

窓の外を見ると、千切れた雲が、左からも右からも襲ってくる。

これほどの乱気流で良く飛んでいられるもんだ とガルの手際に感心した。

最初は小刻みだった船体の揺れが、だんだん激しくなってくる。

船員たちが手早く片づけてくれたので、客室にはテーブルや椅子は無く、きちんと固定されたソファだけが、室内に並んでいる。

体重の軽いヴァネッサとパルックは、ソファの上で跳ねまわっている。

クレアもソファの手すりにつかまって体を保持するのがやっとだ。

「この部屋の中だけ、なんとかしよう。ヴァネッサ、頼む」

ヴァネッサはクレアの方をちらりと見ると、クレアは頷いた。

「【具現化】」

白狐の姿に変わった俺は、この場にあった魔法を唱える。

「【束縛】」

俺の足元から蔦が一気に伸びて、ソファに絡みついていく。

蔦は、シートベルトのように、みんなの身体をソファにつなぎとめる。

船体は30分ほど揺れていたが、唐突に揺れが収まった。

窓から外をみると、地面がはっきり見えるあたりまで高度を落としている。

「着陸します!」

伝声管から、ガルの声が聞こえて5分後、座礁したような衝撃が船底から突き上げ、その後はひっかくような音が聞こえる。

先日の、ヴェニスでのゴンドラ沈没と比べると、はるかにマシな音だったので、俺は胸をなでおろす。

船体は、しばらく地面の上を滑っていたが、やがて速度を落として停止した。

魔法を解除して、仲間たちの束縛を外し、霊体に戻る。

「みなさん、大丈夫でしたか?」

ガルが緊張した面持ちで、操縦室から現れる。

「あぁ。ソファが柔らかすぎて、もう少しで居眠りするところだったぞ」

爺さんが、空あくびをしながら立ち上がる。

「義兄さんは、頑丈ですから、そうでしょうとも。

他のみなさんは大丈夫ですか?」

爺さんの軽口に、ガルは緊張が解けた口ぶりで、部屋を見回す。

みなさんと口では言いながら、結局はクレアの方しか見ていない。

「うちも、頑丈だから、大丈夫」

クレアは元気そうに立ち上がるが、少し顔が青い。

「申し訳ありません。危ない目にあわせてしまって」

そんなクレアを見たガルが、心底申し訳なさそうな表情になる。

(それはきっと船酔いだから、むしろほっておいてやれ)

俺の心の声が聞こえたのか、ヴァネッサがクレアのフォローに入ってくれた。

「ところで、此処は何処なのですか?」

窓から外を見ながら、ガルに問いかける。外には森が広がる。

「今、部下に探索に行かせようとしていました」

「なら、あたしも行くにゃ。黒森はあたしの庭みたいなもんにゃ」

俺たちは、飛空船から降りて、その外観を確かめる。

船体はところどころに損傷があり、亀裂が走っている。

あれほどの高度から落下して、原型を留めているだけでもたいしたもんだが、

損傷は激しく、飛行はできそうではあるが、改修が必要そうだ。

不時着現場は、黒森のすぐそば。

後ろには、船体を引きずったあとが、数百mにわたって続いている。

あと200mほど滑っていたら、森の中に突っ込んでもっと被害は大きくなっただろう。

警戒しながら船の周囲を一回りししていると、

獣人の子供の一団が、森のなかから叫びながら飛び出してきた。

「パルック姉ちゃん!」「うわぁぁあぁん、怖かったよぅ」

パルックと同じ猫人だけでなく、ウサギや犬の獣人の子供もいる。

「メルカ!リリスも。なんでここにいるにゃ!?」

子供たちは、我先にパルックに走り寄って抱き着いていく。

5人目が抱きついた時点で、パルックは撃沈した。


食事や、暖かい飲み物を与えて、子供たちに話を聞く。

聞きだすのは、パルックの役目。

彼らは、パルックと同じ平原族の村の出身だそうだ。

遊びに出たところ、アガルタの魔物に襲われ、命からがら、森の中を逃げ回っていたらしい。

すると、とんでもなく大きな音が聞こえて、見たこともない船が落ちてきた。

彼らは平原族だけあって、年かさの子供は人間の街で、船を見たことがある。

少なくとも、アガルタや魔物関係ではなさそうなので、森の中から様子を見ていると、

船の中から見知ったパルックが降りてきたので、走って助けを求めたというわけだ。


「じゃ、あたしの村はあまり離れていないわけにゃね~」

「パルック、森は庭みたいなもんじゃないのか?」

「し、失礼にゃね。うすうすあたりはついていたにゃよ」

相変わらず、よく動く尻尾に感情がダダ漏れしている。

子供たちの中で、一番年かさの子供が、地図に丸を書きいれてガルに渡す。

「今は、このあたりのはずです」

「ふむ、ここなら、東に2日でアマンの街につきそうですね」

ガルは手早く部下に指示をだし、伝書鳩を飛ばす。

万一の事を考え、旅の用意をした部下も、伝令としてアマンの街に走る。


小さな子供は腹が膨れて安心すると疲れが出たのか、眠り始めてしまった。

「この子たちの事もあるし、あたしはひとっ走り村にいってくるにゃ」

「パルックの村は、そんなに遠くないんだろ。

タクヤ、こないだの魔法で、一気に行けないのかな?」

クレアが俺の方を見る。

「【狐の道】は、行ったことのあるところにしか行けないんだ。

それに魔力消費が激しいから、一人二人がやっとだ」

「道中に魔物が居るかもしれません。我々で獣人の村に行きましょう。

カリマ、留守番を頼みます」

「あれ?ガルさんも村に行くのですか?」

ガルの言葉に、クレアが反応する。

「ええ。この船の修繕に、このあたりの木々を使わせてもらう必要がありそうなので、

その村の長に許可を頂きに行きます。出来れば、人手もお借りしたいですしね」

確かに、クレアボヤンスの壊れ具合からいって、補強が必要そうに見える。


俺たちは、道案内のパルックを先頭に、クラリネ爺さん、クレア、俺、ヴァネッサ

そして、ガル=ハーンの6人で、森の中を進む。

子供たちの話では、遭遇した魔物は犬頭が2,3匹。

大人であればそれほどの脅威ではないが、子供では荷が重い。逃げ出して正解だろう。

パルックの先導で、彼女の村へ向かう。

強気な発言を繰り返しているが、彼女の足取りは速く、村への道のりを急いでいることがわかる。

遠目に村が見えてきた。

獣人の村は、木と布で組み立てられた、モンゴルのオルドのような小屋がいくつもたち並んでいる。

一軒一軒、装飾されている模様や意匠が異なるのは、何か決まりがあるのだろう。

村の中には、蠢く小さな人影がいくつも散見された。

「待って、あれ……魔物だ」

クレアが俺たちを引き留める。

魔物達に見つからないように注意しながら村を見渡せる場所に移動してみると、村の中には無数の犬頭達が居た。

犬頭に紛れて、何体かの人食い鬼も居る。

巨人やカエル魔物のような、大きい魔物は見えない。

奴らは、まるで生き残りの人間を探すかのように、木と布で出来た粗末な家の中を荒らし回っている。

何体かの魔物の体には、赤い染みが付着していた。


「そ、そんな……、そんなのって、ないにゃ……」

その光景を目にして、パルックが膝から崩れ落ち、ぼろぼろと泣き始める。

「これは、嘘にゃ、悪い夢なのにゃ……」

地面につっぷしたパルックから、嗚咽がもれる。

「魔物を排除するぞ。クレア、パルックは任せた」

いつになく怒りを現した声で、爺さんが村に向かって歩き出す。

「僕も行きます」

爺さんの後ろからガル=ハーンが付き従う。

「ガルさん、大丈夫ですか?」

クレアがガルを心配して、声をかける。

「僕も、人々の先頭に立って魔物を駆逐した王族の末です」

ガルは、視線を魔物にとどめたまま、振り返らずに歩いていく。

「タクヤさん、生き残りが居るかもしれません、絶対に、探し出してください!」

ヴァネッサが俺を狼に変える。

魔物が何匹か、俺たちに気づいて、吠え声を上げた。


村に居た魔物たちは、犬頭、人食い鬼が合わせて20匹程度。

我々3人の敵ではなく、怪我一つおわずに、魔物たちを駆逐した。

魔物が消滅していくときに出す、わずかな瘴気の匂いが村にこもる。

魔物を倒しながら村を一回りしてきたが、生き残りの村人は一人もいなかった。

俺たちは、何と言おうか悩みながら、パルックのもとに戻る。

すると、木の陰から、パルックよりも一回り大きな、とらじまの猫獣人が現れた。

「あれ?パルック、帰ってたのかみゃ」

「に、兄ちゃん!呪いは、どうなったのにゃ?」

パルックは涙のあともそのままに、そのとらじまの猫人に掴みかかる。

猫人は、パルックに掴まれたまま、サムズアップをして、にやりと笑った。

だが、一瞬で真面目な顔に戻る。

「それより、遊びに行ってた子供たちが居ないんだみゃ。

もしやと思って、村を見に来たのみゃあ」

「メルカやリリスなら、大丈夫にゃ」

パルックと兄は、子供の名前をひとりひとり挙げながら、つきあわせて無事を確認する。

「じゃ、子供たちは全員無事か~。安心したみゃ」

パルックの兄は、心底ほっとしたようぬ胸をなでおろす。

「これで、村人全員の無事が確認されたみゃ」

「「は!?」」

皆の顔が呆けたように歪む。

「あれ、言ってなかったにゃ?

うちの長老はシロコウモリの獣人だから、アガルタを超遠くからでも見つけられるにゃよ」

「居残りの監視役以外は、とっくにアガルタの推定進路から避難してたみゃ」

けろりとした顔で泣き止んだパルックと、その兄がドヤ顔で語る。

「で、では、先ほど泣かれていたのは、何か理由でも?」

ガルがなんとか立ち直って、パルックに聞き直す。

クラリネ爺さんは、不貞腐れた表情をして、クレアはそれを面白そうに見ている。

「直に見た方が早いのにゃ。みんなを案内してあげるにゃ」

パルックはスキップでもしそうな勢いで、無人になった村に向かう。

「じゃ、俺は、みんなを呼んでくるみゃ。魔物を退治してくれてありがとうみゃ」

パルックの兄は、そう言い残して一礼すると、何処かに走って行ってしまった。


村を通過してしばらく歩くと、木の感じがどんどん変わってきた。

少しずつ大きく、黒っぽくなっていく。

木の種類が変わったわけではないので、まるで我々の体が小さくなっていくような錯覚にとらわれる。

「200年前、小さな呪いが村のそばにおちたにゃ」

歩きながら、パルックが話し出す。

「ご先祖さまは、なんとか魔物を撃退して、呪いを見に行ったのにゃ」

呪いが落ちた場所は、瘴気に包まれ、何の植物も生えなくなる。

だが、ここの環境では違った。

「この木は瘴気を吸収しているのにゃ」

パルックは、周囲の木を叩く。木とは思えないような、硬質の音がする。

「木に吸収されて、呪いは、すこしづつ小さくなっていったのにゃ。

そして、10年前、アガルタが上を通っても、呪いから魔物が出なくなったのにゃ!」

パルックが立ち止まった。

そこは、巨木の森といっても過言ではないほど、大きな木に囲まれていた。

周囲には何本もの、苔むして折れた木が転がっているが、腐った様子は無い。

パルックの指さすほうを見ると、そこには直径2mほどの呪いがあった。

だが、今まで見てきた呪いとは明らかに異なり、瘴気が滞留していない。

色も、光を逃さぬ漆黒ではなく、普通の黒い液体がたまっているだけに見える。

その呪いは、何重ものロープで囲まれていて、そのロープに切れた様子は無い。

パルックはロープを調べると、安堵のため息を漏らす。

「良かったにゃ。あの魔物はここから出たものではないのにゃ」

「ほう。ここからあの魔物が出てきた と勘違いしたのだな」

爺さんが、まだしかめっ面のまま、確認する。

「ごめんなのにゃ。

あたしがまだ子供の頃、もう魔物が出なくなったんだって、村中大騒ぎになったのにゃ。

あの日の事は、ずっと覚えているのにゃ~」

守護霊の力ではなく、この世界にもとからある植物の力で呪いを浄化する。

パルックの夢の原点は、ここにあったのだろう。


「ここ、すごい森」

ヴァネッサが上を見上げて、感嘆のため息を漏らす。

「この木、少しだけど魔力を帯びてる。でも、悪いものではないね」

クレアが木を調べながら語る。

「これは、すごい……

この木をクレアボヤンスの船体に使えば、強度と軽量化、速度と問題が一気に解決しそうだ」

ガルが木を調べながら、興奮した様子で語る。

その両眼は彼の興奮を現したかのように、紅く光る。

「パルックさん、ちょっと削ってみても良いですか?」

「良いにゃよ」

ガルは懐から短刀を出して、折れた木を削り、夢中で破片の重さや強度を調べている。

そんな彼を、クレアは子供でも見るように、楽しげに眺めていた。


そうこうしていると、村の方が騒がしくなってきた。

パルックの兄の知らせで、村人たちが戻ってきたのだろう。

俺たちは、夢中になっているガルを引きずって、村の方に戻る。

出迎えたのは、何処が髪の毛で、何処が髭だかわからないほど、真っ白の毛むくじゃらの長老だった。

「話は聞きましたぞい。村を救っていただき、ありがとうございますぞい」

「でも、まだ落ちた呪いを浄化しなければ」

「落ちた呪いの在り処は解っておりますぞい」

長老の話では、落ちた呪いは2か所。

獣人の偵察隊が探索を行い、調べ上げてきたそうだ。

小さいのが村の近くに一か所。村を襲った魔物は、ここから出てきたらしい。

そして、かなり大きいのが、少し離れた場所に落ちたそうだ。

こちらは、岩石の谷と呼ばれる、切り立った渓谷の中に落ちた。

幸い、切り立った崖が魔物の進出を防いでいるらしい。


パルックと数人の獣人が、クレアボヤンスまで子供たちを迎えに行っている間に、俺たちは近場の呪いを浄化してきた。

村に居たのが出てきた魔物の全てだったようで、道中で魔物に出会うこと無く、浄化は終了した。

日が陰り始めたころ、カリマを護衛として、獣人の子供たちが出迎えの獣人とともに獣人の村に戻ってきた。



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