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短編・白

プリンセス・ミーツ・シーヴス

作者: 早坂智也

数年前に書いた短編です。盗賊とお姫様が出会うお話です。

―”盗賊・黒服”による被害報告書―


「……今日で何回目だ?

 あの忌々しいコソ泥に忍び込まれたのは。」

「あーえ~と……口に出した方が宜しいでしょうか。」

「ならば黙っていてくれ、頭痛が余計酷くなりそうだ。」


 屋敷の警備を任されている初老の警備隊長は頭を抱えたまま、

詰め所の机の上でぼやいていた。

傍らには若い警備員が青い顔を浮かべて

ここ数日に被った被害報告書に目を通していた。

何度見ても報告書に書かれている事実が覆るわけではないのだが、

信じ難い数字が並んでいた。

被害額は彼らの給料の数年分、

警備隊長は先程からずっと妙案はないかと唸っていた。


「やつはどうやってもこの屋敷に用があるようだな。

 一昨日は警備員に紛れて忍び込まれ、

 昨日は確か屋敷のメイドに扮装していたな。」

「……メイドに化けていた時は驚きました。

 声や仕草までしっかりと、その…女性のそれになっていたもので。

 屋敷の皆も驚いておりました、

 あまりに自然に紛れ込んでおりましたので。」

「全くどうやったものか。

 不幸中の幸いと呼ぶべきか、公爵殿下が留守で助かった。

 まあ、首皮一枚で結論が先送りになっただけだがな。」


*********


 ここは街から少し離れた位置にある”ランフォルド公爵”宅、

白亜の大理石で造られた堅牢な屋敷だった。

警備員が常時詰めており、街きっての警備力を誇る有名スポットでもある。

だがここ数日、この屋敷では街で話題になっている、とある盗賊の被害を受けて続けていた。

幸いにも館の主たる公爵は王の厳命により、緊急国会に召集されており留守にしていた為、

具体的な被害状況や公爵宅の混乱は公爵本人まで伝わっていなかった。

その混乱ぶりを街の酒場で食事をしながら、ニヤリとほくそ笑んでいる男がいた。


「おい聞いたかヴェルク、

 公爵家に例の盗賊が入ったらしいぜ? 今月に入ってもう何件目になるかな。」

「へー、そいつはしらんかったわ。」

「……良く言う。」


 男の名はヴェルク、

一仕事を終え空腹を満たす為に町の大衆食堂で食事をしていた。

そのヴェルクの隣に腰を落としたのは、

この街で知り合った”同業者”の一人である。

ヴェルクは食事の手を休めず、隣に腰を下ろした知人の問いに黙秘で答えた。

知人は適当にオーダーをした後、

ヴェルクの水に手を伸ばし、ごくりと一息で飲み干した。

ヴェルクはその様子にも視線すら送らず、ただ黙々と食事を続けていた。


「捕まったら縛り首だって、お前だってわかってんだろ?」

「……さぁてね。」

「被害額はそれなりなってるってもっぱらの噂だが、目的は何なんだ?

 宝石やアクセサリー、大体のモノは頂いたんだろ?」

「俺に聞いてんじゃねーって。

 聞くんならその”盗賊野郎”に聞けよ。 俺にゃあ関係ねぇよ。」

「だからお前に聞いてんだろーが。」


 知人はじっとヴェルクの目を見つめて問い詰めた。

ヴェルクのことを心配しているのか、

はたまた同業者である自分の身も案じてなのか、

知人は視線を外すヴェルクの仕草に多少の苛つきを覚えながらも、

真相を引き出そうとしていた。

だがヴェルクは適当にのらりくらりと巧みに無言の回避を続け、

座っていたテーブルの上に食事代を置くと

ヴェルクは片手を上げ簡単に挨拶を済ませた。


「じゃあな。」

「忠告したからな、俺は。」


*********


 ヴェルクは腹ごなしの散歩がてらに見慣れた街を歩き回る事にした。

時間的に言えばそろそろ正午過ぎの小休憩の頃合い、

通りに椅子を引っ張り出して居眠りをしている老人や、

学校が終わり元気よく通りを走り抜けていく子ども達の姿があった。

ヴェルクも仕事上がりと言うこともあり、実はかなり眠気が強くなっていた。

これからネグラに戻って一眠りと考えたヴェルクは、

近くで店を広げていた果実商に寄ることにした。


「お、兄さんいらっしゃい。

 何だが眠そうな顔をしているねぇ、

 どうだい眠気覚ましにこの良く熟れたオレンジは。

 暖かい南の小国で丁寧に虫取りして栽培された初物だよ、

 甘酸っぱさが良い頃合いさ。」

「いいね、三個包んでくれ。」

「あいよ。日持ちしないからさっさと食べちまいなよ。」


 ヴェルクは商人の言葉を信じて初物だと言うオレンジを三個購入した。

確かに色つやといい、香りといい、言葉通り瑞々しく感じられる。

ヴェルクが買ったばかりのオレンジを眺めていると、

近くで世間話をしていた中年の女性達の会話が聞こえてきた。

思わず耳を澄ましてしまうヴェルク、最近は職業病だなと諦めている。

知人の言葉通り、例の”盗賊”の噂で会話が弾んでいた。


「ちょっと奥さん、聞きました?

 噂なんですけどまた出たそうですわよ、例の盗賊。」

「ええ、聞きましたわ~。

 うちの夫も言っていましたけど仕事場でもその話で持ちきりだったって。」

「……少し怖いですけど、お金持ちとかの家にしか現れないんでしょ?」

「そりゃあ……うちに入られても取るモノなんてありませんしね……。」


 説明するまでもなく公爵家に忍び込んだ”盗賊”は、

この眠そうな顔をしているヴェルクである。

最近はこの街を稼ぎ舞台と決め込み日々仕事に専念していた。

世間では”黒服”と呼ばれているようであるがヴェルク本人は気にくわないでいた。

この仕事は俺がやったんだ、この大盗賊・ヴェルク様がなと言い放ちたい気分になるという。

だが、所詮は裏側の人間。そのような宣言は死の宣告と同義である。

ゆえに遠回しに、それこそ他人行儀で”盗賊野郎”と言ったり

”あの盗賊”と言ったりしていた。

元々は他国の人間であるが、今は見ての通りの所業故に国を追われている。


「……(さっさと寝るか、さすがにこの時間まで起きてるとキツイわ)」


 一部の同業者達に自身が例の盗賊だ、と

割れてしまっているが世間では顔は知られていない。

顔が割れてしまっているとは言え告げ口をする者はいないだろう。

同じ穴の狢らしく、蛇の道は蛇らしく、暗黙の了解なのだから。

ヴェルクは義賊や怪盗という部類の者ではない、純然たる”盗賊”である。

仕事の邪魔とあれば殺人はもちろん、どんな汚いことでも平気で行える覚悟はあった。

だが”盗賊”という稼業に対して誇りはない。

生きるために自分のやれる事をやった結果である為、

これで飯が食えているという自負だけが支えだった。


*********


――深夜


 ヴェルクが何故公爵家へここ数日、

毎日のように忍び込んでいるのかというと、

それには理由があった。


「今日もお仕事お仕事っと。」


 夜の帳も落ち、息づく全ての者達が夢の世界へ旅立つ頃、

全身を黒尽くめの服で覆った者が現れた。

その者は物音一つ立てず慎重かつ大胆に街道を疾走する。

夜の闇に目が慣れていない人間が見れば彼を”見ることが出来ない”だろう。

ヴェルクは一足飛びで公爵家の塀を乗り越える。

物音一つ立っていないのだから、その様子に気づく者は誰一人として居ない。

警備員達はここ数日の手口から、

誰かに化けて潜入すると考えていたようで、

昼夜問わず館への入館は厳しく行っていた。

まさか正面突破してくるとは考えが及んでいなかったらしく、

表門以外の警備は手薄になってしまっていた。


「ちょろいんだよ。」


 ヴェルクは塀を跳び越えながら視線を警備員達に向けてボツリと呟く。

そしてすぐに視線を戻し屋敷の奥へと進んでいった。

彼が目指しているのは館の北側に建つ小塔の一室。

遠目からもはっきりと分かる。

その一室から淡い暖かな色の光が漏れていた。

ヴェルクは手慣れた様子で小塔の一室へ近づき、身を翻して華麗に室内へ侵入した。


「ヴェルクっ! 今夜も来てくれたのねっ?!」


 小塔の一室では、少女が一人ベッドに横たわっていた。

だがヴェルクの姿を見ると少女はベッドから飛び出し笑顔を振りまく。

ほんの一瞬、顔色がよく見えた。


「声がでかいって、見つかっちまうだろうが!」

「ご、ごめん…。」

「エフィーが来いっつったから、こうやってわざわざ来てやったんだ。

 ……ほれ、お土産。」


 ヴェルクは懐に忍ばせていたオレンジを取り出し、ぶっきらぼうに投げて渡した。

少女はオレンジを受け取ると、

大事そうに抱きしめ”食べていいの?”と視線をヴェルクに向けた。

ヴェルクは照れくさかったのか、視線を外して少女を見ずに首を小さく縦に振った。

その様子を見て少女は満願の笑顔でオレンジの皮を剥き頬張ったのだった。


「うーんっちょっと酸っぱいけど、美味しい~。」

「…エフィー、気分はどうだ?」


 ヴェルクが声のトーンを落として少女に話しかけた。

少女の名はエフィーリア。

公爵家の第二公女だが、生まれつき病弱で満足に外出すらしたことがない、

ある意味での深窓の令嬢である。

今もその病気とやらのせいで、年中室内で寝たり起きたりの日々を過ごしている。

本人は元気ぶっているが、時折自分の運命を悟っているかのように振る舞う時があった。

常に日陰を歩きながら血生臭い日々を生き抜いてきたヴェルク、

だが彼の目の前で微笑む少女からも同じ負のニオイがしていた。


「……うん、昨日よりいいよ。今日はヴェルクがいつもより早く来てくれたしね。」

「そいつは何より。」

「そう言えばメイドさん達が言ってたけど、

 今、街でキョーボーな盗賊が暴れてるんだって。

 ヴェルクは知ってた?」

「あ、ああ、人並みにな。」


 エフィーリアが美味しそうにオレンジを頬張っているのを見て、

ヴェルクはふと出会った頃を思い出していた。

そんなに月日は経っていないのはずだが、

もう随分と昔の出来事のように思えていた。


「そのオレンジな、南の小国産だとさ。

 今日、街に商人が売りに来ていたんだ。」

「南の小国って、暖かいのかな。」

「そりゃ南だしこの街よか暖かいさ。」


 ヴェルクとエフィーリアの出会いは突然だった。

公爵家に忍びこんだヴェルクを、

たまたま自室のテラスで外を眺めていたエフィーリアに見られてしまったのだ。

エフィーリアにしてみればヴェルクの存在は”想像を超えた”存在だった。

屋敷の中で完結していた彼女の世界に中に現れた、唯一一人の外界の人間だったからだ。

エフィーリアはヴェルクを見た後、夜風に当たりすぎた為か激しく咳き込んだ。


 この時ヴェルクは、エフィーリアが咳き込むまでは殺すつもりだった。

顔を見られたのだ。盗賊として当然の判断である。


――気まぐれだ、ただの――


 何の気まぐれかヴェルクはエフィーリアを抱き上げベッドに寝かせたのだった。

近くに彼女用の処方箋された薬があり、飲ませることで発作を止める事に成功した。

落ち着きを取り戻したエフィーリアはヴェルクに色々と質問をした。

その際、自分は盗賊でこの家の財を盗みに来たと答えてもいる。

ヴェルクにとってはこの上ないカミングアウトだったのだが、

彼女にしてみれば外界の興味の対象の一つに過ぎなかったようで、

純粋無垢な彼女の問いにヴェルクはぶっきらぼうに答え続けたのだった。


「ねぇ、ヴェルク…

 私ね、海とか雪が積もった山とか見てみたい。」

「……エフィーが歩き回っても倒れないくらいになったら、

 俺が連れて行ってやらんこともない。

 これでも各地を旅したこともあるしな、隠れんぼしながらだけど。」

「へ~、ヴェルクって旅もしたことあるんだっ!

 ね、ね、どこの街が一番よかった?

 …げほっ…船とか飛行船とかも乗ったりしたの?

 …げほ、げほっ!!

 げほっ!!!」

「もう横になれ、さっきより顔色が悪いぞ。」

「う…うん…。」


 ヴェルクはエフィーリアに同情してしまっていた。

ほんの数日前にあったばかりの、生まれた境遇も身分も異なる少女にだ。

自身は裕福な環境で生まれ育った訳ではないが、

彼女にどこか自分と似た部分を見いだしていた。

ヴェルクはエフィーリアを優しく横たわらせた。


「しっかり休むんだ。

 どうしたんだ今日は、少しはしゃぎすぎだ。」

「そ、そんな事ないって……いつもと変わらないよ……。」


 ヴェルクが部屋から出て行こうとした時、ぐいっと袖が引っ張られた。

袖の方を見るとエフィーリアがヴェルクの服の袖を掴んでいた。

いつもならこんな事はしないのに、と袖から手を放すようなだめ、

ふと覗き込んだエフィーリアの表情は、酷く沈んものだった。


「今から俺は仕事なんだ、また明日も来るからそんな顔するなよ。」

「……うん、また明日ねヴェルク。」


 これ以上の滞在は自身を危険にするばかりか、

エフィーリアの体調も悪くすると考えたヴェルクは、

いつものように”盗賊”としての仕事を済ませ、

何食わぬ顔で街へ舞い戻ったのだった。


*********


――翌日


 普段は静かな街の様子が一変していた。

仕事のせいで昼起きだったヴェルクは驚きを隠せなかった。

自室から見える通りの風景がいつもよりも慌ただしかったのだ。

ヴェルクは寝ぼけ眼のまま、ふらふらと自室から出ていく事にした。

街の様子が気になって仕方がなかったのだろう。


「……何見てんだ?」


 どうやら号外が配られていたようで、

街の人々は一心のその内容を見ていた。

ヴェルクも道端に落ちていた号外を手に取り目を移した。

そこには信じたくない真実が無残にもはっきりと刻まれていた。


―公爵家 第2公女エフィーリア・F・ランフォルド様 ご逝去―

―幼き頃より煩っておられた病の為、お若き御身のまま天に召される―


 ヴェルクは手に持っていた号外を握りつぶし、

ズボンのポケットへしまい込んだ。

昨日はまだあんなに、

俺としゃべれる程に元気だったのに、

と彼女の顔を思い浮かべていた。


『南の小国って、暖かいのかな』

『ねぇ、ヴェルク…私ね、海とか雪が積もった山とか見てみたい』

『……うん、また明日ねヴェルク』


 エフィーリアと交わした数々の会話がヴェルクの脳裏を巡っていた。

願いを叶えてやると言ったばかりだったのに、

しっかり休めと忠告したばかりだったのに。

ヴェルクは懐にしまい込んだままだった、

自分用のオレンジをとり皮ごと食いついたのだった。

口の中にオレンジの皮の味が広がる。

ちょっと前に出会ったばかりの少女の死、それほど仲が良かったわけじゃない。

これまでも何度も見てきた光景だったはずだ、あの子が特別だったわけじゃない。

自問自答を繰り返すヴェルクだった。


「―どこが甘酸っぱいんだ…苦いじゃないか。」



終わり

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