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第九回

 動きがあったのはその翌朝のことだ。会議のために回廊を歩くルディオスは、背後からの視線を感じた。振り向くとフェオ付きの女官がこちらを見ている。

「何かあったのか」

 自分が王族であると言えども、ルディオスは臣下から呼び止められることを不快に感じたこともなければそれで叱責したこともない。むしろ、何かあればすぐに報告するようにと常日頃から伝えてきた。それでも女官は言い出しづらかったとみえ、ルディオスが声をかけると安堵した表情を浮かべた。しかしそれも束の間だった。

「フェオ様の事ですが・・・・・・」

 何故かそこから先を続けようとしない。

「どうした」

 ルディオスが促すと、「御部屋の調度品を引き払って欲しいと御言伝を受けました」と続けた。

 様子が変だったのは、好みに合わないのを言い出せずにいたからだろうか。好きでもないものに無理矢理囲まれていては気もふさぐだろう。

「そうか。それで、代わりの品については何か言っていたか」

「それが・・・・・・何も必要ないとのことで」

 ルディオスは耳を疑った。

「確かか」

「はい」

 女官も困惑した表情を浮かべている。ルディオスは部屋へと向かった。

「フェオ、開けるぞ」

 声をかけると中から「はい」と声がする。

 扉を開けると調度品は手付かずのまま残されていた。召使い達にしても、いくら王太子妃直々の命といっても何もかも運び出すのは躊躇われたのだろう。

 いつもと違ったのは、フェオがベッドではなく背もたれのない丸椅子に腰掛けていることだった。

「話は聞いた」

 やや伏し目がちではいるものの、フェオは表情を変えない。

「気に入らないのであれば、正直に伝えてくれて構わないのだよ」

 それを聞いたフェオは弾かれたように顔を上げると、「いえ、そのようなことはございません」と答えた。

「しかし・・・・・・」

 ルディオスの言葉を遮るように、それでいてゆっくりと「身に余るほどの品を揃えていただき、ありがたく思っております」とフェオは続けた。

 そこでルディオスはかねてから抱いていた疑問を口にした。

「フェオ、そなたは何か思い違いをしているのではないか」

 フェオは目を見開いてこちらを見た。

「この縁談は、確かにそなたの能力を見込んでのものだ。その点は私も否定することはできない。だが、そなたのことを召使いとして扱うつもりはないのだよ」

 元よりルディオスはフェオの態度が気になっていた。当初は婚儀を挙げておらず正式な王太子妃とは言えないために何かにつけて控えめに振る舞っているのではと思っていたのだが、それにしても度が過ぎている。

 図星を指されたのかフェオは再び俯くと、黙り込んでしまった。

 そのまましばらく経った。ルディオスが再び真意を尋ねようとしたその時、「では、御願いがございます」とフェオの方から口火を切った。

「何か」

「調度品を、旧来の領内の製品で揃えていただけないでしょうか」

 旧来の領地ということは、先代の国王が領土拡大を図る前のイス国領土ということになる。要求を承諾すること自体はまったく問題ない。しかし品質は新領地の製造品に劣る。

「構わぬが、良い品とは言い難いものになる」

「承知しております」

 まだ気後れがあるのだろうか。

「遠慮せずともよい」

 フェオは首を横に振ると「いえ、そのようなことではありません」と言い添えた。

「では、何故だ」

 フェオはやや戸惑った表情を浮かべると視線を壁に向け、「・・・・・・恐ろしいのです」と呟いた。視線の先には薔薇輝石の壁飾りがある。

 ルディオスが意図を計りかねていると、「あの壁飾りは、おじい様の代に領土として編入した地域のものだとか」と呟いた。

 ルディオスが「そうだ」と答えると、今度は天青石の飾り石に目をやって「そしてあれも」と、サヴェニ地方のタペストリーを見て「あちらは御義父様が・・・・・・」と続けた。

 そして、絞り出すような声で「たくさんの人が、亡くなったのでしょうね」と口にした。

「・・・・・・そうだ」

 ルディオスはそう答えるより他なかった。

 それは動かしようのない事実だった。イス国も、数々の相手国も、多くの血を流していた。

「歴史書を読んでいたのは、それを調べるためか」

 フェオは頷いた。

「私が戦のために呼ばれたということは、承知しておりました。ですが、人を殺めて手に入れたものに囲まれているのは耐えられません」

 フェオは下を向いたまま肩を震わせていた。窓から差し込む陽の光とは裏腹に、室内は澱のように濁った雰囲気で満たされていく。

「見せたいものがある」

 そういうと、ルディオスはフェオを戸外へ連れ出した。

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