第七回
広い庭に、少年達が集まっている。人数は八人ほど、年齢は十二、三歳くらいから二十歳手前といったところまでばらばらだ。皆一様に杖を持ち地面に紋様を描いている。
その中に一人、栗色の髪を後ろで束ねた少年がいた。十六歳くらいだろうか。体のあちこちに生傷があり、ときどき動きを止めて物思いに耽るかのように視線を落としている。そこへ頭をはたかれたので、
「・・・・・・痛ってぇ」
と頭を押さえながら少年は相手を睨んだ。
「相変わらずぼうっとしてやがるな、ラド」
相手はラドと呼ばれた少年より一回り体の大きな少年だった。その表情には揶揄の色が浮かんでいる。
「うるせえな」
ラドは相手の視線を避けるように顔を背けた。
「いっつもそうだな、フェオがいなくなってから」
表情こそ変えなかったが、ラドは拳を固く握りしめた。それを知ってか知らずか、畳みかけるように相手が「おまけに傷も治してもらえなくて、怪我してばっかだな。治癒系の魔法も覚えてねぇのかよ。まあ、フェオも王女様になってお前の面倒見る必要無くなって、贅沢三昧で楽しくやってんだろうな」と続けたのでラドは相手を睨みつけると向き直った。
そこへ「よさぬか、二人とも」と声をかける者がいた。その声は凛としつつも決して荒々しいものではない。しかし二人は動きを止めると声のする方を見た。
そこにいたのはローブを羽織った一人の老人だった。右手でラドと似たような形状の杖の中程を掴み地面に突き立ててはいるが、胸ほどまで長さのあるそれは体を支えるためのものではない。魔杖だ。持ち手部分に嵌め込まれた宝玉は、かなりの能力があることを示している。
それを裏付けるかのように二人の口から「先生・・・・・・」と声が漏れた。
老人の名は、ニイド=デュランタ。国外にもその名を知られるほどの魔導師であり、二人の他にもこれまで幾多の少年に魔術を教えてきた。そのため彼に師事した者は彼を「先生」と、そうでない者は「賢者様」と呼んでいた。
ニイドはラドが描きかけていた魔法陣に目を落とした。
「エオー、人の魔法陣を踏み荒らすのがどのようなことか、わかっておろうな」
「・・・・・・はい」
エオーと呼ばれた少年は先ほどまでの威勢が嘘のように消沈している。
ラドは自分の足元を見ると思わず声を上げた。エオーにしても故意につけたものではないのだろうが、足跡で一部の線が消え、所々に自分がつけた覚えのない杖の跡があり、奇妙な紋様になっている。
今にもエオーに掴みかからんばかりの形相で顔を上げたラドをニイドは片手を挙げて制し、「まずは己の技量を磨くように」とエオーに告げた。エオーは素直に「はい」と答えると頭を垂れた。
続けてニイドは「ラド、そなたもむやみやたらな喧嘩は慎むことだ」と言葉をかけた。それはエオーが馬鹿にするから、と言おうとしたラドを遮るように「自分の体のことは自分で注意を払うものだ」と続けた。
それが正論であることは、ラドも判っていた。今までが特別だったのだ。体の大きな相手と喧嘩をし、フェニックスの羽を探して森に入っては崖から落ち、その度にフェオは心配しながらも傷を治してくれた。
そのフェオは、今やイス国の王太子妃だ。
「とにかく、これは解いておくぞ」
そういうとニイドは描きかけの魔法陣の中心に杖を立てた。杖を握る手が僅かに力が入ったように見えたかと思うと宝玉から地面へと杖を伝って稲妻が走り、魔法陣は跡形もなく消え失せた。
ラドは「すみません」と頭を下げた。通常なら術式を組み始めた本人がするべきことだ。
「修行に戻れ、二人とも」
二人はその言葉に従い、新しく魔法陣を描き始めた。
それはほんの十日余り前のことに過ぎないのに、遠い昔のように思える。
まさしく晴天の霹靂と呼ぶにふさわしい出来事だった。軍事大国であるイス国がフェオを次期国王の妃として差し出すように要求してきたのだ。元より王家とギューフ家の間に親交があったわけではない。拒否した場合には武力行使も辞さないという強硬な姿勢からは、フェオの持つ治癒能力が目的であることが容易に推測できた。
それに対してサルテオの民は対決姿勢を取るべく決起したものの、フェオ自身が結婚を承諾したため戦闘が起こることはなかった。
それは一日も早くフェオを手中に収めたいイス国としても好都合であっただろう。数日のうちに手筈が整えられ、フェオはサルテオを去った。
今頃どうしているだろう。王太子妃とは名ばかりのひどい扱いを受けているのではないか。兵士と共に危険な地へ送られていないだろうか。休み無く働かされて体を壊してはいないだろうか。気がかりでしかたがなかった。もっとも、フェオのことだからもしいま顔を合わせたら人のことよりも先に自分の怪我を心配するよう言われてしまうかもしれないが。
その日の修行を終えたあと、ラドは森の奥へある洞窟へと向かった。洞窟といっても中は曲がりくねってもいなければ道が分かれているわけでもなく、二十歩も行けば行き止まりになってしまう。
この洞窟からは夕陽がよく見えた。空は黄みがかった赤色から、徐々に暗みを帯びていく。
茜色だ。
その色は、いつもフェオの瞳を思い出させた。
この洞窟の場所を知っているのはラドとフェオ、そしてニイドだけだ。まだニイドの元で魔術の手ほどきを受け始めて間もない頃に、エオーに唆されてマンドラゴラを探しに来たときにたまたま見つけたものだ。普段は人が寄り付く所ではない。
最後にフェオと会ったのもこの洞窟だった。あの時もやはりエオーと喧嘩になって頭を殴られ気を失ってしまい、気が付いたらこの洞窟でフェオが怪我を治してくれていた。おそらくニイドの計らいだったのだろう。
戦争の道具として使われることになることも、周囲から地位に目が眩んだのだと誤解を受けていることを知っていても、すべて承知した上で気丈に振る舞っていたフェオ。
フェオも、この夕陽を見ているのだろうか。




